「最近結城君、思ってる事あんまり話してくれなくなったよね。デートの話になった時、私、結城君の好きなものとか好きな事とか、全然知らないなって気づいたんだ」
その言葉に、ハッと結城君の瞳が緊張に染まる。それを見て当たりなのだと思った。
「好きな事とか言いづらいのかなと思ってたけど、もしかしてそれだけじゃない? 言えない何かがあったのかな?」
そう口にした途端、その予感は的中したのだと確信した。だって結城君がふと遠い目をしたから。
——きっと橘さんだ。
そう思った瞬間、心に冷たくて熱いものが流れ込む。
「なんでも言ってくれて良いんだよ? 前みたいに。やっぱり私じゃ頼りないのかな」
「そうじゃなくて……頼りにしてるよ。だから会いに来るんだよ」
「でも結城君、大丈夫って言ってばっかだよ。私じゃ解決のお手伝いは出来ない?」
「…………」
結城君は黙って目を伏せて、そのまま机の上に置いた自分の手元へ視線を移した。それはまるで、じっと自分の心を見つめているかの様で——そしてぽつりと、唐突にその言葉は机の上に落とされた。
「嫌なんだ、そんな俺じゃ」
そして、ハッと顔を上げた結城君の強い瞳が私に向けられる。
「これは俺の心が受け入れれば終わる話だから、自分で解決するまで余計な心配を穂高さんに掛けたくない」
「余計な心配なんてそんな事、」
「でも、過去に引っ張られないで自分を見て欲しいってあの時穂高さんが言ってくれたから。だから俺はその願いを叶えたい。だって俺は、穂高さんが一番に頼りにしてくれる人になりたいから」
芯の通った突き刺さる様な声色は、結城君の決意をありありと表していて。
「穂高さんが治って嬉しい。元気で居てくれて安心する。でも、俺はまだ外に出るだけで体調悪くなるような駄目な奴だ。穂高さんのおかげで学校にまた通える様になったから、だから次は、もっと外に出ていける俺になりたい」
「……外に、出ていける」
もしかして。
結城君が言った外に出るのが好きじゃないっていうのは、室内が好きって事じゃなくて、外に出ると思い出が蘇るから嫌だって事?
——もしかして。
「映画、橘さんと行った事があるの?」
「…………」
思わず口にしていたその問いに、結城君は困った様に笑って頷いた。
不意に思いついたその仮説。私が提案した事により、結城君の体調が悪化したというのなら。
……そうか、間違いだったんだ。私が昨日進めた全てが、今ここで問いかけた全部が、結城君を追い詰めたんだ。
結城君の中には、思っていた以上に橘さんとの思い出が根付いている。上手く受け入れていこうとしていた所なのに、それを私は掘り起こしてしまった。
分かってたのに。橘さんの事、触れない様にしないとって。じゃないと結城君が前の状態に戻ってしまうかもって。
「ど、どこでも良いんだよ。私、本当はどこにも行かなくていいの」
今更謙虚になったって遅い。それだけで良かった事に気づいたってもう遅い。
「そんな事言わないでよ。穂高さんの喜ぶ事がしたいし、それが出来る人になりたいんだから」
「出来なくても良いんだよ。結城君が側に居てくれればそれで」
「でも俺は穂高さんの側に居るのがそんな奴じゃ嫌だ。そんな自分許せない」
「違うよ。悪いのは私。許せないなんてそんなの、」
「ごめんね穂高さん。でもこれは俺の問題だから。俺が俺自身を受け入れられるかどうかの」
——つまり、私はもうこの問題に関わる事は出来ないって事?
デートの話なんてしなきゃ良かった。好きな事は何かなんて、聞かなきゃ良かった。
結城君が言わない事の先には、結城君の辛さが隠されてるに決まってるのに、なんで分からなかったんだろう。私を思って隠してるって、なんで気づかなかったんだろう。
なんで隠させる様な事、させちゃったんだろう。
そうして結局そのまま映画の話は無くなって——
その日から、私は結城君に会えなくなった。
完全に、自業自得だった。



