自分の兄と同じ歳である、三歳年上のエリオット兄様。彼は私にとって、もはや実の兄より兄として慕う人物だ。それは職場が同じ王城という事もあるし、従兄という関係が遠からず近からずで丁度良いからでもある。
私は肩を落とし、ソファーに浅く腰を下ろす。
「何があったんだ?またスパイなのかな?」
執務机の向こうから、いつもの調子でエリオット兄様の明るい声が飛んでくる。けれど、今日ばかりは兄様の冗談にも笑えない。
「兄様はクリスタルの神託で結婚されたけど、幸せですか?」
「ふむ」
「ツガイシステムに従わなければ良かった。そう思ったりする事はないと言い切れますか?」
矢継ぎ早に問いかける。
急かすような私に対し、エリオット兄様は書類を静かに机の上に置いた。それから執務椅子の背にゆったりともたれかかる。
「これはまた、大きな疑問に突き当たっているようだね。私は君の成長を喜ぶべきなのかな」
「成長ですか?」
エリオット兄様は私の質問には答えず、ニコリと頬を緩めたあと続けた。
「ツガイシステムは絶対だ。それは大前提ではあるのだけれど、妻と言い合いになった日なんかは、思うかな」
「思う、ですか?」
「もっと違う相手がいたんじゃないか。それこそ、こんぶ課の解析が間違っていたんじゃないか。そんな風に思ってしまうってこと」
「私たちの解析は間違ってなんていません」
思わず不満げに口を尖らせる。
私の携わるこんぶ課の仕事は人の命運がかかる大事なもの。もちろん人がやる事だからミスはある。だからこそ、人を変え何度も分析結果をチェックする体制をとっている。
(よって、こんぶ課が最終的に提示する結果に間違いはない)
私は胸を張ってそう言い切る事が可能だからだ。
「そうだね。間違ってはいない。ただ、苛々している時は、つい誰かのせいにしたくなるだろう?愛する妻にあたるわけにはいかないしね」
しれっとお惚気を添えるエリオット兄様。言い終えると、いたずらっこみたいな表情を私に向けた。
「それは、そうですけど」
納得できない気持ちがこみ上げる。
(だって夫婦喧嘩のたびに恨まれるなんて、理不尽すぎるし)
こんぶ課の人間は皆、国民の幸せな未来を願い、毎日コツコツと人と人とを結びつけている。
しかも自分の出した解析結果が間違っていて、誰かを不幸にしてしまっていたら大変な事になる。
そんなプレッシャーを背負い、それでも国民の、この国の為になると信じ、日々業務に励んでいるのだ。もちろん「解析してあげている」だなんて、みんなに押し付ける気はない。けれど最低限、人から恨まれる筋合いはないはずだ。
「君たちの働きには感謝する気持ちの方が大きい。君たちのお陰で私たちは愛する者と幸せに暮らせている。それは紛れもない事実だ」
エリオット兄様はとって付けたように言う。
「ありがとうございます。でも……」
「でも?」
「帝国にはツガイシステムがありません」
「そうだね」
「だけど、結婚しないわけじゃないわ」
現にオリヴァー殿下はツガイシステムに頼らず、第六感で相手を決めると断言していた。
「理屈では説明のつかない第六感。そんなもので選んだ相手と、本当に幸せになれるんでしょうか」
ツガイシステムは絶対だ。そう信じる私からしたら、第六感で結婚相手を決めるなんて博打のような危険なものとしか思えない。
そんな危険な賭けに自分の人生を委ねるなんて、私なら怖くて絶対に無理だ。
(だけど)
私が全信頼を寄せるツガイシステムによると、オリヴァー殿下のお相手はクリスティナ様。その結果を私は心の何処かで「受け入れがたい」と感じてしまっている。
そして「言わなければ良かった」などと、まるで隠蔽工作を謀ろうとするかのような、邪悪な思いを抱いてしまった。
これは業務に支障を来すレベルで大変まずい気持ちだし、ピンチな状態だと言える。
だからまず、どうしてそんな風に思ってしまったのか。その原因が知りたい。
