ゆかは姿見の前に立つと、無理やり口角を上げてぎこちない笑顔を作ってみせた。
今日は珍しく早起きをしてメイクもしたし、普段はしないような髪の毛だって巻いてみた。
ハンバーガーショップに行こう、と思う。
久しぶりの勉強をするために。
ひさびさの遠出は楽しく、緊張していた朝が嘘のように感じられた。
いつもは近所のスーパーしか行かないけれど、別の場所に行ってみるということがこんなに心地よいとは知らなかった。
大通りは車も多く、耳を塞ぎたくなるようなうるささだったけれど、これくらい我慢しないとって自分に言い聞かせて、一歩一歩ハンバーガーショップへ歩みを進める。
慣れない道を黙々と歩き続け、ようやくハンバーガーショップへ辿り着いた。
学校に行っていた頃は、テスト前になると、よく友達とテスト勉強をするために来ていたけれど、今の生活になってからは全く来ていなかったので、1年ぶりくらいかもしれない。
いつの間にかずいぶんと長い月日が過ぎ去ってしまったような気がして、ちょっぴり落ち込んでしまった。
恐る恐るドアを開けると照明に照らされた店内は明るく、思っていたよりたくさんの人で賑わっていたので、ゆかは咄嗟に目を背けた。
こんなにも自分が日常というものから離れてしまっていただなんて。
1番奥のトイレに近い席に荷物を置いて、レジへ向かったけれど、久しぶりすぎて何を注文したらいいのかわからない。
ただ注文するだけなのに、ずいぶんと長い間悩み続けたゆかは、アイスコーヒーのSサイズを1つ注文して自分の席へと戻った。
こうやって誰かに注文するだなんて久しぶりだから、すごく大きな一歩を踏み出せた気がして、帰ってお母さんに報告したらきっとびっくりするだろうなって思うと心が弾んだ。
教科書を机の上に開いている自分はなんだかとても頑張れている気がして、もしかしたらこのまま学校に戻れるかもしれないって心の中で小さな自信が湧いてきたことには自分でも驚いたけれど、本当にそんな気がする。
だって、いつもは自信なんて全くなくて、自分は何もできない人なんだって責めてばかりいたから。
キンキンに冷えたアイスコーヒーは、家でいつも飲んでいるインスタントコーヒーの味とは違って、苦味があって美味しい。
ここに来るだけでこんなにも幸せを感じることができるなら、これからも毎日通おうかなって、なんだかいつもよりも前向きな気持ちになれた。
パソコンをしている社会人。
勉強をしている大学生。
ハンバーガーを食べている親子連れ。
ゆかにとっては全部が懐かしくて、微笑ましかった。
アイスコーヒーを飲み終わって、そろそろ休憩をしようかなって思っていると、隣の席にポテトだけをトレーに乗せたおじさんが1人座った。
牛乳瓶の蓋みたいな分厚くてまん丸のメガネをしていて、チェックのシャツを着ているおじさんは、なんとなくあんまり関わりたくないなっていう雰囲気の男性。
ゆかは一瞬だけチラリとおじさんを見たけれど、すぐに教科書の方に目を戻した。
くちゃくちゃとポテトを噛む音が本当に耳障り。
「あのさ、今1人なの?」
近くで声がしたけれど、自分に話しかけられたわけではないだろうって思ったから、気が付かないふりをした。
「ねってば。1人なの?って聞いてるじゃん」
向かい側の空いている席におじさんがなんの躊躇いもなく座ったのを見て、自分が話しかけられていたのかっていうことに気が付いた。
うわ。最悪だ。
「はい、1人です」
それ以上関わりたくなかったので、できるだけ短くそっけない態度で返事をした。
「今からごはんでも一緒にどう?美味しいお店あるから連れていってあげる」
「いえ、大丈夫です。そろそろ帰るんで・・・・・・」
「何それ。付き合い悪いな。せっかく誘ってるんだから、ごはんくらいいいだろ」
おじさんが身を乗り出してきたので、ゆかは思わず後ろにのけずってしまう。
早くこの場から逃げないと。
そう思って教科書をトートバックに入れようと手を伸ばした瞬間、ガシッとおじさんがゆかの腕を握った。
おじさんとは思えないほど、力が強い。
振り払おうとするけれど、おじさんは立ち上がり、ゆっくりとゆかの隣に近寄ってくる。
そして、胸に、私が昔小さくしたいって思っていた大嫌いな胸に、おじさんの手が、触れた。
ゆかは恐怖のあまり息が止まってしまい、助けを求めようと思っても声が喉に引っかかって何も言葉が出てこない。
背中の洋服の中におじさんの手の感触がして、全身に力が入る。
動けない。
逃げたくても、逃げれない。
牛乳瓶の蓋の向こうにあるおじさんの瞳は、いやらしいほどにニヤリと笑っていて、呼吸も短く洗い。
昔、父との間に起こってしまった記憶が次々とフラッシュバックして、発狂してしまいそうになる。
「すみませ・・・・・・。あの・・・・・・」
意識の向こう側からかすかに話しかけられる声がした。
「すみません。隣の席って空いてますか?」
ハンバーガーセットを両手いっぱいに持った親子連れが、隣でゆかとおじさんの方を困った表情を浮かべて見ている。
「あ、どうぞどうぞ。空いてますよ」
一瞬で声を変えたおじさんが小さく舌打ちをして、ゆかの元から離れていく。
やっぱり外の世界は怖い。
私には無理だ。
