次の日起きると、昨日投稿した落としもの写真の閲覧数が少しだけ増えていた。
 リプライを送ってきたのは仲の良い身内アカウントのみであり、その全てが‟SNSを特定しようとする第三者”への恐怖や咲良を心配するもので埋まっていた。

「はぁ……」

 投稿に対する反応を一通り見終えて、大きなため息をつく。

「もっと伸びると思ってたんだけどなぁ」

 誰にも届くことのないひとりごとが、暗く乱雑な部屋に響く。
 そのまま、咲良は床に脱ぎ捨てられていたスカートを手に取った。
 サテンのマーメイドスカートと、薄紅色のニット。そして、マニキュアネイルが施された小指にきらりと光るピンキーリング。これらは咲良が‟ピンキー”になるための装備品だ。
 三年前、大学生だった咲良は就活に失敗した。何社受けたかなんて、もはや覚えていない。
 結局いまはフリーターとしてバイトを掛け持ちし、安月給でこき使われている。
 そんな咲良にも、唯一の趣味と言えるものがあった。それが、SNSだ。
 SNS上で、咲良は二十歳の大学生という設定になっている。真っ白な肌に艶やかな黒髪がよく映える、まだあどけなさが残る女の子。
 田舎で暮らす両親の反対を押し切って東京に出てきたため、家賃や生活費などは全て自分で賄っている――というのももちろん設定だ。
 
 ピンキーというハンドルネームは、大切にしているピンキーリングからとった。SNSにいる八百人のフォロワーは、咲良が就活に失敗したフリーターであることを知らない。同じ都内に住む両親から縁を切られていることなんて知らない。知る由もない。

『みんな、昨日はコメントいっぱいくれてありがとう。私は大丈夫だよ!』

 数枚撮ったなかで一番盛れている自撮りを添えて、アップする。
 すると五分後、いいねが二件だけ届いた。その後は何も反応なし。

「ああーもう、どうやったら伸びるの……?」

 咲良の目的は、SNSで注目されることただ一つ。
 しかしそれが何よりも難しい。
 ‟映える”写真を載せようと、上辺だけの仲間を作ろうと、なかなか咲良の投稿は伸びてくれない。
 咲良はただ、日本中、いや世界中の人にピンキーを見てもらいたいだけなのに。
 二件だけいいねがついたさっきの投稿を見ながら、咲良はとある人物にダイレクトメッセージを送る。

『昨日はありがとう』
『でも、なんで落としていったのがあんなものだったの? 一応投稿したけど、自演疑われたじゃん』

 無機質な灰色の人型アイコン。‟田中”に送ったDMは、数十秒後に既読がついた。
 すぐさまチャットのステータスが入力中に変わり、ピロンと返事が届く。

『ごめん……‟東長崎の路地に映えるものを落としといて”ってピンキーが言ったから……できるだけ目立ちそうなものをスーパーで探して……』
『もういいよ。ケーキはすぐに片付けた? 誰にも見られてない?』
『うん……誰にも見られてない』

 田中からきたメッセージに小さく息をつき、目を閉じる。
 田中は、咲良がアカウントを開設した初期からいる古参のファンだ。少なくとも、田中は自身のことをそう名乗っている。
 以前交わした何気ないやり取りから男であることは分かっているが、それ以外の情報は何も知らない。
 咲良が頼めば何でもやるし、DMを送ればすぐに返事がくる。昨日の‟落としもの”も、咲良が田中に頼んで仕込んでもらったものだ。
 どうにも投稿が伸び悩んでいたため、面白おかしい落としもの写真をアップして注目を浴びようと思った。――落ちていたのがまさか、本物のカットケーキだとは思ってもみなかったが。

『ちゃんと、ピンキーから連絡がきた30分後に片付けた……でも、失敗したみたいで、ごめん……』

 これも、咲良が頼んだことだった。
 姿を見られないよう、咲良が立ち去った三十分後に田中に連絡を入れたのだ。
 何でも言うことを聞く田中の存在は咲良にとって利用しがいのあるものだったが、正直従順すぎて気味が悪かった。得体の知れない親愛ほど、怖いものはない。だから、咲良は田中に‟自分の素性”が割れることだけは何としても避けたいと思っていた。
 絶対にリアルでは会わないし、連絡も必要最低限しかとらない。それでも、田中は文句ひとつ言わずに咲良に従った。

『とにかく、またなんかあったら頼むから。でも昨日みたいにおかしなことはしないで』
『わかった……なんでもするよ、俺はいつでも、ピンキーの味方だから』

 俺はいつでもピンキーの味方だから。田中がよく使うフレーズだ。
 こういうところすら気持ち悪いと思ってしまうが、目的のためなら、何だって使ってやる。
 なんとしても、ピンキーを有名アカウントにしてやるんだーー小さくそう呟いた咲良は、田中のメッセージに返事をしないままDMを閉じた。