薔薇と朝焼けを味わっていると、いつの間にか時は過ぎておりこんぱるの姿も消えていた。特にすることがなくなってしまったので、今日は商店街に行ってみようかなぁ。でも、手ぶらだから取り合えず鞄の準備をしないといけない。
屋敷への扉を引いて中へ入ると、螺旋階段を上って自分の部屋のある階まで登る。細い通路を抜けて角を曲がろうとした時に、廊下から何か言い争う声が聞こえてきた。
「っちょ!魅夜ちゃ」
目の前から何かがゆらゆらと近づいてきた。蛍光色が朧げに動く様はまるで幻覚のようで、近づいてきているのは分かるのに避けられない。ただひたすら目の前のそれを見つめるばかり。ぶつかる!反射的に目を閉じると、衝撃はやってこなかった。
「危なかったね」
「あーさん、酷いみゃあ~!せっかくわえが本人ちゃんに伝えてあげようのしたのにみゃあ……」
私は大きな何かに包まれていて、幻覚だと思い込んでいたそれは人だった。上を見上げると、心配そうに見下ろす影。彼は確か……。
「アラカワさん……?」
「おっ、僕のことを知っているのかな?それより君が無事で何よりだよ」
そういってアラカワさんはほっと一息吐くと、私を再度ぎゅっと抱きしめ直した。一体、何があったの?私そんなに危ない状況だったの?疑問は増すばかりで、現時点で何が起きているのかなんてさっぱり分からなかった。
「はじめまして、みゃーの名前は魅夜だみゃあ」
目の前の人物がまた口を開き始めると、アラカワさんの腕の力が強くなる。私に喋りかけた時には穏やかだった瞳は警戒心マックスの色を宿していた。パーカーの人物は中世的な声で、性別なんて分からない。一人称は「わえ」か「みゃー」のようだ。ますます理解不能である。華奢な体格は小柄な少女のようにも思えるし、私に近づいてきたときの不思議な身のこなしはやはり、女子が保有することの出来ない相当な筋肉量がないと不可能のように思える。
「はっ、はじめまして!私はむすびです」
「むーさん、突然だけれどこの世界に裏切者がいるって知ったらどう思うみゃあ?」
「う、裏切者?」
この平和な世界に似つかない突然の不穏なワードに困惑する。第一そんな人はいないはずだ。陽翔だって小梅だってアラカワさんだって皆優しくて、裏切るなんて外道なことできる人たちに思えない。
でも、魅夜さんは煽るようにそれでいて誰よりも妖艶な語り口調でまくしたてる。
「皆仲良しこよしな世界でたった一人だけ誰かに嫌がらせをする。それは裏切りとは違うのかみゃあ?ねぇ、あーさん」
「それ以上何も言わないほうがいい。今の発言はタブーすれすれだ、最悪の場合消されてしまう」
「でも誰かが汚れ役をやらなければ、もっと傷つく人も出てくることも時にはあるみゃあ。知った方がいい事実と知らない方がいい事実、みゃーは今回のこと、むーさんは知っておいた方がいいと判断したまでみゃあ」
強気だったアラカワさんはその言葉に黙り込んでしまった。その間に魅夜さんはじりじりと距離を詰めてくる。怖い、初対面でここまで狂気的な人は初めてだ。怖くてどこかはぐらかしたような言葉は掴めなくて、でもアラカワさんが黙ってしまうと言うことは決して間違ったことは言っていないのだろう。ぼうっと考えていたら、鼻先にある顔に驚いてしまった。逃げられない、どうしよう……
「……魅夜ちゃん流石足が速いねぇ。でも、むすびちゃんには触れさせないからねぇ」
「はぁ、はーさんはまだ追っかけていたのかみゃあ?」
「さっき話したばかりなのに僕のこと忘れちゃったのぉ?寂しいこと言うなぁ……。あ、アラカワくんもありがとうねぇ。引き続きむすびちゃんを頼んでもいいかな」
黄色の髪の人物がやってきたことで、その場の空気は一気に和らいだ。アラカワさんも急に安堵したような顔になって、私をお姫様抱っこで魅夜さんの間合いから外れたところに避難させてくれる。
「陽翔⁈」
「むすびちゃん、やっほー、ってこんな状況で言うものじゃないかぁ」
陽翔はちゃらけたように返したものの、顔は引きつっており完全に目の前の人物を警戒していた。
「ねぇ魅夜ちゃん、僕は話さない方針でいこうって伝えたよねぇ。どうしてそこまで真実を伝えることに拘るのさぁ」