「そうだな、私に言えるのは帝国民のように本能に従い、生涯を共にする相手を決めた場合、夫婦喧嘩をしてもこんぶ課は恨まれないということ。それだけは確実だと言うことかな」
「そりゃそうですよ。ツガイシステムそのものがないんだもの……あ」
エリオット兄様に言われて初めて気づく。
魔法と同じ。そもそもこの世界の人間にとって、ツガイシステムという存在の方がイレギュラーなのだ。
「ツガイシステムを持たない国に住む彼らだって滅んではいない。しっかりと繁殖している。となると、あながち第六感に従い行動すること。それは自然な事であって、悪いことではないのかもしれないね」
「悪くない……でも、非論理的な第六感なんかを信じるなんて怖いし、何だか……言い方は良くないですけど、愚か者である気がします」
誰だって失敗はしたくない。だから統計的にうまくいくと、すでに結果と実績を残しているツガイシステムに従うほうが合理的だし、いいに決まっている。
「アリシア、今日の夕食は何を食べるつもり?」
「え、夕食ですか?今はまだ決めてませんけど」
脈絡なく、全く関係のない話を振られ戸惑う。
「じゃあ、いつもはどうやって決めているの?」
「その日食堂に並ぶメニューを見て、その時の気分で」
「それって第六感で選んでるって言えないかな」
「確かに、そうだと言えますけど」
「そんな君を、私は愚かだとは思わないけどな」
「…………」
反論の余地がない状況とは、まさに今のような私のことを言うのだろう。
「ではもう一つ。その日の気分に従ってメニューを選び、後悔する事はない?」
「あります。やっぱりパスタにしとけばよかったとか」
「そう思った時、もう一度君は頼みなおすのかな?」
「それはないです。だって決めたのは私だし、責任持って食べないと勿体ないし」
「つまり結婚を第六感で決めた人もそうなんじゃないかな。自分で「この人と共に生きる」と決断したからこそ、我慢出来る事ってわりとあるような気がするな」
確かに、エリオット兄様の言っている事は正しいと思う。
人は選択を迫られた時、直感で物事を判断する事が多々ある。そして選択した結果、「やっぱりあっちのほうがいい」そう思う事だって多い。
(でも、だからって、すぐに投げ出したりはしないわ)
自分で選んだ責任を全うしようと、少なくとも努力はするだろう。
「ツガイシステムは正しい。けれど、それに囚われてばかりいるのもどうかなとは思う」
「どう、というのは?」
「確かにシステムの示す未来に従えば、失敗は少ない。けれど、人は失敗してこそ成長できる生物だ。だとするとツガイシステムに頼る我々は、いずれ間違いを修正していく柔軟さや、それこそ能動的に誰かを愛するという行動自体を「愚か」だと否定しはじめる恐れがある」
エリオット兄様の言葉にドキリとする。なぜなら、私はすでに能動的な恋愛感情について、ツガイシステムがある以上いらないと思っているからだ。
(でも、ツガイシステムで示された人に恋愛感情を抱けば、傷つく事もないし、幸せになれる)
それは間違っていない。私はずっとそう信じてきた。だからツガイシステムで提示される結果が出るまで、誰かに特別な感情を抱くつもりはない。
(だってそんなの時間の無駄だから)
そう思うのに。クリスティナ様とオリヴァー殿下が結ばれるべきという結果に、どうしても納得できない気持ちになってしまう。
自然と私の中に湧くこの気持ち。
その気持ちにつける名前を、私はすでに気づいている。けれどそれを認めたら、私が今までずっと正しいと信じてきたツガイシステムを否定する事になりかねない。
だから認めるにはとても勇気のいる気持ちだ。
「ツガイシステムはあくまでうまくいくという統計のようなもの。完全なる未来予知じゃない。だからこそ、ツガイシステムでは導き出せない答えもあると私は思うけど」
