あれから少年と青年は少しだけ話をした。日がてっぺん辺りでうろつく正午、やっと一連の出来事が終わって彼らは図書室の椅子に座り向かい合う。
「今回の件は隠密に。関係のない住人さんまでが怯えてしまったら大変だからねぇ」
「分かったよ、ただ……」
「ただ?」
「君だけが背負っていいのか?」
少年の瞳孔が大きく開く。自分より年下なのに誰よりも頼りがいがあって優しいリーダー。けれど青年には、目の前で目を伏せる少年の姿が心なしかいつもよりも小さく見えた。
「背負うんじゃないよ」
青年の耳を打ったのは意外にも青年の言葉を否定する、前向きな決意だった。
「助けに行くんだ」
「助けに?」
「これだけのことをしたのだったら、犯人にも何か動機があるはず。それで苦しんでいるんだったら、僕はその人を救わなければいけない。だって僕は」
皆のリーダーだから。
少年はそう言い切るとにこっと笑った。誰もを安心させるその笑顔は神から与えられし魔法だと青年は思った。そしてその笑顔は先ほどの少女にもよく似ているなと感じた。あれほど怖い思いをしたのにも関わらず、何もなかったかのように「ばいばーい!」と満面の笑みで手を振るむすびの笑顔は、荒れていた青年の心を落ち着かせた。ここの住人はやはり特別だ。人の心を救う才能がある。
ならば、陽翔一人に任せてみてもよいのでは?と青年に信じる気持ちが生まれた。誰よりもここのことを分かっている陽翔が助けたいというのならば、信じて任せてみよう。この件に巻き込まれて消えてしまったらどうしようと不安で心配だった心に安心感が生まれる。
青年の思いが固まったのを感じ取ったのか、少年は柔らかな笑みを浮かべる。
「まぁ心配しないでよアラカワくん、無茶はしないからさぁ」
「そうやっていつも皆の為に陰ながら無茶してるのは誰かな?」
「ふふ、まぁそれで僕らの家族が守れてるなら本望だよぉ」
「……陽翔さん、これからどうするの?」
「……内緒だよ」
「……了解。じゃあ僕はここでお暇するね」
青年は一つ深呼吸をすると、重厚感のある戸を開いて消えていった。
その姿を棚の奥の狭いスペースで隠れながら見ていた人物が一人いた。
そう、俺だ。本当は陰からずっと見ていた。彼らが俺がドアに施したことを見つけた時にどんな動きをするのか、はたまた誰にも見つけられることなく無事に第一発見者が彼女になっていたのか、この目で確かめようとひっそり監視していたのだ。
けれど彼らは思っていたよりずっと滑稽だった。早く、彼女に身の危険を知らせなければいけないのに……。傷つかないように隠そう?そんな手段をとるのだったらあの猫耳パーカーの人物の方がよっぽど賢明だ。
はぁと小さくため息を吐く。一度目は失敗か。またもう一度、次はもっと刺激の強い仕掛けを作らなきゃ……。俺は取り留めもなくそんなことを考えてその場をそっと後にしようとした。しかし、何やら様子がおかしい。少年はアラカワという男が出て行ってから犯人を捜す匂わせをしていたが、いつまで経ってもこの部屋から出て行こうとしない。まさか……。
誰もいなくなった図書室で少年は一人、暖かな日差しに目を細めるとおもむろに呟く。
「さぁて、君がここにいるなんて珍しいねぇ」
「……気づいてたのかよ」
「ああ、もちろん。僕は誰よりもここの住人さんのことを理解してるからねぇ」
こんな状況でもにっこりと笑みを絶やさない少年に俺は鳥肌がたった。背を向けていた体がゆっくりと振り返る。太陽の光に反射した瞳がきらりと光った。
「ね、こんぱる君」
観念してね、言葉はでは何も言ってないのに目から体全体から不思議な圧を感じて体が勝手に動く。棚から降りると、少年は怖いくらいに穏やかな顔をしていた。
「君はろくに話したことのない俺ですら知ってるんだな」
「もちろん、君がずっと陰で過ごしてきたのも知っているよ」
「じゃあそんな理解者の君に尋ねよう。俺は早朝、何をしていたと思う?」
肩を震わせた少年は途端に視線を彷徨わせた。耳を澄ませなければ聞こえない程小さな声で少年はぽつりと言葉を零す。
「わざわざ言わせるなんて酷い子だね」
俺はそんな姿が眩しかった。俺だって少年みたいに真っすぐな心で守れたら、そうしたかったよ。けれど出来ないんだ、分からないんだ。綺麗事だけでは俺は……大切な人を救うことができないんだ。
「こんぱる君がやったんだよね、むすびちゃんの部屋のいたずら」
俺はその言葉に静かに頷いた。少年の傷ついた顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。きっと彼なりに葛藤があったのだろう。大切な住人を信じたい気持ちと、真実を知って守らなければいけない気持ち。
「流石リーダーだな」
