顔だけは完璧なオリヴァー殿下の微笑みに見惚れる令嬢であふれる中。

「殿下はいつまで滞在される予定なのですか?」

 まるで魅了魔法にかけられたような、甘い雰囲気を(さえぎ)ったのは、クリスティナ様だ。

 さすが私の、年下だけれど頼りになる知人だけのことはある。

「本当は運命の相手を見つけるまで。そう言いたいところだけれど、あと二週間ほどかな」
「まぁ、あまりお時間がないのですね。クリスタルが反応すれば、良いのですが」

 クリスティナ様は可愛らしく胸の前で手を合わせ、心底願っているといった風を装う。

「クリスタルか……悪いが、帝国は自由恋愛を推奨(すいしょう)する国だ。だから君達のように、結婚相手を水晶の玉が決めるまで待つ事はしない。私は自分の結婚相手は自分で決めるつもりだ。だからこうして自ら動いているわけだしね」

(ん?)

 オリヴァー殿下の少し馬鹿にしたような言い方に引っかかりを覚える。今の言い方だと、私の仕事が否定された。そんな気がしなくもない。

「自らお動きになるのは結構です。けれどもし、殿下がお気に召した子に、我が国が誇るツガイシステムで将来の伴侶(はんりょ)がすでに決められていた。その場合はどうされるおつもりなんですか?」

 私は冷静を装い、意地悪な質問をぶつけた。

「どうするも何も、相手が私を好きになってくれるよう、自ら努力するしかないだろうな」
「ではきっと殿下の恋は実りませんね」

 私は勝ち誇った顔をオリヴァー殿下に向ける。

「君はなぜ、そういい切れるんだ?」
「システムが弾き出した結果は絶対だからです」

 その前提があるからこそ、ツガイシステムで固く結ばれた恋人同士を、帝国のお偉い殿下だろうとなんだろうと、破局に導く事は出来ない。

(そんなの常識じゃない)

 私はふふんと鼻で笑う。

「君のその絶対なる自信と信頼の意味が、さっぱり私にはわからないな。そのようなシステムに頼らなくとも、人は誰かに好意を自然に(いだ)くものだ。少なくとも私は未来の伴侶を決めるにあたり、自分の第六感を信じたい」

 オリヴァー殿下は負けじと主張した。

「第六感ですか。将来を共にする相手を決めるのに、皇子殿下ともあろう御方(おかた)が、随分と曖昧なものに頼られているのですね」
「誰かに強制的に決められるよりは間違いないと思うが」
「そうでしょうか。人はミスをします。けれど、ツガイシステムはよっぽどの事がない限り、正しい結果を示してくれますよ?」

 私が当たり前のように主張すると、オリヴァー殿下は驚いたように目を丸くした。

「もしかして君は、心から誰かを好きになったことがないのか?」
「…………」

 私はノーコメントを貫く。

 確かに私は恋愛などした事がない。ツガイシステムが正しい未来を導いてくれる事は実証済み。よって、誰かを本気で好きになる必要などないからだ。

 それにツガイシステムに管理されている以上、誰かに特別な好意を寄せたところで、無駄な時間を過ごすだけ。なぜならツガイシステムが、好きになった人物の相手として、私を選ぶとは限らないから。

 無駄な事に労力を割き、その結果心を痛める結果になったら時間の無駄だ。これは合理的な考えであって、間違っていないはず。

 だから、恋愛をした事がない。その事を私は恥じたりもしていない。

「君はツガイシステムで導き出された結果以外、信じないというのか?」
「信じません。こと失敗の許されない結婚に関しては特に」

 私がキッパリと言い放つと、オリヴァー殿下はこれ見よがしに、悲しげな表情を見せた。

 どうやら哀れだと思われているようだ。
 勝手な思い込みで、私の気持ちを判断され、さらに私はムッとする。

「人生は短いと言いますし、無駄な事に時間を割くのは、賢い生き方だとは思えません。恋愛なんかに(うつつ)を抜かすより、目の前に提示された仕事を淡々とこなす方が、ずっと誰かのためになる、素晴らしい生き方だと思います」

 私は断固譲らないと、自分の意見を主張する。

 悲しいかな、おひとり様が板についてきた私が(すが)れるのは、もはや仕事しかない。その仕事内容が他人の結婚相手を判断するという、もはや私には皮肉めいたものではあるが、それでも誇りを持ち、私は業務をこなしている。よって、ツガイシステムを否定する意見は到底認められない。

「あんなふうになりたくないわ」
「ほんと、(みじ)めよね」
「おひとり様を(こじ)らせると、偏屈(へんくつ)になってしまうのね」
「ますますツガイが現れなそう」
「でも、反面教師的に参考になったわ」
「確かに。その点では感謝しなきゃですわね」

 横にそれ、徒党を組むデビュタントたちのヒソヒソ声が耳に飛び込んできた。

 さすがの私も、可愛げなく反論するこの状況は失態でしかないと気付く。

「……という、意見も聞いた事があります」

 もはや蚊の鳴くような声で、さりげなく他人が言っていた風を装う。

「君の意見は理解した。それが正しいかどうかは別として、私と君は育ってきた国が違う。だからすぐに理解し合えるはずがないって事だろう?」

 うまくこの場を収めようとしているのか、オリヴァー殿下が、譲歩する言葉を述べた。

 ならば、乗っかるしかないというもの。

「はい。その通りです。それが言いたかったのです」

 私は敵に寝返る諜報(ちょうほう)のごとく、笑顔で全肯定しておいた。

「今回の滞在ではまさに今、君が口にした事が目的でもあるんだよ」
「まぁ、そうだったのですね」

 私はいまいちピンとこないまま、相槌(あいずち)を打つ。

「エスメルダ王国、そしてローゼンシュタール帝国の友好をさらに深めるためには、お互いの理解が必要だと、私は君と出会い強く感じた。ありがとう」

 オリヴァー殿下が優しく微笑む。

(えー、どうしてお礼なんてされてるの?)

