堅固な石造りの館だったはずだが今は見る影もない。壁や天井などが崩れて半壊どころか全壊の一歩手前という表現が適切だ。豪奢だった調度品らはすでに押しつぶされ、粉々に砕かれている。
(先生、やりすぎです)
 周囲を見回しながら進むエヴァはひとりごちた。魔女が示唆した侵入者は師匠に違いないと確信した。度重なる攻撃と振動、衝撃で館はかろうじて形を残している。 これ以上の力が加われば全壊も時間の問題だろう。
 風通しのよくなりすぎた廊下を進みながら師匠のことを考える。
 彼の目的は一体なんなのだろう。一番、妥当な見解は西の魔女ことザラの捕縛といったところか。当然のごとく妥当というからには気になる点はいくつもある。
 師匠はザラから招待を受けたという。当のザラは知らないと答えた。互いの証言は食い違っている。師匠の言葉を信じるならば、ザラが師匠を招き入れたことになる。そのメリットが思い浮かばない。五大司教のひとりであるヴィクターは並の騎士ではかなわないほどの実力者だ。その証拠に今もザラ必殺の猛攻を避け続けている。痛む腹がある身としては招きたくないはずの人種である。もれなくエヴァたちもついてきた。客観的にみて厄介以外のなにものでもない。
 反対にザラの言葉を信じるならば、師匠の行動が謎めいてくる。神出鬼没の西の魔女がこの館にいることをどうやって知ったのだろう。会話したかぎりの西の魔女は狡猾だ。己の居場所を悟らせるような真似はしないと思われる。百歩譲って、この館を特定したとしても単身で乗り込んだ理由が不明だ。相手は国際指名手配中の犯罪者だ。捕縛には慎重な準備と調査、人手を集めてもおかしくない。師匠が類まれにみる無鉄砲であるなら話は別だが。もしくは重度のせっかちである可能性もある。
(ひ、否定できない……)
 エヴァの口許が自然とひきつる。
 今にも乾いた笑いが出てきそうだ。エヴァの知るかぎり、師匠のヴィクターは相手が三十人の盗賊だろうがガーゴイルの巣窟だろうがドラゴンのねぐらだろうが聞きつけたからには単身で向かう無謀……もとい勇敢さがある。それも応援の騎士たちが駆けつけるころには全てを鎮圧する結果まで含まれているからすこぶる厄介だ。被害に悩まされている信徒にとってはまさに救世主に違いないだろうが組織で動く教会としてはいろいろ不都合なところもあるだろう。被害を食い止めたあとで報告という名の査問会では非難の嵐が定番となりつつある。しかし当の本人はどこ吹く風。「ちんたらしてたら間に合わねー」と一蹴する豪胆さも持ち合わせてるのでもう手に負えない。
 事態は深刻化してしまうばかり。今回も査問会レベルの騒動に発展するかもしれない。エヴァがそう腹をくくった時だった。視界が真っ暗になり、鼻先をぶつける。
「わっと」
「エヴァ」
 よろけたところをウィルフレッドに支えられた。考え事に集中しすぎて前を進むアレクシスが立ち止まったことに気付かなかった。
「これはまたわかりやすい……」
 彼の笑声で我に返る。アレクシスの視線の先、暗闇の中で浮かび上がる人影。身の丈はゆうに成人男性の三倍はあろうか。肩幅も広く両腕は太く長い。普通に立っていても床に届きそうなほど。わずかな明かりから見える肌は岩のようだった。石の眷属(サーヴァント)ゴーレムだ。
 エヴァが息を飲むと騎士ふたりは前に進み出る。すでに鞘から剣を抜いて構えていた。ひたひたとゆっくりとした足音は複数。前方の闇夜に潜むゴーレムは一体や 二体だけではなさそうだ。
 それでもアレクシスは優雅な笑みを崩さない。
「西の魔女は、私たちを見くびっておられる。ドラゴンとも戦う騎士団がゴーレムの弱点を知らないとでも?」