小さく笑った俺に一歩踏み出す足。もう一度、少年の顔を見た時俺は人が変わったのかと錯覚した。先ほどとは打って変わって、その姿は人格が変わったように迫力がある。ぐっと肺の奥が押しつぶされるような威圧感。俺は目を見開いたまま何もできなかった。
「じゃあ次、僕の番ね。なんで僕がリーダーってことを知ってるんだい?」
「それは住人が言ってたから、」
「確かに今日、魅夜ちゃんは僕のことをリーダーって呼んでたねぇ。けれど、君がいた位置からじゃあ何を言っているかまでは分からないはずだよぉ」
また一歩、少年は距離を詰める。
「じゃあ次の質問ね。なんでむすびちゃんのことは覚えてるんだい?あんなメッセージを残すなんて計画的犯行だよね。衝動ではないはず。じゃあなんでむすびちゃんにしたの?こんぱる君は1日経ったら記憶がなくなるんじゃないの?」
「……」
「ねぇ、君は一体何がしたいの?どうしてむすびちゃんに執着するの?」
俺はこの世界にきて初めて笑った。あはははははは、一度零れた笑みは止まらずに腹がつるまで笑う。やった、ようやく味方が出来たんだ。先ほどの考えを撤回しよう、彼は滑稽ではない。
俺は、彼を味方につければ君を救えるかもしれない。
「お手上げだよ、リーダー。俺は初めて、君になら話してもいいと思えた。いいよ、君が知りたいなら俺が知っている情報全部教えてあげよう」
「よかったぁ。これで教えてもらえなかったらどうしようかと思ってたんだよぉ。そしたら初めから全部、」
「ただし」
遮る声に驚く彼、今度は少年が一歩下がる番だった。俺が距離を詰めると警戒したように、身を引く彼。
「これから話す内容はきっと一生をかけて背負わなければいけないだろうね。一度聞いてしまったら、聞かなかったことにはできないし、逃げることもできない。聞いた後で後悔したってもう遅いんだからな」
静かな部屋に一つ、喉を鳴らす音が響く。
「それでもいいのか」
意思の強い瞳は俺の言葉ごときでは一ミリも揺らがない。唇を噛みながら頷く少年に「なら、」と俺は教えてあげる。喉が引きつった。はは、教えてあげると大口を叩いておきながら情けない。俺も口にしたくないみたいだ。それでも、少年が逃げなかったように俺もここで向き合わなければ。
心の中の少女に「ごめん」と一言謝罪の言葉を呟いて、真っすぐ前を向く。
「むすびは、あと2カ月弱で死ぬよ」
少年は、絶句した。
むすびの日記0へ続く……
「今回の件は隠密に。関係のない住人さんまでが怯えてしまったら大変だからねぇ」
「分かったよ、ただ……」
「ただ?」
「君だけが背負っていいのか?」
少年の瞳孔が大きく開く。自分より年下なのに誰よりも頼りがいがあって優しいリーダー。けれど青年には、目の前で目を伏せる少年の姿が心なしかいつもよりも小さく見えた。
「背負うんじゃないよ」
青年の耳を打ったのは意外にも青年の言葉を否定する、前向きな決意だった。
「助けに行くんだ」
「助けに?」
「これだけのことをしたのだったら、犯人にも何か動機があるはず。それで苦しんでいるんだったら、僕はその人を救わなければいけない。だって僕は」
皆のリーダーだから。
少年はそう言い切るとにこっと笑った。誰もを安心させるその笑顔は神から与えられし魔法だと青年は思った。そしてその笑顔は先ほどの少女にもよく似ているなと感じた。あれほど怖い思いをしたのにも関わらず、何もなかったかのように「ばいばーい!」と満面の笑みで手を振るむすびの笑顔は、荒れていた青年の心を落ち着かせた。ここの住人はやはり特別だ。人の心を救う才能がある。
ならば、陽翔一人に任せてみてもよいのでは?と青年に信じる気持ちが生まれた。誰よりもここのことを分かっている陽翔が助けたいというのならば、信じて任せてみよう。この件に巻き込まれて消えてしまったらどうしようと不安で心配だった心に安心感が生まれる。
青年の思いが固まったのを感じ取ったのか、少年は柔らかな笑みを浮かべる。
「まぁ心配しないでよアラカワくん、無茶はしないからさぁ」
「そうやっていつも皆の為に陰ながら無茶してるのは誰かな?」
「ふふ、まぁそれで僕らの家族が守れてるなら本望だよぉ」
「……陽翔さん、これからどうするの?」
「……内緒だよ」
「……了解。じゃあ僕はここでお暇するね」
青年は一つ深呼吸をすると、重厚感のある戸を開いて消えていった。
その姿を棚の奥の狭いスペースで隠れながら見ていた人物が一人いた。
そう、俺だ。本当は陰からずっと見ていた。彼らが俺がドアに施したことを見つけた時にどんな動きをするのか、はたまた誰にも見つけられることなく無事に第一発見者が彼女になっていたのか、この目で確かめようとひっそり監視していたのだ。