 全く意味がわからないと私は頭に「?」を浮かべつつ、それをさとされてはなるまいと、笑顔のまま、慌てて返答する。

「お礼だなんて。身に余る光栄ですわ」
「そうか、それは良かった」

 オリヴァー殿下が機転を効かせ、私がついうっかり本音をもらしてしまった事は、過去のものとなったようだ。

 ホッとすると共に、案外いい人なのかも知れないと、私の中でオリヴァー殿下の評価が上昇しかけたその時。

「そこで、だ」
「え?」

(まだ話は続くの?)

 私は何となく、嫌な予感を感じた。

「熱い議論を交わした仲だし、エスメルダ王国を理解するための手段として、滞在中は君に色々とお世話になろうかな」

 オリヴァー殿下の透き通る空色の瞳に、夕焼け色をした闘志が(たぎ)るのを感じた。

(え、なんでそこで私に頼もうとするの?)

 私はますます意味がわからないと、戸惑う。

「と、とても光栄なお申し出だとは思います。けれど、至らぬ私が殿下をご案内する事で、粗相があっては申し訳ありません。それに、こういった件は私の一存ではなんとも……」

 私は責任逃れ全開な言葉を口にし、何とか面倒な役目からおさらばしようと試みる。

「なるほど、そうきたか」

 周囲に聞こえないよう、ボソリと呟くオリヴァー殿下。

「悪いけど、逃がさないよ。君の件は滞在中の課題にすると、今ここで決めたから」

 オリヴァー殿下は、人好きのする素敵な笑顔のまま、不敵な雰囲気全開になる。

「か、課題ですか?」
「ツガイシステムに囚われ愛を知らぬ哀れな君の、その曇り切った瞳を必ずや晴らして見せようという課題だよ」

 猫の皮を脱ぎ捨てたらしきオリヴァー殿下が、ニヤリと不敵に微笑んだ。

(なるほど、宣戦布告されたってことね)

 そっちかその気ならばと、私もふつふつと闘志が(みなぎ)ってきた。こう見えて私は、売られた喧嘩はきっちり高値で買い取るタイプなのである。

「私の瞳のご心配をしてくださるだなんて、なんてお優しい殿下なのでしょう。そんな慈愛のお心を持つ素晴らしい方ならばきっと、運命の伴侶を自力で見つけられる事かと思います。嬉しいご報告が届く事を楽しみに待っておりますわ」

 ムカムカする気持ちに支配された私は、さりげなく「私にかかわるな」と含みを持たせた、高度な嫌味(ぶし)をお見舞いした。

 案の定オリヴァー殿下は、私を見て目をぱちくりさせている。

(ふふん、クリティカルヒット)

 私は、勝ち誇った笑みを浮かべる。

「アリシア様、そんな言い方をしては殿下に失礼ですわ。それに運命の人は出会った瞬間わかる。そう主張する殿下のお気持ちに私は賛成です」

 クリスティナ様が困った表情を浮かべながら、私に注意を促す。

(た、確かに大人気なくムキになっちゃったかも知れない)

 年下の、しかもデビュタントしたばかりのクリスティナ様に、自らの無礼な行いを指摘された私は「やってしまった」と反省する。

(で、でも!!)

 私は仕事や信念に、それなりに誇りを持っている。それらをまとめて否定されたのだから、どうしたって塩対応になってしまうというもの。

 私が苦し紛れに無言で肩をすくめると、オリヴァー殿下はフッと口元を緩めた。

「ふふ、面白いね。君となら仲良くなれそうだ」
「……どこがですか」

 少なくとも私がオリヴァー殿下に向ける気持ちは氷点下。つまりマイナスだ。

(しょせん顔だけの男だったってこと)

 観賞用にはいい。ただそれだけだ。
 謎に上から目線でそうしめくくると、私はオリヴァー殿下に清々(すがすが)しい笑みを向ける。

「では殿下、今後のご活躍を楽しみにしておりますわ」
「君こそ覚悟しておいたほうがいい」

 オリヴァー殿下がニヤリと怪しく微笑む。

(一体何の覚悟よ……)

 私はどうみたって負け確定であるオリヴァー殿下が、まるで勝ち誇ったように微笑む意味がさっぱりわからなかった。

「では失礼します」
「楽しい時間をありがとう」
「こちらこそ」

 謎に微笑むオリヴァー殿下に見送られ、私はその場を優雅に離脱する。

「ムカつく人だったけど、今日の舞踏会はなかなかエキサイティングで悪くなかったわね。さてと、(いくさ)のあとは腹ごしらえしないと」

 私はどこか浮かれた気持ちで、人混みを掻き分け、軽食コーナーに足を運ぶのであった。