最初の異変は、ささいなものだった。
バイト中、いつの間にか届いていた一件のDM。
『ずっと見てるよ』
『バイトお疲れさま』
送られてきていたそのDMを見て、思わずぞくりとする。
知り合いが間違えて送ってきたものだろうか、とプロフィール画面へと飛んでみるが、違ったようだ。
ハンドルネームは‟unknoun”で、フォローしている人も、フォロワーもいない。見た感じ、ただの捨てアカウントのようだった。
――何かの嫌がらせ?
嫌がらせにしてはたちが悪いそのメッセージをスクショし、すぐさま削除する。
しかし数時間後、削除したはずのDMが復活し、新しいメッセージが届いていた。
『無視しないで』
『ピンキー』
『黒いスキニーに、黒いTシャツ』
『この前着てたの、似合ってた』
今回は、先ほどと違って四件立て続けに送られてきていた。
無視しないで、ということは、やはり最初に届いたDMは間違いではなく意図的なものだったということか。
いや、それよりも、気になるのは二件目以降の文だ。
黒いスキニーに、黒いTシャツ――これは、数日前に咲良が着ていたものと一致する。
「はは……こわ」
思わず、半笑いのひとりごとが出てしまった。
ただの偶然だろうか。そもそも、この恰好で外に出たのはいつだったか――そうだ、思い出した。
この服で外に出たのは、ケーキの落としもの写真を投稿した日だ。
――もしかして、これを送ってきたのは。
ハッとして、気が付くと咲良は田中にDMを送っていた。
『ねえ、捨てアカでメッセージ送ってきてるのってあんた?』
数十秒後、いつものように素早く既読がつき、返事が届く。
『えっ……そんなことしないよ』
『うそ、約束やぶって私の姿見たんでしょ』
『見てない、ピンキーとの約束やぶるなんて、そんなことしない』
『じゃあ誰なの、あのDM』
『どんなDMが届いたの?』
田中の返事に一瞬迷い、先程スクショした三件のDMを転送した。
すると、今度は五分後に返事が届く。
『これ……ピンキーのストーカーだよ。絶対そうだ』
『ストーカー?』
『あの日、俺がケーキをわざと落とした日、誰かがピンキーを見てたんだ』
誰かが見ていた。
田中の一言に、嫌な悪寒が走る。
確かに、あの日は周りを確認することなくそのまま帰宅した。
ケーキは田中が処理するはずだったし、そもそもあの落としものは咲良が頼んで用意してもらったものだ。
自作自演を疑われたが、まったくもってその通りなのである。
だからこそ、フォロワーが言うストーカーなんてものの存在は思考から除外していた。
――でも、これ……もしかして使えるんじゃない?
咲良は思いついたままにSNSの投稿画面を開き、先程のスクショを投稿した。
『先日、少し変わった落としもの写真を投稿したんですが……その数日後に、こういったDMが届きました。これは、写真を投稿した日に着ていた私の服装と一致します。ストーカーなんてありえない、そう思っていましたが……皆さんもどうかお気をつけください』
滅多に書かない長文を添え、送り出した投稿。
その投稿は一件、二件と拡散され、ゆっくりと伸びていく。
『うわあぁ、やっぱりSNS特定されちゃったんだ……!』
『え、怖すぎるんだけど』
『とりあえずアカウント通報してきました』
『ブロックした? てかピンキーのアカウント、鍵かけた方がいいんじゃない?』
引用リプライが届くたびに、閲覧数といいね数が伸びる。
今までとは少し違う、ケタ違いの伸び方だ。
――なんだ、こんな簡単なことでよかったのか。
これなら、ひょっとすると万バズを狙えるかもしれない。きっと、みんな、自分とは遠いところにある恐怖や不安が好きなのだ。
どうしてもっと早くに気が付かなかったのだろう。
投稿の閲覧数が上がるほど、アカウントの注目度も上がる。有名になれば、‟ピンキー”の存在をみんなに知ってもらえる。
『ずっと見てるよ』
つい先ほどまで気味悪く思っていたDMが、いまでは暗闇に差す一筋の光のように感じられた。