「あなたがスマホを持つ理由――それは、俺と連絡を取り合うためです」
「!」

 いつ家に入って来たか分からない配達員さんが、私の腕を強く握った。眉は怒ったように吊り上がっているのに、その瞳は……どこか寂しそうに見える。

「叩くのを、やめてください。手が赤くなっていますよ」
「え、あ……」

 無我夢中になっていたから、気づかなかった。叩くのをやめると、痛覚が機能し始めたらしい。私の手が唸り声をあげるように、ジンジンと痛く、そして赤くなっていった。

「ちょうど水を買って来たので、これで手を冷やしてください」
「すみま……」

 せん――と全て言えなかったのは、配達員さんが、すごく汗をかいていたから。息切れもしていて、肩が上下に大きく動いている。何かあったのかな?
 そう思っていると、配達員さんが「昨日の紙」と。気まずそうに口を開いた。

「紙に書いたSNSの俺のアカウント、見てくれましたか?」
「え、あ……ごめんなさい、まだなんです」
「そうですか……」

 一気に落ち込んだ配達員さんを見て、慌てて訂正する。

「違うんです!私、SNSをした事がなくて……」

「え」と配達員さんは、驚いた顔で私を見る。だけど、本当の事なのだ。恥ずかしながら、私はSNSの使い方が分からない。

「今更、時代遅れですよね……」
「いえ、そういうわけでは。だけど、納得がいきました。昨日、俺のアカウントをフォローする人が誰もいなかったから……。まだ登録が出来てなかったんですね」
「フォロー、登録……?」

 未知の言葉の数々に、小首を傾げる私。そんな私を見て、配達員さんは吊り上がった眉をゆっくりと降ろしていく。

「連絡がとれないから、あなたがまた倒れてるのかと焦って、急いでココに来たんです。でも、そっか……杞憂に終わって良かった」
「”良かった”?ご迷惑をおかけしたのに……」

 申し訳なく思っていると、配達員さんが「良かったですよ」と、言葉を繰り返した。

「あなたが無事であることが、俺にとって一番ですから」
「!」

 また、優しい目をする配達員さん。だけど配達員さんの眼差しは……今の私にとって、居心地が悪かった。だって誰かに心配される権利、今の私にはないから。おばあちゃんを心配しなかった私が、誰かに心配されるなんて……ダメだ。
 思わず俯いた私。すると配達員さんは何も言葉を発さないまま、二人の距離を僅かに縮めた。

「何かありましたか?」
「いえ……何でも、ないんです」

 ろくに連絡を取らなかったせいで、おばあちゃんが悩んでいる事に気づかず、そのまま疎遠になった状態で永遠の別れとなってしまった――なんて。言えるはずない。
 いや、言いたくないんだ。
 私のダメな部分を、なぜか目の前の配達員さんに知られたくなかった。だから曖昧な言葉で、誤魔化そうとした。
 だけど――それを許さなかったのは、配達員さん本人だった。