ウィルことウィルフレッド・ルイス・ヴェクレフ・アヴァロンは、前世での親友だった。家が近所で同い年、母親同士が親友ということもあり幼馴染のようなものだ。名前は碓氷一真といって、入院生活ではとても助かった。放課後、毎日のようにお見舞いに来てくれて授業の内容を教えてくれた。友紀としては彼の時間を奪っているようで心苦しい一面もあったが、彼はいつも「俺が好きでやっていることだから」と優しく笑う。単純に嬉しいとは思うものの、心苦しく感じる一面もある。
転生を繰り返しても魂は同じものだと強く感じた。一真も正直で真面目、責務には実直で控えめな性格をしている。それだけに友紀もエヴァも不安に感じた。自分と一緒にいることで彼の時間を奪っていないのか、と。
「ヴィクター司教が西の魔女に?」
ふり向いたウィルフレッドが眉根を寄せる。
ヴェカデーレ宮殿の外れにある森。街の中心とはいえ、人目につきにくい場所だった。
外套を羽織ったエヴァは説明を続けた。
「先生が嘘をつくとは思えないから事情が何かおありなんでしょう」
「危険だ。司教からは何も言われていない」
ウィルフレッドが切なげに眉根を寄せる。
彼の指摘ももっともだ。
何せ師匠の伝言は便箋の走り書きのみ。事情が一切不明だ。単純な探索から生命の危険までを視野に入れるべきだろう。ましてや師匠の目的は不明だ。エヴァが追いかける必要はないかもしれない。
そこまでわかっていてもエヴァは頭を振る。
「でも放っておけないよ」
きっぱりと告げる。
もはや理屈の問題ではなかった。ただエヴァには選べない。このまま何もなかったふりをして師匠の帰りを待つ。それが何故か選択できない。
「ここから先はひとりでいくから」
湖のほとり付近にレッドドラゴンがいる。ギディオンだった。しかも身の丈が大きく変化している。大のおとなが五人は乗れそうだ。元の彼はこの大きさらしい。修道会で師匠の周りにいるにはてのひらサイズだと都合がいいのだろう。そのギディオンは最初からエヴァを師匠の元へと案内するつもりだったらしい。それが師匠の希望なのか、ギディオンの希望なのかは謎ではある。しかし今のエヴァにとっては助かる話だった。
「ウィル。ここまででいいよ」
レッドドラゴンの背に乗る前にふり向く。
ウィルフレッドの気遣いは嬉しい。だから巻き込むつもりはなかった。元からひとりで向かうつもりだった。
エヴァは改めてギディオンに向き直ろうとした時だ。
「わかった。俺も行こう」
思ってもみなかった言葉に思考がとまる。思わずふり向き、ウィルフレッドを見つめる。
漆黒の双眸には何の感情も読みとれない。それでもエヴァは素直に信じることができる。彼は自分の身を案じ、共に向かうと言ってくれた。
いけないと思いつつも甘えてしまう。彼のまっすぐな思いが単純に嬉しいから。好ましいと思っているから結局は負けてしまう。
「ありがとう。ウィル」
エヴァがはにかみながら感謝を伝える。
それを了承ととったらしい。ウィルフレッドが少しだけ口元を緩ませた。
「うっ……」
その瞬間、エヴァは一瞬だけ心臓が飛び跳ねる。呼吸も止まって咳きこみかけた。
「エヴァ?」
「大丈夫。何でもない……大丈夫」
驚いて歩み寄ろうとしてくる彼を手で制する。今、近寄られて顔でも覗き込まれたらとても困る。
ウィルフレッドは騎士団の中でも人目を引く存在だ。
朝の礼拝や街への巡回などで姿を見かけると決まって修道会のシスターたちが騒ぎ出す。そういえば一真も女子に人気があったと思う。
前世の記憶のおかげで耐性があるエヴァでさえ、女の子だったら百年の恋に落ちそうだ。いや、今は女の子だから恋に落ちるのか? え、落ちちゃうの?
