明日もずっと君の隣に

 あぁ、やっぱり言ってしまった。

 立っていられなくて、しゃがみ込んで膝を抱えたまま小さく呟いていた。それは波の音でかき消せるくらいの小さな声。私の中の理性がなんとか抑え込もうとした結果だった。
 伝えるつもりはない。でも、伝わって欲しい。隠したいのに、隠せない。言いたくないのに、言ってしまった。
 本当は、ただ真っ直ぐあなたに言いたかった、私の本音。受け入れて欲しいと、聞いて欲しいと願ってしまった私の心。
 あなたの前ではいつも、私は私を曝け出してしまうんだ。だって全部受け止めて欲しいから。それがハリボテじゃない、本当の私だから。
 私に気付いて。
 私を見て。

 ——そしてそれは、前の見えない私の耳に、波の音と共に届けられたのだ。

「居るよ、ずっと」

 とても穏やかで、とても優しい声だった。
 隣に同じ様にしゃがみこむ温かな体温を感じる。

「ずっと穂高さんの隣に居たくて、一番相応しい存在になりたくて、ぐるぐる迷子になってた。もうずっと目の前が真っ暗だった」

 背中にそっと手のひらの温かさが染み渡っていく。それが優しく冷たくなった心を撫でる。

「でもまた穂高さんが俺に明日を用意してくれたね。橘から連絡あったよ。穂高さんによろしくって言ってた。ちゃんと俺達、話せたよ」

 そして「ありがとう」と、結城君は私に言ってくれる。

「俺、穂高さんに頼って迷惑掛けてばかりだね。このまま迷惑をかけ続けるくらいならって思った事もあったけど、でも、そうじゃないなって。橘と話して、自分では作れなかった明日を見つけて、どんなに迷惑を掛けたとしても俺には穂高さんが必要なんだって気持ちでいっぱいになったんだ。だって俺、その為に穂高さんと出会ったんだと思うから」

 優しく頭を撫でた手が頬へ伸び、「顔をあげて」とお願いされる。渋々膝の上から結城君へ目をやると、結城君は真っ直ぐにこちらを見つめていた。

「穂高さんが居なきゃ俺に明日は来ないんだ。だって穂高さんが居る未来が俺の明日になるから」

 そう私の目を見て真っ直ぐに告げた結城君は、すっと海と向き合う様に立ち上がる。そこに漲る何か決意の様なものを感じて、私も一緒に立ち上がると、結城君はにこっと笑った。

「ありがとう穂高さん。本当の俺を大事にしてくれて。だから俺も今までの弱い自分を、格好つけたがりなダサい自分を、その全部が自分なんだと今日から受け止めて行こうと思います! 弱くて頼りないけどだから穂高さんと出会えたんだって、これからも支えあっていけるんだって、そんな自分をこれからは信じてみたい! 穂高さんの隣で!」
「……結城君……」
「だから今日はその約束をこの海に残したかった。いつ来ても何度でも思い出せる様に。この海はきっとまた、俺の思いを沈めたまま、ずっと抱え込んでいてくれると思うから」

 ハッとして見つめた先で、月明かりに照らされた海が光る。手招きする様にザザンと波が打ち寄せる。

「俺の全部、受け入れてくれてありがとう。俺の側に居てくれてありがとう。穂高さんに迷惑たくさん掛けたけど、これからも掛けるけど、それも全部引っくるめて俺だって受け入れて、また側に居てくれますか?」

 そこにはもう、過去に囚われた瞳をする結城君は存在しなかった。過去を受け入れて、その全てが自分なのだと信じる強さを持った本当の結城君がそこに居た。
 私は、そんな彼にやっと出会えた。

「わ、私も、たくさん迷惑かけるよ。私、結城君を追い詰めて酷い事したのに、それでもまだ結城君を手放せない、欲張りな自分勝手な奴だよ。結城君を取られたくないって、過去に嫉妬しちゃうくらい、ずっと私を見て欲しいって、思ってるよ。それでも良いの?」
「うん。今だから言うけど、実は俺も酒井さんに穂高さんの事取られる気がして焦ってた……同じだね、俺達」
「で、でも! もし別れたら私、一生結城君を引きずって生きるよ!」
「俺がどれだけ重い男かもう分かってるでしょ? 一生引きずるのは俺も同じ。だから俺を穂高さんの一生忘れられない男にして」
「っ……」

 耐えきれなくてあふれ出した私の涙を拭って、「泣かせてごめんね」と、結城君がその両手で私を抱きしめる。

「でもたくさん泣いて、俺の前で。全部一番に俺に見せて」
「うんっ……うん」

 ——あぁ、明日が来た。

 これは不安の中で一人何も見えないまま、何も出来ないまま答えが出る日を待っていた私の——私達の、新しい明日だ。
 夜が明けたらきっと、明日は今日になる。そして昨日になり、やがて過去の思い出になる。
 だから毎日思い出を作ろう。未来を作ろう。それと向き合う今日が、私達の明日を作るから。

 ——明日もずっと君の隣に。

 その願いを、私は目の前の海に沈めた。
 そうすればきっとずっと、何年経ってもまたここで、今日の私達に会えるから。

 そして私達はまた、私達の新しい明日へ向かうだろう。
 そんな明日が来る毎日は、とても楽しみだった。