「それで、あの魔物はどうしてこんな集落の中にまで現れたんです? 普通、集落の周りは魔除け効果のある柵が張り巡らされているはずじゃ……」
「それが、この間壊されてしまったんですよ」
「そりゃあいったいなにに? 魔物ですか」
「いや、それはちょっと答えられませんが……。修理しようにも、村にはお金も技術もありません。それで家に引きこもっていたら食べるものがありませんから、本当に助かりました。ご貴族様は、また魔導具の処分にいらしたのですか?」

その質問には、不意を突かれた。
このトルビス村の人にとって、そもそも貴族はそういう存在になっているらしい。

悪気のない素直な質問が、なによりもこの村の現状を表している気がした。

「いいえ、そういうわけではありません。実は諸事情でこのトルビスの整備と開拓を任されることになったんです。俺、アルバと言います」
「私は、同行しているセレーナよ。よろしくお願いするわ」
「お二人とも貴族の方ですよね。それが、こんな村を整備、開拓……?」

当然、そこは疑問に思う点だろう。

だが、正直に言えるわけもない。
なぜなら俺はあまねく罪を犯したとして(兄・クロレルの仕業が原因だが)、半ば追い出されるようにここへ派遣されたわけで……

「ここに来たのは、彼が街で窃盗、暴行等の悪事を――」

って、セレーナさんん!?

俺は思わず首をぐるんと捻り、とりあえず彼女の腕を取ると数歩後ろへと連れていく。

「どうしたのアルバ」

そして、本当に素直に驚いたとでも言わん顔で首をかしげるのだから、彼女はつかみ切れない。
そういえば、こういう行動の読めなさも彼女らしさの一つなのだった。

「どうしたもこうしたもないよ……。とりあえず王都でのことは秘密の方向で! 下手に怖がられたら、ここでの生活が面倒になるだろ? というか、お野菜とか分けてもらえなくなるかもしれないし」
「あら、そう。今は更生しているみたいだから、言っても大丈夫かと思ったわ。そういうことなら任せて」

セレーナはきわめて理知的に見える顔で、こくりと首を縦に振る。

はたして、どこまで分かってくれたのだろうか。
疑問に思う俺などつゆ知らず、彼女は自信ありげな足取りで、俺より先に村人たちの元へと戻った。
胸に手を当てて、静かに切り出す。

「私たちは、このトルビス村を救うために来たの」

と。

うん、今度は、大言壮語きわまりない。
悪いけど、そんなつもりまったくないよ!? 俺は自由なスローライフを謳歌するためにきたんだよ!?

俺は慌てて訂正せんとするが、村人たちはもう目を輝かせて、

「俺たちにも救いの神が降りたってことか!」
「ありえるな。なぜなら我々はすでに命の危機を彼に救われている!」

口々にこんなことを言い合っているではないか。

きっと命を助けられたことで、色眼鏡がかかってしまっているのだろう。
今はどれだけ否定しようとも、聞く耳を持ってくれなさそうだった。

「……えっと、とりあえず村の案内をお願いしてもいいでしょうか」

ならば、と今だけはこの立場を利用させてもらうことにした。