などと思考が迷走していく中、背後から声をかけられた。
「おや第二聖女さま。いかがなされました?」
ふり向くとウィルフレッドと同じ服装をしている騎士が立っていた。
金髪碧眼。ゆるくウェーブがかかった髪に端正な顔立ち。ただし柔和な笑顔はウィルと正反対の印象を受ける。貴公子といって差し支えない男性だったがエヴァは内心動揺する。
「クラウザーさま?」
エヴァが名前を呼ぶと青年騎士は困ったように眉尻を下げた。
「ああ、エヴァンジェリン様。どうかそのようなよそよそしい呼び方ではなくアレクシスと」
近寄ってきたのはアレクシス・ディーン・イライアス・クラウザー。第七小隊に所属する騎士だったと思う。
そして前世での名前は鳴海彩人。もうひとりの幼馴染だった。
どうしよう。誰にも気づかれずに師匠を探しにいくつもりだったのに。目撃者が現れたのはとても都合が悪い。もちろんエヴァの胸中など知らずにアレクシスは近づく。息もかかるほどの距離まで。
「私と貴女の仲ではありませんか。どうしてこのような人気のない場所へいらっしゃるのですか? まさか、私を誘っていたので?」
「え、えーと……」
怪しげな雰囲気になりかけて、そっと視界を塞がれた。
頭上を見れば、背後からウィルフレッドが掌を眼前に差し出す格好になっている。
「エヴァに近づきすぎだ。クラウザー」
向かい合うウィルの表情は少し固い。彼と話す時、いつも似たような雰囲気である。それは前世の頃から変わらない。このふたり以前からあまり仲がよくない気がする。
美形騎士に挟まれた形になったエヴァは硬直するしかない。なりゆきでふたりの会話を拝聴する形となる。一方のアレクシスは優雅に笑った。
「それは失礼。聖女様があまりにも可愛らしいから」
「不適切な発言だ。撤回してもらおう」
ウィルフレッドの言葉に棘がまじる。彼にしては珍しく不快の感情をあらわにした。エヴァは嫌な予感を覚える。
アレクシスの方はというと長いため息をもらした。
「いつもながらつれないねぇ、アヴァロン殿は。おまけに第二聖女様のこととなるとより一層、頑なになるのがいけない。それではエヴァンジェリン様もきっと窮屈な思いをなされていることだろうよ」
「そのような意図はない。おまえの言動が問題なだけだ」
打てば響くような物言い。きっぱりすっぱり。取りつく島もない。
さすがのアレクシスもこれには肩をすくめる。
「これは手厳しい」
眉根を寄せて苦笑するもアレクシスはエヴァに向き直る。さきほどと変わらぬ優雅な笑みを浮かべるも、見つめる視線はどこか冷たく感じた。
「エヴァンジェリン様。忠誠を誓った騎士ばかり重用するのは感心しませんよ。貴女に仕えたいと願う騎士は大勢います。アヴァロン殿ばかりを贔屓しては、それらの反感を買いかねません」
「え……」
意味がわからず金髪の騎士を見つめる。
とても重要なことを指摘された気がした。彩人もこうして意味深な発言をしていた。そしてそれらは友紀のためになることも多かった。
今回もそう感じたものの、思い当たる節がない。思考を巡らせようとすればウィルフレッドが前へと進み出る。
「エヴァは関係ない。俺が自ら決めたことだ」
抑揚のない声音なのによく通る。揺るがない視線に見惚れること数秒、アレクシスは目を閉じる。どうしようもないと降参するかのように。
「話にならないな。これは事実が問題ではなく周囲の心証だよ。聖女たるものそれすらも受け入れてうまく立ち回るべき存在。まあ、君が騎士としてふさわしい振る舞いをしていれば何の問題もないという話でもある」
途端に、ウィルフレッドの瞳が鋭くなった。わずかに怒りを覚えたようだった。
「ならば試してみるか。クラウザー」
流れるような動きで柄に手をかけた。
エヴァはぎょっとした顔つきになる。
まずい。あれはウィルフレッドの戦闘態勢だ。彼の剣は騎士団の中でも指折りだと聞いている。アレクシスも素人ではないのだから穏便にことがすむはずがない。
見開かれたアレクシスの瞳はわずかに輝いた。彩人と表情が重なる。あれは好奇心が刺激された顔だ。そうエヴァは直感する。
「それも面白そうだね」
にっこりと返答するアレクシスが怖い。
ここはさっさと話を切り替えるべきだろう。どちらかか両方か血をみる結果になりかねない。
「あの、アレクシスはどうしてここへ?」