 確かにそうだ。彼の言葉で気付く。
 ゴーレムは身体のどこかに『emeth(真理)』という文字が刻まれている。破壊するには最初の『e』の文字を消して『meth()』にすればいい。
 エヴァも耳にしたことがあるくらいだ。さまざまな幻獣や悪魔と戦う騎士なら知らないはずがない。
 突然ゴーレムが腕を振りあげた。同時に身体がぐいと引っ張られる。視界を横切るゴーレムの腕。そこでウィルフレッドに抱かれていることを知る。一瞬前までエヴァが立っていた場所に拳が直撃する。巨体とは裏腹の素早い動きに目を疑う。
「アレクシス!」
 エヴァは叫ぶ。自分とウィルフレッドは無事だ。もうひとりの騎士が心配になった。
 頭上をみればアレクシスが空中で身を翻していた。ふわりと地面に降り立つ。ちょうどウィルフレッドとゴーレムを挟む位置だった。両者すぐに剣を構え直す。アレクシスは余裕の表情をわずかに歪めた。
「失敬。見くびっていたのは私の方のようだ」
 さらりと前言撤回したことに不安を覚える。アレクシスといい彩人といい一度口にしたことを翻すことはあまりない。嫌な予感がしてウィルフレッドを見る。
「どういうこと?」
「……文字がどこにもない」
 ウィルフレッドは視線を寄越さずに告げる。意識がゴーレムに向いていた。それだけ油断のならない相手ということだろう。そして彼の発言は厄介な事態を示唆している。
「ないって……『emeth(真理)』のこと?」
 さきほどの攻防でゴーレムの全身に文字が刻まれていないのか確かめたのだろう。エヴァは青ざめた。
 唯一の弱点。それが巧妙に隠されたのなれば途端に長所に変わる。造られたゴーレムは術者の魔力で動く。魔力が尽きたら活動は停止するだろうが、西の魔女の異名を持つ彼女が雀の涙程度の魔力とは考えにくい。
 かたやウィルフレッドたちは生身の人間だ。体力にかぎりがある分、明らかに分が悪い。
「問題ない」
 エヴァの考えを打ち消すように告げたのはウィルフレッドだった。彼女前へ進み出て剣を抜く。よどみも隙もない動きでゴーレムを見据える。
「全てを凍てつくせ。【氷彗(ひすい)】」
 ウィルフレッドが呟いた瞬間、剣から花びらのような水滴がまとわりつく。彼が姿勢を屈め、剣を振りかぶった瞬間に水飛沫がゴーレムに降りかかった。
 大量の水を浴びたゴーレムは最初こそ俊敏な動きでウィルフレッドに襲いかかろうとする。エヴァが息を飲む。彼は微動だにしなかったからだ。ゴーレムの拳が彼の眼前に迫った瞬間、動きが止まる。硬直したゴーレムの全身が凍りついていた。
 ウィルフレッドの瞳が強烈な光を宿す。
「文字があろうがなかろうが全ての動きを止めればいい」
 氷の粒子が輝く。
 彼の水氷系の魔術。何度見ても幻想的な光景だった。
「さすが」
 アレクシスが笑う。彼も流れるような動きで剣を構える。
「私も負けていられないな。ねぇ、【雷帝(らいてい)】殿?」
 告げた瞬間、閃光がいくつも弾け飛ぶ。雷のような音と共に拳を突き出したままのゴーレムが砕け散った。アレクシスは雷斬系の魔術を得意とする。ウィルフレッドが凍らせたゴーレムに衝撃を与えて砕いたのだ。
 口では反目していても騎士団。息のあった連携で次々とゴーレムを撃破していく。すでに残りは数え切れるほど。
 何度目の当たりにしても魔法のようだとエヴァは思う。科学技術に特化した地球にはない感覚だ。神秘的な奇跡と錯覚していしまう。むろん、そんな使い勝手にいいものではなく、ちゃんとした理屈や手順に則った法則があると聞いている。彼らが言うには魔法と魔術には厳密な違いがあるらしい。それはともかく、エヴァの思考は別の方向へ逸れていく。
