騎士団の訓練場を訪れると、すでに訓練場では騎士達が各々ペアになり、剣を交えていた。
私はクリスティナ様と長方形となる訓練所を囲むように設置されたベンチに腰を下ろす。
「良かった。あの子達もまだお相手が見つからないのね」
クリスティナ様がすでに騎士達に熱い視線を送る数組の令嬢と侍女のペアを見て、ホッと一息つく。
しかし私の目は、彼女たちに寄り添う侍女達の膝の上。そこに燦然と輝くバスケットをとらえた。
あれはすでにツガイシステムに引っ掛かり、将来の伴侶となる騎士様を見学しに来ているパターンだ。そしてお昼休憩に、来場者にも開放されている庭園で共にピクニックとしけ込むに違いない。
私の長年の婚活センサーは絶対そうだと言い切っている。けれどそれは言わないでおく事にした。私なりの気遣いだ。
カンコンと木の剣がぶつかり合う音が響く。
訓練場となる土埃舞う場内に、うじゃうじゃと生息する騎士達に目を凝らし、ジュリアンの姿を探す。すると私と同じ。この国では珍しい、薄い黄金色の髪色を持つ青年を発見する。
間違いない。弟のジュリアンだ。今日のジュリアンは青い騎士服のジャケットを脱ぎ捨て、白シャツ一枚という軽装のまま、黒髪の青年と剣を交えていた。
私の座る場所からジュリアンの真剣な表情が良く見える。しかし対戦相手の顔は全く見えない。見えるのは後頭部にある黒い髪の毛だけだ。
「黒髪か……」
私は二日前。徹夜明けに王城で遭遇した、ローゼンシュタール帝国の黒い軍服に身を包む、怪しい青年の事を思い出す。
(そう言えば、見て見ぬふりをしちゃったけど)
スパイ疑惑がある青年を放置したままなのはまずい気がする。やはりジュリアンに一言伝えておくべきだろうか。
(あーでも、もっと早く教えろって叱られそうだしなぁ)
そうなると、いちいち面倒ではある。
「発見しましたわ」
「え?」
突然クリスティナ様が低い声で呟く。
「アリシア様。口を閉じて下さい。とても間抜けに見えますわ」
「あ、そ、そうね。ご指摘ありがとう。所で何を発見したのですか?」
「可愛い私に釣り合う、将来の伴侶に決まってますわ」
堂々と、しかも自信ありげに告げるクリスティナ様。
「一体どの方ですか?」
「ジュリアン様らしき方と剣を交えていらっしゃる、黒髪の方です。ほらあそこ」
クリスティナ様が爛々と輝く瞳を、一点に向ける。
「後ろ姿なのにわかるのですか?」
少なくとも私には黒髪の青年の背後を見ても、何も感じないし、わからない。
「あの方はオリヴァー皇子殿下に間違いないですから」
「オリヴァーおうじ殿下?」
「ローゼンシュタール帝国の皇子殿下ですわ。本当は来週からご訪問される予定になっていたのですが、極秘で早めに来日なさったみたいです。デビュタントお披露目の舞踏会でそんな噂を聞いたから、間違いないです」
「ふーん」
どうせ私には関係ない。よって特段その皇子殿下に興味も湧かず、空返事を返す。
(ん、でも待って。あのスパイ……)
私は空から降ってきた、青年の姿を脳裏に浮かべる。
丁度その時、ジュリアンと対峙していたオリヴァー殿下の立ち位置が入れ替わった。
そのおかげで、私の瞳はしっかりとオリヴァー殿下の姿を捉える事に成功する。
耳にかかるくらいの長さに揃えた、サラサラと揺れる髪。そして優しそうなアーモンド形の大きな瞳。ジュリアンの剣さばきを余裕の表情で受け流すあの人は。
(ス、スパイ!!)
