カラン、コロン。
カラン、コロン。
エスメルダ王国婚姻解析課、略してこんぶ課が揃って公休を取った翌日。就業の合図と共に、私は机の上に置かれたクリスタルに魔力を通す。
「クリスタルの状況はすこぶる快調ね」
先日のデビュタントお披露目後に見られた、ターミナル駅かと思われるほど難解な路線図と化していた古代文字達。それらは現在お行儀よく整列しクリスタルから浮き上がっている。
「やっぱりこの程度が、丁度いいわよね」
私は通常通りになったクリスタルに心底ホッとする。
「ふふ、見てよ、キース。今日は楽勝なんだけど」
ウキウキな気分のまま、向かい側の席にいるキースに声をかける。するとすでにクリスタルの解析を初めていたらしきキースはビクリとし、何故か私に視線を向けず固まった。
「どうしたの?」
不思議に思った私はキースに問いかける。
「えっと……」
キースは私から目をそらした。実に怪しい。
「ねぇ、まさかキース。自分の名前が出たとか?」
そんなのずるいと非難めいた気持ちで、キースの顔を見つめる。
一向にクリスタルに名が記されない、独身仲間であるキースに対し、私は密かに「キースもまだみたいだし」と、勝手に彼を行きおくれ仲間として心の拠り所にしている。よって、抜け駆けは許すまじの気持ちで、キースの返事をジッと待つ。
「ええと」
「キースの名前がでたの?」
「……」
「答えないとお昼おごりだよ」
「意味分かんないし。というか、早く仕事にかかれよ」
そっけない態度で話を無理矢理終了させられてしまった。どうやらキースは私を無視する事に決めたようだ。とは言え仕方がないことだ。万が一自分の名が記されるような事があったら、同僚のしつこい問いかけなど、無視を決め込むだろうから。
しかし、もしこの推測が当たっていた場合。相手は誰なのかという点において、ますます気になるというものだ。私は諦めきれない気持ちのまま口を開く。
「教えてくれないなら、自分で解読する」
私はキースのクリスタルから浮き上がる古代文字を読み取ろうと、ピンクの魔法文字を注視した。
「うわ、勝手に見るなよ」
「いいじゃない。減るもんじゃないんだし」
「言いかた!!」
よっぽど見せたくないらしい。キースはクリスタルをシャットダウン。つまり魔力を流す事をやめてしまったようだ。そのせいでクリスタルの周囲をキラキラと旋回していたピンクの古代文字が、パッと消えてしまった。
「ケチ」
私が口を尖らせたところで、コンコンと軽快なリズムで扉をノックする音が響く。
「失礼します、トンプソン伯爵家のクリスティナ様がお話があるそうなので、ご案内致しました。ご対応お願いします」
青い騎士服に身を包んだ警備の騎士が、ドアから顔だけ出して告げた。
「了解しました」
課長が騎士に返事をしている間に私たちは、慌ててクリスタルに通す魔力をシャットダウンする。
なぜならクリスタルに映し出されているのは、解読に訓練を要する古代文字であるとは言え、婚姻にまつわる個人情報そのものだからだ。
そのためうっかり見られて、その人物がペラペラと口外する。その後、被害を受けた国民から「個人に関する情報をみだりに第三者に開示した」と、第三者によるプライバシー侵害の訴訟でも起こされたら困るからである。
「アリシア、対応を」
クリスタルの魔力をシャットダウンした途端、課長に指名された。
「えっ、私ですか?」
確認のため自分を指差したずねる。すると、課長が無言のままコクンとうなずく。
「他にいないだろう。相手は未婚女性であるし」
「そ、そうですね」
課長の言葉とおり、円満結婚退職が続いた結果。現在この部署にいる女性は私一人だ。因みに明るい表情で退職した女性職員の旦那様は、私の先輩として今も共に働く仲間だったりする。
それに未婚女性。特に貴族女性の場合、未婚の男女が二人きりになることは好ましいことではないという淑女の教えの浸透により、男性が相手をするのは何かと面倒だ。よってこの場合私が対応する。それは正しいと言える。
というか、むしろそのための要員でもある気がしている。
「アリシア、ほら早く」
「あっ、はい」
