「ただいま」
突然ドアが開いて、母が部屋の中に入ってきた。
明るく振る舞ってくれているけれど、母の声は疲れ切っているように聞こえた。
「お疲れさま。雨止んだみたいでよかったね」
ゆかは「今日もやっと仕事が終わったわぁ」と言いながら、椅子の上に荷物を置いている母に、コーヒーを用意してあげることにした。
今度は水道水じゃなくて、きちんとケトルで沸かしたお湯で。
「今日はね、ゆかにお土産があります」
そう言う母の手元には白い箱が見えた。
これはもしかして・・・・・・。
「ジャジャーン。今日はお誕生日でしょ。だからケーキ買ってきたよ。一緒に食べよう」
この箱には見覚えがあった。
1年前にオープンしたばかりの、近所にあるケーキ屋さんの箱。
小さなケーキ屋さんだけれど、店員さんの雰囲気も優しいし、味も美味しいし、ゆかも大好きだった。
だからこんな風に何かお祝い事を母とする時には、いつもここのケーキ屋さんで買うくらいお気に入りのお店。
それに、商品を買うと、毎回おまけを必ず付けてくれるというところもポイントが高い。
今どきそんなお店だなんて、なかなかないだろうに。
「早く開けてみてよ。ゆかが好きなケーキにしたんだから」
そう言って母はお皿と、ナイフ、フォークを台所から持ってきた。
「すごく嬉しい。本当にありがとう」
光沢のある箱にはピンク色のリボンがかけてあって、ゆかが慎重に開ける様子を、母は満面の笑みで見つめた。
「わー、美味しそう。これ大好きなやつじゃん」
中にはクリームがたくさん乗った、大きなガナッシュケーキが入っていた。
ゆかが小さい頃「このケーキが1番大好き」と言ったガナッシュケーキ。
母はそんな些細なことまで、ちゃんと覚えてくれていた。
上にはホワイトチョコレートに「ゆかちゃんお誕生日おめでとう」と書かれたネームプレートも乗っている。
この歳にもなって、ちゃん付けで書かれると、ちょっと恥ずかしいけれど、ゆかはこの特別感のあるネームプレートがたまらなく好き。
「ろうそくもちゃんと用意したから」
母は箱の奥から長いろうそくを3本と、短いろうそくを2本取り出した。
「長いろうそくは1本で5歳って意味なんだって。お店の人が教えてくれたの」
そう言いながら母はネームプレートに当たらないように、ろうそくをケーキに立てていったけれど、その姿があまりにも真剣そのものだったので、思わずゆかは笑ってしまった。
「じゃあ、火をつけて、お祝いしようか」
母がカバンから小さなライターを取り出して、火をつけてくれた。
普段タバコなど吸わないのに、どうしてライターなど持っているのだろう、きっと今日のために用意してくれたのかもしれない。
そう思うと、こんな自分にここまでしてくれる母に感謝の思いが込み上げてきて、胸が熱くなる。
「じゃあ、いくよ。ハッピバースデートゥーユー。ハッピーバースデートゥーユー」
部屋中に母の優しい歌声が響き渡るのを聴いていると、「お母さんを悲しませるようなことをしちゃいけない」って心の底から思った。
ちゃんと親孝行しないといけないって。
思いっきり息を吸い込んで「フゥッ」と一気に火を消した。
「ゆか、おめでとう」
にこやかに微笑む母の姿を見て、ゆかも思わず笑顔が溢れた。
こうやって、穏やかに笑える時間が尊くて、数時間前までの地獄のような時間を忘れてしまいそうだった。
ずっと、ずっと、こんな風に平和な時間が過ごせたらいいなって思った。
「じゃあ、食べよっか」
母がケーキを半分に切り分けて、お皿に乗せてくれた。
ゆかは時間が一生このまま止まってくれればいいのに、って心の中で願いながら、ケーキを口に運んだ。
さっきまで食べていた、辛くて、悲しくて、惨めな味はしない。
温かで、幸せで、優しさに溢れている、そんな味がする。
