『君は今、どうしている? あの時、どんな気持ちだった? 本当にごめん』
 既読のつかないことは承知の上でメッセージを送信する。
 情けないが、今はこれが精一杯の形だった。
 これは懺悔であり、自分の気持ちを整理するには一番の方法だった。彼女の気持ちを無下にした覚の償いは、誰にも見られることもなく、ただひたすらに一方的な気持ちを書き込むという虚しい手段となっている。
 好きだという気持ちを素直に伝えてくれた君に俺は何をした? 思い出すだけで、心が凍てつく。
 久世覚(くぜさとる)雨下美和(あましたみわ)は小学生の時からずっと仲のいい腐れ縁であり、中学生になる頃には、友達ともいえない遠い関係になっていた。
 中学生になり、クラスのカーストで上位にいた覚は、気持ちを覚られたくなかった。好きだと思っても絶対にばれたくなかった。雨下美和はどんくさいし、勉強ができるわけでもなく、運動もできない。ぱっとしない部類のクラスのカースト下位に所属していた。
 でも、幼少期からの付き合いもあり、美和のいいところはたくさん知っていた。嘘をつかない優しく真面目な性格。努力家。そんな褒めゼリフは一度だって口に出したことはない。照れくさいし、部類の違う人間と親しくすることはありえない空気に包まれていた。なぜ人は境界線を引こうとするのだろう? もしかしたら、自分の領域が侵されるのが怖いから? 他人の目が怖いから? 思春期特有の他人の目が気になるというのが正解だったのかもしれない。
 多分、美和を意識していたのは覚の方だ。
 久しぶりに話した会話は「雨の日は嫌い」という話だったと思う。
 何気に帰りが一緒になって、急な土砂降りの時、傘を持っていなかった覚に傘を貸してくれた美和。
「一緒に入っていかない? どうせ同じ方向でしょ」
 それを嬉しく思う気持ちと、恥ずかしい気持ちと、他人に知られたくないという羞恥心と一抹のプライドが覚を一瞬にして襲う。小学生の頃は普通に接していたのに、いつのまにか話すだけでダメな境界線を世間が引いていたようにも思えた。
「いいよ。俺は、このまま濡れてもかまわないし」
 一応断る。
「風邪をひいたら大変だよ」
 にこりとした笑顔で傘を差し出された。
 美和の黒髪はいつもよりも憂いをおびているように思える。湿気のせいかもしれない。
 以前より大人びているような気がする。
 彼女の行為には人柄がよく現れているように覚は感じていた。
 つまり、相合傘状態になったのだが、ただの純真な気持ちでの親切心だということにも覚は気づいていた。
 美和の心はいつも汚れていない。まっすぐで真っ白な状態だ。
 青空の下で真っ白な洗濯物を干し、風になびく印象だ。
 照れながらも一緒に帰った。覚にとっては甘酸っぱい思い出となったのだが――クラスメイトの目撃者がからかってきた。
 カースト上位の覚が地味な美和と一緒にいるというのも気に食わない女子もいたのかもしれない。
 というのも、覚は誰の告白も受けない鬼対応で有名な男子だった。
 恋愛したくても恋愛できない男子として認知されていた。
 少しばかり顔が良くて、話がうまくて愛想がいい。
 それだけで充分モテていた。
 覚の中に美和がいるなんてことは、微塵も見せなかったが、本当はそれが理由で彼女をつくらなかった。
 他の女子と付き合っても感情が追い付かないだろうということは覚本人が気づいていた。
 きっと心の中に美和がいて、そんな半端な気持ちで誰かと付き合ったらそれこそ失礼だということと、自分自身が不器用で簡単に忘れられる人間ではないこともわかっていた。

 その日は天気予報を裏切ったかのように急に激しい雨が降ってきた。
「雨の日ってなんだかなぁ」
 覚が灰色の空に向かってつぶやく。
 昇降口で偶然一緒になったのは神様がくれた偶然のようにも思えた。
「私も雨は嫌いだよ。制服は濡れるし、靴も泥だらけになるしね」
「部活もできないし、自転車も乗りづらいしな」
「今は、傘さし運転禁止なんだからね。雨の日はカッパを着て自転車に乗らないと」
「相変わらず真面目ちゃんだな」
「覚は相変わらず不真面目なんだから。また告白断ったって噂になってたよ」
「俺、恋愛とか興味ないから」 
 断ることもできずに、傘の中に入れてもらうが、内心どうしようもなく動揺していた。
 しかしながら相合傘にドキドキしているなんて素振りは微塵も見せずに、覚は美和が濡れないように、極力自分自身の肩が濡れるように歩く。
 一定の距離を保たないと心が落ち着かないというのも本音だった。
 久しぶりに話す彼女は全く変わっていなかった。
 美和の覚への接し方も全く変わっていないことに安堵する。
 クラスでも大人しい女子のグループに所属する真面目な美和は覚と話すこともなくなっていた。
 真逆の人間のグループだったからだ。
「でもさ、雨の日でいいこともあるよね」
「何?」
「こうやって覚と久しぶりに会話できたこと」
 少し見上げながらの純真無垢な笑顔で言われると覚はどぎまぎしてしまう。
「何言ってるんだよ。馬鹿」
「まぁ、覚にとってはいいことでもなんでもないよね」
 少し照れた顔をしながらも、当たり前のように返される。このしとしとと降る雨の時間が貴重なことだなんて、言えるはずはなかった。もっと一緒にいたいと覚は思う。
「じゃあ、私は覚の傘を持ってくるよ。また二人で帰ろうよ」
 屈託のない笑顔だった。
「俺も、雨の日は嫌いだったけどさ。また雨が降ったらいいなって思えたよ」
「どうして?」
 その答えは素直に言い出せなかった。
「私は、覚のことが好きだから、話すきっかけをくれた雨に感謝してるんだよ」
 素直でかわいいと覚は思う。
「俺も……」
 と言いかけたが、覚の言葉は詰まってしまった。
 好きだということを認めたら、この先はこのままの関係なのだろうか?
 もっと踏み込んだ関係になるのだろうか?
 関係が新しくなることが少し怖くもあった。
 それは他人の目だったのかもしれないし、未来が怖かったのかもしれない。
 でも、この美和の純真無垢な親切心があだとなった。
 覚に片思いしている女子が目撃したのが運のつきで、あっという間に誇張された噂が広がった。
 狭い教室内で女に興味がないモテる覚が冴えない女子と帰宅していることに批判と好奇心の目が向けられた。
 美和は更に教室内で肩身の狭い思いをした。
 覚は、関係を聞かれ、思ってもいないことを口にしてしまう。
「マジでウザイんだよね。雨下美和。あいつのこと、嫌いだ」
 本心とは真逆なことが口からすらすら出てくる。
 そんな自分自身が嫌になる。まるで詐欺師のようだ。
 でも、こうでも言わないとクラスメイトは納得しないだろう。
 取り巻きの女子たちも美和のことを嫌っていた。
 こうすれば美和はいじめられないだろう。
 彼女を守るための嘘も方便だった。
 しばらく彼女を遠ざけるために無視をした。悪気はなかった。
 本当は覚が一番近くにいたい女子に一番辛辣な態度をとってしまった。