エリオット兄様はまるで私の気持ちを見透かしたような言葉を口にする。
「まぁ、私が言いたいのは、ツガイシステムを妄信して、自分の気持ちを誤魔化さないほうが良いという事だよ」
「自分の気持ちを誤魔化す?」
「そう。例えば誰かに対して、恋心を抱いているのであれば素直に認めるべきだと思うな」
エリオット兄様の指摘に私はドキリとする。
「でも」
ツガイシステムはクリスティナ様を最適解に選んだのは事実だ。つまり私がオリヴァー殿下を好きだったとして。その気持を認めたところでどうにもならない。
(だってツガイシステムは絶対だもの)
私は首を横に振った。さっきから思考が堂々巡りをしている事に気付いたからだ。
「あの、一つ質問をしてもいいですか?」
「なんだい?」
「私はオリヴァー殿下が好きなんですか?」
もはや自分で導き出せす、思わずたずねてみた。
「……流石にそれは、私に聞かれても困るかな」
エリオット兄様が苦笑する。
(で、ですよね)
自分の気持ちを人にたずねるなんて、やっぱり今日の私はどうかしているようだ。
「ただ、一つだけヒントをあげる」
「ヒントですか?」
「私はツガイシステムが妻を示す前に、すでに彼女を特別な女性だと思っていた」
「え、それって……」
(好きだったから、ツガイシステムが示したってこと?)
それとも本能的にエリオット兄様は、第六感で運命の人だと、わかったという事だろうか。
「アリシア、君の気持ちは誰にもわからない。だからゆっくり悩むといいよ。それは決して無駄なことじゃないからさ」
兄様は、とても優しい眼差しを私に向けた。
「はい」
私は話が一段落した事に気づき、部屋を後にしようとソファーから立つ。
「お仕事の邪魔をしてしまってすみませんでした」
「私は仕事が早い事で名を馳せているんだ。だから気にしないで」
エリオット兄様はいつもと同じ優しい笑顔と言葉をかけてくれた。
頭を下げ、くるりと扉のほうを向く。そしてもう一度兄様に向き直る。
「最後にもう一つだけいいですか?」
「ん?まだ何かあるのかい?」
すでに書類に目を落としていたらしい、エリオット兄様が顔をあげる。その瞬間、兄様の美しい金色の髪がふわりと揺れた。
私は下ろした手を握りしめる。
「もし……もしもの話ですけど、ツガイシステムに示された相手と違う人を好きになった場合、どうすればいいと思いますか?」
「それはまた難しい問いを投げかけられたね」
「ごめんなさい」
またもや愚かな質問をしてしまったと俯く。
何故ならこの国でそんな悩みを抱える人など皆無だからだ。
現に「すでに彼女を特別な女性だと思っていた」と先ほど告白したエリオット兄様だって、何だかんだツガイシステムの示した相手と結婚した。だから、ツガイシステムに示された人ではない人と結ばれたい。そう願う奇特な人はいないも同然だし、そう思うこと事態がおかしい。
「あ、今の質問は」
なかった事でと告げようとした。しかし私の言葉を遮るように、エリオット兄様がゆっくり言葉を紡ぎだした。
「そうだね……まず第一にその気持ちを認めるのは勇気がいるだろう。けれど、システムに逆らってでも手にしたい気持ちであるのならば、それは本物だ。だから何があっても、そう感じた相手を全力で愛せばいいんじゃないかな」
「愛するですか」
その言葉を口の中で噛み締めるように繰り返す。
(そっか、愛する)
例えその先にハッピーエンドがなくても。誰かを勝手に愛すること。それは罪な事ではない。迷惑さえかけなければ、誰にだって許されることだ。
(私はオリヴァー殿下に特別な感情を抱いている。だから殿下の幸せを願う)
それだって、立派に愛することだ。
「兄様、ありがとう。とても参考になりました」
胸のつかえが取れた私は、明るい声でエリオット兄様に礼を言う。
「そっか。それなら良かった」
エリオット兄様は再び微笑んでくれた。