慌ててエヴァに金髪の騎士に向き直った。なるべく話をそらそうと試みる。見下ろしてくる碧眼は一瞬だけまるく見開かれたものの、すぐに柔和な笑顔にかき消された。
「面白そうなお話が聞こえてきたものですから。なんでも西の魔女のところへヴィクター司教が向かわれたようですね」
「う」
一部始終しっかり聞いてらっしゃる。あっという間に師匠の不在が露見してしまった。いや、まだ間に合うかも。
「なにかの聞き間違いではないでしょうか」
諦めも悪くエヴァはとぼけてみる。笑顔がぎこちなくなっていないかが心配だった。
アレクシスは再び目を閉じた。
「あぁ、なんとういうことでしょう」
悲しげに眉をよせて胸を押さえる。舞台の俳優のようだった。美形は何でも絵になるものだなと密かに感心してしまう。ただし、その先がいただけない。
「この私に風の姫君は秘密を打ち明けてくださらない。仕えるべき主から信を得ることのできなかった騎士ほど不名誉なことはありません。悲嘆にくれるこの身、うっかり口が滑りやすくなってしまうかもしれません。誰かに詳細を問われでもしたら見聞きしたことを一切合切つつみ隠さず、つらつらと」
はう。そうくるか。
このまま部外者として排除するなら、他の人間に見聞きしたことをしゃべるかもしれないと暗に告げている。というか絶対しゃべるでしょ、キミ。
柔らかな物腰のくせにわかりやすい脅しをしかけてきた。エヴァは狼狽するしかない。とっさにうまい言い訳もローレル相手で打ち止めだ。いくつも思い浮かぶほど策略を考えるのは苦手な分野だったりする。嘘なんて慣れていない。ついた途端にすぐ見破られるだろう。
ぐるぐると思考が巡るものの、打開策は浮かばない。そこへアレクシスはさらなる追い打ちをしかけてきた。
「エヴァンジェリン様、どうか誤解なさらないでください」
今の状況をどう好意的に解釈しろと?
よほど困った顔をしていたらしい。アレクシスがふっと表情を和らげた。その仕草は魅力的だが今は頬を赤らめるどころか、血の気が引いてく心地だった。心臓の鼓動も早くなってくる。
「私はお願いしているのではありません。取引に応じていただけるかどうかです」
さらに質が悪くなった。
彩人も面白いことや面倒なことは大好きだった気がするけれど、こんな腹黒い取引を持ちかけられた記憶はない。いつの間にか悪だくみに拍車がかかっている。いや、彼は鳴海彩人本人ではない。混同してはいけないと思いつつも、頭の中はまともな処理をしてくれない。
爽やかに笑っているアレクシスの背後は黒い影をまとっている気がした。
「では、聖女様。あなたのお答えは?」
エヴァはぐっと息を飲んだ。
選択の余地はない。ついで目を閉じて観念する。
ギディオンがさっさとしてくれとばかりに冷たい視線を送っていた。
そういう流れでアレクシスの同行はなかば無理やりに承諾をもぎとった。それを他人は脅迫というかもしれない。
転生を繰り返しても魂は同じものだと強く感じた。一真も正直で真面目、責務には実直で控えめな性格をしている。それだけに友紀もエヴァも不安に感じた。自分と一緒にいることで彼の時間を奪っていないのか、と。
「ヴィクター司教が西の魔女に?」
ふり向いたウィルフレッドが眉根を寄せる。
ヴェカデーレ宮殿の外れにある森。街の中心とはいえ、人目につきにくい場所だった。
外套を羽織ったエヴァは説明を続けた。
「先生が嘘をつくとは思えないから事情が何かおありなんでしょう」
「危険だ。司教からは何も言われていない」
ウィルフレッドが切なげに眉根を寄せる。
彼の指摘ももっともだ。
何せ師匠の伝言は便箋の走り書きのみ。事情が一切不明だ。単純な探索から生命の危険までを視野に入れるべきだろう。ましてや師匠の目的は不明だ。エヴァが追いかける必要はないかもしれない。
そこまでわかっていてもエヴァは頭を振る。
「でも放っておけないよ」
きっぱりと告げる。
もはや理屈の問題ではなかった。ただエヴァには選べない。このまま何もなかったふりをして師匠の帰りを待つ。それが何故か選択できない。
「ここから先はひとりでいくから」
湖のほとり付近にレッドドラゴンがいる。ギディオンだった。しかも身の丈が大きく変化している。大のおとなが五人は乗れそうだ。元の彼はこの大きさらしい。修道会で師匠の周りにいるにはてのひらサイズだと都合がいいのだろう。そのギディオンは最初からエヴァを師匠の元へと案内するつもりだったらしい。それが師匠の希望なのか、ギディオンの希望なのかは謎ではある。しかし今のエヴァにとっては助かる話だった。