 中学生の彼女の心はどんどん孤独にさいなまれていた。
 覚は繊細な変化に気づいていた。でも、天気のように変化する心に手を差し伸べてあげられなかった。

 ある日の放課後――雨がしとしと降っていた。こんな時に、ベランダにいたら濡れてしまう。
 そんな美和のことが気になってしまう。やはり、美和を一番良く見ていたのは覚だった。
 美和が教室の外のベランダに行く姿を見ていた。
 様子が変だとか、顔色が悪いことにも気づいていた。
 そんなところにいたら、地面に落ちてしまう。校内でも修理が必要とされている壊れているベランダの危険な場所で雨の中、美和が今にも飛び込みそうな様子を見て、覚は体が凍り付いた。このままでは地面に向かって体が突き刺さる。正確に言うと、飛び込もうとしたわけではないのかもしれない。なぜならば校舎内の二階のベランダの柵が壊れていて、体重をかけたらそのまま地面に落下しそうな場所だった。立ち入り禁止区域だとわかっていて、そこに立ったのだろうか。覚は美和が落ちると確信した。手を差し伸べ、声を出す。距離が遠くて間に合わない。結果、その行為は無意味なものとなった。

 落ちる瞬間に美和に何かを覚が話しかけたのは、美和自身気づいていた。手を伸ばしていたような気もする。でも、届くことはない距離だったし、何より彼は美和を嫌っていると認識済みだ。最後に覚が手を差し伸べてくれた、それだけで人生に悔いはないと美和は思う。

 最愛の人を目の前で失ってしまう。
 何もできなかった。
 二階から地べたに落ちた生徒がいるということで、校舎中は騒然となった。
 もちろん、ベランダの柵の修理をしていなかった学校の責任問題もあったが、いじめなどの心の問題の対応をしていなかったのではないかと学校は世間の批判にさらされた。偶然木の植え込みの上だったのと二階だったのが幸いし、一命をとりとめた。
 救急車のサイレンが鳴り響き警察がやってきた。表向きは学校の事故と処理された。灰色の空は不安を更に増幅させる。しとしとと降る雨の中、覚は一人で帰宅した。何もできない自分を責めた。美和の心を殺したのは自分だと。
 やはり雨は嫌いだと覚は確信した。あの日、雨が突然降らなければこんなことにはならなかったのかもしれない。
 無理にでも傘に入らず帰宅していたら、傘をもってきていれば――様々なもしもの世界を考える。

 入院後、美和は奇跡的に怪我することなく回復したらしい。そして、転校した。義務教育なので、これ以上何もしなくても卒業はできるが、どこかの中学に籍を置いたらしい。
 退院後、新しい中学にちゃんと通学したのかどうかは情報は入ってこなかった。というのも、彼女とそれほど仲のいい生徒はこの中学にはいなかったようだ。もしかしたら、親が連絡先を変えて、この中学の生徒には教えないようにしたのかもしれない。というのも、メッセージを送っても既読にならないからだった。アイコンは残っている。ブロックをされているのかもしれない。当然だ。

 それ以来、カースト上位だった覚への反感や冷たい世間の目があからさまになった。女子生徒を自殺に追い込んだ冷たい男。多分、美和が告白したのを無下に断り、いじめたのだろうと勝手な憶測を生んだ。しかも、クラスラインなどでデマ情報も拡散され、それは校内、そして、他校にも拡散された。
 デジタルタトゥーは消えない。それが本当でないとしても、ずっと残ってしまう。本名も書かれている。
 どの高校に行ってもばれてしまうかもしれない。あいつは人殺しだ。いじめた末、自殺する瞬間に最も近くにいた人間だと書かれていた。実際、いじめていたわけでもないし、無視した程度だ。
 あの日、近くにはいたが、殺そうとしたわけではない。彼女を助けるために近づいたと言ったほうが正解だ。

