こんぶ課には、通常私達が勤務する執務室に連なる形で、こぢんまりとした応接室が用意されている。というのも、ツガイシステムが示す結果にどうしても納得出来きず、説明を求めろと言った人が一定数、訪れる事があるからだ。

 応接室となる部屋は、クレームに訪れた人の気分が少しでも落ち着くようにと、王城専用心理学カウンセラー監修のもと揃えた、ブルーを基調とした落ち着く空間となっている。
 壁に沿って置かれた観葉植物も「これでもか」と目につくよう設置されており、安らぎ効果は抜群(ばつぐん)のはずだ。

「ロンネの最高級の紅茶に、王城訪問者用のクッキー、それからカップも王城オリジナルのいいやつ。えっと、つまり「おもてなし上セット」をお願い」
「了解」

 これから私が対峙する相手は貴族のお嬢様だ。とりあえず良い物を出しておかないと機嫌を損ねるかも知れない。そう考えた私は、密かにキースに最高級おもてなしフルセットをお願いし、応接室に入るとソファーに浅く腰を下ろす。

「今日はわざわざ足をお運び頂きありがとうございます。それで、どうされましたか?」

 言い出しにくそうな雰囲気を(かも)し出しているものの、早く喋りたくてたまらない。そんな表情を見せるクリスティナ様。

 私は彼女に柔らかい笑顔を向け、話やすい雰囲気を提供する。

「私は今年デビュタントをしたばかりの十六歳なのですが、まだマッチングしておりませんの。それで今朝王城から書簡が届くとばかり思っていたのですが」

 うつむき、扇子を持った手をギュッと握りしめるクリスティナ様。

(なるほど。届かなかったと)

 私は察する。そしてここからが腕の見せどころとばかり、気持ちを引き締めた。

「デビュタントの場合、ある意味ここからがスタートのようなものです。ですからあまり悲観する事はないかと思います」
「いいえ、お付き合いをしている女学校のお友達はみな、王城よりお相手の名が記載された書簡が届いたと、魔法で連絡がありましたもの。私だけ届かないって、何かの間違いですよね?」

 クリスティナ様はバッと扇子(せんす)を開き、口元に当てる。

「ですから、私自ら足を運びました」
「えーと」
「私宛の書簡はどこかしら?」

 クリスティナ様は私に右手を差し出した。

(どこから来るのその自信。え、もしかして若さ?)

 内心クリスティナ様の結婚にかける熱意に圧倒されつつ、私は冷静を装う。

「申し訳ございません。二日ほど前に陛下にお目通しをお願いした分で、今のところ全てです」
「どういうこと?」
「つまり、現在お渡しできる書簡のご用意はない。という事になります」

 申し訳ございませんと私は軽く頭を下げておく。

「こう言っては何ですが、正直見た目だけでは誰にも負けない自信があります。なのに誰も私に好意を抱かなかった、そういう事ですの?」

 事態が飲み込めないのか、クリスティナ様は大真面目な表情で私に問いかけてきた。私は取り乱す事なく質問する彼女を意外に思いつつ、迅速(じんそく)にお帰り頂くため、説得の言葉を口にする。

「ツガイシステムは、複雑で膨大(ぼうだい)なデータから導き出されるシステムです。ですからはじき出される結果に、見た目の好みが反映されるかどうか。一概(いちがい)には申し上げる事が出来ないというのが現状です」

 私は気分を害さないことを願いながら、慎重に告げる。

「でも私のお父様とお母様は美男美女で相思相愛。誰もが羨む夫婦ですわ。だから私もどうみても可愛いし」

 ジッと私を見つめるクリスティナ様。

「ええ、その通りだと思います」

 私は圧に負け、肯定する。

(まぁ、確かに可愛いし)

 おひとり様歴三年。デビュタント独特の、未来を夢見る溌剌(はつらつ)としたオーラは皆無。もはや枯れかけた葉のような私よりは、クリスティナ様の方がずっと魅力的な事は認めざるを得ない。