「ウィル。ここまででいいよ」
レッドドラゴンの背に乗る前にふり向く。
ウィルフレッドの気遣いは嬉しい。だから巻き込むつもりはなかった。元からひとりで向かうつもりだった。
エヴァは改めてギディオンに向き直ろうとした時だ。
「わかった。俺も行こう」
思ってもみなかった言葉に思考がとまる。思わずふり向き、ウィルフレッドを見つめる。
漆黒の双眸には何の感情も読みとれない。それでもエヴァは素直に信じることができる。彼は自分の身を案じ、共に向かうと言ってくれた。
いけないと思いつつも甘えてしまう。彼のまっすぐな思いが単純に嬉しいから。好ましいと思っているから結局は負けてしまう。
「ありがとう。ウィル」
エヴァがはにかみながら感謝を伝える。
それを了承ととったらしい。ウィルフレッドが少しだけ口元を緩ませた。
「うっ……」
その瞬間、エヴァは一瞬だけ心臓が飛び跳ねる。呼吸も止まって咳きこみかけた。
「エヴァ?」
「大丈夫。何でもない……大丈夫」
驚いて歩み寄ろうとしてくる彼を手で制する。今、近寄られて顔でも覗き込まれたらとても困る。
ウィルフレッドは騎士団の中でも人目を引く存在だ。
朝の礼拝や街への巡回などで姿を見かけると決まって修道会のシスターたちが騒ぎ出す。そういえば一真も女子に人気があったと思う。
前世の記憶のおかげで耐性があるエヴァでさえ、女の子だったら百年の恋に落ちそうだ。いや、今は女の子だから恋に落ちるのか? え、落ちちゃうの?
などと思考が迷走していく中、背後から声をかけられた。
「おや第二聖女さま。いかがなされました?」
ふり向くとウィルフレッドと同じ服装をしている騎士が立っていた。
金髪碧眼。ゆるくウェーブがかかった髪に端正な顔立ち。ただし柔和な笑顔はウィルと正反対の印象を受ける。貴公子といって差し支えない男性だったがエヴァは内心動揺する。
「クラウザーさま?」
エヴァが名前を呼ぶと青年騎士は困ったように眉尻を下げた。
「ああ、エヴァンジェリン様。どうかそのようなよそよそしい呼び方ではなくアレクシスと」
近寄ってきたのはアレクシス・ディーン・イライアス・クラウザー。第七小隊に所属する騎士だったと思う。
そして前世での名前は鳴海彩人。もうひとりの幼馴染だった。
どうしよう。誰にも気づかれずに師匠を探しにいくつもりだったのに。目撃者が現れたのはとても都合が悪い。もちろんエヴァの胸中など知らずにアレクシスは近づく。息もかかるほどの距離まで。
「私と貴女の仲ではありませんか。どうしてこのような人気のない場所へいらっしゃるのですか? まさか、私を誘っていたので?」
「え、えーと……」
怪しげな雰囲気になりかけて、そっと視界を塞がれた。
頭上を見れば、背後からウィルフレッドが掌を眼前に差し出す格好になっている。
「エヴァに近づきすぎだ。クラウザー」
向かい合うウィルの表情は少し固い。彼と話す時、いつも似たような雰囲気である。それは前世の頃から変わらない。このふたり以前からあまり仲がよくない気がする。
美形騎士に挟まれた形になったエヴァは硬直するしかない。なりゆきでふたりの会話を拝聴する形となる。一方のアレクシスは優雅に笑った。
「それは失礼。聖女様があまりにも可愛らしいから」
「不適切な発言だ。撤回してもらおう」
ウィルフレッドの言葉に棘がまじる。彼にしては珍しく不快の感情をあらわにした。エヴァは嫌な予感を覚える。
アレクシスの方はというと長いため息をもらした。
「いつもながらつれないねぇ、アヴァロン殿は。おまけに第二聖女様のこととなるとより一層、頑なになるのがいけない。それではエヴァンジェリン様もきっと窮屈な思いをなされていることだろうよ」
「そのような意図はない。おまえの言動が問題なだけだ」
打てば響くような物言い。きっぱりすっぱり。取りつく島もない。
さすがのアレクシスもこれには肩をすくめる。
「これは手厳しい」
眉根を寄せて苦笑するもアレクシスはエヴァに向き直る。さきほどと変わらぬ優雅な笑みを浮かべるも、見つめる視線はどこか冷たく感じた。
「エヴァンジェリン様。忠誠を誓った騎士ばかり重用するのは感心しませんよ。貴女に仕えたいと願う騎士は大勢います。アヴァロン殿ばかりを贔屓しては、それらの反感を買いかねません」
「え……」
意味がわからず金髪の騎士を見つめる。