 覚は中学に居場所がなくなった。皆が手のひらを反すかのように、あいつはやばい。
 殺人犯だ、かかわらないほうがいいと言い始めた。
 保護者も同様で、危険な人物とは関わらないようにと言って来る。
 自分の子供がどの程度危険なのかもしらないくせに。
 他人の子供の危険度には敏感なのが保護者らしい。
 これ以上どうすることもできない覚は孤独になった。人殺しというレッテル。
 それまであんなに慕っていたクラスメイトはいなくなってしまった。
 みんなの本音は日々動く。気持ちも日々動く。それが辛くもあり、悲しくもあった。
 覚は孤独な中で遠い知らない人ばかりの高校を受験することにした。それが現実逃避の一番の手段だった。また一から人間関係を円滑にやり直せるかは自信はない。人との距離が怖かった。
『高校で、もしまた出会えたら、俺は美和に精一杯寄り添いたい。俺にできることがあれば、言ってほしい』
 クラスライン経由で交換していた連絡先は、ブロックされてしまった。唯一のつながりは消えた。美和は引っ越してしまい、今どこにいるのかもわからない。謝りたい。本当の覚は弱い人間で、それを隠すためにカースト上位のポジションに君臨していただけだ。作り上げられたコミュ力でカースト上位といわれる面々と仲良くする。好きな人に好きだとも言えない臆病者だ。
『俺はおまえのことが大好きだった。笑顔を奪ってごめん』
 一日に何回も既読のつかないことが分かった上でメッセージを送る。
 世界一嫌われているだろう。人間は手のひらを返したかのようにあっという間に態度を変える。あの事件以来、それは身に染みてわかった。人間不信という言葉が一番しっくりくる現象だった。
 あんなに親しげだった女子たちも一線を引いたらしく、一切関わろうとしてこなかった。
 あの事件で覚は加害者。雨下美和は被害者になった。
 あんなに美和を嫌っていた者たちが同情をする。
 自殺未遂事件と世間は認識した。
 追いやった覚は加害者だ。
 クラスの陽キャと呼ばれる部類の仲良しだった面々が無視をしてきた。
 あからさまな嫌がらせも増えた。
 今まで雨下美和に対してしていた嫌がらせをそのまま覚にしてきたかのような入れ替わりだった。鮮やかな人の変化に覚は何とも言えない気持ちとなる。
 破かれたノートを見つめる。
 学校って行く意味あるのかな?
 受験なんてする意味あるのかな?
 合格したら、また学校生活が始まって、高校という檻でカースト制度が成立する。そこには新たないじめの種が埋まっているかもしれない。加害者になることもあれば被害者になることもある。
 仲が良かったはずの友人から蛙化現象が起きることもある。
 蛙化現象とは一般的には異性同士に使うことばで、恋愛関係に使用されるが、ごくまれに同性の友達に対しても、使う者がいる。
 蛙化現象の意味は、片思い中は相手に夢中だったけれど、両思いになった途端、相手のことが気持ち悪くなったり興味を持てなくなったりする現象。心理学用語の一つらしい。
 グリム童話『かえるの王様』が名前の由来になっているらしい。『かえるの王様』のあらすじについて――
 ある国の王女が池にまりを落とす。王女は、池にいた蛙にまりをとってもらい、その代わりに望みを叶える約束をした。その後、蛙の希望通り王女は自分の城で蛙と食事をし、一緒に寝ることに。しかし、王女はいざ蛙とベッドをともにするとなると、激しい嫌悪感に襲われ、蛙を壁に投げつけた。すると、蛙は王子様の姿に。王子は魔女に魔法にかけられて、蛙にされていた。そのことを知った王女は、美しい王子とすっかり恋に落ちて、二人は最終的に結ばれた。
 いわゆる「蛙化現象」とは正反対の物語だが、「気持ちが正反対に変わる」ということから由来されているらしい。
 覚はこの物語に納得がいかなかった。つまり、見た目だけで恋に落ちているってことだ。もしも、蛙ならば、どんなに性格が良くても生理的に受け付けないというおぞましい人間の本性を現した人間の汚い部分を描いた作品だと思えたからだ。でも、現実そういった人間は多数いる。
 高校に行けば何か変わるだろうか?
 自分自身、周囲の変化に期待しつつ、受験勉強をしたが、本当に楽しいことが待っているとも思えなかった。どこか現実に期待できないでいた。
 いつかどこかで雨下美和に出会うことがあったら謝りたい。
 そして、本当はずっと好きだったことを伝えたかった。
 どんなに嫌われていたとしても、世界の終わりにいる覚にとってはそれだけが唯一生きる意味だった。世界が終わってほしい。それが切なるねがいだった。自分自身の人生が終わったほうがどんなに楽だろうか。あんな針の筵のような学校に行くことは、毎日が吐き気がするほど辛いことだった。
 たまにはサボってしまおうと中学へは登校せずに河原に向かう。人気の多い街中にいけば、補導されてしまう。程よく田舎の人通りの少ない河川敷で自分と向き合う。あの時、告白を正直に受け入れていたら――あんなことにはらなかなった。素直に好きだと伝えればよかった。もう、永遠に伝える手段がみつからない。
 きっと来年の四月、高校生という枠組みに入れば、楽しい生活が待っているのだろうか? 今よりは少しはましになるだろうか? でも、自分をさらけ出すことがとてもとても怖くなっていた。もういちど美和に会いたい。ずっと幼少期から一緒に過ごした仲。ずっと途切れることはないと勘違いしていた。関係なんて学校や住む場所やSNS次第で簡単に途切れるものだ。それを痛感する。甘く見ていたことを悔やむ。大切な大切な関係。他の人で埋めることはできないと確信していた。陽キャと言われるグループに所属することで、一群と言われることで、自分を高く評価させていた。それは弱みを見せない隠れ蓑だったように思う。彼女の少しさびし気で憂いをおびた笑顔。黒いストレートな髪の毛。全てが愛しいと思う。
 河原の小石を川に投げる。三回程度で石は川の中に沈んでしまった。
 その日は、雨が降りそうだった。
 あの事件以来、親はあまり口出ししてこなくなった。
 中学には行かなくてもいいから高校受験だけは何とかしてほしいとだけ言われていた。もう、あんな居心地の悪い場所にいたくはない。それよりも、勉強をしようと自宅でひたすら受験用ワークや過去問題に取り組んだ。未来が明るいかどうかも不明な状態で、覚はただ問題と向き合うことで現実逃避していたのかもしれない。
 知り合いに会いませんように。なるべく遠くの高校へ入れますように。
 誰とでもなく勝手に祈る。
 河原で知らない女子が話しかけてくる。
「あなたもサボり?」
 ハスキーボイスだ。
 金髪のゆるフワパーマの女子が話しかけてくる。同じくらいの年齢だろうか。
 きっと覚と同じサボりだろう。
 中学生で金髪なんて、生徒指導が入るに決まっている。
 高校生だろうか?
「まぁ」
 そんな一言しかでなかった。というのも人間不信という皮の中に入ってしまった覚は簡単に初対面の人間に接することもできなくなっていた。
「あたしも。中学なんてダルイよね」
「おまえ、中学生か?」
「まあね。学校なんて行ってないし。マジでだるい」
「その見た目じゃ生徒指導必須だな」
「あたしさ、生まれ変わろうと思ってこのメイクしてるの」
 派手なメイクで正直元の顔立ちもわからなそうな雰囲気だ。
 まつげはやたら長く空を向いている。つけまつげというものなのかもしれない。
 ファンデーションで塗り固められた肌は、中学生には実に不似合いだった。
 高校生でもこのメイクは派手だろうというくらい口紅は真紅だった。
 アイメイクというのだろうか。目のまわりはキラキラしていて、メイクを落とすのに一苦労しそうな色が散りばめられていた。アイラインと言われる目の上のラインはくっきりと描かれていた。チークも頬に塗っているののか、やたら紅色だ。
 この人は何を考えて生きているのだろう。何か考えた末にこうなったのか、何も考えていないのか。
 不良と呼ばれる類には近づかないほうが無難だ。
「あんた、こんなところで何してるの?」