「だったら、やっぱりおかしいです。アリシア様、もう一度占って頂けますか?」
「なるほど」

 私はクリスティナ様の来訪の目的は「それか」と納得する。

「失礼ですが、デビュタントの舞踏会後、夜会等に参加されましたか?
「いいえ。おととい参加した初めての舞踏会で興奮して眠れなくて、だから一日中ダウンしてました。昨日はお城からの書簡が届くと思って、だから一日中家におりましたわ」
「新たな出会いをされてないとなると、結果は変わらないかと」
「でもここに来るまでに、騎士様とすれ違ったし。そうだわ、アリシア様。お城を案内してくださらない?」

 いい事を思いついたと言わんばかり。
 キラキラとした瞳で懇願(こんがん)するクリスティナ様。

 彼女がマッチング相手の可能性を広めたい。その気持ちはわからなくもない。私だっていつになったら相手が現れるのか、このまま現れないんじゃないかと、ふとした瞬間に不安になる事があるから。

 けれど今日の私は二日に渡る公休明け。
 つまり裁かなければいけない業務が溜まっているということで。

「ええと、業務中ですので」

 私はやんわりと断りを入れる。

「あら、こんぶ課のお給金は、国民の税金から支払われていると、私はそのようにうかがっておりますけれど」

(でた、必殺国民の税金攻撃!)

 ここで渋れば次に飛び出す言葉は。

「それに国民の要望を無下にした。そんな事が市民に知られてしまったら、陛下の評判も下がると思いますの」

(でたでた)

 正直自分の利益ばかり主張するクリスティナ様の方が、国民に手本を示すべき貴族としてどうかと思う。けれど、私がしがない王城職員である事は紛れもない事実なのが悲しいところ。

「……ええ。喜んでご案内させて頂きます」

 結局のところ、どんなに理不尽だと思ったところで、市民の要望に折れるしかないのである。

 コンコンとドアをノックする音が響く。

「アリシア、紅茶を持ってきたのだが」

 銀のカートに手を添えたキースが現れた。

「あー」

 私はチラリとクリスティナ様に視線を送る。

「あとでアリシア様に、再び占いをして頂いている間に頂きますわ」

 ケロリとした顔で、私の代わりにクリスティナ様が答えたのであった。



 ***



「ここは資料室ですか?」
「えぇ。過去のツガイシステムの結果など、重要な記録が保管されている場所ですね」
「へー。こんな所があるんですね」

 感嘆の声を上げるクリスティナ様。しかし残念ながら、こんぶ課の資料室には、相手が未定である私たちにとって、特に面白いものはない。

 ここにある資料の多くは向こう側。つまり、すでに幸せな結婚をした人々の記録なのだから。

「アリシア様には申し訳ないのですが、出来れば未来ある男性が多くいらっしゃる場所に行きたいですわ」

 不服そうな顔で私を見つめるクリスティナ様。

(ですよねー)

 資料室を見せた所で、新たな出会いはない。ただ、城内を案内しろと言われたので、得意な所からと思い一応案内しただけだ。

「では、騎士団エリアの方に足を運んでみますか?」
「まぁ、とても良い考えですわ」

 クリスティナ様はまるで花が咲いたように、明るいものとなる。

「やっぱり王城勤務だと、騎士団の見学には、良く行かれるのですか?」
「いいえ、滅多に参りません」
「あら、アリシア様の弟、ジュリアン様は騎士様なのに?」

 クリスティナ様が意外だという顔になる。

「はい。そもそも勤務中には用事でもない限りあのエリアに出向く事がありません。それにお互い独立しておりますし、そんなに顔を合わせる事はありません。あ、でもたまに訓練場を見学する時はあります」

(仕方なくだけど)

 職場と独身寮を行き来するだけ。出不精(でぶしょう)になりがちな私に対し、「外に連れ出せ」と実家から指示を受けているジュリアン。

『姉上の人生だから、俺は正直どうでもいい。けれど、父上と母上からの圧と命。それにちゃんと従っている、応えているという俺の実績を作るためだと思ってさ、公開訓練の日。せめて月に一回は顔を出して欲しい』

