「あはははは!」
「!」
突然店内に大きな笑い声が響いてびっくりした。犯人は橘さんだ。目の前で大きな口を開けて笑っている。
「あははっ、あーおかしい!」
「ちょ、お店なんで静かにしてください」
「いやぁ、ね? だって私に結城君を返してくださいって、そんな事言われるなんてこれっぽっちも思わなかったから。やっぱ一人で会いに来る度胸がある奴は言う事が違うね」
「…………」
馬鹿に、しているのだろうか。
「私、真剣です」
「そうだよね。じゃなきゃここに居ないよね」
「このままじゃ結城君は前を向けないんです」
「結城君が元カノに未練があるみたいに言わないで」
「ふざけないでください!」
思わず声が大きくなって、慌てて自分の口を押さえた。橘さんはそんな私を笑顔のまま見つめた後、すっと温度の無い瞳で「分かった」と、感情を消した様に静かに頷いた。その顔からは表情が無くなっていた。
「つまり君は、結城君を手に入れるのに俺の存在が邪魔だって気付いて、取り返す為にここに来たんだ」
「ちがっ、……結果的に、そうなります」
「いや、そうなりますって。そもそも結城君は結城君のもので誰の物でもねーよ」
笑顔を消した橘さんが冷たく言い放ったその言葉が、私に鋭く狙いを定める。
「結城君が君を選ばなかったならそれまでの話でしょ。俺も結城君も関係ない。それは君の自己満足だよ」
そして、橘さんは言った。
「君は結城君の気持ち、ちゃんと考えた事ある?」
……“結城君の気持ち、ちゃんと考えた事ある?”
——限界だ。もう、限界。
「あなたこそ、結城君の気持ちを考えた事があるんですか?」
私が頭のおかしい事を言ってるのは確かだ。橘さんの言う通り、私のその結城君を独り占めしたい気持ちが結城君を追い詰めた。これは私がただただ悪い。
でも、結城君の気持ちを考えた事があるかなんて、この人に言われたくない!
「あなたこそ、なんでそんなに結城君から目を背けようとするの? 結城君と会って話せば良いだけなのになんで会おうとしないの? 結城君はもちろん結城君本人のものだけど、今はもうその結城君が傷付いて消えちゃいそうになってるって言ってるのがなんで分かんないの?」
私の結城君でもなくて、橘さんの結城君でもない。そもそも結城君は結城君のものだって言うけれど。
「結城君は今、過去の傷を抱えたままもがいてる。その傷が本来の元気な結城君を飲み込もうとしてるんです。その大きな傷をつけたのがあなただって言ってるのに、今の結城君がどれだけ苦しんでるかも知らないで、知ろうともしないで、結城君の気持ちを考えた事があるのかって? 良い加減にして欲しい」
もう良い。言わせてもらう。結城君の大事な友達だって関係ない。
「さっさと結城君の心から出て行ってください。その手伝いをしてあげるってこっちは言ってんの。結城君が誰の物とかそういう事じゃないの。さっきから聞いてれば、あなたも結城君の事好きなんですよね? 嫌いで連絡しないし会いたくない訳じゃないんでしょ? こんな事になってるなんて考えた事も無かったって感じだったもんね?」
「…………」
「勘違いしないで。お願いしてるのはこっちだけど、あなたと結城君の二人じゃいつまで経っても仲直り出来ないだろうから、私が間に入ってあげるって話をしてるの。ちょっとは真面目に考えてください、私の為でもあるけど一番は結城君の為なの。結城君の新しい明日の為なの」
「……結城君の、新しい明日……」
呆気に取られた様に私の演説を聞いていた橘さんが、ハッとしたようにその言葉をぽつりと呟いた。
その時、燻っていた彼の瞳の奥で、小さな火がゆらりと揺れるのを私は見る。



