「……じゃあさ、なんで保健室通うくらい体調悪かったのに頼ってくれなかったの?」
意を決した様に、絞り出す様な声に乗せて、穂乃果ちゃんはそれを訊ねる。
そっか。穂乃果ちゃんはあの頃から気付いてたんだ。
「その原因に関わってたから……言えなかったんだよ」
「原因そのものじゃなくて? 私達が嫌だったんでしょ?」
「穂乃果ちゃん達みんながっていうか、話す内容が。酷いなって思ってた。人を傷つける事とか平気で言うから。でもそれに合わせて頷いて笑ってる自分はもっと嫌で、毎日それが積み重なって、気付いたら過呼吸になってた」
「でもそれはこれからも変わらないじゃん。嫌な話ずっとするよ、私もみんなもそういう奴じゃん」
「うん。でもその時は良くないって言ってもいいし、嫌な時だけ離れてても良いんだってみんなが教えてくれた。今度からそうしようと思う」
けれどその答えに穂乃果ちゃんは納得がいかないみたいで、顔を顰めたまま何も言わない。
そして長く間を置いた後、
「出来るの?」
そう私に尋ねた。
「今まで出来なかった事がそう簡単に出来る?」
——あぁ、信頼されてないんだな。
そう実感した瞬間だった。あの時穂乃果ちゃんが感じていたのはこんな気持ちだったんだ。
信頼されてないから、私たちの間での約束にならなくて、それを責められている。
今までの自分の行いに後悔しつつ、全ては私が積み上げて来てしまったものだから仕方ない、出来るのだとこれから証明していくしかない、そう、私の事を責める穂乃果ちゃんの言葉を受け取った、けれど。
「体調悪くなるくらい嫌なのに、ずっと言えなくて苦しんで我慢してきた事なのに、ちゃんと澪は私達に言えるの?」
——それは、私が受け取った感覚とは違う感情から伝えられた言葉の様で。
「心配、してくれてるの?」
驚きのまま呟くと、穂乃果ちゃんがぎゅっと私を睨みつけた。
「当たり前じゃん! 澪、いつも何も言ってくれないんだもん!」
彼女の両目は透明の膜が張って、ゆらゆらと瞳が揺れ始める。どんどんと込み上げてくるそれは、彼女の涙だ。
穂乃果ちゃんが、泣いている。
「我慢しちゃうんだもん! 私がこんなだから言えないんだって思って変わりたいと思ったけど、どうすれば良いか分かんないし! 澪がどうしたら喜んでくれるのかも分かんないし! そもそも私は私にしかなれないし! 無理させてばっかりなのくらい気付いてたよ! でも助けられなかったから嫌だった! 無理して笑われるのが嫌だった! なのに結城に簡単に頼るのが嫌だった!」
穂乃果ちゃんが大きく目を見開くと、そこから込み上げていた大粒の涙が次々と頬をつたい落ちる。まるで今まで堰き止めていた思いと共にあふれ出す様に。
「私だって澪の事好きだよ! そうやってぐずぐず考えて言葉にしないとこ嫌だけど、それが澪だって分かってるし、澪が優しいし気が利くからだって思ってる! そんな澪に憧れてるんだもん!」
「っ、穂乃果ちゃん……」
「なんでも言ってくれなきゃやだ! こんな我儘な私やだ! でも私の事嫌いにならないで……!」
ぼろぼろ涙を流す穂乃果ちゃんを思わず抱きしめると、私も一緒になってわんわん泣いた。
誰も居なくて良かった。私達だけで良かった。
私達は今、二人だけの教室で本当の心を見せ合い、受け入れ合う事が出来たのだ——。



