「ゆかちゃん、お母さんに傘を持っていってあげてちょうだい。雨が降り出してね」
窓の外を見ると、朝は降っていなかった雨がパラパラと降り始めていた。
どんよりとした重たい雲が、ゆかの気持ちをなんとなくさらに落ち込ませる。
時計を見ると、10時30分を指していた。
もし学校に行っていたら、2時間目が終わって休み時間くらいなのかなって、いう思いがふと頭をよぎった。
それなのに自分はまだパジャマ姿のままだし、顔しか洗っていない。
なんだか急に、自分がとてもだらしない生活を送っているような気がして、胸がきゅうーっと苦しくなる。
友だちと遊ぶこともほとんどないから、着替えるといってもいつものワンピースしかないけれど、一応お気に入りのチェックのワンピースに着替えて、髪の毛もブラシで綺麗にとかしてみる。
玄関にある姿見の前で大きく深呼吸をして「誰にも会いませんように」ってお祈りをしたあと、ドアの外に一歩を踏み出してみた。
「すごい雨降ってる・・・・・・」
部屋の窓から見るよりもずいぶんと雨はひどくて、思わず駐車場の屋根の下に引き戻されてしまった。
さっき家を出たばかりだというのに、スニーカーの中がすでにグッチョリと湿っていて、気持ち悪い。
風に吹かれた髪の毛が、顔にぺったりとまとわりついてきて、結んでくればよかった、とちょっとだけ後悔した。
携帯と財布を入れたトートバックが雨に濡れないように、ぎゅっと身体の方に引き寄せると、母の職場を目指してもう1度真っ直ぐ突き進んだ。
今日は人通りが少なく感じる。
雨だからかもしれない。
あんまり人目には触れたくなかったので、安堵の息がこぼれ出た。
「あれ、誰かいる」
誰も人がいない公園の近くにさしかかった時、公衆トイレの前に、一人ポツンとした人影が見えた。
よく目を凝らしてみると、傘を持っていないような気がする。
少しだけ近寄ってみると、ビシャビシャに濡れながら誰かが立ち尽くしている姿が、異様な光景として目に入ってきた。
「え、子どもじゃん。傘、持ってないのかな」
中学生くらいの女の子が、手ぶらのまま、足元を見つめた状態で微動だにしない。
この傘、使うかな? お母さんの傘はまた後で家に取りに帰ればいいんだし。
ゆかは右手に持った傘を握りしめたまま、ゆっくりと女の子の方に近寄っていった。
今どき、突然知らない人が近寄ってきたりなんかしたら、不審者に思われるかもしれないって思ったけれど、なぜだか女の子に吸い寄せられるように足を進めてしまう。
女の子の目の前に来た瞬間、思わずハッと息を小さく飲み込んだ。
洋服の袖から見える二の腕は棒のように痩せ細っていて、今にもポキって簡単に折れてしまいそう。
顔も極端に小さい。
いや、小さい、というよりも頬の肉が全て痩せ落ちてしまって、ひどくやつれているように見えた。
テレビのニュースとかで見たことのある飢餓状態の子どもたち、そういった雰囲気を漂わせている。
「この傘、使わない? 返さなくてもいいから。濡れちゃったら風邪ひくと思うから」
ゆかは遠慮がちに女の子に傘を差し出した。
風で吹き飛ばされてしまうかもしれない、そう思ってしまうほど衰弱しているように見えて、声をかけずにはいられなかった。
「いいんですか? ありがとうございます」
骨がくっきりと浮き出た手のひらで、女の子が傘をそっと受け取った。
「返さなくてもいいからね。気にしないで」
何か話しかけたかった。
学校に行かなくてもいいの?
ごはんは食べているの?
