「あとで聞いてみればいいや」
私はそう言って、スマホ画面を閉じた。立ち上がり、ふとカーテンを開けて窓の外を見る。
7月中旬。かすかに聞こえる蝉の声が、どこからともなく、そこらじゅうにちらばっている。姿は見えないのに、この存在感は偉大すぎる。夏の象徴。夏に欠かせないものの1つ。
今聞こえるだけでも少しのうんざりを覚えるのに、きっとなくなったら、夏という感じは大いに薄れる。でも、蝉はそんなつもりで鳴いているわけではないのに、私たち人間は、夏の大切なものと勝手に見ている。それに蝉が気づいたら、蝉はどうなるのだろうか。気を遣ってくれるのか。その気遣いは、存在感はそのまま残しつつ、うんざりさせないように少し控えめに鳴く、といったところだろうか。
「…どーでもよ」
まぁ、何かに集中する時は静かにしてほしいという少しの期待はなかったことにしよう。
蝉の鳴き声しか聞こえない今は、何かを考えざるを得なくなる。朝にしては、太陽がカンカンと照りつけている。やはり、夏ということがあるからだろう。

「…現実(リアル)でも、居場所があったらいいのに」
どうしても、そう考える、そう考えてしまうじぶんがいる。あの子が。あの子といる時が。

本当の居場所なんじゃないかと、思う時がある。

「…わかんないな。なんで、」
「なつ!!」
バンっという音とともに、お母さんが部屋に入ってくる。言葉が(さえぎ)られたせいか、今まで考えていたことが全てふっ飛んでしまった。
「今日はもう学校でしょう。急いで準備しなさい。しかも、こんな暗い部屋でスマホなんていじってたら、ますます目が悪くなるよ」
「…ごめん。電気、起きてからつけてなかったや」
「いくら夏で外が明るいとしても、電気はちゃんとつけるようにしてね。学校の用意はしてあるの?」
「うん。ぱぱっと朝ごはん食べて行かないと。ありがとね」
私はそれだけ言い残して、リビングへと向かった。