それから数日、私は風邪で寝込んだ。体調が元気になっても、心は追いついていなくて、学校に来たらますます気分は落ち込んだ。
「おはよう果凛」
「あぁ、うん、おはよう」
私に一番に挨拶したのは、由那じゃなかった。
「ねぇ果凛、アイツと別れたってほんと?」
「……うん、別れた」
なんで、と戸惑う声。教室に向かいながら私は必死にその理由を誤魔化した。
だって、親友と彼氏が浮気したなんて信じられないし言いたくない。
教室について、自然と由那の席に視線を送るが、由那はいなかった。いつもは私より先か、私より早く学校に着いているのに。
結局由那は、授業は始まるギリギリに登校してきた。だから、朝は話ができなかった。由那の頬にはガーゼが貼られていて、その表情はなんだか暗く見える。
「由那」
お昼休み、やっと私は由那に話しかけることが出来た。時間ごとの休み時間は私を避けるように由那はどこかへ行ってしまったから。
「……お昼、一緒に食べよ?」
いつも一緒の私たちが今日は会話をしていなかったからか、クラスは少し落ち着きのない感じがした。だから、そう言って由那を誘い、人の少ない空き教室でお昼を食べることにした。
「……果凛、別れたんだよね?」
「別れたから安心して。由那がアイツと付き合おうがなんとも思わないから」
「付き合わないよ」
そう言って、由那が小さなミートボールを口に入れる。由那のお弁当には珍しくトマトが入っていた。
「付き合わないってどういうこと? 浮気してたんじゃないの?」
「……そう思われても仕方ないと思ってる。でも、浮気じゃない」
お弁当のミニトマトを避けながら、由那は言い切った。いつもの明るい様子は、やっぱりない。
「そっか、勘違いだったんだ」
いつもなら楽しくお昼を過ごしているのに、私も由那も笑わないから、楽しくないし、私は食事も進まない。
「由那、その頬どうしたの?」
「……転んじゃって、大丈夫だから」
食べ終えたお弁当を閉じて、片付けをする由那の顔を見る。今日は一度も目が合っていない。
誤解も解けたし、由那に対する怒りもなくて、だから、いつも通りにしてほしかった。
「トマト、嫌いじゃなかったっけ」
何を話せばいいのかわからずそんなことを言う。避けたトマトを残していたから、思い出したのだ。
「うん、嫌い……お母さんが妹のお弁当と間違えたんだと思う。いつも私の嫌いなもの入れないから」
むっとした表情の由那は幼く見えて、ほんの少しだけいつもの由那に見えた。
私はそれで安心してしまった。そして、元彼のことなどどうでも良くなって、由那とアイツがどうして待ち合わせしていたのか、どんな関係なのか、なにも聞かなかった。
それから何日か、由那はいつものように、戻ったり、戻らなかったり、そして次第に不安定になった。
でも私は心配しながらも、何も、聞くことは出来なかった。
思春期特有の悩みか何かだと思ったから。
そして由那は、元通りに戻った。
その数日後、由那は死を選んだ。
私はその理由がわからず、何も聞かなかったことを酷く後悔した。
そして同時に、私に普通に接してくれた由那を思い出して、私のせいでは無いのだろうとどこか安心もしていたのだ。
思い出す度苦い味のする高校時代は、まるで子供の時に何も考えずに飲んでしまったブラックコーヒーみたいだと、思っていた。
苦くて苦くて、飲みきれない。
そんな、最低な思い出。
忘れたいけれど、苦味は喉に残るもの。
早く飲み干してしまいたいけれど、カップの中身はいつまでたってもなくならなかった。
「おはよう果凛」
「あぁ、うん、おはよう」
私に一番に挨拶したのは、由那じゃなかった。
「ねぇ果凛、アイツと別れたってほんと?」
「……うん、別れた」
なんで、と戸惑う声。教室に向かいながら私は必死にその理由を誤魔化した。
だって、親友と彼氏が浮気したなんて信じられないし言いたくない。
教室について、自然と由那の席に視線を送るが、由那はいなかった。いつもは私より先か、私より早く学校に着いているのに。
結局由那は、授業は始まるギリギリに登校してきた。だから、朝は話ができなかった。由那の頬にはガーゼが貼られていて、その表情はなんだか暗く見える。
「由那」
お昼休み、やっと私は由那に話しかけることが出来た。時間ごとの休み時間は私を避けるように由那はどこかへ行ってしまったから。
「……お昼、一緒に食べよ?」
いつも一緒の私たちが今日は会話をしていなかったからか、クラスは少し落ち着きのない感じがした。だから、そう言って由那を誘い、人の少ない空き教室でお昼を食べることにした。
「……果凛、別れたんだよね?」
「別れたから安心して。由那がアイツと付き合おうがなんとも思わないから」
「付き合わないよ」
そう言って、由那が小さなミートボールを口に入れる。由那のお弁当には珍しくトマトが入っていた。
「付き合わないってどういうこと? 浮気してたんじゃないの?」
「……そう思われても仕方ないと思ってる。でも、浮気じゃない」
お弁当のミニトマトを避けながら、由那は言い切った。いつもの明るい様子は、やっぱりない。
「そっか、勘違いだったんだ」
いつもなら楽しくお昼を過ごしているのに、私も由那も笑わないから、楽しくないし、私は食事も進まない。
「由那、その頬どうしたの?」
「……転んじゃって、大丈夫だから」
食べ終えたお弁当を閉じて、片付けをする由那の顔を見る。今日は一度も目が合っていない。
誤解も解けたし、由那に対する怒りもなくて、だから、いつも通りにしてほしかった。
「トマト、嫌いじゃなかったっけ」
何を話せばいいのかわからずそんなことを言う。避けたトマトを残していたから、思い出したのだ。
「うん、嫌い……お母さんが妹のお弁当と間違えたんだと思う。いつも私の嫌いなもの入れないから」
むっとした表情の由那は幼く見えて、ほんの少しだけいつもの由那に見えた。
私はそれで安心してしまった。そして、元彼のことなどどうでも良くなって、由那とアイツがどうして待ち合わせしていたのか、どんな関係なのか、なにも聞かなかった。
それから何日か、由那はいつものように、戻ったり、戻らなかったり、そして次第に不安定になった。
でも私は心配しながらも、何も、聞くことは出来なかった。
思春期特有の悩みか何かだと思ったから。
そして由那は、元通りに戻った。
その数日後、由那は死を選んだ。
私はその理由がわからず、何も聞かなかったことを酷く後悔した。
そして同時に、私に普通に接してくれた由那を思い出して、私のせいでは無いのだろうとどこか安心もしていたのだ。
思い出す度苦い味のする高校時代は、まるで子供の時に何も考えずに飲んでしまったブラックコーヒーみたいだと、思っていた。
苦くて苦くて、飲みきれない。
そんな、最低な思い出。
忘れたいけれど、苦味は喉に残るもの。
早く飲み干してしまいたいけれど、カップの中身はいつまでたってもなくならなかった。