聖女のお気に召すまま

 とうに薄れてしまった微かな記憶。
 その日はとても寒かったらしい。
 病室からか青空を眺めていると顔を赤らめた母親が飛び込んできた。
 心配したのもつかの間、母親は興奮ぎみに話しだす。
 主治医の話によると、このままの経過なら卒業式に出席してもいいと許可が出たという。一日退院という形で自宅にも戻れるらしい。
 驚きに目を見開いていると、母親が矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。食事のメニューや卒業式のあとの予定をあれこれ提案してきた。きっとその報告を早くしたくて病室に駆け込んだのだろう。
 まだ二週間も先のことだからゆっくり考えようと宥め、卒業式に出席できること自宅に戻れることの嬉しさを伝える。そして感謝も。
 ようやく母親が落ち着いた頃、眠気を覚えたので横になった。ゆるゆると近づく睡魔に抗いもせず、彼は目を閉じる。
友紀(ともき)?」
 母親が名前を呼んだ瞬間、一気に意識が遠のいた。
 近くにいるはずの彼女が叫んでいるはずなのに。
 とうとうその日が来たと思った。
 心は穏やかで痛みも苦しみもない。ただ深い眠りに落ちていくような感覚だった。
 悲しくないといえば嘘になる。自分の存在が消えてしまう怖さもあった。残された家族の寂しさも。思うだけで胸が苦しくなる。
 それでも風谷(かぜたに)友紀(ともき)として生きた時間はとても充実していて毎日が楽しかった。家族にも友人にも恵まれていた。つらいことも悲しいこともあったけれど、それよりもはるかに幸福だったと言いきることができる。
 だからどうか泣かないでほしい。悲しまないでほしい。
 いつも笑顔でいてくれた両親、足しげく病院に通ってくれた友人たち、温かく見守ってくれた病院のスタッフたち。自分を知る全ての人に伝えたい。
 自分の時間はここで終わってしまうけれど、何も失ってはいないから。
 これからも笑っていてほしい。
 高く澄んだ冬の空。わずかな木漏れ日が風に揺れる。
 視界にある茂みに遠慮なく手を突っ込んだ。ほぼ同時に背後から少年に声をかけられる。
「なぁ、エヴァ……もういいよ」
「えー? なんで?」
 聞き返すのは少女の声だった。あまりにも自然な問いだったので返答する方が戸惑う。
「いや、なんでって……」
 少女は構わず草木をかき分けて中を探り続ける。何も手ごたえがないのでさらにガサガサと茂みに分け入った。髪や服に葉や木の枝が引っかかるが気にする理由がない。意識を集中させ、さらに没頭する。自然と生返事になった。
「大丈夫だよ。もう少しで見つかる気がする」
「どっから来るんですか、その根拠……じゃなくてエヴァ様はもう探さなくていいですから」
 また別の少年の声がする。その口調はやんわりと拒否をしている。もしくは困惑しているが、かけられた本人は一向に気付かない。
 ガサガサをした音に紛れて他の声もまじる。
「その前に茂みにはいるなよ」
「そもそも探しものするなよ。葉っぱとかついてるし。汚れてる」
 さらに周囲で少年たちが口々に感想をもらす。だがあくまで指摘されている当人は頓着していない。言葉を深刻に受け止めていないというより、目の前の探しものに夢中になっている。つまりは聞いてないともいう。
「平気。平気」
 エヴァはとうとう茂みに上半身を突っ込んだ。
 少年たちが押し黙る。誰もが伝わらないもどかしさを感じているらしく互いに顔を見合わせる。たまらずその中のひとりが呟いた。
「大体、なんで街に降りてくんだよ。おまえ聖女さまだろ……」
「あーッ!!」
 最後の少年の指摘は叫び声にかき消された。
「あった!」
 もはや全身が茂みの中に突っ込んでいる。かろうじてスカートの裾が見えるだけ。少年たちは呆れてものが言えない。
「ヒューゴ、見つけたよ!」
 もちろんエヴァは構わない。明るい声音で手をのばす。握ったのは小さな金属のリング。古めかしい細工の指輪だった。
