「だから、今は穂高さんと自分の世界で精一杯かな。元々留年した身で置いてもらってる教室な訳だし、他の人との事まであんまり気に出来ないんだよね」
「……そっか、そうだよね。今だって結城君は頑張ってるんだもんね。変な事言ってごめん」
「別に変な事じゃないよ、俺の方こそごめんね。これからはちゃんとした人間になるからさ。穂高さんが隣に居て恥ずかしい思いしない様に」
「そんな事思った事ないし、そのままの結城君で良いんだよ。いつでも辛くなったら頼って欲しいから」
「……うん、ありがとう」
そう言って、笑顔を見せる結城君。最近笑ってくれる事が多くなったなと思う。そういえば笑顔が増えるにつれて辛そうにしてる所を見なくなっていったから、結城君の言う通り、それも体調が良くなってる表れなのかもしれない。
それともう一つ。
「そういえば最近、橘さんの話しなくなったね」
「……穂高さんと居ると忘れられてるからかな」
「そっか。それなら、良かった」
これも体調が良くなった事によって変わった事の一つなのかな、と思う。
前は私に過去の自分の経験を重ねて振り返る事が多かったけど、今はもうそんな事も無くて、すっかり結城君から橘さんの名前が出て来なくなっていた。もう私との関係が変わって気持ちが切り替わったって事なのかもしれない。
詳しく訊く事で辛さを掘り起こしてもいけないから、橘さんの話題はこれくらいで終わりにする。私にだけしか話せないのだとしたらどんどん話して欲しいと思うけど、話す事が解決に繋がる訳でもないから。
心は繊細だ。どんなに良くなっていても、ちょっとした刺激で簡単に悪化の一途を辿る事になってしまう事もある。橘さんの話題はなるべく避けた方が良い。
「結城君がずっと元気でいてくれたら良いな」
そう呟くと、結城君は「俺もそう思う」と頷いて、
「穂高さんがずっと元気でいてくれたら、俺も嬉しい」
と、またにこっと笑ってくれるのだ。
その笑顔を見ると、私は毎回とても安心した。大丈夫なんだって、間違ってないんだって思えた。
不安な気持ちを吹き飛ばす為に、私はいつも結城君の笑顔を見ていたかった。
そう。それはつまり、不安を感じる時があるという事。なんとなくだけど引っかかる時が。体調が良くなったからと言えばそうなるんだけど、でも、なんで急に変わったんだろうと、心の持ち様で変わる事もあるんだって分かってるけど、それでも大丈夫かなって。無理してないかなって不安になる時が。
——笑顔で本当の気持ちを隠してない?
だって結城君は橘さんの話をしなくなったと同時に、弱音や辛さを私に吐き出してくれる事が無くなったから。全部を一気に無くす事なんて無いのに。そんな事ってあるのかなって思うから。
もしかしたら本当は何か違う理由があるんじゃないかって、頭の片隅では思っていた。けれど、それには蓋をしている。もしそうだとしても、結城君はきっと触れられたく無いから隠しているんだと思うから。
私の考え過ぎなら良いんだけど。



