「──姫が倒れただと?」
「先ほど東宮から(はしため)が馳せ参じ、そのように申されておりました」

(やつこ)から言い渡された言葉に、俾都久辰為命(へつくしいのみこと)は放心した。

「只今、巫の者達が祈祷を行い、懸命に姫様の回復を祈っておられるとのことに御座います」

床に片膝をつけて淡々と報告をする奴を、ぼんやり見つめる。
今ここで起きていることは、全て夢なのだろうか。
そう思ってしまう程、俾都久辰為命(へつくしいのみこと)には現実味を感じられなかった。

母親である黒姫が若くして死に、その分手塩をかけて育てあげた一人娘。
幼き頃から所作や勉学、巫の力を身につけさせていたお陰で、最近は女王としての片鱗を露にさせていた。
次期王として民や諸国から期待されていた一人の若者なのに、どういう因果か、今死に際に立たされている。

俾都久辰為命(へつくしいのみこと)は膝から力が抜けていき、思わずその場に崩れ堕ちそうになった。
咄嗟に膝をついていた奴は駆け寄る体勢になるが、控えていた(はしため)が両脇を抱えて難を逃れる。
先ほどまで血色の良かった肌が、みるみるうちに青ざめていき、汗の粒が額から垂れていくのが奴に見えた。

「……もっとだ」
「は……?」

気の抜けた返事をした(やつこ)には、王の真意などわからない。
それでも眼から溢れ出している怒りで、背中に寒気が走った。

「クニ中の有能な巫をかき集め、姫の元へ向かわせるのだ。 急げ!」

雷鳴のような怒号が、屋敷中にピリピリと響き渡った。
心臓を貫く声音で(やつこ)は肩を跳ねさせると、蜘蛛の子を散らすように屋敷の外へ飛び出していく。
静寂が戻った広間で、俾都久辰為命(へつくしいのみこと)は重力に逆らうことなく、床に腰を落としていった。

「王よ、気を確かに」
「姫様は幼き頃から、丈夫に育ってきたではないですか。 だからきっと良くなりまする」

必死に慰めようとしている(はしため)の声は、その耳には響いては来ない。
頭を支配するのは、これからの高志国の行く末。
そして、西国の脅威であった。
もし姫の容態が最悪な方向へ進むのならば、次期王の継承者を早急に議論し決めなければならない。

「……すまぬ、酒を持ってきてくれ」

迅速に事を進めなければならないのに、この現実に対処出来る程、冷静にはなれなかった。




そして、三日後の雨嵐の夜。
高志の女王として将来を期待されていた一人の姫が、静かに息を引き取った。
それは、あまりにも突然すぎた死であった。