「家でも何かあったら連絡して良いから」
「うん」
「穂高さんには俺が居るから」
「……うん」

 お母さんに怒られるって言ったの、覚えててくれたのかな。念を押すように言う結城君に頷いて、私はこの日、一度も教室に顔を出す事なく早退する事になった。
 家に帰るとお母さんは仕事に行っていて居なかったので、帰って来た事の連絡だけ入れた。具合が悪くなって早退する事になったのだと。
 すると暫くしてから返信があった。

 “体調が悪いなら言えば良かったのに! 帰りに買ってくるから欲しいものがあったら教えて”

「……言って良かったんだ」

 すんなりと受け入れるお母さんの返信を見て、そういえば寝れてないとは言ったけど、体調が悪い事は伝えてなかったなと気がついた。でもあの勢いで怒られたら流石に言えないと思う……だけどもし、もしあの時言えてたら、何か変わってたのかな。

 “無理しないでちゃんと寝なさいよ”

 寝れてないと言った今朝の私への返事なのか、単に体調を治す為の言葉なのかは分からない。けれど今、お母さんが心配してくれている事だけは十分に伝わってきてほっと息を吐くと、そのまま布団に潜り込み、目を閉じるとすぐに眠りについていた。

 目が覚めた頃にはお母さんは仕事から帰って来ていて、怒られるかなと思ったけど、「早退なんて珍しいから驚いた。顔色悪かったもんね」と伝えられただけで、怒られる事もなくいつも通りの忙しそうなお母さんだった。
 ドキドキと大きくなっていた心臓の動きが穏やかになる。

 ——もしかしたら現実は、思っているより優しい事もあるのかもしれない。

 今日の保健室での事もそうだ。先生は病院に行く事を提案していただけなのに、それを私は勝手に早く治せと責められている気持ちになって、ここに来られたくないからだと解釈して、先生の言いたい事を捻じ曲げて受け取ってしまっていた。
 結城君の事もそう。ただ心配してくれただけだったのに、その言葉を、表情を、呆れているのだと、責めているのだと感じていた。全部、そんな事は一切なかったのに。

 今回は偶然先生と結城君が同じ場所にいて、二人の会話を聞けたから勘違いに気がつけた。でも、普段はどうだろう
 思ってる事はある。たくさんある。でもそれを言葉にしないから人に伝わらない。伝わらないから、すれ違いにも気付けない。口に出さないから、相手からも返ってこない。
 もしかしたら、それだけの事もあるのかもしれない……?

 明日、もしみんなに会った時。もし穂乃果ちゃんに会った時。今日の事が、最近の私の事が聞かれた時。私の嫌だと思う事。私の好きだと思う事。これまでの事とこれからの事。
 私は、話す事が出来る?

 出来る私になりたい。このままハリボテの私で居たくない。そんな自分は大嫌いだから。でも——そんな簡単に出来たら私はこんな事になってない。

 きっとまた明日学校へ行ったら、今度は答えが分かってるのに行動に移せない私が露わになる。
 人に合わせる事しか出来ない嫌な私。それも全部私と合わないみんなのせいだからと、被害者振った私。そして、解決する為に行動に移せない臆病者な私。
 そんな私に会う為に、私の明日がやって来る。毎日毎日。だって今日もまた夜がやって来た。もう夜が来てしまった。

 ……眠れない。