ハッと視線が集まった先。教室のドアの前にあったのは面倒臭そうな態度でこちらを見て佇む結城君の姿。

「昼休み中に来て欲しいらしい。今行った方がよくない?」
「あ、うん」
「連れてこいって言われたから俺も行く。体育の見学抜けたじゃん? その話らしい」
「……わかった」

 正直に助かったと感じながら立ち上がり、急いで教室を出る。「がんばれ〜」という声を背中に聞きながらホッと息をついた。教室から離れたというだけでいつの間にか心臓の動きも息遣いもいつも通りに戻っていて、本当に原因から離れる事で治るものなのだと実感した瞬間だった。
 そしてそのまま何も言わない結城君の後ろを黙ってついて歩いていくと、辿り着いたのは保健室であった。

「え、保健室に体育の先生が居るの?」
「…………」
「あ、保健室の先生に呼ばれたって事か」
「…………」

 特に何も答えない結城君がガラリとドアを開けて入っていくので続いて入ると、「もう戻ってきたの?」と首を傾げる保健室の先生と目が合った。

「あら? 穂高さん?」
「は、はい」
「その後どうだったかなって心配してたのよ。また体調悪くなっちゃった?」
「あ、えっと……」

 あれ? なんか聞いてた感じと違う……?

 ハッと結城君に目をやると、彼は何事も無かったかの様な顔をして丸椅子に座り、くるくる回す様に椅子を動かしている。

 え、どういう事?

「……もしかして、また嘘?」
「……結構リアルだったでしょ?」
「…………」

 したり顔でこちらを見てそんな事を言う結城君に言葉を失くしていると、先生の「どういう事?」と説明を求める声が耳に入って我に返った。

「えっと、ここに来たのは結城君に体育の見学の件で先生に呼ばれていると聞いたからで、体調はその、特に悪くは……」
「悪そうだったけど」
「!」

 そこに間髪入れずに入ってきた、結城君の言葉。
 ——そうか、そういう事だったんだ。

「……結城君が連れ出してくれたので、今はもう大丈夫です。その、さっきはまた危ない感じだったんですけど……」

 結城君はまた、私の体調に気がついて連れ出してくれたのだ。誰かに疑われる様な事の無い、現実的な嘘を使って。

 あの時の私は確かに悪化の一途を辿っていた。どんどん何かに追い詰められていく様に、心臓も呼吸も全てがメーターを振り切る準備をし始めていて、振り切ってしまえばその先に待っているのはあの時の様な酷い状況に違いないのがすぐに理解出来た。
 それなのに、その焦りをおさえる事なんて出来なくて、危険信号が私の身体にどんどん強く現れてくるともう、自分ではどうにもならないと全てを手放してしまう寸前だった。その感覚が今ではすっかりなくなっていて、気配すら感じない。あんなにもう駄目だとあの瞬間の私は思っていたのに。

「……その場を離れただけで、こんなにすぐにおさまるものなんですね」
「それは原因が何か自分でわかっているという事?」
「……そう、だと思います」

 先生が優しく問いかけてくれる原因という言葉。それはあの嫌な気持ちが生まれてしまうきっかけが何かという事だ。それを私はもう、わかっている。

「私、グループの中のノリ……というか、なんか、そういうのが合わないなって感じていて。みんなの事、嫌いじゃないんです。でもそういうノリになった時のみんなの事はやっぱり嫌いだなって感じる自分が居て……」

 チラリと先生の顔を窺うと、目を合わせてくれる先生が穏やかに「うん」と頷いてくれて、ほっと心が和らいだ。否定される様な事にはならないのだと感じ取れたからだった。
 もうここで全て話してしまいたい。そう思えた。