こうして私は自分のモヤモヤとした気持ちの行き着く先をようやく見つけたのであった。
私は肩を落とし、ソファーに浅く腰を下ろす。
「何があったんだ?またスパイなのかな?」
執務机の向こうから、いつもの調子でエリオット兄様の明るい声が飛んでくる。けれど、今日ばかりは兄様の冗談にも笑えない。
「兄様はクリスタルの神託で結婚されたけど、幸せですか?」
「ふむ」
「ツガイシステムに従わなければ良かった。そう思ったりする事はないと言い切れますか?」
矢継ぎ早に問いかける。
急かすような私に対し、エリオット兄様は書類を静かに机の上に置いた。それから執務椅子の背にゆったりともたれかかる。
「これはまた、大きな疑問に突き当たっているようだね。私は君の成長を喜ぶべきなのかな」
「成長ですか?」
エリオット兄様は私の質問には答えず、ニコリと頬を緩めたあと続けた。
「ツガイシステムは絶対だ。それは大前提ではあるのだけれど、妻と言い合いになった日なんかは、思うかな」
「思う、ですか?」
「もっと違う相手がいたんじゃないか。それこそ、こんぶ課の解析が間違っていたんじゃないか。そんな風に思ってしまうってこと」
「私たちの解析は間違ってなんていません」
思わず不満げに口を尖らせる。
私の携わるこんぶ課の仕事は人の命運がかかる大事なもの。もちろん人がやる事だからミスはある。だからこそ、人を変え何度も分析結果をチェックする体制をとっている。
(よって、こんぶ課が最終的に提示する結果に間違いはない)
私は胸を張ってそう言い切る事が可能だからだ。
「そうだね。間違ってはいない。ただ、苛々している時は、つい誰かのせいにしたくなるだろう?愛する妻にあたるわけにはいかないしね」
しれっとお惚気を添えるエリオット兄様。言い終えると、いたずらっこみたいな表情を私に向けた。
「それは、そうですけど」
納得できない気持ちがこみ上げる。
(だって夫婦喧嘩のたびに恨まれるなんて、理不尽すぎるし)
こんぶ課の人間は皆、国民の幸せな未来を願い、毎日コツコツと人と人とを結びつけている。
しかも自分の出した解析結果が間違っていて、誰かを不幸にしてしまっていたら大変な事になる。
そんなプレッシャーを背負い、それでも国民の、この国の為になると信じ、日々業務に励んでいるのだ。もちろん「解析してあげている」だなんて、みんなに押し付ける気はない。けれど最低限、人から恨まれる筋合いはないはずだ。
「君たちの働きには感謝する気持ちの方が大きい。君たちのお陰で私たちは愛する者と幸せに暮らせている。それは紛れもない事実だ」
エリオット兄様はとって付けたように言う。
「ありがとうございます。でも……」
「でも?」
「帝国にはツガイシステムがありません」
「そうだね」
「だけど、結婚しないわけじゃないわ」
現にオリヴァー殿下はツガイシステムに頼らず、第六感で相手を決めると断言していた。
「理屈では説明のつかない第六感。そんなもので選んだ相手と、本当に幸せになれるんでしょうか」
ツガイシステムは絶対だ。そう信じる私からしたら、第六感で結婚相手を決めるなんて博打のような危険なものとしか思えない。
そんな危険な賭けに自分の人生を委ねるなんて、私なら怖くて絶対に無理だ。
(だけど)
私が全信頼を寄せるツガイシステムによると、オリヴァー殿下のお相手はクリスティナ様。その結果を私は心の何処かで「受け入れがたい」と感じてしまっている。
そして「言わなければ良かった」などと、まるで隠蔽工作を謀ろうとするかのような、邪悪な思いを抱いてしまった。
これは業務に支障を来すレベルで大変まずい気持ちだし、ピンチな状態だと言える。
だからまず、どうしてそんな風に思ってしまったのか。その原因が知りたい。