私が助けた人物、その人である事に気付いてしまい、激しく動揺する。
「ふーん、ではありませんわ。王国で一番美しい私には、あのレベルの伴侶が相当であると、ツガイシステムもそうおっしゃっているに違いないわ。だって運命を感じますもの」
だからマッチングされなかったんだ、と言わんばかり。一人納得した様子のクリスティナ様。
(で、でもあの人には、スパイ疑惑があるし)
そんな人物にうっとりとした顔で「運命を感じる」などと口にするクリスティナの運命センサーに対し、疑う気持ちがわくのと同時に、今期デビュタントした子の中で、やたらローゼンシュタール帝国の国籍を持つお相手が選ばれた理由に行き着く。
(しれっと我が国に紛れ込む作戦ってこと?)
私は自分に問いかけ、絶対そうだと確信する。
魔法をないものとし、科学の力を発達させるローゼンシュタール帝国は、いまさら魔法の力の有り難さに気付いた。
そこでデビュタントが多いこの時期に突如訪問。
帝国の人間はエスメルダ王国の未来ある若者を、まるで人攫いするかのごとく、本土に連れて帰る気なのかも知れない。
(でもツガイシステムが間違うはずはないし……)
マッチング結果が誰かに細工されるはずもない。
(あ!)
私の脳裏に再び、我が国の第二王子殿下であり、私の従兄でもある、エリオット兄様の執務室から逃げ出すように飛び降りてきた、オリヴァー殿下の怪しげな姿が鮮明に蘇る。
(あれは絶対、スパイだった)
国防を担うトップの部屋だ。オリヴァー殿下はあの部屋できっと何か細工をしたに違いない。
(まさか!?)
私達が使うサーバーは、エリオット兄様の部屋にある魔法通信システムとも繋がっている。つまり、オリヴァー殿下はエリオット兄様の部屋にある魔法通信装置から、サーバーをハッキングした。そして我が国が誇る、膨大な国民データーを改ざんし、ツガイシステムを混乱に導いた……。
「こうしちゃいられないわ」
私はいてもたってもいられず、その場で立ち上がる。
「クリスティナ様、国際問題級の野暮用を思い出しましたので、失礼致しますわ」
「それって、もはや野暮用とは言えないのではないかしら?」
クリスティナ様はこんな時ばかり、的確な指摘を飛ばしてきた。
「おほほほほ。では、ごきげんよう」
私は逃げるように騎士団の訓練場を後にしたのであった。
私はクリスティナ様と長方形となる訓練所を囲むように設置されたベンチに腰を下ろす。
「良かった。あの子達もまだお相手が見つからないのね」
クリスティナ様がすでに騎士達に熱い視線を送る数組の令嬢と侍女のペアを見て、ホッと一息つく。
しかし私の目は、彼女たちに寄り添う侍女達の膝の上。そこに燦然と輝くバスケットをとらえた。
あれはすでにツガイシステムに引っ掛かり、将来の伴侶となる騎士様を見学しに来ているパターンだ。そしてお昼休憩に、来場者にも開放されている庭園で共にピクニックとしけ込むに違いない。
私の長年の婚活センサーは絶対そうだと言い切っている。けれどそれは言わないでおく事にした。私なりの気遣いだ。
カンコンと木の剣がぶつかり合う音が響く。
訓練場となる土埃舞う場内に、うじゃうじゃと生息する騎士達に目を凝らし、ジュリアンの姿を探す。すると私と同じ。この国では珍しい、薄い黄金色の髪色を持つ青年を発見する。
間違いない。弟のジュリアンだ。今日のジュリアンは青い騎士服のジャケットを脱ぎ捨て、白シャツ一枚という軽装のまま、黒髪の青年と剣を交えていた。
私の座る場所からジュリアンの真剣な表情が良く見える。しかし対戦相手の顔は全く見えない。見えるのは後頭部にある黒い髪の毛だけだ。
「黒髪か……」
私は二日前。徹夜明けに王城で遭遇した、ローゼンシュタール帝国の黒い軍服に身を包む、怪しい青年の事を思い出す。
(そう言えば、見て見ぬふりをしちゃったけど)
スパイ疑惑がある青年を放置したままなのはまずい気がする。やはりジュリアンに一言伝えておくべきだろうか。