ゆかの足の力は抜け、倒れ込むようにして椅子の上に座った。
今日は珍しく早起きをしてメイクもしたし、普段はしないような髪の毛だって巻いてみた。
ハンバーガーショップに行こう、と思う。
久しぶりの勉強をするために。
ひさびさの遠出は楽しく、緊張していた朝が嘘のように感じられた。
いつもは近所のスーパーしか行かないけれど、別の場所に行ってみるということがこんなに心地よいとは知らなかった。
大通りは車も多く、耳を塞ぎたくなるようなうるささだったけれど、これくらい我慢しないとって自分に言い聞かせて、一歩一歩ハンバーガーショップへ歩みを進める。
慣れない道を黙々と歩き続け、ようやくハンバーガーショップへ辿り着いた。
学校に行っていた頃は、テスト前になると、よく友達とテスト勉強をするために来ていたけれど、今の生活になってからは全く来ていなかったので、1年ぶりくらいかもしれない。
いつの間にかずいぶんと長い月日が過ぎ去ってしまったような気がして、ちょっぴり落ち込んでしまった。
恐る恐るドアを開けると照明に照らされた店内は明るく、思っていたよりたくさんの人で賑わっていたので、ゆかは咄嗟に目を背けた。
こんなにも自分が日常というものから離れてしまっていただなんて。
1番奥のトイレに近い席に荷物を置いて、レジへ向かったけれど、久しぶりすぎて何を注文したらいいのかわからない。
ただ注文するだけなのに、ずいぶんと長い間悩み続けたゆかは、アイスコーヒーのSサイズを1つ注文して自分の席へと戻った。
こうやって誰かに注文するだなんて久しぶりだから、すごく大きな一歩を踏み出せた気がして、帰ってお母さんに報告したらきっとびっくりするだろうなって思うと心が弾んだ。
教科書を机の上に開いている自分はなんだかとても頑張れている気がして、もしかしたらこのまま学校に戻れるかもしれないって心の中で小さな自信が湧いてきたことには自分でも驚いたけれど、本当にそんな気がする。
だって、いつもは自信なんて全くなくて、自分は何もできない人なんだって責めてばかりいたから。
キンキンに冷えたアイスコーヒーは、家でいつも飲んでいるインスタントコーヒーの味とは違って、苦味があって美味しい。
ここに来るだけでこんなにも幸せを感じることができるなら、これからも毎日通おうかなって、なんだかいつもよりも前向きな気持ちになれた。
パソコンをしている社会人。
勉強をしている大学生。
ハンバーガーを食べている親子連れ。
ゆかにとっては全部が懐かしくて、微笑ましかった。
アイスコーヒーを飲み終わって、そろそろ休憩をしようかなって思っていると、隣の席にポテトだけをトレーに乗せたおじさんが1人座った。
牛乳瓶の蓋みたいな分厚くてまん丸のメガネをしていて、チェックのシャツを着ているおじさんは、なんとなくあんまり関わりたくないなっていう雰囲気の男性。
ゆかは一瞬だけチラリとおじさんを見たけれど、すぐに教科書の方に目を戻した。
くちゃくちゃとポテトを噛む音が本当に耳障り。
「あのさ、今1人なの?」
近くで声がしたけれど、自分に話しかけられたわけではないだろうって思ったから、気が付かないふりをした。
「ねってば。1人なの?って聞いてるじゃん」
向かい側の空いている席におじさんがなんの躊躇いもなく座ったのを見て、自分が話しかけられていたのかっていうことに気が付いた。
うわ。最悪だ。
「はい、1人です」
それ以上関わりたくなかったので、できるだけ短くそっけない態度で返事をした。
「今からごはんでも一緒にどう?美味しいお店あるから連れていってあげる」
「いえ、大丈夫です。そろそろ帰るんで・・・・・・」
「何それ。付き合い悪いな。せっかく誘ってるんだから、ごはんくらいいいだろ」
おじさんが身を乗り出してきたので、ゆかは思わず後ろにのけずってしまう。
早くこの場から逃げないと。
そう思って教科書をトートバックに入れようと手を伸ばした瞬間、ガシッとおじさんがゆかの腕を握った。
おじさんとは思えないほど、力が強い。
振り払おうとするけれど、おじさんは立ち上がり、ゆっくりとゆかの隣に近寄ってくる。
そして、胸に、私が昔小さくしたいって思っていた大嫌いな胸に、おじさんの手が、触れた。
ゆかは恐怖のあまり息が止まってしまい、助けを求めようと思っても声が喉に引っかかって何も言葉が出てこない。
背中の洋服の中におじさんの手の感触がして、全身に力が入る。
動けない。
逃げたくても、逃げれない。
牛乳瓶の蓋の向こうにあるおじさんの瞳は、いやらしいほどにニヤリと笑っていて、呼吸も短く洗い。
昔、父との間に起こってしまった記憶が次々とフラッシュバックして、発狂してしまいそうになる。
「すみませ・・・・・・。あの・・・・・・」
意識の向こう側からかすかに話しかけられる声がした。
「すみません。隣の席って空いてますか?」
ハンバーガーセットを両手いっぱいに持った親子連れが、隣でゆかとおじさんの方を困った表情を浮かべて見ている。
「あ、どうぞどうぞ。空いてますよ」
一瞬で声を変えたおじさんが小さく舌打ちをして、ゆかの元から離れていく。
やっぱり外の世界は怖い。
私には無理だ。
ゆかの足の力は抜け、倒れ込むようにして椅子の上に座った。