「そうだな、私に言えるのは帝国民のように本能に従い、生涯を共にする相手を決めた場合、夫婦喧嘩をしてもこんぶ課は恨まれないということ。それだけは確実だと言うことかな」
「そりゃそうですよ。ツガイシステムそのものがないんだもの……あ」
エリオット兄様に言われて初めて気づく。
魔法と同じ。そもそもこの世界の人間にとって、ツガイシステムという存在の方がイレギュラーなのだ。
「ツガイシステムを持たない国に住む彼らだって滅んではいない。しっかりと繁殖している。となると、あながち第六感に従い行動すること。それは自然な事であって、悪いことではないのかもしれないね」
「悪くない……でも、非論理的な第六感なんかを信じるなんて怖いし、何だか……言い方は良くないですけど、愚か者である気がします」
誰だって失敗はしたくない。だから統計的にうまくいくと、すでに結果と実績を残しているツガイシステムに従うほうが合理的だし、いいに決まっている。
「アリシア、今日の夕食は何を食べるつもり?」
「え、夕食ですか?今はまだ決めてませんけど」
脈絡なく、全く関係のない話を振られ戸惑う。
「じゃあ、いつもはどうやって決めているの?」
「その日食堂に並ぶメニューを見て、その時の気分で」
「それって第六感で選んでるって言えないかな」
「確かに、そうだと言えますけど」
「そんな君を、私は愚かだとは思わないけどな」
「…………」
反論の余地がない状況とは、まさに今のような私のことを言うのだろう。
「ではもう一つ。その日の気分に従ってメニューを選び、後悔する事はない?」
「あります。やっぱりパスタにしとけばよかったとか」
「そう思った時、もう一度君は頼みなおすのかな?」
「それはないです。だって決めたのは私だし、責任持って食べないと勿体ないし」
「つまり結婚を第六感で決めた人もそうなんじゃないかな。自分で「この人と共に生きる」と決断したからこそ、我慢出来る事ってわりとあるような気がするな」
確かに、エリオット兄様の言っている事は正しいと思う。
人は選択を迫られた時、直感で物事を判断する事が多々ある。そして選択した結果、「やっぱりあっちのほうがいい」そう思う事だって多い。
(でも、だからって、すぐに投げ出したりはしないわ)
自分で選んだ責任を全うしようと、少なくとも努力はするだろう。
「ツガイシステムは正しい。けれど、それに囚われてばかりいるのもどうかなとは思う」
「どう、というのは?」
「確かにシステムの示す未来に従えば、失敗は少ない。けれど、人は失敗してこそ成長できる生物だ。だとするとツガイシステムに頼る我々は、いずれ間違いを修正していく柔軟さや、それこそ能動的に誰かを愛するという行動自体を「愚か」だと否定しはじめる恐れがある」
エリオット兄様の言葉にドキリとする。なぜなら、私はすでに能動的な恋愛感情について、ツガイシステムがある以上いらないと思っているからだ。
(でも、ツガイシステムで示された人に恋愛感情を抱けば、傷つく事もないし、幸せになれる)
それは間違っていない。私はずっとそう信じてきた。だからツガイシステムで提示される結果が出るまで、誰かに特別な感情を抱くつもりはない。
(だってそんなの時間の無駄だから)
そう思うのに。クリスティナ様とオリヴァー殿下が結ばれるべきという結果に、どうしても納得できない気持ちになってしまう。
自然と私の中に湧くこの気持ち。
その気持ちにつける名前を、私はすでに気づいている。けれどそれを認めたら、私が今までずっと正しいと信じてきたツガイシステムを否定する事になりかねない。
だから認めるにはとても勇気のいる気持ちだ。
「ツガイシステムはあくまでうまくいくという統計のようなもの。完全なる未来予知じゃない。だからこそ、ツガイシステムでは導き出せない答えもあると私は思うけど」
エリオット兄様はまるで私の気持ちを見透かしたような言葉を口にする。