聞きたいことは山ほどあった。
だけど、この子に余計なことを聞いてはならない気がして、何も話かけることができない。
「本当にありがとうございます。今度ちゃんと返しますから」
正気の消えかかった女の子の声は、雨音でかき消されてしまいそうなほど弱々しかった。
深く頭を下げた女の子は、ゆっくり後ろを振り向いてその場から静かに離れていってしまった。
たった数秒の出来事だったけれど、時間が止まって、とても長い時間が過ぎ去ったような、そんな感覚がした。
ゆかは思った。
さっきの子、今の自分と似ている。
何か大きな悩みを一人で抱え込んでいて、孤独と闘っている。
生きづらさを抱えながら1人で生きている。
女の子の姿が見えなくなると、さっき何か話しかければよかった、と後悔の気持ちが込み上げてきた。
また会えるといいな、そう思ってゆかも静かにその場をあとにした。
窓の外を見ると、朝は降っていなかった雨がパラパラと降り始めていた。
どんよりとした重たい雲が、ゆかの気持ちをなんとなくさらに落ち込ませる。
時計を見ると、10時30分を指していた。
もし学校に行っていたら、2時間目が終わって休み時間くらいなのかなって、いう思いがふと頭をよぎった。
それなのに自分はまだパジャマ姿のままだし、顔しか洗っていない。
なんだか急に、自分がとてもだらしない生活を送っているような気がして、胸がきゅうーっと苦しくなる。
友だちと遊ぶこともほとんどないから、着替えるといってもいつものワンピースしかないけれど、一応お気に入りのチェックのワンピースに着替えて、髪の毛もブラシで綺麗にとかしてみる。
玄関にある姿見の前で大きく深呼吸をして「誰にも会いませんように」ってお祈りをしたあと、ドアの外に一歩を踏み出してみた。
「すごい雨降ってる・・・・・・」
部屋の窓から見るよりもずいぶんと雨はひどくて、思わず駐車場の屋根の下に引き戻されてしまった。
さっき家を出たばかりだというのに、スニーカーの中がすでにグッチョリと湿っていて、気持ち悪い。
風に吹かれた髪の毛が、顔にぺったりとまとわりついてきて、結んでくればよかった、とちょっとだけ後悔した。
携帯と財布を入れたトートバックが雨に濡れないように、ぎゅっと身体の方に引き寄せると、母の職場を目指してもう1度真っ直ぐ突き進んだ。
今日は人通りが少なく感じる。
雨だからかもしれない。
あんまり人目には触れたくなかったので、安堵の息がこぼれ出た。
「あれ、誰かいる」
誰も人がいない公園の近くにさしかかった時、公衆トイレの前に、一人ポツンとした人影が見えた。
よく目を凝らしてみると、傘を持っていないような気がする。
少しだけ近寄ってみると、ビシャビシャに濡れながら誰かが立ち尽くしている姿が、異様な光景として目に入ってきた。
「え、子どもじゃん。傘、持ってないのかな」
中学生くらいの女の子が、手ぶらのまま、足元を見つめた状態で微動だにしない。
この傘、使うかな? お母さんの傘はまた後で家に取りに帰ればいいんだし。
ゆかは右手に持った傘を握りしめたまま、ゆっくりと女の子の方に近寄っていった。
今どき、突然知らない人が近寄ってきたりなんかしたら、不審者に思われるかもしれないって思ったけれど、なぜだか女の子に吸い寄せられるように足を進めてしまう。
女の子の目の前に来た瞬間、思わずハッと息を小さく飲み込んだ。
洋服の袖から見える二の腕は棒のように痩せ細っていて、今にもポキって簡単に折れてしまいそう。
顔も極端に小さい。
いや、小さい、というよりも頬の肉が全て痩せ落ちてしまって、ひどくやつれているように見えた。
テレビのニュースとかで見たことのある飢餓状態の子どもたち、そういった雰囲気を漂わせている。
「この傘、使わない? 返さなくてもいいから。濡れちゃったら風邪ひくと思うから」
ゆかは遠慮がちに女の子に傘を差し出した。
風で吹き飛ばされてしまうかもしれない、そう思ってしまうほど衰弱しているように見えて、声をかけずにはいられなかった。
「いいんですか? ありがとうございます」
骨がくっきりと浮き出た手のひらで、女の子が傘をそっと受け取った。
「返さなくてもいいからね。気にしないで」
何か話しかけたかった。
学校に行かなくてもいいの?
ごはんは食べているの?
聞きたいことは山ほどあった。
だけど、この子に余計なことを聞いてはならない気がして、何も話かけることができない。
「本当にありがとうございます。今度ちゃんと返しますから」
正気の消えかかった女の子の声は、雨音でかき消されてしまいそうなほど弱々しかった。
深く頭を下げた女の子は、ゆっくり後ろを振り向いてその場から静かに離れていってしまった。
たった数秒の出来事だったけれど、時間が止まって、とても長い時間が過ぎ去ったような、そんな感覚がした。
ゆかは思った。
さっきの子、今の自分と似ている。
何か大きな悩みを一人で抱え込んでいて、孤独と闘っている。
生きづらさを抱えながら1人で生きている。
女の子の姿が見えなくなると、さっき何か話しかければよかった、と後悔の気持ちが込み上げてきた。
また会えるといいな、そう思ってゆかも静かにその場をあとにした。