陽翔が優しい口調で問いかける。すると魅夜さんは一瞬悩んでから、先ほどのボリュームとは相反して静かに返した。
「結局、自分の身を守れるのは自分しかいないのみゃあ。わえを守れるのはわえだけで、むーさんを守れるのはむーさんだけ。持っている情報を伝えなかったことで後悔しても遅いのみゃあ」
その場にいる全員が静まり返った。陽翔も、アラカワさんも、そして私も。正しい、今確証が生まれた。彼女は猟奇的だけれど、きっと誰よりも正しい。誰かが傷つく前に本当は何を優先すべきか全て分かっている人間だ。陽翔や小梅やアラカワさんとは違う優しさと正義を持っているんだ。
「それは、はーさんが一番分かっているんじゃないのかみゃあ?ねぇ、我らがリーダー」
リーダーと呼ばれた人物は驚いたように硬直した後、俯いて何かを呟いた。けれど数秒後にはすぐに元の穏やかな陽翔に戻っている。
「そうだよねぇ、皆不安にさせてごめんね」
「みゃーはもう行くから後は任せるみゃあ〜」
ひらりと踵を返すと何処かへまた消えていってしまう魅夜さん。アラカワさんの腕の力が抜けた時、陽翔が私とアラカワさんの頭にそっと手を寄せた。ゆっくり髪を梳く姿は苦しそうだった。
「危険な目に合わせてごめんねぇ」
「いや僕は何も」
「ううん、アラカワくんが居たからむすびちゃんの不安も和らいだと思うよぉ」
優しい言葉に私も頷く。アラカワさんは恥ずかしそうに頬を赤らめた後「はい……っ!」とはにかんだ。
「それとむすびちゃん」
「はっ、はい!」
「さっきの話は気にしなくていいよぉ」
「うぇっ?!いいの……?」
「うん、ちょっとしたいざこざが起きただけだからねぇ。ここは大人組で対処しとくから〜」
陽翔がそこまで言うなら……と私も素直に頷いた。アラカワさんだけは何故か複雑な表情だったのが印象的だった。
「それじゃあアラカワくん、行こぉか」
「はい」
ばいばーいといつものように軽く手を振る彼。モヤモヤの残る私だけれど、取りあえず部屋に戻ることにした。
「あれ?ドアが変わってる?」
真っ白なドアから私のイメージカラーの青へと変わっている。変なの、と思いながらもその色が可愛かったから特に気にすることなく、むしろ上機嫌で私は扉の奥へと消えていった。
屋敷への扉を引いて中へ入ると、螺旋階段を上って自分の部屋のある階まで登る。細い通路を抜けて角を曲がろうとした時に、廊下から何か言い争う声が聞こえてきた。
「っちょ!魅夜ちゃ」
目の前から何かがゆらゆらと近づいてきた。蛍光色が朧げに動く様はまるで幻覚のようで、近づいてきているのは分かるのに避けられない。ただひたすら目の前のそれを見つめるばかり。ぶつかる!反射的に目を閉じると、衝撃はやってこなかった。
「危なかったね」
「あーさん、酷いみゃあ~!せっかくわえが本人ちゃんに伝えてあげようのしたのにみゃあ……」
私は大きな何かに包まれていて、幻覚だと思い込んでいたそれは人だった。上を見上げると、心配そうに見下ろす影。彼は確か……。
「アラカワさん……?」
「おっ、僕のことを知っているのかな?それより君が無事で何よりだよ」
そういってアラカワさんはほっと一息吐くと、私を再度ぎゅっと抱きしめ直した。一体、何があったの?私そんなに危ない状況だったの?疑問は増すばかりで、現時点で何が起きているのかなんてさっぱり分からなかった。
「はじめまして、みゃーの名前は魅夜だみゃあ」
目の前の人物がまた口を開き始めると、アラカワさんの腕の力が強くなる。私に喋りかけた時には穏やかだった瞳は警戒心マックスの色を宿していた。パーカーの人物は中世的な声で、性別なんて分からない。一人称は「わえ」か「みゃー」のようだ。ますます理解不能である。華奢な体格は小柄な少女のようにも思えるし、私に近づいてきたときの不思議な身のこなしはやはり、女子が保有することの出来ない相当な筋肉量がないと不可能のように思える。
「はっ、はじめまして!私はむすびです」
「むーさん、突然だけれどこの世界に裏切者がいるって知ったらどう思うみゃあ?」
「う、裏切者?」
この平和な世界に似つかない突然の不穏なワードに困惑する。第一そんな人はいないはずだ。陽翔だって小梅だってアラカワさんだって皆優しくて、裏切るなんて外道なことできる人たちに思えない。
