今日は珍しくとてもいいお天気で、朝からお母さんが庭いっぱいに洗濯物を干していた。
 
1日中家の中で過ごすということが、なんだかとてももったいなく思えて、ゆかは思い切って出かけてみることにした。
 
かと言って、行く当てもないんだけど。
 
家の近くにある公園くらいなら行けるかもしれない。

今日はなんとなくそんな気がした。
 
身支度をして、使い古したコンバースのスニーカーを履いてみる。

あそこなら1人で歩いていても目立たないかもしれない。

 

滑り台とシーソー、ブランコしかない昔ながらの公園。
 
ゆかはこの公園のベンチに座って、ぼんやりと空を見上げることが好きだった。
 
慌ただしい日常、切羽詰まった環境、追い詰められた心。
 
そういった今感じている生きづらさを忘れさせてくれる、そんな気がした。
 
ベンチに座って砂場の方をふと見ると、小さな子ども連れの親子の姿が目に入った。
 
いろんな色のバックがベビーカーにかかっていて、お母さんたちもおしゃべりに夢中。
 
いつもお昼ごろになると、みんなで手作りのお弁当をこのベンチで食べる、ということをゆかは知っている。
 
だから、その前にここからいなくならなければならない。
 
その度になんだか無言で追い出されたかのような気持ちになるけれど、日中から若者が1人でベンチに座っている姿を見られるのも嫌だから、結局は逃げるようにして帰るんだけど。
 
ぼんやりと辺りを見渡していると、なんとなく公衆トイレの方から誰かの視線を感じた。
 
じーっと誰かに見られているような、そんな感覚。
 
ゆかも目を細めて、公衆トイレの方に目を向けた。


「あ、この前の女の子」
 

傘を貸した女の子が、この前会った時みたいに、1人でたたずんでいた。
 
ゆかはベンチから立ち上がると、なぜだか女の子の方に近づいてしまう。

何か話したいっていうわけではないけれど、そばにいてあげないといけない、そんな気がしてならない。


「久しぶり。覚えてる?」
 

ゆかは精一杯明るい声で話しかけた。


「これ。この前は傘ありがとうございました。助かりました」
 

女の子は小枝のような右手に持っていた傘を、ゆっくりとゆかに差し出した。
 
今日は革靴を履いていて、この前は中学生だと思っていたけれど、自分と同じ高校生っだったんだということに気がついて、一瞬息を飲み込んだ。

身長も低かったから、全くわからなかった。


「わざわざありがとうね。返さなくてもよかったのに」

「でも・・・・・・」
 

女の子は何か言いたそうな表情を浮かべているけれど、緊張しているのか言葉がうまく出てこない。


「あの、これ、お礼です。こんなものしかなくて申し訳ないんですけど。よかったら食べてください」
 

そう言って女の子は1つのチロルチョコをゆかに手渡した。
 
ホワイトチョコにクッキーが入っている、ゆかが1番好きなチロルチョコ。
 
それに、ファミリーパック用とかではなくて、コンビニとかで売っている少し大きいやつ。


「いいの?ありがとう。家に帰ってから食べるね」
 

ゆかはそっと受け取り、にっこり笑った。


「それでは、また。本当にありがとうございました」
 

もっと話したかったけれど、それ以上の会話はなくて、そのまま女の子はゆかの元から立ち去っていった。
 

また会えるといいな。
 

さっきまで座っていたベンチでさっきの親子連れがお弁当を食べているのを見て、ゆかも家に帰ることにした。
 
太陽の優しい温もりが、ゆかを包み込んだ。