「たまには河原でくつろいでもいいだろ」
「そうだね。あたしは、親にも愛想尽かされてるから、サボっても何も言われない」
「俺も同じだ」
 スキマ時間に既読がつかない美和にメッセージを送ってしまう。
『おまえと正反対の女に出会った。美和は清楚で優しくて。俺が壊してしまったことは償いきれないけど、ごめんね』
「何? 誰かにラインでもしてるの?」
「まあね」
「彼女とか?」
「彼女はいない。というか友達もいないし」
「へぇ。意外だな。あんたみたいなタイプって友達多そうだと予想してたのに」
「返信ないの?」
「ブロックされててさ」
「ストーカーか」
「違う。けど、一方的に想い続けてるっていうか……」
 否定はできなかった。
「そーいうのストーカーっていうんじゃない? 重いっていうか嫌われるって」
「あんたはなんで、そんな派手な格好してるんだ?」
「生まれ変わりたかったから。たいてい放課後の時間はここにいるから、河原に来てよ」
「気が向いたらな」
『久しぶりに人としゃべった。本当は美和と話したい』
 届かないメッセージを送る。既読はつかない。
 そうは言ったけれど、最近誰とも話していなかったから、知らない人と会話することでストレスが緩和されることに気づく。
 美和とは百八十度タイプが違うけれど、話しやすい人だった。人は見かけによらない。全く知らない人のほうが、話すのにちょうどいいのかもしれない。次の日の放課後、河原に行くと、金髪少女が派手な服に身を包んで立っていた。スカートはやたら短く、体のラインがくっきり出るようなTシャツを着こなしている。スタイルはいいらしい。メイクも相変わらず派手で、目のまわりは赤色のアイシャドーが塗り固められていた。
「明日、雨降るらしいけど、河原の橋の下なら雨がしのげるから、あたしは放課後来るよ」
「俺は気が向いたらかな。雨は嫌いだし」
「雨に恨みでもあるの?」
「別に」
 雨が好きになったあの日のせいで、俺も美和も人生が変わってしまった。
『やっぱり雨が嫌いだ』
 SNSで美和に勝手に一方的に話しかけるのが当たり前となっていた。
 迷惑で気持ち悪いと思われるだろう。これは一種の自己満足だ。
 翌日、派手な女は河原に佇んでいた。雨上がりの空は少しばかり気分が晴れる。
 昨日の雨で足元は泥で汚れる。
 名前も知らない女子。
「ねえ、ライン交換しない?」
「しない」
「私が片思いの彼女の代わりになって返事してあげるよ」
「そんなこと頼んでもむなしいだけだよ」
「既読がつかないラインに送ること自体むなしいよね」
 たしかに、手のひらにある無限に広がるSNSで謝っても、永遠に美和とはつながることはない。つまり無意味だ。
 そんな馬鹿な自分に嫌気がさしていた頃だった。
 それは気まぐれだったのかもしれない。
「交換しようか」
 孤独に耐えられなくなっていたのも事実だった。
 居場所のない中学校。
 未来のわからない不安な受験期。
 目の前に現れた知らない女子。
 最悪ブロックすれば問題ない。
 そんな気持ちで交換する。
 彼女の名前は美羽(みわ)というらしい。
 アイコンの画像は雨。
 その下にMiwaと書いてある。
 派手な容姿の割には芸術的な風景だった。
 美和と名前こそ同じ響きだが、漢字が違う。
 どうやら、「みわ」という名前に縁があるらしい。
 二人の対照的な「みわ」の間で覚の心は揺れる。
 孤独に耐えられなくなった覚は、連絡できる人ができればいい。
 美和の代わりにSNS上でなってくれればいい。
 わがままで失礼な依存心で交換してしまう。
『アイコンの画像が雨だよな。雨、好きなのか?』
『どっちかっていうと好きかな』
『珍しいな」
『そう?』
 目の前にいるのに、あえてメッセージで会話する。
 そのほうがMiwaと書いてあるアイコンが美和のような気がして、気持ちが上がってしまう。
 少し鼻にかかるハスキーな声は美和とは違う。
 でも、どことなく話し方や背格好が似ているような気がした。
 こんなにもタイプは似ていないのに、少しでも似ているところを探している自分がいたのかもしれない。
『彼女のこと好きだったの?』
 メッセージだからこそ素直に言える。
『大好きだった』
 少しこちらを見てどぎまぎした様子の美羽。
 人の告白を聞いたら照れるのは当然だろう。
『告白しないの?』
『連絡先わかんないんだ』
『もし、会えたらどうする?』
『ちゃんと気持ちを伝えたい』
 これは、謝罪を含めて、好きだという気持ちも全部含めて伝えたいという意味だ。
「届かないメッセージだけど、勝手に期待して送信してる。アイコンがあるってことはまだ解約してないのかもしれない」
「いつか届くといいね」
 美羽は、目のまわりの化粧が濃くて原型がわからない。
「美羽は、どこの高校受けるの?」
「中学もまともに行ってないのに、高校行けるかわかんないよね。入学しても期待なんかできないし」
「なんか、その気持ちわかる。俺も最近中学なんて行きたくないんだよな」
「馴染めてないの?」
「……うん」
 ほぼ知らない人間にならば本音を話そう。
「あなたの名前は?」
「久世覚」
「好きだった彼女の名前は?」
「美和。美しい平和の和っていう漢字だけど」
「私と漢字はちがうけれど、同じみわじゃん。今日から私がSNS上での愛しの美和になってあげるよ」
「ありがとう」 
 どうしようもない申し出に文句を言わず受け入れてくれた美羽に感謝しかない。
 美和と脳内変換できる美羽がいたから受験期は乗り切れた。
 ほぼ中学には行かず、ただひたすら受験勉強をした。
 外部とのつながりはSNSでの美羽だけだった。
 Miwaが世界の全てだった。
 一日に何度もアイコンを見つめる。
 あえて漢字ではないローマ字表記のMiwaは美和を彷彿させてくれた。
 まさに、本当の美和と会話しているかのように文字で振舞ってくれる。
 なぜそんなことをしてくれるのか覚には考える余裕はなかった。
 ただMiwaというアイコンから返信が来ることが嬉しかった。
 文字に声も顔もない。
 だから、脳内変換できたのかもしれない。
 ギャルのような派手な印象なのに、文章はきれいで、誤字脱字もない。
 きっと実は文章力があって、勉強もできる人なのかもしれない。
 実はお嬢様だったりということもあるが、覚は美羽という人物について、まだ何も知らないことに気づく。
 毎日ただひたすらメッセージを送る。
 届くはずのない人宛てに。
 嘘だとしても、Miwaというアイコンには、既読がすぐ付き、即返信があることは至極幸せだった。
 だから、彼女自身のことを聞くことはほとんどなかった。
 幼なじみの美和に対しての言葉ばかり送信していたが、嫌な素振りもなく返信してくれた。
 美羽はあまり素性を明かさないので、どこを受験するとか、どこに住んでいるとか、どこの中学なのかも不明だった。
 正直知りたいという興味もなかった。でも、つながっていられる誰かがいることは確実に心強かったように思う。
 それくらい孤立していたということだろう。
 毎日たわいのないメッセージを送りあっていた。
 美羽のほうから踏み込んで来ることもなかった。
 美羽のことをこちらから詮索することもなかった。
 珍しくどこの高校を受験するのかを聞かれたので、桜高校だと答えた。
『勉強、はかどらないな』
『今更あがいても変わんないって。模試でA判定なら余裕じゃん』
『念には念を。遠い高校に行きたいんだよな』
『なんかその気持ちはわかるよ』
 どうでもいい言葉を吐き出し受け止めてくれる人がいるという存在がどんなに心強いか、覚自身が思い知っていた。
 ただでさえ不安がいっぱいの受験期。緊張と不安と若干の春への期待で胸がいっぱいだった。
 正直中学校はどうでもよかった。
 あそこに居場所を求めようとも思わなかった。
 気持ちを吐き出す受け皿となってくれるMiwaのアイコンは当たり前の存在となっていた。
 一日に何度も目にしていたから、生活の一部となっていた。