とても重要なことを指摘された気がした。彩人もこうして意味深な発言をしていた。そしてそれらは友紀のためになることも多かった。
今回もそう感じたものの、思い当たる節がない。思考を巡らせようとすればウィルフレッドが前へと進み出る。
「エヴァは関係ない。俺が自ら決めたことだ」
抑揚のない声音なのによく通る。揺るがない視線に見惚れること数秒、アレクシスは目を閉じる。どうしようもないと降参するかのように。
「話にならないな。これは事実が問題ではなく周囲の心証だよ。聖女たるものそれすらも受け入れてうまく立ち回るべき存在。まあ、君が騎士としてふさわしい振る舞いをしていれば何の問題もないという話でもある」
途端に、ウィルフレッドの瞳が鋭くなった。わずかに怒りを覚えたようだった。
「ならば試してみるか。クラウザー」
流れるような動きで柄に手をかけた。
エヴァはぎょっとした顔つきになる。
まずい。あれはウィルフレッドの戦闘態勢だ。彼の剣は騎士団の中でも指折りだと聞いている。アレクシスも素人ではないのだから穏便にことがすむはずがない。
見開かれたアレクシスの瞳はわずかに輝いた。彩人と表情が重なる。あれは好奇心が刺激された顔だ。そうエヴァは直感する。
「それも面白そうだね」
にっこりと返答するアレクシスが怖い。
ここはさっさと話を切り替えるべきだろう。どちらかか両方か血をみる結果になりかねない。
「あの、アレクシスはどうしてここへ?」
慌ててエヴァに金髪の騎士に向き直った。なるべく話をそらそうと試みる。見下ろしてくる碧眼は一瞬だけまるく見開かれたものの、すぐに柔和な笑顔にかき消された。
「面白そうなお話が聞こえてきたものですから。なんでも西の魔女のところへヴィクター司教が向かわれたようですね」
「う」
一部始終しっかり聞いてらっしゃる。あっという間に師匠の不在が露見してしまった。いや、まだ間に合うかも。
「なにかの聞き間違いではないでしょうか」
諦めも悪くエヴァはとぼけてみる。笑顔がぎこちなくなっていないかが心配だった。
アレクシスは再び目を閉じた。
「あぁ、なんとういうことでしょう」
悲しげに眉をよせて胸を押さえる。舞台の俳優のようだった。美形は何でも絵になるものだなと密かに感心してしまう。ただし、その先がいただけない。
「この私に風の姫君は秘密を打ち明けてくださらない。仕えるべき主から信を得ることのできなかった騎士ほど不名誉なことはありません。悲嘆にくれるこの身、うっかり口が滑りやすくなってしまうかもしれません。誰かに詳細を問われでもしたら見聞きしたことを一切合切つつみ隠さず、つらつらと」
はう。そうくるか。
このまま部外者として排除するなら、他の人間に見聞きしたことをしゃべるかもしれないと暗に告げている。というか絶対しゃべるでしょ、キミ。
柔らかな物腰のくせにわかりやすい脅しをしかけてきた。エヴァは狼狽するしかない。とっさにうまい言い訳もローレル相手で打ち止めだ。いくつも思い浮かぶほど策略を考えるのは苦手な分野だったりする。嘘なんて慣れていない。ついた途端にすぐ見破られるだろう。
ぐるぐると思考が巡るものの、打開策は浮かばない。そこへアレクシスはさらなる追い打ちをしかけてきた。
「エヴァンジェリン様、どうか誤解なさらないでください」
今の状況をどう好意的に解釈しろと?
よほど困った顔をしていたらしい。アレクシスがふっと表情を和らげた。その仕草は魅力的だが今は頬を赤らめるどころか、血の気が引いてく心地だった。心臓の鼓動も早くなってくる。
「私はお願いしているのではありません。取引に応じていただけるかどうかです」
さらに質が悪くなった。
彩人も面白いことや面倒なことは大好きだった気がするけれど、こんな腹黒い取引を持ちかけられた記憶はない。いつの間にか悪だくみに拍車がかかっている。いや、彼は鳴海彩人本人ではない。混同してはいけないと思いつつも、頭の中はまともな処理をしてくれない。
爽やかに笑っているアレクシスの背後は黒い影をまとっている気がした。
「では、聖女様。あなたのお答えは?」
エヴァはぐっと息を飲んだ。
選択の余地はない。ついで目を閉じて観念する。
ギディオンがさっさとしてくれとばかりに冷たい視線を送っていた。
そういう流れでアレクシスの同行はなかば無理やりに承諾をもぎとった。それを他人は脅迫というかもしれない。