(でも、何か引っかかる)
 エヴァが思考を巡らせようとした時だった。
「た、助けてくれ!」
 耳慣れない男の声が聞こえた。エヴァが振り向くと複数の男たちがなだれ込んでくる。勢いで突進され、抱きつかれるような格好になった。
「あなたたちは……?」
 問われて我に返ったらしい。エヴァを見つめる表情は恐怖に引きつっている。そしてウィルフレッドたちの姿を見た瞬間だった。
「ソ、ソーフェン修道会……!」
 おそらく騎士ふたりの紋章を見たのだろう。男たちの表情がさらに青ざめていく。ゴーレムたちに怯えているとしても尋常ではない気がした。すでにゴーレムはウィルフレッドたちの手で倒されているのだから。
「私たちを見てビクつくってことは君たちはここで何か後ろめたいことをしてたってことでいいのかな?」
 さらりと単刀直入に訊ねるのはアレクシスだった。質問の内容に遠慮も配慮もない。確かに彼らの服装はお世辞にも上質なものではない。短剣などを手にしている点からも迷い込んだ旅人としか思えなかった。あるいは別の目的があったとも考えらる。
 アレクシスの言葉も一理あった。このラスウェルの地で悪事に手を染める者ならば騎士団を警戒するのは当然の心理だ。彼らの反応はそれに近い。
 いかなる組織、国家でも修道会に反することは許されない。ラスウェルはそれらによって信徒の権利を侵害されることを何よりも重要視している。信徒たちに危害がおよぶことがあれば相応の報復を要求する。犯罪などもっての外だ。実行する力もある。それがソーフェン修道会騎士団の存在理由だ。
 過去にいくつもの実績がある。特に有名な話は巡礼の帰途で盗賊団に襲われた信徒がケースだった。受けた被害の補償はもちろん騎士団が調査をして関係者全てを捕縛。当然のことながら盗賊団は壊滅し、今も犯した罪の償いをしているという。
 今をよりよく生きる信徒たちへの権利侵害はいかなる理由があろうとも許されない。それがソーフェン修道会が掲げる理念のひとつである。痛む腹がある身としては、遭遇したくない人種だろう。
 そこでウィルフレッドが腕を振る。
「ひっ!」
「知っていることを話せ」
 エヴァにしがみつく男に剣を突きつけてきた。いつの間に?
 その姿を見てアレクシスが感心するように呟く。
「アヴァロン殿は意外に短気なんだねぇ」
「……」
 朗らかに告げられる毒を否定する材料がなかった。
 ウィルフレッドび揺るがない剣尖に一筋の汗が滴り落ちる。観念したように男が口を開いた。
「あ、あの女……取引をご破算にしやがった」
「取引?」
「女?」
 思っても見ない単語にエヴァは目を見開く。ウィルフレッドもアレクシスも眉根を寄せる。
「ブツを高く買い取ってやるといったからベルストラスからわざわざ運んできてやったのに、ゴーレムを山ほど呼び出して……最初から俺たちを殺す気だったんだ!」
「殺す気……?」
 物騒な言葉にエヴァは心底驚く。この館の侵入者は師匠だけではないらしい。しかも犯罪のにおいが濃厚になってきた。思ったより事情は複雑なのかもしれない。
「とういうことは、君たちは最近ラクソウェルで悪さしてた盗賊だね」
 アレクシスの言葉に男たちは沈黙する。肯定のように思われた。
 街で友達になった少年のことを思い出す。エヴァが見つけた母親の形見。それを盗んだ犯人たちが目の前にいるということだ。ヒューゴの形見は彼らにとって大した価値はなかったのだろう。道端に捨てたため、エヴァたちが探索に出て発見できたともいう。
(でも一体なんの取引を……?)