 覚はあえて自宅から遠い知り合いのいない高校を受験した。あえて女子が八割という高校を選んだ。というのも男友達とのつながりを絶ちたかったのと、女子が多ければ友達ができなくても浮いた存在にならないのではないかという期待もあった。友達を作りたくない前提で入学していた。でも、少しは二割の男子と仲良くなりたいと願う自分もいた。つまらない高校生活を進んで望んでいるわけではない。自宅からは自転車で駅に行き、電車とバスを乗り継いで通学する。名前は桜高校。元は公立で女子高だったけれど、自治体の方針で共学化されたらしい。伝統校であり、県内でも五本指に入る創立年数だ。最初こそ男子がたくさん入るのではという期待もあったのだが、実際は男子の希望者はそんなにおらず、結果的に二割程度は毎年なんとか男子が入学しているらしい。同じ中学からも女子で希望している人も毎年ほとんど聞いたことはなかった。通学の不便なことが一因らしい。

 合格発表の日、番号を確認する。
『桜高校に合格した』
 一番最初に報告したのは美羽だった。他に友達もいないし、親よりもずっと近い存在となっていた。
『おめでとう』
 雨のアイコンは見慣れていて、むしろ見ていると、落ち着くくらいになっていた。
『明日、点数開示に行こうと思う。みわはどこ受験したんだ?』
 あえてひらがなで入れる。美和とつながっている自分と美羽とつながっている自分のどちらも取りこぼしたくないということが一番の理由だった。
『秘密』
 やっぱりそう来たかと思う。あの格好ではどこの高校も受け入れてくれないような気がするが、自由な校風の高校もあるし、学力さえあれば入ることはできるのかもしれない。美羽は基本的に秘密主義だ。