私は急いで立ち上がると、入り口に小走りで向かい扉を開ける。するとそこには、ピンクのドレスを着た可憐な少女と侍女らしき女性が立っていた。
「こんにちは、突然押しかけてしまって申し訳ありません。こちら、先程騎士様からご案内頂きました、トンプソン伯爵家のクリスティナ様です」
侍女らしき女性が、私の正面に立つ可憐な少女の名前を告げる。
「ごきげんよう。私の重要な話をどなたかにうかがって欲しいのだけれど」
クリスティナ様は少しつんとした表情で私に告げる。しかし素早く室内を見回し、それからバツの悪そうな表情になった。
「もしかしてあなたは、ローズ公爵家のアリシア様ですの?」
「まぁ、そうですね。でも今はどちらかというと、婚姻解析課のアリシアです」
敬称は気にするなと言う意味を込め付け足しておく。
「ご婚約されていないローズ公爵家のご息女、アリシア様ですわよね?」
「……えぇ」
私はすでに両肩にじゃがいもの麻袋を担いだがごとく、ドッと疲れる。事実として彼女、クリスティナ様の口にした事は間違っていない。しかも彼女の口ぶりからすると、私が公爵家の娘でありながら、独身で相手も未定だということが、社交界中に知れ渡っているということ。
(まぁ、広いようで狭いから……)
仕方がないと言えば、仕方がないことではある。しかし、男性から誘われるか、放置されるか。運命が決まる舞踏会の会場ならともかく、職場となる場所で、わざわざ大々的に私のプライベートな事を口にする必要はないはずだ。
(おのれ、小娘め)
私は王宮職員らしく笑みを浮かべつつ、胸の前で揃えた手に力を込める。
「わたくしはクリスティナ様の侍女、モスリン男爵家のエスリンと申します。出来れば、個人的なご相談ですので、個室にご案内して頂けると嬉しいのですが」
私と同じ位の年齢かと思われる、エスリンと名乗る侍女が遠慮がちに申し出た。
「あ、はい」
私は明らかに厄介そうな来客を前に「長くなりそうだ」と覚悟を決める。
「では、どうぞこちらへ」
諦めの気持ちを隠すよう笑顔を貼り付けた私は、突如訪問してきた二人を応接室に案内したのであった。
カラン、コロン。
エスメルダ王国婚姻解析課、略してこんぶ課が揃って公休を取った翌日。就業の合図と共に、私は机の上に置かれたクリスタルに魔力を通す。
「クリスタルの状況はすこぶる快調ね」
先日のデビュタントお披露目後に見られた、ターミナル駅かと思われるほど難解な路線図と化していた古代文字達。それらは現在お行儀よく整列しクリスタルから浮き上がっている。
「やっぱりこの程度が、丁度いいわよね」
私は通常通りになったクリスタルに心底ホッとする。
「ふふ、見てよ、キース。今日は楽勝なんだけど」
ウキウキな気分のまま、向かい側の席にいるキースに声をかける。するとすでにクリスタルの解析を初めていたらしきキースはビクリとし、何故か私に視線を向けず固まった。
「どうしたの?」
不思議に思った私はキースに問いかける。
「えっと……」
キースは私から目をそらした。実に怪しい。
「ねぇ、まさかキース。自分の名前が出たとか?」
そんなのずるいと非難めいた気持ちで、キースの顔を見つめる。
一向にクリスタルに名が記されない、独身仲間であるキースに対し、私は密かに「キースもまだみたいだし」と、勝手に彼を行きおくれ仲間として心の拠り所にしている。よって、抜け駆けは許すまじの気持ちで、キースの返事をジッと待つ。
「ええと」
「キースの名前がでたの?」
「……」
「答えないとお昼おごりだよ」
「意味分かんないし。というか、早く仕事にかかれよ」
そっけない態度で話を無理矢理終了させられてしまった。どうやらキースは私を無視する事に決めたようだ。とは言え仕方がないことだ。万が一自分の名が記されるような事があったら、同僚のしつこい問いかけなど、無視を決め込むだろうから。
しかし、もしこの推測が当たっていた場合。相手は誰なのかという点において、ますます気になるというものだ。私は諦めきれない気持ちのまま口を開く。
「教えてくれないなら、自分で解読する」
私はキースのクリスタルから浮き上がる古代文字を読み取ろうと、ピンクの魔法文字を注視した。
