SNSで流れてきた投稿を見た時、思わずあっと声が出た。
 投降主は‟ピンキー”というハンドルネームの女。投稿内容は、とあるストーカー被害を訴えかけるようなもの。
 しかし、(あおい)が気になったのは投稿文ではなく添えられた自撮りの方だった。

 映っているのは、恐らくピンキーを名乗っている女自身なのだろう。
 薄紅色のカーディガンに、長い黒髪……そして小指に光るピンキーリング。
 正直驚いた。この女の見た目が、葵にそっくりだったからだ。
 着ているものも、葵が持っている服とよく似ている。そして何より、この女がしているピンキーリング。これはきっと、葵が数か月前に無くしたものだろう。

 細かいところまでは見えないが、リングの側面に彫られている刻印も、装飾も、全て葵の記憶と一致する。
 慌てて‟ピンキー”の投稿画面をさかのぼってみれば、一件の呟きが目にとまった。

『東長崎の駅前で、ピンキーリングを落とした方を探しています。酔いつぶれた私を手厚く介抱してくれた女性です。どうしてもお礼がしたいので拡散協力お願いします』

 そうだ、思い出した。
 数か月前、人通りの少ない路地裏で突然倒れこんだ人がいた。
 葵以外、周りに人もいなかったためしょうがなく介抱したのだが――そうか、あの時にリングを落としていたのか。
 しかし、この人はどうしてこんな格好(・・・・・)で投稿を続けているのだろう。葵と同じ小指に、リングを付けてまで。
 
 このピンキーリングは、葵にとって唯一無二の大切なものだった。
 それこそ代わりのきかない、何としても返してもらいたい宝物だ。

 貼りつけたような笑みを浮かべた‟ピンキー”にどこか薄ら寒いものを感じたが、葵は意を決してDMを送ってみることにした。


                       ◇◇◇◇◇◇

 数日後、DMで待ち合わせをした場所に線の細い男がやってきた。
 黒いスキニーに、黒いTシャツ。
 葵を見つけた()は、満面の笑みでこちらへ駆け寄ってくる。

「いやぁ、まさか本当に届くとは思っていませんでした」
「あの、すみません……リングを……」

 ピンキーリングを拾ってくれたことはありがたかったが、葵は一刻も早くリングを受け取って帰りたかった。
 投稿と同じ、貼り付けたような笑みを浮かべた男の表情に嫌な予感がした。

「ずっとずっとあなたを探していたんです。あなたの恰好をして、あなた(・・・)になり切って投稿を続ければ……いつか見つけてくれるんじゃないかって」
「……っ」

 立って話しているのに、男の貧乏ゆすりが止まらない。
 ああ、どうして早く気付かなかったんだろうか。男は多分、リングを返してくれる気なんてさらさらない。
 お礼を言いたい、というのも建前だろう。男の目的は、恐らく――

「わざと変なものを投稿(おと)して、アカウントを特定する手口があるんですって。知ってました?」
「いえ……」

 近くに、人の気配はない。助けを呼ぶことはできない。

「あなたに出会えてうれしいです。さあ、ゆっくりお話しましょう」

 にっこりと笑った男の手には、きらりと光る葵のピンキーリングがはめられていた。