 首を傾げて気付く。元・館だった残骸、部屋の隅に楔のような石が浮かんでいたのだ。近寄って見上げる。
「これは【元素(げんそ)(せき)】?」
 エヴァの身長ほどもある。
 彼らが口にした取引がわかった気がする。元素石は元素を溜め込むエネルギー結晶体といったところか。
 この世界はあらゆる元素が存在する。最も基礎となる五元素である炎、水、風、光、闇で魔術を発動する時はいずれかの元素もしくは複数の元素が組み合わさったエネルギーが必要になる。元素は空気中にも存在しているが、元素石を身につけていれば魔力の消費を抑えられる反面魔術の効力は倍増する。つまりは魔術の質や威力を高めるアイテムだ。本来なら宝石ほどの大きさでも高値で取引されると聞く。目の前にある元素石は破格といった話ではない。ファディランの海運業権やダートダルクの鉱山よりも遥かに価値がある。国際条約の案件だ。発見された時点で取引することは許されない。厳重に保護されるべきもの。国同士の貿易バランスを崩しかねないからだ。
 すると彼らの目的は、この元素石を闇で売りさばくつもりだったのだろう。そうなれば細かく砕かれ各地の市場に流れていたはず。そこまで考えてエヴァはゾッとする。想像以上に根の深い事件と遭遇してしまった。これは師匠にも自分にも手に負える件ではない。速やかに修道会に報告して指示を仰ぐべきだと理性が注げている。
 だが、エヴァは別のことが気になっていた。見上げて意識を集中させる。
「何かの構築式が組み込まれているみたい」
 かすかに力の流れを感じた。すでに何かの術式が発動している状態だと思われる。アレクシスが隣に並び、訊ねてくる。
「エヴァ様でも解析は難しそうですか?」
 ちなみにウィルフレッドは盗賊たちに剣を突きつけたまま、身動きを封じている。横目に入ったもののどうすることもできない。
「うーん……」
 どうしよう。彼は何か勘違いしている。
 アレクシスのいう解析とは術の構成を理解するといった作業に近い。
 それもそのはず。この世界の魔術と呼ばれるものは地球で考えらるようなかぼちゃが馬車になるといった万能な魔法の類ではない。かぼちゃを馬車に変えたければ、変化させるだけのエネルギーと構築式、それらを発動させるスイッチが必要になる。エネルギーは大気中から取り出せるし、スイッチは術者本人であるから特別な準備が必要ない。ただし構築式だけは一朝一夕に用意できる代物ではないし解析には時間がかかる。どんな術でも例外なく構築式が必要になる。構築式とは地球で言えばプログラミングのようなものかもしれない。術のプロセス、あるいは設計図といったイメージがしっくりくる。全ての術は構築式があって初めて成立する。式のパターンは数学と似ていて構築する人の数だけ存在していて無限にある。構築式を作ることと解析ができれば術が使用できる。むろん、他の術者が使った構築式を読み込んで模倣することも可能だ。
 エヴァも習ってはいるものの、師匠の講義がいい加減で独学で覚えはじめたようなものだ。ようやくExcelの関数をいくつか覚えた程度。使いこなすにはいたらない。 ましてやプログラミングなんて理解の範疇を超えている。そんなレベルだ。構築式の種類がわかればいい方。複雑な式を複数も使われていたら手も足もでない。
想像以上に厄介な事件に遭遇したものだ。エヴァには手に余る。
 そこで穏やかな声音が降りてきた。
(一見すると強力そうな術でも案外致命的な制限を抱えてるものなんだよ。発動までに時間がかかったり、場所を動かせなかったり、効果範囲や使用条件が狭かったり、いろいろね)
 外来の受付で淡々と話す男性。小説家の彼は普段の生活とは違った視点をいくつも教えてくれた。
(使い手はそんなこと百も承知だから巧妙に隠そうとする。でもね、大がかりな術であればあるほどその制限は隠し通せるもんじゃない。どんなに狡猾でも弱点は必ずある。それさえわかれば反撃だっていくらでも考え出せる)
 エヴァは周囲を探る。
(そうだ。川島さんの言う通りだ。これがすでに何かの術を発動しているなら何かを隠そうとしているのかもしれない。あるいはこの仕掛けを止める方法とか……)
