「失礼する」
俺はそう言って扉を開く。俺が汚した扉は真っ青なインディゴブルーへとリメイクされていた。はーいと部屋から呑気な返事が聞こえてきて、玄関へかけてくる音が遠くからする。
「わ!!どうしたの?!珍しいね」
「いや、その……」
俺が口ごもると君は首を傾げながら、変なのと微笑んだ。
今日は一年に一度の夏至祭りだ。部屋の机に置いてあった羅針盤や、屋敷に貼ってあるポスターでその情報は全住民に知れ渡っている。賑わった場所が好きそうな君だから、どうせ行くことは分かっていた。けれど一人にするのはどうしても胸がざわざわする。俺は保護者でもないのにお節介だと分かっておきながら会場を一緒に回ろうと誘おうとしていた。
が、現実はそう簡単に行かない。何だよこれ、羞恥プレイすぎるだろ。これじゃあ俺が君のこと好きみたいじゃないか……。俺が恥ずかしいのもそうだが、誰かに見られて冷やかされた時の君の立場がない。
第一、今まで住民と関わりの無かった俺が突然こんな祭りなんかに行ったら気持ち悪いと思われるかもしれない。
「あー!!そういえば、こんぱる今日服スーツじゃない!浴衣?カッコイイ!」
悶々としている俺が目の前にいると言うのに、少女は持ち前の天真爛漫さを発揮して一人で目を輝かせている。やっぱりむすびは変な奴だ。思わず苦笑すると、またいいことを思いついたようで「ちょっと待ってて!」と何かを企んだ表情でまた部屋の奥へと消えていった。
「どうすればいいんだ……。俺は守らなきゃいけないのに」
こういう役目はやはりむすびと一番の関わりがあるリーダーって奴に任せればよかったんだ。けれど、俺はリーダーが誰かも分からないし、今日廊下ですれ違った人たちが「やっぱりリーダーは魅夜ちゃんと回るのかな?」「わぁ!それはロマンティックだねぇ~。邪魔しないようにしなきゃ」なんて呟いていたからやはりこの役目は俺しかできないなと思った。
「あぁ、リーダーで思い出した。俺、むすびといると警戒されるかもな」
まぁ、でももしむすびについて話しかけられたらやんわり話をすり替えればいい。今日はお祭りなんだから。俺も楽しんでいる住人を妨害したい訳じゃないし、祭りを潰したい訳でもない。ただむすびが無理をしなければ……。袖に入れた羅針盤をきゅっと握る。
「おっまたせしっましたぁ~!じゃじゃーん、見て!私も浴衣にしてみたよっ」
君の破壊力が凄まじくて俺は言葉を失う。ふわふわの髪の毛は編み込まれて、朱色の浴衣が髪色に生えて綺麗だ。でも可愛いなんて言葉は口にできるはずもなく、割り切った俺は祭りへ素直に誘う。
「今日の夏至祭り、一緒に回らないか?」
「うん、もちろん!そのために今着替えてきたんだよ?靴箱には今日の為に買いそろえたんだから」
自慢げに胸を張る君に安堵する。下駄を履く君を待って玄関を出た。じわりと汗ばむ初夏の風。どこからか風鈴の音が聞こえた。もしかしたらこれが魔法へと誘う合図なのかもしれない。そんなロマンのある思考をすぐにかき消す。今日の最重要目標は君を無事に帰すことなんだから。
ドアを押して出てきた君に手を差し伸べる。
「エスコートしましょうか、お嬢さん」
「……えへへ、照れちゃうなぁ」
頬を赤らめながらも上機嫌に重ねる小さな手。俺はそれを大事に握りしめると反対の手で羅針盤を握りしめて向かう。風に揺れる石楠花はすぐそこだ。