急に自分の名前が出てきて驚くと、結城君はうんと、私の目を見て頷いた。

「同じ症状だって気付いた瞬間、助けなきゃって思った。俺にはその辛さと厄介さが分かってたから、俺と同じ目にあわないようにって。そうなると俺の頭の中は穂高さんを助ける事に切り替わるから、自然といつもの嫌な予感がなくなって、調子の悪さもどこかへ消えるんだ。だから俺の最悪な経験も無駄じゃなかったんだ、みたいな、俺が穂高さんを助けるんだ、みたいな使命感を勝手に抱いて、それに救われてた」
「そう、だったんだ……」

 使命感って、そういう事だったんだ。
 だから結城君はずっと私を助けてくれてたんだ。

「私、なんで結城君はこんなに私を助けてくれるんだろうって思ってたんだよ……結城君の為にもなってたんだ」
「うん。ごめんね、騙したみたいで」
「なんで? 何も騙されてないよ」

 騙されてなんてない。
 むしろ、そうであってくれて嬉しい。

「迷惑掛けてばかりだと思ってたから。そうじゃなかったなら嬉しい」
「迷惑なんてないよ。俺から関わりにいってたし」
「うん。そうだった。いつも結城君が気付いてくれてた。それで私は一人じゃないって、頼っていいって言ってくれた」
「……そうして欲しかったんだよ。そうなれば少しでも駄目な自分を肯定出来たから」

 気まずそうに、申し訳なさそうに結城君は言った。そして、「利用してるみたいでごめん」と。

 ——私は、騙されて利用されているのかな。

「違うよ」

 答えは考える前にはっきりと、声になって外へ出ていた。

「結城君が私にしてくれた事が自分の為に利用してた事になるんなら、私も結城君を利用してきた事になるよ。私なんて結城君がいなきゃ一人じゃ何も出来なかったんだから。でも、私は結城君を利用してきたとは思ってない」
「……助けられたって思ってくれてるんでしょ?」
「うん。で、結城君も、私に助けられたって言ってくれてる。それってつまりさ、私達は支え合ってきたって事になるんじゃないかな?」
「!」

 そう。私達は今日この時まで、ずっとお互いの存在がお互いを助け合い、支え合ってここまで来たって事になる。

「それってすごいよね。助け合う為に私達は出会ったみたい。辛い事を経験した私達だったから、今、支え合える私達として出会えたなんて、今までの弱い自分も、嫌な自分も、全部必要なものだったって受け止められるなんて、そんなの最強だよ!」

 そうか! それってつまり、

「それが今日生まれた新しい明日なんだ!」

 まるで点と点が繋がった様に、すんなりとその答えが口をついて出た。

「私と結城君が今日約束を果たして海に来た事で迎える、私達の新しい明日! 一人じゃない、二人の明日が来るんだよ」
「……二人の明日」

 目を丸くして呟く結城君の瞳が揺れた。

「……そうだな。無駄な事も辛い事も、それに立ち向かった今日が、新しい明日を作る。ずっと一人で立ち止まって、来ようとも思えなかったこの場所にやっと来れたみたいに。二人だったから、穂高さんが居たから俺はここに来て、初めてあの時の事を声に出して外に出せた……穂高さんが受け止めてくれたから、俺に新しい明日が来た」

 そして、きらりと海の波のように月明かりを反射して、結城君のその瞳が光る。

「穂高さん、俺の今までに意味を作ってくれてありがとう。ダサい俺を受け入れてくれて、俺を明日に連れていってくれて、ありがとう」

 そこには、心をそのまま表した様なすっきりとした笑顔を浮かべる結城君が居た。それは結城君が私に見せた初めての表情で、私の心が感動に震えるのが分かった。
 まさか、こんな日が来るなんて考えた事もなかったから。

「……全部私の台詞だよ」

 私を受け入れてくれたのも、明日に連れていってくれたのも結城君だ。私が結城君の為になれたならそれは、結城君自身が頑張り続けた事で引き寄せた新しい未来なんだと思う。

「全部結城君のおかげだから、私はその結城君のおまけみたいなものだよ。でも、そう言ってもらえるのは本当に嬉しい」

 こんな私だけどここに居て良いのだと、私がここに居る事が結城君の為になるのだと信じられる事は、私を強くしてくれるから。

「ありがとう結城君、私に全部話してくれて。私、もっと強くなるね」
 
 もっともっと、結城君に頼ってもらえる人になる為に。
 これからも二人で明日を迎えられる様に。

「……別に強くならないでいいよ。元気でいて」

 そう言って、照れたように目を逸らすと、「そろそろ帰ろう」と歩き出す結城君の後に続いた。

 ——家に帰ると、身支度を済ませてベッドに潜る。
 そうするとまた、いつもの様に明日がやって来る。
 でももう、何も怖くなかった。だって私が迎えるのは新しい明日なのだから。

 ……結城君も眠れてると良いな。

 そう思いながら目を閉じると、次に目を開けた私の元に、朝がやって来た。 
 それはきちんと眠れた、優しい朝だった。