言うのは簡単だってお母さんは言うけれど、私はその言う事すら出来ないで悩んだまま、ずっと立ち止まっている。だって言ってしまったらもう言う前には戻れないのだから、そう簡単に口に出せるものじゃない。
 現にたった今、つい寝れてないと答えただけでこれだ。こんな事になるなら寝てるよと答えれば良かった。でもこういう時、私はお母さん相手だといつも結局本当の事を言ってしまうし、何故か嘘をついてもバレてしまうタイプだった。
 なんでかは分からないけど、みんなが私に大丈夫かと声を掛けるのも、もしかしたら私が隠しきれていないからなのかもしれない。気付いてなかっただけで、もう勘づいてる人は居る? その内に嘘がバレてしまったらそれは最悪なパターンになってしまう訳で……でも、私にとっての最悪なパターンって何?

 嫌な事は何個もあげられる。みんなに無視される事。悪口を言われる事。嫌がらせを受ける事。でも心の中でみんなの悪口を言ってたのは私も同じだ。嫌だけど、もしそうなった時に仕方ない部分もあるかなと思える。
 でも、そこに穂乃果ちゃんも加わっていたら?
 穂乃果ちゃんに、呆れられて疎ましく思われたら? 冷たくあしらわれたら? そういう人間だったんだって、失望されてしまったら?
 ——そんなの、絶対に嫌だ。そうなるくらいなら自分から言ってしまった方が良いのかも……でもそれは結局、言ってしまった瞬間にみんなを、穂乃果ちゃんを否定する事になるんだし、結果として同じ事だ……。

 もう、自分がどうすれば良いのかさっぱり分からなかった。頭の中で文句ばかり言っていて、改善する為の行動に移せない自分が嫌になる。嫌だ嫌だとごねてばかりで一人で何も出来ない自分。
 嫌いだ、大嫌い。気持ち悪い。

「! ——っ、」

 急な吐き気が込み上げてきてトイレへ駆け込むと、今食べた朝ご飯を全て吐き出してしまった。はぁはぁと荒い呼吸をなんとか整えて口をゆすぎに洗面所へ向かう。

「……うわ……」

 すると鏡に写ったのは、目が窪んでいて紫色の隈と血色の悪い真っ白な顔色をした、幽霊みたいな私の顔だった。

 この顔で学校に行くの……?

 お母さんは二階のベランダで洗濯物を干してるから気付いてない。今から声を掛けに行って……でも、さっき怒られたばかりだ。絶対にまた怒られる。

「…………」

 仕方なく、学校へ行く準備をする事にした。大丈夫、たいした事ない。大丈夫。そう言い聞かせて外へ出ると、朝の日差しが強過ぎて、明るさの中どろどろに溶けて汚い自分が溶け出して来る様な気持ち悪さがあった。
 行かないと、足が重い。身体が重い。頭が重い。でも、学校に行かなくちゃ……いつも通りにしないとみんなに嘘がバレてしまう。学校に行かないとお母さんに怒られる。
 怒られて、嫌われて、失望される。そんな奴だと納得される。そんな私は嫌。最悪だ。いつも私はこう。こんな私嫌い、最悪な事しか起きないのは全部、私が全部、こんなだから……っ、

「穂高さん」
「!」

 あ、あぁ……そっか。

「顔やばいけど大丈夫……? え、冷た! 指冷えきってんじゃん」
「……結城君」

 そうだ、結城君が居た。私には結城君が。心配して、また声を掛けてくれたんだ。

 その途端、どろどろになった自分の心が言葉になって、自然と口からこぼれ落ちる。

「……気持ち悪い」
「だろうね。なんで来たの?」
「……学校は、行かないといけないから……」
「体調悪い時は休むのも学校のルールだから」
「…………」