音羽ちゃん、助けてあげて

 この言葉に動揺し、眉間にシワを寄せる私と柊さん。二人揃って、並んだひらがなを穴が空くほど見た。

「助けてあげて、って。どういう事なんでしょうか?」
「さっぱりですね……」

 今日で大団円の幕引きかと思いきや、まさかの「て」の出現。それにより、謎解きは一気に振り出しに戻った。衝撃が強すぎて、全く頭が働かない。

 おばあちゃんは、私に誰かを、
 助けてほしかった。でも……
 それは、誰?

「うーん」と悩む柊さんの声。いつも被っている帽子をうちわ代わりにして、パタパタ扇いでいる。それより露になった顔を見て、柊さんが整った顔をしていると初めて気づいた。
 だけど――

「……」
「あの、柊さん?」
「あ、すみません。考え事をしてました」

 柊さんが動かなくなる時は考え事をしている時――っていう事は、少し前から気づいていた私。
 それくらいの事が分かるくらいには、この一週間で柊さんの事を知ることが出来たのだ。
 優しい柊さんは、私を励まし、慰め、そして寄り添ってくれた。私がおばあちゃんの孫だからっていう、それだけの理由で。
 そう言えば――柊さんから、おばあちゃんの口癖を聞いた事もあったっけ。

『目の前の人が困っていたら助けてあげるんだよ』

 おばあちゃんの口癖だったという言葉。
 私はなぜか、今この瞬間に。
 その言葉を、思い出していた。

「目の前の人……」

 いつ、おばあちゃんの口癖になったか知らない言葉だけど……。もしかしたら、これが謎解きのヒントになるんじゃないかって、何となく思った。

「音羽さん、どうしました?」

 今、私の目の前にいる人。
 それは、柊さん。

「……っ」

 何言ってるのって、思われるかもしれない。考えすぎて空回りしてるって、呆れられるかもしれない。
 だけど――生前、聞くことができなかったおばあちゃんの口癖に、今こそ耳を傾ける時だと思った。
 おばあちゃんが亡くなった時に生まれた後悔。
 その最初の償いが、きっと、
 今、この時なんだ。

「……あ、そうそう」

 静寂に包まれた空気を変えようと、柊さんは、おもむろに伝票を取り出した。

「配達予定の荷物は、今日で全部、終わりました。音羽さん、今日の分だけでいいです。最後にサインを下さい」
「はい」

 薄い伝票を受け取り、玄関に置いてあるおばあちゃんのハンコを取った。カションと印鑑の蓋が開き、綺麗な朱色で「白井」の文字が押される。
「はい」と伝票を戻すと、柊さんは帽子をかぶり直して、浅くお辞儀をした。いかにも「ではこれで」と言って、すぐにでも出ていこうとする雰囲気だ。慌てて、柊さんの腕をギュッと掴む。

「え?」

 驚く柊さん。一方の私は、口から心臓が出そうなほど緊張していた。だけど聞きたかった事を、思い切って口にしてみる。
 私の目の前にいる、その人に。

「あの、柊さん。今――
 何か困っている事、ありますか?」
「!」

 私の言葉を聞いた柊さんは、目を見開いた。そして私がついさっき渡した伝票。それがグシャリと音を立てるほど――
 強い握りこぶしを、作ったのだった。