 桜高校の校章は女子高らしい桜が満開なデザインで、校歌も女子高の名残をとても感じる。同窓会の名前も桜華会と書いてあり、華やかできれいな印象を受けた。これは、男子が入りづらいのもわかる。この高校には女子サッカー部があるにもかかわらず、男子サッカー部はないらしい。多分人数の関係で集まらないのだと思うのだが、フットサル同好会と書いてあった。圧倒的に部活も女子優先で男子が入っていいのかも一瞬躊躇する。
 高校に点数開示を見るために来た時、よく知っている髪の毛に反応した。後ろ姿だったけれれど、すぐに分かった。雨下美和だ。彼女は一人で来ており、体に後遺症はないようで、普通に歩いていた。この近くに引っ越したのだろうか。なんだかストーカーみたいだけれど、ずっと手を伸ばしても届かない人に届いた感じがして、声をかけた。もしかしたら、これを逃したら一生話すことはないかもしれない。それに、今日、あえて点数開示を見に来ている生徒がほとんどいないというのもチャンスだと思えた。
 覚が声を掛けたら逃げてしまうかもしれない。だから、すぐにまずは謝ることを優先に考えた。
「美和」
 漆黒の瞳が覚を見た。ずっと会いたかった人だった。
「あのときは、ごめん」
 それを言うと同時に美和は逃げてしまった。
 嫌われているからかもしれないけれど、懸命に走って追いかけた。
 ちゃんと想いを伝えたい。絶対に謝罪したいという気持ちが一番だった。
「待って!! ごめん!!」
 美和は足は遅い方なので、すぐ追いつくことができた。持久力と足の速さには覚は自信があった。
 息切れしている美和はこちらを見ると、立ち止まった。というかそれしか彼女に為す術はなかった。
 美和は覚に比べると、圧倒的に体力がなかった。
「ずっと謝りたかったんだ」
 自然と美和の肩をつかんでいた覚。失礼かと思ったが、また逃げてしまうのではないかという不安が襲ったのだった。
「私こそ、何も言わず転校してごめん」
「ずっとライン送ってたんだ。でも、ブロックされたから、メッセージは読んでないだろ?」
「親に中学の人全員と連絡を絶つように言われたの。しばらくはそのまま使っていたんだけれど、最近解約したんだ。アカウントは別に新しく取得してる」
「俺、本当はあの時、雨の中で一緒に帰ることができて嬉しかったんだ。好きだと言われて嬉しかったのに、素直になれなかった」
 意外な顔をする美和。
「私のことを忘れないでいてくれただけでうれしいよ」
 何も責めない。彼女の優しさは変わらない。ストレートの黒髪も変わらない。嫌われてなかった? それだけが救いだった。
 半年ほどずっと執着していた想い。   
 正直言って重いかもしれない。
 相手の反応がずっと怖かった。
「あれは、事故だったの。飛び降りようなんて思ってなかった。ただ、雨は嫌いじゃないから誰もいないベランダで佇んでいたの。でも、あそこの柵が壊れていて、体重を掛けたら二階から転落。馬鹿だよね」
「でも、クラスで居心地を悪くしたのは俺のせいだ」
「違うよ。覚はいじめられないようにあえて距離を取って私をかばってくれてたよね。優しい人だってわかってるよ」
「でも、俺は嘘だとしても、美和の悪口を言っている。許してもらえなくてもいいから、ずっと謝りたいと思っていた」
「そうだったんだね。覚も桜高校に入学するの?」
「うん。中学の奴が受けない遠い高校を選んだんだ」
「覚も色々あったのかもしれないね」
「俺、世界が終わってもいいかもって思いながら半年過ごした。美和もそんな世界でずっと生きていたんじゃないかって改めて気づいたんだ。本当の友達ってなんだろうな。美羽は事故の後遺症はないのか?」
「検査はひととおり受けたけど、後遺症は特にないよ」
「後遺症がないなら何よりだ。あのさ、新しい連絡先、教えてほしい」
「それは、辞めとく」
「なんで?」
「だって、親しくしちゃうと良くないと思うから」
「たしかに、届かないラインに何度もメッセージ送って気持ち悪いって思われたかもしれないよな」
「そんなことないよ。嬉しいよ。ただ、仲良くしていたら、私が世界からいなくなった時、辛くなるでしょ?」
「どーいう意味だよ?」
「そのままの意味だよ。それでも、私と一緒にいたいと思ってくれるのならば、交換してもいいけど」
「世界が終わってしまえばいいって思っていた時期は投げやりだったと思う。でも、美和と高校生活を通してつながれたら俺は幸せだ。今度償いで何か飯おごりたいって思う。それじゃ足りないと思うから、何か欲しいものがあったら言ってよ」
「私の方こそ今度償いしないとね。新しい出会いとかはなかったの?」
 一瞬河原で出会った派手な女子、もう一人の美羽を思い出す。
 ラインで頻繁に連絡したり、河原で話す仲となっている。
 でも、好きなのは、目の前にいる美和だ。
「出会いとかは別にないし、美和とSNSで繋がっていたい。ブロックされていたのはわかっているけどさ」
 覚はだいぶ素直になったことに自分でも驚く。
「高校に入って新しいアカウントにしたから、以前のひまわりのアカウントは消されてると思うよ。新しいアカウントで交換しようか」
 気づかなかった。派手な美羽とメッセージを交換していたから、本家の美和のアカウントが消滅したことに。
 うかつだったと思う。そして、そんなことも気づかなかった自分に驚く。
