そうしたら、私は私と向き合わなくても良いから。ずっとこのままここに居られれば、私は何もしなくていいのに。
何かが進むのが怖い。改善しないまま悪くなっていくのも、改善する為に立ち向かうのも、全部怖い。全部明日が来るせいだ。
「明日が来なければ、私は私を嫌いにならないで済むのに」
——そう。私はずっと、私を嫌いになる現実が嫌だったんだ。
だからみんなと関わりたいけど関わりたくなくて、嫌いじゃないのに嫌いだった。
だから穂乃果ちゃんに憧れて穂乃果ちゃんの側に居たいのに、側に居るほど心が疲れていった。
私は自分を守る為に言えない本音が毎日毎日積み重なり、結果、自分で嫌な私を作り上げてきた。
「毎日私が嫌いになるよ……」
嫌い。大嫌い。そんな私は絶対に見せられない。知られたら駄目。知られる訳にはいかない、けど。
「そんな私に気づいて欲しいよ……」
毎日自分を責めるこの気持ち、誰かに分かって欲しかった。何が嫌で何が辛くて何が苦しいのか、知って、受け入れて欲しかった。隠しているのは私なのに、騙しているのは私なのに。でも、本当はそんな嫌な私も全部受け入れて欲しいと思ってる。
頬を涙が伝い落ちる。どれだけ願っても憧れは遠くて、こんな私の現実は厳しい。
願い事ばかり。泣き言ばかり。一人で何も出来なくて、誰かに助けてもらいたがってる嫌な私。
結城君に頼りっきりの、弱い私。
『……分かるよ』
けれど、そんな私の嫌な弱音ばかりを聞いたとは思えない、優しい声が耳元で響いた。
『俺もそう。自分の出来なかった事ばかりが目について、毎日自分が嫌になる』
「……結城君も?」
『うん。だから穂高さんの辛い気持ち、ちゃんと分かる。考え過ぎて夜が怖いのも、自分が嫌になって、そんな自分見せられないと思うのに、なのに誰かに気づいて欲しいって、つい願ってしまう気持ちも……』
「……結城君も今、私と同じなの?」
『…………』
少しの沈黙のあと、訊ねた内容に対する返事の代わりに返ってきたのは、
「でも、きっとそんな自分じゃあいつに見せられないから」
そう、ぽつりとこぼれ落ちるように告げられた言葉。
「……あいつ?」
独り言のようなその結城君の呟きに対する私からの問い掛けに、結城君から返事はなくて、『穂高さん明日の夜は暇?』と、切り替えた様にはっきりとした声で訊ねられる。
「夜? 何も無いけど……」
『連れて行きたいとこがあるんだ。昼間でも良いけど、多分夜の方が良いよ。恥ずかしいから』
「恥ずかしい?」
どういう事?と考えていると、ふっと小さく笑う声が耳に入った。結城君の物だ。
『だから、明日が来ないと困るから、今日は仕方なく明日が来る準備をして欲しい』
「……え?」
『俺も。明日の為に気持ち作るよ。だからとりあえず、明日はお互いいつもと違う明日を迎えよう。きっとその為に今日があったんだと思おう』
「……その為に今日があった」
思い返したくないくらい、今日も散々だった。そんな今日のせいで明日はもっと嫌いな私と向き合う事になるんだって、そんな明日が嫌だって、さっきまで思っていたけれど。
『今日があったから俺は穂高さんの辛い思いが知れて、俺達の間に約束が生まれて、今までと違う明日が用意されたんだよ』
「…………」
『だから今日はもう明日の準備をしよう。大丈夫。今日穂高さんが頑張った分だけ、きっと明日は新しい一日になる』
「……うん」
きっと新しい一日になる。それは自分だけでは思いつきもしなかった、迎える事も出来なかった明日の在り方で。
『俺に穂高さんの事話してくれてありがとう。穂高さんの辛さは俺が受け取ったから、穂高さんの願いは一つ叶えられたんだって信じて欲しい』
「………っ!」
『俺を信じて』
その言葉に、背中を押されるように「うん」と頷いて、おやすみの挨拶と共に通話を終えた。
本当は辛いのって、ずっと誰かに言いたかった。
大丈夫だよって、受け入れて欲しかった。
それを全部、結城君が叶えてくれた。結城君は、いつも私に気づいてくれて、私をいつもどん底から引き上げてくれる。今日だってそう。
結城君が教えてくれた、新しい明日の迎え方。それが私の明日を照らし出してくれる。
今日があったから結城君との約束がある。今日生まれた約束が、私達の明日を変えてくれる。
目を閉じると、さっきの結城君の声がまだ頭の中に残っているような感じがして、それがやってくる嫌な考え事から私を守ってくれるようだった。



