——朝を迎える。
 ずっと夢を見ていたような、ぐっすりとは言えない浅い眠りだった。でも、眠れなかった訳じゃない。
 これは、大きな変化だった。

「お母さんおはよう」
「おはよう。調子はどう?」
「うん。大丈夫」

 無理はしてない。昨日保健室でも早退した後も寝た分、浅い眠りだったとしても睡眠の量としてはいつもより足りている感じで、昨日のような具合の悪さがなかった。

「病気だったら無理しないで言いなさいよ」

 それに「うん」と返事をすると、ホッとしたような表情をしたお母さんはそのままいつもの通り、洗濯を干しに二階へ上がっていった。

 ……心配してくれた。病気だったらって考えてくれてたんだ、お母さんは。

 きっと昨日もそうだったんだ。私の顔色が悪いから心配して、その原因が病気じゃなくてただの寝不足だったからあんな感じになっちゃったけど、早退してきた私にお母さんはやっぱり病気だったのかもってまた考えてくれて、今日の私の体調を心配してくれた。怒ったのは心配だったからなんだ。

 少しすっきりした頭ではそんな風に物事が考えられて、食欲はそれほどなかったけど、食べて吐いてしまうような事は起こらなかった。

 全部は、結城君に話せたから。
 結城君に気づいてもらえて、受け止めてもらえたから。

 “きっと明日は新しい一日になる”

 もしかしたらあの時、私は結城君に魔法をかけてもらえたのかもしれない。
 まるで昨日の結城君の言葉が現実になった様だった。


 無事に登校して教室に着くと穂乃果ちゃん達がいつもの様に声をかけてくれるから、それに返事をしながら席に着いた。
 もう机の周りにはみんな集まっている。
 大丈夫? 昨日休みだったじゃんと心配してくれる。
 なんで? どうしたの?と、理由を聞かれる。
 いつもはそれで口篭って、本音を隠さなきゃと誤魔化して、みんなの顔色を窺っていた。そんな自分に対して嫌気が差して、自分は最低だと心の中で責め立てて、その状況を作るこの人達が嫌いだと人のせいにまでしてた。
 でも、今日は違う。

「いつもの体調不良だったんだけど、なんか一日休んだらすっきりしたよ」
「寝不足のやつね! たくさん寝てすっきりしたって事?」
「そんな感じだと思う。もしかしたらただの風邪だったのかも」
「あるね〜。澪は馬鹿じゃないから風邪ひくもんな〜」
「私らと違ってね。そりゃあ最近調子悪いってなる訳だ」

 そんな事ないよって慌てる私にみんながあははと元気に笑う。そんな楽しい雰囲気。
 なんだ、こんな簡単な事だったんだ。
 みんな良い人だ。私が変に拗れさせて考えてたから。それがいけなかったんだ。たったそれだけの事だったのに。

「そういえば澪、またあいつと居たって聞いたよ」
「!……結城君の事だよね?」
「そう。最近澪との絡み多いよね」
「狙われてない? 澪。大丈夫?」
「ないない、大丈夫だよ」

 どきっとした。まさか結城君の話題になると思わなかったからだ。大丈夫。変に誤魔化そうとするからいけないんだと、さっき分かった事を頭の中で繰り返す。大丈夫、大丈夫。みんな心配してくれてるだけなんだから。

「でも嫌味とか言われてるって言ってたじゃん。サボる口実に利用されたりしてない?」

 ほら、ね? 心配してくれてる。

「あの人謎だからね。留年してるので正解らしい。二年の同中の先輩が言ってた」

 あ、結城君に対して探りを入れ始めたんだ。私と関わったばっかりに興味をもたれちゃったのか……変な事が起こらないと良いけど。