『203号室、メーター回ってた』
"unknown"から届いたDM画像は、気が付けば二万件以上のいいね拡散がされていた。
自作自演を疑う声や、通報しない咲良を不審に思うような声は一定数届いている。しかし、投稿を拡散するユーザーのほとんどが面白おかしく事態を傍観している人たちだった。
無表情のまま、‟ピンキー”というワードでエゴサーチをする。
これはアカウントを開設した頃からの習慣みたいなものだった。最初の頃は自分の投稿しか検索に引っかからなかったが、今ではかなりの人がピンキーというワードを呟いている。これも、投稿が伸びてくれたおかげだろう。
素早く画面をスクロールしていくうちに、ふと一件の投稿が目にとまった。
『ピンキー、ずっと騙してたなんて許せない』
投稿時間は四分前。投稿者は――なんと、あの田中だった。
意味深な文章と共に貼りつけられていたのは、一枚の写真。
写真を食い入るように見て、思わず乾いた笑いがこぼれる。――なんだ、やっぱり‟unknown"はお前だったのか。
田中が投稿した写真には、黒いスキニーと黒いTシャツを着た咲良が映っていた。
監視カメラの映像を切り取ったような荒い画像だったが、これは咲良だ。
『ずっと騙してたなんて許せない』
『応援してたのに』
『許せないけど、ピンキーの本当の姿を知っても、応援しようとした』
『どんな姿でも、味方だった』
『せめて、怖い思いでもすればこんなこともうやめてくれるかなって思ったのに……ピンキーは、今の状況を楽しんでいる』
誰も見ていないような小さなアカウントで、ただ淡々と呟き続けるそれは田中の叫びのようにも見えた。
いつ咲良の素性がバレたのだろう。ケーキ写真を撮っているところを見られた時? それとも、アパートの表札を見られたのだろうか? いや、今となってはもうどうでもいいことだ。田中は、しっかりと咲良のために役目を果たしてくれた。
田中は、ピンキーのファンだった。その言葉に嘘はなかった。それでも、咲良が望んでいたのはそんなものじゃない。欲しかったのは、ただ一つだけ。この世でたった一人の――
その瞬間、一件のDM通知が届いた。
‟unknown”ではない。もちろん田中でもない。他の有象無象とは違う、咲良がずっと求めていた通知だ。
「ああ……やっと届いた」
天にも昇るような気持ちとは、まさにこういう時のことを言うのだろう。
恍惚とした笑みを浮かべながら、長い黒髪のウィッグを脱ぎ捨てる。
そして咲良隆司はゆっくりと、DMの返信画面を開いた――。