「え、本当に?」
「どこにあったんだ?」
 少年たちが近寄ってくる時だった。
「うわあぁぁぁっ!!」
 ただらならぬ悲鳴で少女が顔をあげる。
 飛び込んできた視界の端、ひとりの少年が木から落下する姿が見えた。
「ヒューゴ!」
 名前を叫ぶなり両手を前にのばした。
「風よ、風の聖霊よ!」
 少女の声と同時に強風が突然発生した。周囲にいた少年たちも叫ぶが気にしている余裕はなかった。
 目も開いていられないくらい風が吹く。少年の身体が地面に叩きつけられる瞬間、浮いていた。もちろん当人は驚きに目を見開いている。
「うわぁ」
「すげ……」
 感嘆の声がもれた。
 それでも少女は声を張りあげる。
「みんな、ヒューゴを支えてー! わたしの風はそんなにもたないー!」
 叫んだ内容にぎょっとした少年たちは慌てて走り出す。
 それと同時に風に浮いていた少年が落下する。あちこちから「いて」とか「ぐえ」とかうめき声が聞こえてきた。
 エヴァが慌てて駆け寄り急いで覗き込む。
「みんな、怪我は?」
 少年たちは顔を見合わせ、ふるふると首を横に振る。
 そこでエヴァはほっと安堵する。
「よかった」
 自然とこぼれた笑みだった。それを見た少年たちは顔を赤らめたり、逸らしたりする。
 エヴァは首を傾げる。自分が笑うと彼らは決まって挙動不審になる。いつもそれが不思議で仕方ない。何かヒントはないか折り重なっていた彼らが離れる様子を観察していた時だった。
 視線をあげたエヴァは固まる。
 少年たちの向こう。人影があった。
 背の高い男性だった。黒髪黒目。端正な顔立ちだった。
 黒に外套には、盾に交差する二振りの剣の刺繍が施されている。ソーフェン修道会の紋章だった。
 おまけにその表情は、わずかに眉尻が下がっている。
「エヴァ」
 名前を呼ばれて少女はさっと視線をそらした。
「あの……ごめんなさい」
 所在なさげに、ただ謝ることしかできない。

 長い戦乱の中でいくつもの国を生み出したレシュトフォン大陸。
 そのほぼ中央部に位置するラスウェル。周辺諸国から巡礼に訪れる信徒を今日も迎えている。その名は、ラスヴァトーレ教の聖地である聖都ラクソウェル。
 そこに彼女はいた。
「まったく、いい加減になさいませ!」
 部屋の向こうで響く声にエヴァはじっと耳を澄ませる。
 豪奢な調度品に囲まれた室内は彼女の私室だ。少しぶつけだだけで傷がつきそうなアンティーク風の机も、アニメやゲームでしか見たことのなかった天蓋付きベッドもようやく最近になって慣れつつある。
「宮殿を抜け出して街の子供たちを遊ぶなど……ソーフェン修道会の聖女たる所業とは思えませんわ!」
 それに対しては反論の余地はない。
 修道院として機能しているヴェカデーレ宮殿を抜け出したのは事実だし、何度も脱走しては街の子供と遊んでいた。
 ただ今回は少し事情が違う。遊び仲間の少年のひとり、ヒューゴの母親の形見が奪われた聞いたのだ。相手はファディランの盗賊団だと思われる。国境付近で貿易品を失敬する不貞な輩たちと訊いている。ヒューゴの父親は商人でファディランへ貿易品を届ける最中、隊商もろとも襲われ金品を強奪されたという。その中には妻の形見である指輪も入っていた。そう聞いてしまえば居ても立っても居られない。
幸か不幸か、盗賊たちの狙いは高額な品物だったらしく、価格がはっきりしないものは街道の外れに捨てていったという噂を耳にした。運がよければ見つかるかもしれない。そんな甘い考えで一緒に探索に出かけたのは軽率だった。
「ましてや、風の力を使うなんて。確かに聖女は第五元素のいずれかの祝福を受けた身。その力は主であるラスヴァトーレさまより授かったもの。いくら人命がかかっていたとしても軽々しく使ってはいけないと何度もご説明申し上げたはずですわ」
 そこに対してはぐうの音も出ない。
