返ってきた答えに、私はとっても嫌な気持ちになる。だってそう簡単に出来るものならこんな事にはなっていないと思うから。そしてその気持ちはすっかり顔に出ていたのだろう。分かってるよと、結城君はまっすぐに私を見て頷いた。

「だからまぁ、それが出来ないなら脳みそに練習させるしかない」
「?」
「もしまた同じ状況になって、あれ? ヤバいってなった時。そこから意識を遠ざけると良いよ。これ全部脳みそのバグのせいで起こってる事なんだって」
「脳みそのバグ……」

 随分ラフな言い方をするなと思った。でも、脳みそのバグと言われると、何となく自分の身体に起こってる事が少し分かった気がした。身体のどこか、心臓とか肺とか、そういうものが弱ってるからなりやすい、という訳ではないという事。そうだよね、精神的な物なんだから。

「脳の指示が感情に引っ張られるんだよ。例えば、緊張で心臓がバクバクしただけなのに、この心臓の動きはあの時の苦しいあれと同じだ、このままあの状態になってしまうんだって、不安に引っ張られてどんどん悪い方に持っていこうとし始めるから、一回自分で落ち着かせる為に違う事を考えて忘れさせたり、違う環境にして自分は大丈夫って信じさせたりすると良いんだ」
「…………」
「実際には死なないんだけど、それくらい怖くて辛かったってインプットされちゃってるんだよね。まぁ、一回きりで終わればそれでいいんだけど、なんか穂高さん見てると顔真っ青にして怪しいから心配で……だから、対策くらいは教えておかないとと、思って」

 そして、「もし対応出来る人が居ない所でまたなったら大変だし」なんて、彼は続けた。そして繋がった、今日起こった出来事の全て。

「……だから授業に戻る時、ついて来てくれたんだ」

 あの時の私はまだまた過呼吸になるかもとは気づいてなかったけど、今となると穂乃果ちゃん達に会ってすぐまた私は追い詰められていた訳だから、いつ苦しくなっても可笑しくない状況にいたんだと思う。
「まぁ、一回なるとなりやすいから……」と、答えてくれる結城君のなんとなく気まずそうな表情が、その答えで正解だという事を示していると思った。

 つまり彼は今日の朝の私の様子を見て、訳が分かっていない私がまた同じ目に合わない様にずっと様子を見ていてくれたのだ。
 ずっと不思議だった。昨日とはまるで違う、いきなり私に関わる様になった結城君の態度が。何かあるのかと、利用されていると思う方が自然なくらいだったのに、それがこんなにも優しさに溢れた行動だったなんて、誰が分かると思う?

「とりあえず、分かんないと怖いだろうから、その時は聞いて」
「分かった」
「なんかヤバいなってなった時もちゃんと連れ出してあげるから。だから、あんまり真剣に考え過ぎない事。分かった?」

 そして真っ直ぐに私を見つめて、真面目な顔で彼は言う。

「穂高さんには俺が居るから。辛くなっても一人じゃないよ」

 だから大丈夫だと、続ける彼のその言葉に……なんだろう。私は全てを理解して貰えた様な、私の悩みや辛さを一緒に受け止めて貰えた様な、そんな気持ちで心が震えた。
 結城君は私の事なんてなんにも分からないはずなのに。同じ様に、私にだって結城君の事が分からないのに。それなのに、こんな風に感じるこの気持ちは何?
 
 それは、私の中で確かに結城洋という存在が大きく根付いた出来事で、貰ったその言葉は、これからの私を支える大事なお守りの様な存在となっていった。