 それくらい本家のひまわりの画像の既読のつかない方には送信していなかったのか。
 そのかわり、雨のアイコンのほうにばかり送信していたのか。
「俺、ずっと謝りたかった。冷たくしたほうが美和のためだと思った。でも、違った。美和を追い込んでいったのは俺だ」
「私もずっと謝りたかった。私がいなくなったら覚が居場所がなくなるのはわかっていた。バッシングを受けることもわかっていた」
「美和が変わっていなくてよかった」
「どうかな」
 美和は長い黒髪を耳にかけて少し憂いを帯びた表情をする。
 連絡先交換をするためにQRコードを出す。
 美和がそれを読み込む。
 ピコンと音が鳴り、ネットという見えない世界で友達として繋がる。
 虹の写真のアイコンが出てきた。
「これ、本物の虹?」
「うん。雨上がりの虹をスマホで撮ったんだよ。偶然が重ならないとなかなか撮れないから貴重だよね」
「転校した後、どうしてた?」
「普通に学校に行って、普通に受験生してたよ」
 普通という言葉は安心する。
「これから、どうでもいいメッセージ送ってもいいかな?」
「いいよ」
 美和の笑顔は化粧も何もしていないからこそ、爽やかで可愛らしいと思えた。
 雨のアイコンのMiwaと無意識に比較している自分に嫌気がさす。

 自宅に帰る前に河原に寄る。
 美羽はいない。
 ここに来ればいつもいるような気がしていたから、少しがっかりしていたのが本音だった。
 会って話したいなんて、馬鹿だなと思う。
 合格したこと、そして、想い人に会えて連絡先を交換したことを直接伝えたかった。
 Miwaに感謝しているのは事実だった。
 存在が大きくなっているのも事実だった。
 多分その感情は友情だと思うのだが、親友と呼べる仲だと自負していた。
『美和に会えた。直接謝って連絡先を交換できた』
 河原にたたずんで春風を感じながら送信する。
『おめでとう。じゃあ、今後、メッセージのやりとりは本人とやったほうがいいんじゃない?』
 意外とクールな対応のメッセージが届く。
 確かにその通りだ。でも、美羽と連絡しないというのは慣れ親しんだ日常生活とは違うような気がする。
 もうすでに、日常の中にMiwaがいる。
 急に朝起きて顔を洗わないのと同じくらい連絡をしないことに違和感があった。
 雨のアイコンも何百回と見たと思う。
 本人にも何回か会った。
 時々、辛い時は電話もした。
 見た目こそ派手だけれど、話し相手になってくれたいい人だった。
 世界の終わりを感じた崖っぷちに立っていた覚にとって、最後の砦となってくれた存在だった。
 もし、彼女がいなかったら世界の終わりを迎えていたかもしれない。
 今、覚はここにいなかったかもしれない。
『明日、河原で会おう』
 メッセージを送る。
『もう会わない』
 怒っているのだろうか? 意外と冷たい返事だった。
 美和と再会しても美羽とは友達だ。
 ずっとつながっていたい。
 たとえそれがネット上だとしても。
 むしろ現実よりもSNSのほうが身近に感じられる気もしていた。
 思わぬメッセージが届く。
『このスマホ解約するんだ。だから、今後メッセージは届かないから』
 その言葉に胸が痛む。もう二度と会えないかもしれない。
 美羽のことはほとんど何も知らない。
 ブロックされたら、解約されたら――つながりはなくなってしまう。
 その現実を突きつけられて、覚はひどく傷つく。
『一度だけでも会いたい』
 既読がついたにもかかわらず、返信に時間がかかっていた。いつも即効返信主義の美羽にしては珍しい。
 少ししてから、待ちわびた音が鳴る。
『わかった』
 もしかしたら、もう、美羽に会えないのだろうか?
 ブロックされてしまうのだろうか?
 今後メッセージを送りあえる仲にはならないのだろうか?
 そんな些細な出来事が、世界の終わりのような気がしてしまう。
 思っていた以上に彼女とのやりとりは覚にとって生命線だった。
 思っていた以上に大切な人だったことに気づく。
 情けないと思うが、外見こそ好みではないはずの派手な美羽のことが大切で仕方がないことに気づく。
 せめて、お礼がしたい。気持ちを伝えたい。
 美和の代わりになってくれたいい人。
 いつも優しい言葉を返してくれた人。
 いつのまにかかけがえのない存在になっていた。
 Miwaに送信した愛の言葉は美和に送っているつもりだった。
 でも、いつの間にか美羽に送っていたのかもしれない。
 そんなことに今更気づく。
 いつも近くで支えてくれた人。
 世界の終わりだと思えた時に、傍にいてくれた人。
 会えないなんて嫌だ。失いたくない。
 想像以上に強い感情が芽生えていた。
 ずっと会いたかった美和に会えたにもかかわらず、人間というのは実に贅沢な生き物なのかもしれない。
『俺、美羽のことが大切だ。だから、関係を失いたくない。美羽が好きだから』
 初めてネット上で美羽に告白してしまった。半ば勢いだった。
 もし、ブロックされたり解約されたら一生想いを届ける手段は無くなる。
 今、つながっているうちに気持ちを伝えよう。
 あんなに美和のことを好きだと言っていたのに、調子のいい男だと思われただろうと覚は自覚していた。
『明日、いつもの河原で会おうか』
 美羽から返信があった。スマホを掲げて喜ぶ覚。はたから見たら滑稽な姿だ。
 でも、丁寧に断るために会おうとしている可能性も否定はできない。