 このソーフェン修道会に所属する聖女は特別な力を持っている。第五元素と呼ばれる炎、水、風、光、闇のいずれかの祝福を受け、エヴァは風の力を使うことができた。しかし、それは神が与えたもうた尊き力。むやみやたらと見せびらかしていいものではないようだ。実際、使用はかたく禁じられていた。少年の命を助けるための緊急避難といえどそれは別の話になる。
 エヴァは、むっと唇を引き結ぶ。
 向かい合う鏡には見たことも美少女が映っていた。さきほどまで土に汚れた服を着替え、木の葉をつけたぼざぼさの髪も梳いて何とかましになった。
 しかしこの顔を見る度エヴァは複雑な気分になる。
 それもそもはず。エヴァことエヴァンジェリン・コールウェル・ロゼ・ソディフィールドは誰にも言えない秘密を抱えている。
 エヴァンジェリンとしての生を受ける以前は風谷(かぜたに)友紀(ともき)として生きていた。何の因果なのか、その時の記憶も引き継いでいる。
 十歳の少女として生きる前に十七歳の少年として生きていたのだ。そのギャップを修正するのは想像以上に難しい。十年も経過した今でも戸惑うことが多々あった。
 エヴァの悩みは他にもある。ちょうど部屋の外からやんわりとした声音が聞こえてきた。
「ローレル殿。毎回そう目くじらを立てずとも。エヴァは十分に聖女の務めを果たしている」
「……恐れながらウィルフレッド様、それはどなたに対するお言葉ですの?」
 低い声音にウィルフレッドが息をのむのがわかった。自分の失言に気付いたらしい。
「まず最初に聖女様を気安く呼び捨てにしないでいただけますか。エヴァンジェリン様はまだ幼いですけれど他に就任なされている聖女様がたの誰よりも長くその座に就かれておいでです。呼び捨ては親密性などと聞こえはいいですが一方で尊敬と敬意を欠いているように思えます。ましてやソーフェン修道会騎士団の聖騎士であらせられるウィルフレッド様が、そのようなくだけた態度では他の者に示しがつかないのでは?」
 すらすらと吐かれるのは正論という名の棘だった。それも無数に張り巡らされている。別室で聞き耳を立てているエヴァは背筋が震えそうだった。単なる付き添いでここまで来てもらったのにローレルに小言をもらされては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。扉越しに彼の反応を窺ってみる。
「忠告、覚えておこう。感謝する」
 ウィルフレッドはさらりと受け流していた。
 そうだった。彼は皮肉やいやみといった言外のニュアンスは受け取らない。発せられた言葉どおりに解釈する。
「そうですか……それはようございます。最後にひとつよろしいでしょうか」
 美徳とも思えるウィルフレッドの姿勢は、他人によっては挑発しているようにも見えるだろう。心に余裕のない者なら特に。実際、ローレルの声は心なしか震えていた。
「そもそも誰が目くじらを立てていますか、それも毎回」
 ビシリッと何かが張りつめたような気がする。
 やはり、一番の問題はそこだなとエヴァは思った。頭の中でシスターが青筋を立てて騎士に詰め寄っている姿まで想像できた。
 ウィルフレッドはあくまで実直で真面目な性格だ。剣の腕も達つ。言動も控えめで穏やかだが、その反動なのか空気が読めないというか、思ったことをそのまま口にするくせがある。コンプレックスがある女性にとっては攻撃とみなされることもある。かもしれない。
 それを自覚しているので気遣いはできる。実際ウィルフレッドはフォローするように説明をはじめた。
「すまない。それは一種の比喩だ。単に、いつも目をつりあげて見えるという……」
「たとえどころか同じことじゃありませんの!」
 戸惑いながら訂正した言葉でさらにローレルはヒステリックになった。事実しか言ってないのに墓穴を掘った感じ。これは女性的にはアウトだろう。
 対するウィルフレッドの混乱ぶりは見ていなくとも伝わってきた。今、どうしていいのかわからない状態だと思われる。これは前世からの業なのか。彼は異性と会話することがあまり得意ではないらしい。想像とは違う反応になるからだとしたらこれは根が深いのかもしれない。