「うわ、勝手に見るなよ」
「いいじゃない。減るもんじゃないんだし」
「言いかた!!」
よっぽど見せたくないらしい。キースはクリスタルをシャットダウン。つまり魔力を流す事をやめてしまったようだ。そのせいでクリスタルの周囲をキラキラと旋回していたピンクの古代文字が、パッと消えてしまった。
「ケチ」
私が口を尖らせたところで、コンコンと軽快なリズムで扉をノックする音が響く。
「失礼します、トンプソン伯爵家のクリスティナ様がお話があるそうなので、ご案内致しました。ご対応お願いします」
青い騎士服に身を包んだ警備の騎士が、ドアから顔だけ出して告げた。
「了解しました」
課長が騎士に返事をしている間に私たちは、慌ててクリスタルに通す魔力をシャットダウンする。
なぜならクリスタルに映し出されているのは、解読に訓練を要する古代文字であるとは言え、婚姻にまつわる個人情報そのものだからだ。
そのためうっかり見られて、その人物がペラペラと口外する。その後、被害を受けた国民から「個人に関する情報をみだりに第三者に開示した」と、第三者によるプライバシー侵害の訴訟でも起こされたら困るからである。
「アリシア、対応を」
クリスタルの魔力をシャットダウンした途端、課長に指名された。
「えっ、私ですか?」
確認のため自分を指差したずねる。すると、課長が無言のままコクンとうなずく。
「他にいないだろう。相手は未婚女性であるし」
「そ、そうですね」
課長の言葉とおり、円満結婚退職が続いた結果。現在この部署にいる女性は私一人だ。因みに明るい表情で退職した女性職員の旦那様は、私の先輩として今も共に働く仲間だったりする。
それに未婚女性。特に貴族女性の場合、未婚の男女が二人きりになることは好ましいことではないという淑女の教えの浸透により、男性が相手をするのは何かと面倒だ。よってこの場合私が対応する。それは正しいと言える。
というか、むしろそのための要員でもある気がしている。
「アリシア、ほら早く」
「あっ、はい」
私は急いで立ち上がると、入り口に小走りで向かい扉を開ける。するとそこには、ピンクのドレスを着た可憐な少女と侍女らしき女性が立っていた。
「こんにちは、突然押しかけてしまって申し訳ありません。こちら、先程騎士様からご案内頂きました、トンプソン伯爵家のクリスティナ様です」
侍女らしき女性が、私の正面に立つ可憐な少女の名前を告げる。
「ごきげんよう。私の重要な話をどなたかにうかがって欲しいのだけれど」
クリスティナ様は少しつんとした表情で私に告げる。しかし素早く室内を見回し、それからバツの悪そうな表情になった。
「もしかしてあなたは、ローズ公爵家のアリシア様ですの?」
「まぁ、そうですね。でも今はどちらかというと、婚姻解析課のアリシアです」
敬称は気にするなと言う意味を込め付け足しておく。
「ご婚約されていないローズ公爵家のご息女、アリシア様ですわよね?」
「……えぇ」
私はすでに両肩にじゃがいもの麻袋を担いだがごとく、ドッと疲れる。事実として彼女、クリスティナ様の口にした事は間違っていない。しかも彼女の口ぶりからすると、私が公爵家の娘でありながら、独身で相手も未定だということが、社交界中に知れ渡っているということ。
(まぁ、広いようで狭いから……)
仕方がないと言えば、仕方がないことではある。しかし、男性から誘われるか、放置されるか。運命が決まる舞踏会の会場ならともかく、職場となる場所で、わざわざ大々的に私のプライベートな事を口にする必要はないはずだ。
(おのれ、小娘め)
私は王宮職員らしく笑みを浮かべつつ、胸の前で揃えた手に力を込める。
「わたくしはクリスティナ様の侍女、モスリン男爵家のエスリンと申します。出来れば、個人的なご相談ですので、個室にご案内して頂けると嬉しいのですが」
私と同じ位の年齢かと思われる、エスリンと名乗る侍女が遠慮がちに申し出た。
「あ、はい」
私は明らかに厄介そうな来客を前に「長くなりそうだ」と覚悟を決める。
「では、どうぞこちらへ」
諦めの気持ちを隠すよう笑顔を貼り付けた私は、突如訪問してきた二人を応接室に案内したのであった。