けれど彼らは思っていたよりずっと滑稽だった。早く、彼女に身の危険を知らせなければいけないのに……。傷つかないように隠そう?そんな手段をとるのだったらあの猫耳パーカーの人物の方がよっぽど賢明だ。
はぁと小さくため息を吐く。一度目は失敗か。またもう一度、次はもっと刺激の強い仕掛けを作らなきゃ……。俺は取り留めもなくそんなことを考えてその場をそっと後にしようとした。しかし、何やら様子がおかしい。少年はアラカワという男が出て行ってから犯人を捜す匂わせをしていたが、いつまで経ってもこの部屋から出て行こうとしない。まさか……。
誰もいなくなった図書室で少年は一人、暖かな日差しに目を細めるとおもむろに呟く。
「さぁて、君がここにいるなんて珍しいねぇ」
「……気づいてたのかよ」
「ああ、もちろん。僕は誰よりもここの住人さんのことを理解してるからねぇ」
こんな状況でもにっこりと笑みを絶やさない少年に俺は鳥肌がたった。背を向けていた体がゆっくりと振り返る。太陽の光に反射した瞳がきらりと光った。
「ね、こんぱる君」
観念してね、言葉はでは何も言ってないのに目から体全体から不思議な圧を感じて体が勝手に動く。棚から降りると、少年は怖いくらいに穏やかな顔をしていた。
「君はろくに話したことのない俺ですら知ってるんだな」
「もちろん、君がずっと陰で過ごしてきたのも知っているよ」
「じゃあそんな理解者の君に尋ねよう。俺は早朝、何をしていたと思う?」
肩を震わせた少年は途端に視線を彷徨わせた。耳を澄ませなければ聞こえない程小さな声で少年はぽつりと言葉を零す。
「わざわざ言わせるなんて酷い子だね」
俺はそんな姿が眩しかった。俺だって少年みたいに真っすぐな心で守れたら、そうしたかったよ。けれど出来ないんだ、分からないんだ。綺麗事だけでは俺は……大切な人を救うことができないんだ。
「こんぱる君がやったんだよね、むすびちゃんの部屋のいたずら」
俺はその言葉に静かに頷いた。少年の傷ついた顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。きっと彼なりに葛藤があったのだろう。大切な住人を信じたい気持ちと、真実を知って守らなければいけない気持ち。
「流石リーダーだな」
小さく笑った俺に一歩踏み出す足。もう一度、少年の顔を見た時俺は人が変わったのかと錯覚した。先ほどとは打って変わって、その姿は人格が変わったように迫力がある。ぐっと肺の奥が押しつぶされるような威圧感。俺は目を見開いたまま何もできなかった。
「じゃあ次、僕の番ね。なんで僕がリーダーってことを知ってるんだい?」
「それは住人が言ってたから、」
「確かに今日、魅夜ちゃんは僕のことをリーダーって呼んでたねぇ。けれど、君がいた位置からじゃあ何を言っているかまでは分からないはずだよぉ」
また一歩、少年は距離を詰める。
「じゃあ次の質問ね。なんでむすびちゃんのことは覚えてるんだい?あんなメッセージを残すなんて計画的犯行だよね。衝動ではないはず。じゃあなんでむすびちゃんにしたの?こんぱる君は1日経ったら記憶がなくなるんじゃないの?」
「……」
「ねぇ、君は一体何がしたいの?どうしてむすびちゃんに執着するの?」
俺はこの世界にきて初めて笑った。あはははははは、一度零れた笑みは止まらずに腹がつるまで笑う。やった、ようやく味方が出来たんだ。先ほどの考えを撤回しよう、彼は滑稽ではない。
俺は、彼を味方につければ君を救えるかもしれない。
「お手上げだよ、リーダー。俺は初めて、君になら話してもいいと思えた。いいよ、君が知りたいなら俺が知っている情報全部教えてあげよう」
「よかったぁ。これで教えてもらえなかったらどうしようかと思ってたんだよぉ。そしたら初めから全部、」
「ただし」
遮る声に驚く彼、今度は少年が一歩下がる番だった。俺が距離を詰めると警戒したように、身を引く彼。
「これから話す内容はきっと一生をかけて背負わなければいけないだろうね。一度聞いてしまったら、聞かなかったことにはできないし、逃げることもできない。聞いた後で後悔したってもう遅いんだからな」
静かな部屋に一つ、喉を鳴らす音が響く。
「それでもいいのか」
意思の強い瞳は俺の言葉ごときでは一ミリも揺らがない。唇を噛みながら頷く少年に「なら、」と俺は教えてあげる。喉が引きつった。はは、教えてあげると大口を叩いておきながら情けない。俺も口にしたくないみたいだ。それでも、少年が逃げなかったように俺もここで向き合わなければ。
心の中の少女に「ごめん」と一言謝罪の言葉を呟いて、真っすぐ前を向く。
「むすびは、あと2カ月弱で死ぬよ」
少年は、絶句した。
むすびの日記0へ続く……