突然ドアが開いて、母が部屋の中に入ってきた。
明るく振る舞ってくれているけれど、母の声は疲れ切っているように聞こえた。
「お疲れさま。雨止んだみたいでよかったね」
ゆかは「今日もやっと仕事が終わったわぁ」と言いながら、椅子の上に荷物を置いている母に、コーヒーを用意してあげることにした。
今度は水道水じゃなくて、きちんとケトルで沸かしたお湯で。
「今日はね、ゆかにお土産があります」
そう言う母の手元には白い箱が見えた。
これはもしかして・・・・・・。
「ジャジャーン。今日はお誕生日でしょ。だからケーキ買ってきたよ。一緒に食べよう」
この箱には見覚えがあった。
1年前にオープンしたばかりの、近所にあるケーキ屋さんの箱。
小さなケーキ屋さんだけれど、店員さんの雰囲気も優しいし、味も美味しいし、ゆかも大好きだった。
だからこんな風に何かお祝い事を母とする時には、いつもここのケーキ屋さんで買うくらいお気に入りのお店。
それに、商品を買うと、毎回おまけを必ず付けてくれるというところもポイントが高い。
今どきそんなお店だなんて、なかなかないだろうに。
「早く開けてみてよ。ゆかが好きなケーキにしたんだから」
そう言って母はお皿と、ナイフ、フォークを台所から持ってきた。
「すごく嬉しい。本当にありがとう」
光沢のある箱にはピンク色のリボンがかけてあって、ゆかが慎重に開ける様子を、母は満面の笑みで見つめた。
「わー、美味しそう。これ大好きなやつじゃん」
中にはクリームがたくさん乗った、大きなガナッシュケーキが入っていた。
ゆかが小さい頃「このケーキが1番大好き」と言ったガナッシュケーキ。
母はそんな些細なことまで、ちゃんと覚えてくれていた。
上にはホワイトチョコレートに「ゆかちゃんお誕生日おめでとう」と書かれたネームプレートも乗っている。
この歳にもなって、ちゃん付けで書かれると、ちょっと恥ずかしいけれど、ゆかはこの特別感のあるネームプレートがたまらなく好き。
「ろうそくもちゃんと用意したから」
母は箱の奥から長いろうそくを3本と、短いろうそくを2本取り出した。
「長いろうそくは1本で5歳って意味なんだって。お店の人が教えてくれたの」
そう言いながら母はネームプレートに当たらないように、ろうそくをケーキに立てていったけれど、その姿があまりにも真剣そのものだったので、思わずゆかは笑ってしまった。
「じゃあ、火をつけて、お祝いしようか」
母がカバンから小さなライターを取り出して、火をつけてくれた。
普段タバコなど吸わないのに、どうしてライターなど持っているのだろう、きっと今日のために用意してくれたのかもしれない。
そう思うと、こんな自分にここまでしてくれる母に感謝の思いが込み上げてきて、胸が熱くなる。
「じゃあ、いくよ。ハッピバースデートゥーユー。ハッピーバースデートゥーユー」
部屋中に母の優しい歌声が響き渡るのを聴いていると、「お母さんを悲しませるようなことをしちゃいけない」って心の底から思った。
ちゃんと親孝行しないといけないって。
思いっきり息を吸い込んで「フゥッ」と一気に火を消した。
「ゆか、おめでとう」
にこやかに微笑む母の姿を見て、ゆかも思わず笑顔が溢れた。
こうやって、穏やかに笑える時間が尊くて、数時間前までの地獄のような時間を忘れてしまいそうだった。
ずっと、ずっと、こんな風に平和な時間が過ごせたらいいなって思った。
「じゃあ、食べよっか」
母がケーキを半分に切り分けて、お皿に乗せてくれた。
ゆかは時間が一生このまま止まってくれればいいのに、って心の中で願いながら、ケーキを口に運んだ。
さっきまで食べていた、辛くて、悲しくて、惨めな味はしない。
温かで、幸せで、優しさに溢れている、そんな味がする。