「まぁ、私が言いたいのは、ツガイシステムを妄信して、自分の気持ちを誤魔化さないほうが良いという事だよ」
「自分の気持ちを誤魔化す?」
「そう。例えば誰かに対して、恋心を抱いているのであれば素直に認めるべきだと思うな」
エリオット兄様の指摘に私はドキリとする。
「でも」
ツガイシステムはクリスティナ様を最適解に選んだのは事実だ。つまり私がオリヴァー殿下を好きだったとして。その気持を認めたところでどうにもならない。
(だってツガイシステムは絶対だもの)
私は首を横に振った。さっきから思考が堂々巡りをしている事に気付いたからだ。
「あの、一つ質問をしてもいいですか?」
「なんだい?」
「私はオリヴァー殿下が好きなんですか?」
もはや自分で導き出せす、思わずたずねてみた。
「……流石にそれは、私に聞かれても困るかな」
エリオット兄様が苦笑する。
(で、ですよね)
自分の気持ちを人にたずねるなんて、やっぱり今日の私はどうかしているようだ。
「ただ、一つだけヒントをあげる」
「ヒントですか?」
「私はツガイシステムが妻を示す前に、すでに彼女を特別な女性だと思っていた」
「え、それって……」
(好きだったから、ツガイシステムが示したってこと?)
それとも本能的にエリオット兄様は、第六感で運命の人だと、わかったという事だろうか。
「アリシア、君の気持ちは誰にもわからない。だからゆっくり悩むといいよ。それは決して無駄なことじゃないからさ」
兄様は、とても優しい眼差しを私に向けた。
「はい」
私は話が一段落した事に気づき、部屋を後にしようとソファーから立つ。
「お仕事の邪魔をしてしまってすみませんでした」
「私は仕事が早い事で名を馳せているんだ。だから気にしないで」
エリオット兄様はいつもと同じ優しい笑顔と言葉をかけてくれた。
頭を下げ、くるりと扉のほうを向く。そしてもう一度兄様に向き直る。
「最後にもう一つだけいいですか?」
「ん?まだ何かあるのかい?」
すでに書類に目を落としていたらしい、エリオット兄様が顔をあげる。その瞬間、兄様の美しい金色の髪がふわりと揺れた。
私は下ろした手を握りしめる。
「もし……もしもの話ですけど、ツガイシステムに示された相手と違う人を好きになった場合、どうすればいいと思いますか?」
「それはまた難しい問いを投げかけられたね」
「ごめんなさい」
またもや愚かな質問をしてしまったと俯く。
何故ならこの国でそんな悩みを抱える人など皆無だからだ。
現に「すでに彼女を特別な女性だと思っていた」と先ほど告白したエリオット兄様だって、何だかんだツガイシステムの示した相手と結婚した。だから、ツガイシステムに示された人ではない人と結ばれたい。そう願う奇特な人はいないも同然だし、そう思うこと事態がおかしい。
「あ、今の質問は」
なかった事でと告げようとした。しかし私の言葉を遮るように、エリオット兄様がゆっくり言葉を紡ぎだした。
「そうだね……まず第一にその気持ちを認めるのは勇気がいるだろう。けれど、システムに逆らってでも手にしたい気持ちであるのならば、それは本物だ。だから何があっても、そう感じた相手を全力で愛せばいいんじゃないかな」
「愛するですか」
その言葉を口の中で噛み締めるように繰り返す。
(そっか、愛する)
例えその先にハッピーエンドがなくても。誰かを勝手に愛すること。それは罪な事ではない。迷惑さえかけなければ、誰にだって許されることだ。
(私はオリヴァー殿下に特別な感情を抱いている。だから殿下の幸せを願う)
それだって、立派に愛することだ。
「兄様、ありがとう。とても参考になりました」
胸のつかえが取れた私は、明るい声でエリオット兄様に礼を言う。
「そっか。それなら良かった」
エリオット兄様は再び微笑んでくれた。
こうして私は自分のモヤモヤとした気持ちの行き着く先をようやく見つけたのであった。