その途端、すっと心が軽くなるのを感じた。けれど、縋るように目を向けた先の結城君の表情が目に入った瞬間、さっと冷たいものが背筋を撫でる。

「え、休んだんじゃないの? また顔色悪くなってんじゃん」

 そう言った結城君は、不機嫌そうに眉間に皺を寄せて私を見ていたから。手伝ってやったのになんで治ってないの?と、怒られている気持ちになって、途端に後悔が押し寄せる。

 なんで早く帰らなかったんだろう、結城君だってそう言ってたのに。早く帰れば良かったのに、どうして私は我儘を言ってしまったんだろう。

 迷惑しかかけない自分が嫌で嫌で仕方なかった。どこにいても何をしても、私は迷惑しかかけない。心配かけてばかり。先生にも結城君にもどうすればいいかアドバイスしてもらったのに、それが活かせないままここに居る。
 自分で何も出来ないのに、誰かに助けてもらう事しか考えてない。

「ご、ごめん。もう帰るからだいじょう、」
「先生ちゃんと穂高さんの事休ませたんだよね? もしかして何か変な事言ったりしてない?」

 ……え?

 そう言った結城君はもう私を見てなくて、先生の方を向いている。

「変な事なんて言う訳ないでしょう。ただ、こうも頻繁に具合が悪くなるようなら一度病院に言ったらどうかって話をしただけで、」
「それで病気の名前をつけろって?」
「そうする事で対応出来る幅が広がります」
「簡単に言うけどさ、予約取れてもずっと先だから今すぐ診察してもらえる訳じゃないんだよ? その間にずっと病院行くまで治らないって思い込ませて何になるの?」
「…………」

 ふっと、先生のその目から力が抜ける。それはまるで憐みを浮かべている様な、同情している様な瞳をしていた。
 それに結城君も気付いた様で、ハッと口を閉ざすと一つ、大きく息を吐いた。それは二人の間で何かが伝わりあった瞬間だった。

「……先生、ごめん。つい重ねちゃって」
「私の方こそ。気付いてあげられなくてごめんなさい」

 そう二人で謝りあうと、そのまま二人は私を確認する様にちらりと視線を投げると、またお互いに向き直る。

「俺、穂高さんにはちゃんと原因と理由があるし、解決の糸口もあると思うんだ。ただ、今は支えが必要ってだけで」
「……その支えに私と結城君がなれば良いって事?」
「そうなれれば良いなと思うから、先生はここに穂高さんの居場所を作ってあげて欲しい」
「もちろんよ。それに結城君、あなたの分もね」
「……ありがとう、先生」

 そして結城君はまた、「穂高さん」と私の名前を呼ぶ。

「分かんなくて怖いよな。俺、同じ経験があるから分かるんだ」
「……え?」

 同じ経験? それってどういう……?

「あのさ、とりあえず今日は授業出ないとだから今度ゆっくり話そう。そうだ、連絡先交換しよ」
「あ、うん」

 そうしておずおずと差し出した画面を読み取り合って、私の友達一覧に結城君の名前が並んだ。
 結城君との、物理的な繋がりが出来た瞬間だった。

「今日はどうする? 無理しない方が良いと思うけど」
「あ……えっと、」

 この一連の流れの中ですっかり胸のざわめきはおさまっていたけれど、無理しない方が良いという言葉がすとんと胸におさまって、先生の方を見ると先生も同じ様にうんと頷いていた。

「……今日はもう帰ろうと思います」

 それに二人はそうだねと、その方が良いと言ってくれた。