 嫌な予感がした。元素石は魔力の結晶ともいえる。エネルギーが尽きないかぎり術を使用できるということだ。
「ひっ!」
 背後で男性の悲鳴が聞こえた。振り向けばおびただしい数のゴーレムに囲まれていた。
「なるほど。さすがは魔女の館」
「きりがないな……」
 騎士ふたりもわずかに焦りの表情が浮かんでいる。ゴーレム一体一体の動きは単純だし、力も強くはない。しかし元素石のおかげでこの館の中だけでは無数に召喚できるとしたら、ウィルフレッドたちには甚だ不利だ。
 脱出するか、術を止める。その選択しかないが後者は厳しい。
 エヴァは横目で見る。ザラと取引としていたという男性たち。彼らが本当にアレクシスのいうように盗賊団だとしたら。調査のためにもここには置いていけない。人数的に即座の離脱は早計。失敗する可能性の方が高い。
 ならば元素石の方で対処するしかない。手段も思い当たっている。エヴァは唇を引き結び、呼吸を整えた。
「ウィル、アレクシス! 元素石を狙って!」
 騎士の名前を呼んで指をさす。
「な、に言ってるんだ!」
「あんな大きさは滅多にないお宝なんだぞ!」
 血相を変えた男たちが叫ぶものの、ウィルフレッドたちは意に介さない。即座にエヴァの言葉だけに反応する。剣を振るえば氷水と雷が元素石へ収束していく。石に直撃する瞬間に光の粒子が弾ける。
 その瞬間、ゴーレムたちは崩れ落ちた。
「やっぱり……」
「エヴァ?」
 剣を収めたウィルフレッドが近寄ってくる。その表情はどこか釈然としない面持ちだ。
「怪我は?」
「ないよ。ありがとう」
 推測が当たったことに安堵する。
 ザラが優れた魔術師であろうとも無数のゴーレムを召喚し、操ることは難しいと考えた。ならば元素石を使って術の効力を底上げしているという流れが妥当になる。 しかも元素石には何らかの術が編みこまれている。となれば構築式を傷つければ術は発動できない。そういう結論に落ち着く。
 彼女ほどの術者なら、ウィルフレッドたちの魔術でも構築式を傷つけることが精いっぱい。元素石には傷はつかないだろうという目算があったけれど危ない橋には違いない。すでに師匠への報告が億劫になったエヴァだった。
 そこで何かが膨れ上がるような気配がする。
 ハッと我に返る。嫌な予感がした。
 元素石に大量の元素が封じられていたとしたら。何らかの術で流れている力をせき止めていた、もしくはその力を利用していたら。
 頭の中で穏やかな声音が再生される。
(力が凝縮されてるってことは、それを解放したら逆流する可能性もある。どう力を分散させるかも考えておいた方がいい)
 すっかり忘れていた。
 元素石はすでに存在しているだけで何らかのエネルギーを発している。それらを利用、消費するということは流れを一時的にでもせき止めた形になる。構築式が作動しなくなった今、溜め込まれたエネルギーは拡散するしかない。
 背筋に冷たいものが走る。エヴァは大声で叫んだ。
「みんな集まってー!」
 急速に神経が研ぎ澄まされる。肌がピリピリとした空気を感じる。濃密な魔力が近くにある証拠だ。それが間もなく弾けることも本能で悟る。
 男たちは目を瞬かさせた。エヴァの反応が理解できない。一方の騎士ふたりの行動は素早い。ぽかんとしている盗賊たちを捕まえてエヴァの側へ避難させてくれた。
 ぞわりとする気配が膨張し、限界まで達した瞬間だった。
「風よ!」
 エヴァは思いきり叫ぶ。
 ドンッという衝撃と共に強風が周辺に流れ込む。目を開けていることもできず息もできない。吹き飛ばされないようにその場で身を屈める。エヴァの魔力が尽きるまで。
 ようやく風が収まって目を開ける。
「間に合った……」
 力を使い果たしたエヴァは座り込む。側で支えようとウィルフレッドが腕をのばしてくれた。のろのろとお礼を告げるも全身が重い。
 視界に入った光景は無惨だった。館の原型をとどめていない。夕闇の中、瓦礫の山であちこちから煙やらが立ち上っている。
 そこへ、ひらりと紙切れが舞い落ちた。裏表を確認すれば見慣れた筆跡を発見する。
『思ったよりつまらなかったから先に戻る』
 そっけない走り書き。終わりには『寄り道するなよ』との注意書がある。
 予想をはるかに超える師匠の言動にエヴァは轟沈した。