でも、魅夜さんは煽るようにそれでいて誰よりも妖艶な語り口調でまくしたてる。
「皆仲良しこよしな世界でたった一人だけ誰かに嫌がらせをする。それは裏切りとは違うのかみゃあ?ねぇ、あーさん」
「それ以上何も言わないほうがいい。今の発言はタブーすれすれだ、最悪の場合消されてしまう」
「でも誰かが汚れ役をやらなければ、もっと傷つく人も出てくることも時にはあるみゃあ。知った方がいい事実と知らない方がいい事実、みゃーは今回のこと、むーさんは知っておいた方がいいと判断したまでみゃあ」
強気だったアラカワさんはその言葉に黙り込んでしまった。その間に魅夜さんはじりじりと距離を詰めてくる。怖い、初対面でここまで狂気的な人は初めてだ。怖くてどこかはぐらかしたような言葉は掴めなくて、でもアラカワさんが黙ってしまうと言うことは決して間違ったことは言っていないのだろう。ぼうっと考えていたら、鼻先にある顔に驚いてしまった。逃げられない、どうしよう……
「……魅夜ちゃん流石足が速いねぇ。でも、むすびちゃんには触れさせないからねぇ」
「はぁ、はーさんはまだ追っかけていたのかみゃあ?」
「さっき話したばかりなのに僕のこと忘れちゃったのぉ?寂しいこと言うなぁ……。あ、アラカワくんもありがとうねぇ。引き続きむすびちゃんを頼んでもいいかな」
黄色の髪の人物がやってきたことで、その場の空気は一気に和らいだ。アラカワさんも急に安堵したような顔になって、私をお姫様抱っこで魅夜さんの間合いから外れたところに避難させてくれる。
「陽翔⁈」
「むすびちゃん、やっほー、ってこんな状況で言うものじゃないかぁ」
陽翔はちゃらけたように返したものの、顔は引きつっており完全に目の前の人物を警戒していた。
「ねぇ魅夜ちゃん、僕は話さない方針でいこうって伝えたよねぇ。どうしてそこまで真実を伝えることに拘るのさぁ」
陽翔が優しい口調で問いかける。すると魅夜さんは一瞬悩んでから、先ほどのボリュームとは相反して静かに返した。
「結局、自分の身を守れるのは自分しかいないのみゃあ。わえを守れるのはわえだけで、むーさんを守れるのはむーさんだけ。持っている情報を伝えなかったことで後悔しても遅いのみゃあ」
その場にいる全員が静まり返った。陽翔も、アラカワさんも、そして私も。正しい、今確証が生まれた。彼女は猟奇的だけれど、きっと誰よりも正しい。誰かが傷つく前に本当は何を優先すべきか全て分かっている人間だ。陽翔や小梅やアラカワさんとは違う優しさと正義を持っているんだ。
「それは、はーさんが一番分かっているんじゃないのかみゃあ?ねぇ、我らがリーダー」
リーダーと呼ばれた人物は驚いたように硬直した後、俯いて何かを呟いた。けれど数秒後にはすぐに元の穏やかな陽翔に戻っている。
「そうだよねぇ、皆不安にさせてごめんね」
「みゃーはもう行くから後は任せるみゃあ〜」
ひらりと踵を返すと何処かへまた消えていってしまう魅夜さん。アラカワさんの腕の力が抜けた時、陽翔が私とアラカワさんの頭にそっと手を寄せた。ゆっくり髪を梳く姿は苦しそうだった。
「危険な目に合わせてごめんねぇ」
「いや僕は何も」
「ううん、アラカワくんが居たからむすびちゃんの不安も和らいだと思うよぉ」
優しい言葉に私も頷く。アラカワさんは恥ずかしそうに頬を赤らめた後「はい……っ!」とはにかんだ。
「それとむすびちゃん」
「はっ、はい!」
「さっきの話は気にしなくていいよぉ」
「うぇっ?!いいの……?」
「うん、ちょっとしたいざこざが起きただけだからねぇ。ここは大人組で対処しとくから〜」
陽翔がそこまで言うなら……と私も素直に頷いた。アラカワさんだけは何故か複雑な表情だったのが印象的だった。
「それじゃあアラカワくん、行こぉか」
「はい」
ばいばーいといつものように軽く手を振る彼。モヤモヤの残る私だけれど、取りあえず部屋に戻ることにした。
「あれ?ドアが変わってる?」
真っ白なドアから私のイメージカラーの青へと変わっている。変なの、と思いながらもその色が可愛かったから特に気にすることなく、むしろ上機嫌で私は扉の奥へと消えていった。