 翌日、春のはじまりを感じる空気を吸いながら、かなり緊張して河原に向かう。
 しとしとと小雨が降っていた。雨は嫌な記憶が多いから少しばかり憂鬱になる。
 河川には橋がかかっており、その下は雨がしのげる。多分、そのあたりにいるだろう。
 金髪の派手な服を着た女子を探す。
 しかし、そこには、長いストレートの黒髪の美和が立っていた。
「なんで、ここに?」
 にこりとする美和。
「昨日会いたいってメッセージが来たから待ってたんだよ」
 もしかして、間違えて美和のほうに送信してしまったのかもしれないと焦る。
 スマホを確認するが、やはりMiwaのほうに送信している。
 二人は友達だったのだろうか? もしかして気を利かせて美和をここに連れてきたのだろうか?
 共通点も見つからないしタイプも違う。
「覚って案外鈍感だよね」
 美和の声がいつもよりもハスキーだ。
 というより声を変えると美羽と同じ声だ。
 持っていたバッグから金髪ウェーブのかつらを取り出す。
 かつらをかぶると、髪型は美羽だった。
 メイクはしていないので、顔立ちは違うように思う。
「メイクの力って凄いよね。まるで別人みたいになるんだから」
 一瞬理解が追い付かない。
「私が美しい羽と名乗ったMiwaだよ。漢字としては羽のほうが空を飛べそうで個人的に好きなんだけどね」
 つまりメイクをしていた美羽は美和ってことか?
「スマホを二台所有していたの。中学からのひまわりのアイコンのスマホは美和として使っていたけど、前の中学の人とはブロックするように言われていたから、覚からのメッセージは届かなかったんだ。嫌われていると思っていたから、ブロックしてた。まさか、覚が私に送ってくるとは思わなかったし。一時期はMiwaとして使っていた雨のアイコンのスマホも所有していた。高校に入るから新しいスマホを買ってもらってアカウントを新規取得したの。買い替えて解約したから、前の中学の時のスマホの方のひまわりのアカウントは消したよ。そして、美羽として活動を終了するためにMiwaのスマホは次期解約するつもりだったの。もう美羽として会う必要もなくなったわけだし」
「なんで、雨のアイコンなんだよ?」
「だってあの日突然雨が降ったから、覚と会話できたでしょ」
 その笑顔が素直でまっすぐで視線をどこにむければいいのかわからなくなる。
 覚が心惹かれた美羽は美和だった。つまり同一人物。
 見た目が違っても中身は同じ人間だった。
「でも、なんであんな格好で河原にいたんだよ?」
「私も新しい中学には転校してもほとんど行っていなかったの。誰にもばれないように変装して、さぼっていたんだよね。知り合いにばれたくなかったからメイクまでしてね。別人になりたかったのかもしれない。メイクは私を変えてくれるから」
 真剣な顔をして見つめる美和。
「覚が世界の終わりのような状況になっているなんて思わなかった。中学での居場所をなくしたのは、全部私のせい。でも、私は覚に嫌われていると思っていた。だから、別人になりすまして、美羽と名乗って少しでも力になりたかったの。声色も変えてね。ハスキーボイスだったでしょ?」
「実際、美和も世界の終わりに近い場所にいたんだろ?」
 美和はその言葉に否定はしなかった。
「この河原は世界の終わりに一番近い場所だったと思う」
 美和はうなずく。
「でも、これからはこの場所が世界の始まりだと思うようにするよ」
「どういう意味?」
「再会して高校に入学して新しい世界が始まる。この場所から俺たちは変われるかもしれない」
「変われないかもしれないよ」
 否定的な美和。
「そんなのわかんないよ。でも、どこかでみんなどうせ裏表があって本当に信じられないっていうのは身をもって感じてる。でも、高校生活への期待がゼロではないんだよな」
「私、自殺するつもりじゃなかったの。いじめに遭っているのは気づいていたけど、一人になれる場所に行ったら、事故にあっただけなのに。世間は自殺未遂の少女として色眼鏡で見るんだよね」
「俺は、自殺未遂に追い込んだ殺人犯だって全生徒に嫌われてしまった。あんなに慕ってくれていた奴らも手のひらをかえしたかのように散っていった。若干十五歳で、人間の本質を身をもって感じたのは辛かった」
「まさかフェンスが壊れているとは知らなかったの」
「あそこが壊れているっていうのは有名な話だろ。立ち入り禁止って書いてあったし。雨なら滑りやすいし危険だ」
「ベランダは屋根があるから、雨でも大丈夫だと思ったの。雨を感じたかったの。立ち入り禁止の場所なら誰も来ないかなって。一人になりたくてさ」
「相変わらず天然なんだな。でも、ケガひとつなかったのは奇跡的だったと思うよ。距離があって助けられなかったことは、申し訳なかったと思う」
「あの日、私と覚をつなげてくれた雨に触れていたかったのかもしれない。だから、雨が好きになったの。学校に行けない時、雨の日はずっと窓の外を眺めていたの」
「そんなに俺のこと好きだったんだ?」
「覚こそ、あんなに既読のつかないラインにメッセージ送るなんて、普通の女子なら嫌がる行動だと思うけれど」
 美羽のほうには正直に既読がつかないラインに鬼メッセージをしていることを白状していた。知らない人だから言えたのに、まさか本人だとは思わなかった。
「美和は嫌じゃなかったのか? 普通そんなにメッセージが来たら、重いとかキモイって思うよな。美羽のほう、つまり、結果的に本人に素直に話していたわけだけど」
「嬉しかったよ。あんなに素っ気なくされていたのに、実は私を好きだったなんて」
「最初は謝罪の気持ちのほうが大きかったんだけど、ぶつける場所はネットの世界しかなかったんだ。もう連絡する手段はなかった。俺たちのつながりなんてブロックされたらおしまいだからな。どうせ既読がつかないならば、好きだとか愛してるとか気持ちを言葉にして入力してた。既読つかないからって毎日たくさん送信するなんて、気持ち悪いよな」
 照れながらもちらりと美和を見る。
「ありがとう。重いなんて思ってないよ。嬉しいよ」
 かつらを取った美和はにこりとする。
「でも、昨日のメッセージの内容からすると、私よりも雨のアイコンのMiwaのほうが好きになっていたってことでしょ? ちょっとそれはムカつく」
「でも、結果的に美和だったんだ。同一人物だったわけだし……」
 どうにも歯切れの悪い言葉しか出てこない。
「受験期。俺が世界が終わると思えた時に、いつもそばで見守ってくれていたのが美羽だった。メッセージ上だけど、いつも身近で安心できた。世界とつながる手段が美羽だけだったんだよ」
「私も世界とつながる手段は覚とのラインだけだった。他の人とやりとりはしていなかったし。本当の友達もいなかったってことなんだと思う。事件があって、連絡してくる人もいなかったし、ブロックするように親には言われていたし」
「あの時、別人だと思ったから本音が言えたのかもしれない。知らない人だからこそ、言える本音」
「じゃあ、会ったのが黒髪の私じゃなくて正解だったね」
「あの時、会いたかったけれど、美和に会っても素直になれなかったかもしれない」
「じゃあ、今度派手なメイクをしてかつらをかぶって行くから、二人でどこか出かけようか。合格祝いってことで」
「そうだな。俺はどっちのMiwaでもいいけど。世界が終わってもいいって思っていたのに、時間が経つとそんなこと思えなくなっていたりするもんだな」
「時間が解決してくれることもあるんだね。雨のアイコンのほうは近々解約予定だから、虹のアイコンに送ってね。MとWって逆さにすると同じなんだよね。Miwaのアイコンを見て、ふと思ったの。どちらの文字も私の名前に入ってるんだなって」
「どちらから見ても、結局同じってことか。なんか解約すると聞くと寂しいよな。本人とつながってるから問題はないけどさ」
 雨のアイコンに自然と愛着がわいていた。
「今、見えている世界は永遠じゃないと思うの。大学や専門学校に進学するかもしれないし、就職するかもしれない。私たちを取り巻く世界も人もきっとずっと変化するんだと思う」
「今、もし、暗い世界にいたとしても、それが永遠じゃないってことなんだな」
 お互いに自然と手をつなぐ。
 ネット上でしかつながっていないわけじゃない。
 今、覚がいて美和がいる。
 今、心と心がつながった。
 手と手がつながった。
 虹を見ながら、二人は足元の水たまりをよけながら歩く。
 その様子は傍からみたら、とても楽しそうで、水たまりすら楽しんでいる様子だ。
 雨上がりの水たまりも含めて雨が好きになっていたのかもしれない。
「派手なメイクをしただけで私は世界が変わった。ほんのちょっとしたことで世界って変わるんだよ。まぁ、自分の気持ち次第なんだと思うけれど」
「気持ちの持ちようで世界は変わるのかもしれないな。女子が多い高校で男友達できないかもしれないけれど、少ない男子で団結できるかもしれないし、女子に案外モテるかもしれない」
「私としては、覚がモテるのは困るけれど。私たち、世界を終わらせなくてよかったよね」
「たしかに、あの時終わらせていたら、今はないからな」
 つないだ手を見つめる。
「こんなに人を好きになれると思わなかった」
「私もだよ」
「今日、虹が俺たちの想い出に追加された」
「虹のアイコンに愛の鬼メッセージ待ってるから」
 照れた顔をする覚。
「今更、照れる必要ないでしょ」
「まぁな。重い男だということはバレバレだしな」
 開き直る覚。
「ずっと小学生の頃から好きだった人と心がつながったんだから重いなんて思わないけどね」

 世界を終わらせることは簡単なことなのかもしれない。
 終わらせないことのほうが難しいのかもしれない。
 少し待てば世界が変わって見えるかもしれない。
 ネット社会では、常に何かとつながることができる。
 だから、一見自分が変わったように思えるかもしれないし、楽しむことも容易になっている。
 そんなことは、祖父母や父母の時代。ひと昔前にはありえないことだったのかもしれない。
 SNSがあなたを助けるかもしれないし、SNSによって傷をつけられるかもしれない。
 でも、現実世界で空を見上げると虹が見えるかもしれない。
 そんな期待を雨上がりに持つような気持ちで生きることがいつの時代も大事なんだと思う。
 二人のMiwa。ネット上では別人だと思えるくらい演じ分けることができていた。
 ネット上には二人よりも多いたくさんがのあなたがいるかもしれない。
 あなたがMiwaのように、自分を演じ分けたとしたら、案外新しい世界が見えるのかもしれない。

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