結城君は、ふっと私から目を逸らして真っ暗な海へ確認するように目を向けたので、私も同じように海を眺めた。

 そこにはダサい自分が沈んでいるのだと結城君は言っていた。私はそんな結城君ごと全部知りたい。この海に一人で取り残したくない。結城君を置いて行った人がいるのなら、これからは私が結城君の側に居たいとさえ思う。

「……橘って言うんだ」

 結城君はぽつりと呟いた。まるで吸い込まれるみたいに海を見つめながら。

「友達なんだ。自由な奴でさ。でも自分の生き方?みたいなものには真面目で真っ直ぐで、その強さが眩しかった」

 その説明だけで、なんとなく分かるなと思った。その強さが眩しいっていうのが、私にとっての穂乃果ちゃんと似てると感じたから。

「だから俺、橘と自分を比べて悩む様になったんだ。そしたらそれに気付いた橘に、ここに連れこられてさ、それでさっき言った海に叫ぶ話をされた。そうやって自分は悩みを解決させてるんだって」
「それで一緒に叫んだの?」
「いや、一緒にっていうか……まぁ、結果的には叫んでたけど、その時俺、自分の思ってる事正直に言ったんだよ。おまえと比べて落ち込んでるって。ぼんやりとした毎日が続いていくだけの自分の人生が不安だって」
「……そしたら何て?」
「当たり前だろって言われた。今はどうやって変えていこうか考えてる途中なんだから、そりゃあ不安で悩むだろって。でもそれがちゃんと明日の為の今を生きてる証拠なんじゃないの?って」
「……!」

 ——それが、明日の為の今を生きてる証拠。

「今悩んでんなら俺の毎日はちゃんと明日の為にあるから大丈夫って。自分で言って忘れたの?って笑われて——それさ、そのまま俺、悩んでる橘に言った事あったんだよ。人に偉そうに言っといて、いざ自分になると焦って卑屈になってわかんなくなって、すげーダサかった」
「…………」
「だから最後に思いっきり叫んで、ダサい俺は海に沈んで藻屑となって消えて一件落着!ってなったんだけど、その日の帰りにさ、橘に聞かれて……」

 そして、ぴたりと止まった結城君の話に、何を?と続きを促す様な事は出来なくて、じっと黙って隣にいた。
 だって結城君が、苦しそうな、涙を堪える様な顔をしていたから。

 きっとそこに結城君が抱えていた悲しみがあるんだと思った。その蓋を今、開こうとしている。

「……辛かったら良いんだよ」

 私の言葉に、はっと視線を海から私へと戻した結城君は、横に首を振った。
 そして、

「一緒に辞める?って聞かれたんだ」

 そう言って、また息を吐くように笑った。
 ……分かった。これは自嘲しているんだ。

「『もしオレが学校辞めようかなって言ったら何て言う?』って聞かれて、辞めない方が良いと思うって、寂しいって答えたんだ。そしたら真面目な顔して、じゃあ一緒に辞める?って……答えられない俺に、橘は冗談みたいに笑ってたんだけど、結局あいつ、本当に学校辞めたんだ」
「…………」
「あの時以来俺には何の相談も無くて、担任から伝えられただけで……俺、ずっと考えてるんだ。どうすれば良かったのかって。もしあの時、俺が頷いたら違う今があったのかもしれない。でも、俺が学校をやめるなんて事はあり得なくて、考えるほど俺には何も出来なかったんだなって、橘はそれをあの時見抜いたんだなって、あれが俺と橘の最後だったんだなって、そう思うと、すごく、辛くて」
「…………」
「橘はあの日、何かを期待して俺に訊ねたのかもしれないのに、肝心の俺は断る事も受け入れる事も出来なくて、その質問ごと無い事にして橘の変化に気付かない振りをしたんだ。それがあいつを失望させたんだ。連絡もつかないし、橘の中にきっともう俺はいない。俺の中には、こんなにずっと大きな存在としてあり続けるのに。ここだって、二人なら思い出になるって、あいつが言ったのに。結局思い出に取り残されてるのは俺だけだ」

 そう語る結城君はハッと我に返った様に私を見て、ごめんと謝る。力が入り過ぎてたと。

「……それで、学校とかコンビニとか、思い出ばっか目に入って、その度に何か出来たんじゃないかとか、でもあいつは何も思ってないとか、出来なかった自分を責める様になって、穂高さんみたいな症状が出始めてから外にも出れなくなって、結果留年だよ。最悪だよな」
「……でも、今は学校に来てるし、授業も出てるじゃん」
「病院行ったり対処法身につけたりして何とかね。だって、こんな俺見せられないし」

 なんて、困った様に笑った結城君が言う。

「きっとあいつは今もどこかで自分の人生を全力で生きてるのに、うだうだ悩んで外にも出れないこんな俺は見せられないと思ってさ。でも、見ない振りしても急にやってくるし、棘が刺さったまま抜けなくなってるみたいな、そんな毎日だよ。きっとこの先ずっとこうなのかなって諦めてたんだけど、そこで穂高さんに会ったんだ」
「……私?」