 私より二つ下。十七歳になり騎士団に入隊したばかりである弟のジュリアン。正直うざいなと煙たく思う事も多いけれど、それと同じくらい可愛く思う事もある。だから仕方なく、渋々、約束通り月に一回は訓練場に足を運ぶ事にしている。

 なのにツガイシステムに引っかかる事のない私は、もはや国内男子との結婚は絶望的なのかも知れない。

 私は自分を取り巻く婚活事情に遠い目になった。

「まぁ、訓練場。それは素敵ですわね!」

 私とは対照的に、頬を赤らめるクリスティナ様。

「一度見学に行ってみたいと思っていたのです。是非連れて行ってください」
「いいですけど、もし公開練習日ではなかった場合」
「ご安心下さい。今日は公開練習日のはずですから」

 嬉しそうな顔で微笑むクリスティナ様。

(ちゃっかりチェック済みってことか)

 どうやらクリスティナ様は、書簡云々は建前。本来の目的はこちらのようだ。

(まぁ、デビュタントだものね)

 やる気に満ち溢れているのは、当たり前のこと。

 その上彼女は本人の申告通り、ひと目を惹く可憐な容姿を兼ね備えている。行動範囲を広げれば、案外簡単に見つかる可能性はある。なんせツガイシステムに反応するためには、出会いのち、お互いを認識する必要があるのだから。

 その点からも容姿が目を惹くクリスティナ様は、他の令嬢よりも有利なはずだ。

 私は苦笑いを浮かべつつ、その事を少し羨ましくも思った。

 なぜなら私は、容姿はともかく、その身分ゆえになかなか話しかけてもらえないからだ。

 実のところ、こう見えて私は現国王の弟となる人物を父として持つ公爵家の娘だ。けれど、そのせいか昔から周囲の人にはどうしても距離を置かれてしまう傾向にある。

 よって出会ったのち、お互いを認識することが最低条件であるツガイシステムと私は、すこぶる相性が悪いと言える。

 しかも王族の血筋を引くことによる弊害は、友人関係にも及ぼされているのだから、たまらない。

 小さい頃は仲良く遊んでくれていた友人達も、成長するにつれ、私の立場を理解すると段々と敬語になった。そして花嫁学校を出て、私は就職。彼女達の多くは結婚した。それからは交わる事があまりない、別々の道を歩んでいる。

 もちろん会えば喋る仲ではある。

 それでも育児や姑の話は私にはわからないし、お互い近況を話し、それでおしまい。結婚適齢期を過ぎてしまった今となっては、恋愛話に花を咲かせる事もない。

 けれどクリスティナ様は違う。彼女は伯爵令嬢だし、まだ若い。その上社交界デビューしたばかりの結婚市場における注目株だ。それに何より彼女には、やる気を行動に移す逞しさもある。

(私も、もう少し若かったらなぁ)

 ピンクの可愛らしいドレスを着て、浮かれた気持ちで騎士団の訓練場に足を運び、積極的にこちらから話しかける事が出来たかも知れないと後悔する。

「アリシア様? いかがなされました?」

 考え事をしていた私の顔を覗き込むクリスティナ様。

 自分の利益を得ようとしている裏心があるにせよ、普通に喋ってくれる子は今となっては珍しい。

(なんだか幸せになって欲しいよね)

 私はすでにクリスティナ様に情が湧きつつあった。

「この廊下の突き当たりに、騎士団エリアへの入り口があります」
「わぁ、ドキドキしますわ」
「ここの扉は一般の方でも通れるように開け放たれているんですよ」
「へー。でも、あまり人が通りませんのね」
「ええと、今日はまだ朝早いですしね」

 本当は王城から届いた書簡の対応で、今日ばかりは出会いを求め、騎士団の見学に来る令嬢は少ないのかも知れないと思った。

(けど、さすがにそれは言えない)

 だから何となく誤魔化してみたのであった。