(あーでも、もっと早く教えろって叱られそうだしなぁ)
そうなると、いちいち面倒ではある。
「発見しましたわ」
「え?」
突然クリスティナ様が低い声で呟く。
「アリシア様。口を閉じて下さい。とても間抜けに見えますわ」
「あ、そ、そうね。ご指摘ありがとう。所で何を発見したのですか?」
「可愛い私に釣り合う、将来の伴侶に決まってますわ」
堂々と、しかも自信ありげに告げるクリスティナ様。
「一体どの方ですか?」
「ジュリアン様らしき方と剣を交えていらっしゃる、黒髪の方です。ほらあそこ」
クリスティナ様が爛々と輝く瞳を、一点に向ける。
「後ろ姿なのにわかるのですか?」
少なくとも私には黒髪の青年の背後を見ても、何も感じないし、わからない。
「あの方はオリヴァー皇子殿下に間違いないですから」
「オリヴァーおうじ殿下?」
「ローゼンシュタール帝国の皇子殿下ですわ。本当は来週からご訪問される予定になっていたのですが、極秘で早めに来日なさったみたいです。デビュタントお披露目の舞踏会でそんな噂を聞いたから、間違いないです」
「ふーん」
どうせ私には関係ない。よって特段その皇子殿下に興味も湧かず、空返事を返す。
(ん、でも待って。あのスパイ……)
私は空から降ってきた、青年の姿を脳裏に浮かべる。
丁度その時、ジュリアンと対峙していたオリヴァー殿下の立ち位置が入れ替わった。
そのおかげで、私の瞳はしっかりとオリヴァー殿下の姿を捉える事に成功する。
耳にかかるくらいの長さに揃えた、サラサラと揺れる髪。そして優しそうなアーモンド形の大きな瞳。ジュリアンの剣さばきを余裕の表情で受け流すあの人は。
(ス、スパイ!!)
私が助けた人物、その人である事に気付いてしまい、激しく動揺する。
「ふーん、ではありませんわ。王国で一番美しい私には、あのレベルの伴侶が相当であると、ツガイシステムもそうおっしゃっているに違いないわ。だって運命を感じますもの」
だからマッチングされなかったんだ、と言わんばかり。一人納得した様子のクリスティナ様。
(で、でもあの人には、スパイ疑惑があるし)
そんな人物にうっとりとした顔で「運命を感じる」などと口にするクリスティナの運命センサーに対し、疑う気持ちがわくのと同時に、今期デビュタントした子の中で、やたらローゼンシュタール帝国の国籍を持つお相手が選ばれた理由に行き着く。
(しれっと我が国に紛れ込む作戦ってこと?)
私は自分に問いかけ、絶対そうだと確信する。
魔法をないものとし、科学の力を発達させるローゼンシュタール帝国は、いまさら魔法の力の有り難さに気付いた。
そこでデビュタントが多いこの時期に突如訪問。
帝国の人間はエスメルダ王国の未来ある若者を、まるで人攫いするかのごとく、本土に連れて帰る気なのかも知れない。
(でもツガイシステムが間違うはずはないし……)
マッチング結果が誰かに細工されるはずもない。
(あ!)
私の脳裏に再び、我が国の第二王子殿下であり、私の従兄でもある、エリオット兄様の執務室から逃げ出すように飛び降りてきた、オリヴァー殿下の怪しげな姿が鮮明に蘇る。
(あれは絶対、スパイだった)
国防を担うトップの部屋だ。オリヴァー殿下はあの部屋できっと何か細工をしたに違いない。
(まさか!?)
私達が使うサーバーは、エリオット兄様の部屋にある魔法通信システムとも繋がっている。つまり、オリヴァー殿下はエリオット兄様の部屋にある魔法通信装置から、サーバーをハッキングした。そして我が国が誇る、膨大な国民データーを改ざんし、ツガイシステムを混乱に導いた……。
「こうしちゃいられないわ」
私はいてもたってもいられず、その場で立ち上がる。
「クリスティナ様、国際問題級の野暮用を思い出しましたので、失礼致しますわ」
「それって、もはや野暮用とは言えないのではないかしら?」
クリスティナ様はこんな時ばかり、的確な指摘を飛ばしてきた。
「おほほほほ。では、ごきげんよう」
私は逃げるように騎士団の訓練場を後にしたのであった。