 ローレルの反応にも既視感を覚える。ひと呼吸、考えてから思い出す。そうだ。前世での気難しい看護師長と似ていた。友紀が無茶をやらかす度に懇切丁寧に叱責してくれたことを覚えている。
 そこで窓を叩く音がして視線をあげた。
「ギディオン?」
 エヴァは目を見開く。
 窓の向こう側にはレッドドラゴンが張りついている。ただし、てのひらサイズに小さい。
 エヴァが窓を開けると翼をはためかせて彼女の手に降り立つ。
「ギディオン。どうしたの……うわ!」
 思わずエヴァは悲鳴をあげる。レッドドラゴンが火を吹いたからだ。
「エヴァンジェリン様?」
「はい、ごめんなさい! 以後、気をつけます!」
 不思議そうに訊ねてくるローレルには謝ってごまかした。
 まずい。大騒ぎすると彼女に気付かれる。まだちゃんと彼女に謝る言葉を用意していない身としては今、部屋に入って来られると具合が悪い。
 まさに身から出た錆なのだが、諦めも悪くエヴァは諸悪の根源を見つめる。
 一瞥されたドラゴンの方はというと、優雅に翼をはためかせてキィーッとエヴァに向かって鳴いてきた。その時には炎が混じっていた。何となくからかわれている気がする。
 遊んで満足したのか、キディオンは机に降り立つ。テーブルに置かれた便箋を爪で引っかいてきた。エヴァが便箋をとり、一枚めくると流麗な筆跡が現れる。
『親愛なる我が弟子エヴァンジェリン』
 それだけで書いた相手が誰か察しがつく。
 ヴィクター・フェルディナンド・アディ・ヘイスティングス。ソーフェン修道会五大司教のひとりであり、エヴァの師匠でもある。
『単刀直入に用件を伝える』
 エヴァはかくんっと脱力した。
 格式のある口上は挨拶の一文だけ。もとより師匠はまわりくどい流れは好まない。というか、いつもくだけた口調でしか話さない。つまりは普段通りなので考えるよりも先に続きを目で追う。
『西の魔女からの招待を受けたのでしばらく留守にする』
 最初は意味がわからなかった。
 師匠が外出することは飲み込めたが、エヴァの行動については触れられていない。試しに便箋をもう一枚めくってみたが何も書かれてはいなかった。メッセージとしては中途半端だ。これでは師匠の意図や自分に期待している行動が読み取れない。
 謎めいている師匠の言動に首を傾げていると、部屋の外から大声が響く。
「いつもいつも他人の揚げ足ばかりとって……そっんなに人を苛立たせるのが趣味なのですか!」
「いや、そういうつもりでは。単にローレル殿の心中がいつも穏やかにできないだけでは……」
「なんですって!? 聞き捨てなりませんわ!」
 そろそろこっちも余裕がなくなってきた。このふたりの相性はよろしくないらしい。しかもウィルフレッドとは前世で親友だった。そうでなくとも助けられている。頼まれなくとも擁護したい。方針が決まったところで部屋をあとにする。
「ローレル。その辺りで許してあげて。ウィルはたまたま見かけてここへ送ってくれただけよ」
 扉を開ければ、目の前にはシスターがした。紫の瞳が揺れている。少しばかり動揺しているようだ。
「エヴァンジェリン様、ですが……」
「街に出かけたことも悪いことだと思ってる。反省してるわ。ごめんなさい」
 ここは素直に頭をさげる。
 腐ってもソーフェン修道会の第二聖女。さすがに十年も付き合えば口調やら仕草やらも変わってくる。たま誤作動起こすこともあるけれど。負い目も痛む腹もある身としては言い訳せずに頭を下げる。エヴァにはこの手段しかない。
「わかってくださればよろしいのですわ」
 意外にもローレルはあっさりと引き下がった。叱責も覚悟していただけにその反応はわずかながらに戸惑う。
「エヴァンジェリン様。そういえばヴィクター司教がどちらにいるかご存じでしょうか」
 問われて、心臓が縮みあがった。とっさにキディオンをむんずと掴んで背後に隠す。
 冷や汗が流れる。このレッドドラゴンは師匠の眷属(サーヴァント)だ。姿を見れば、司教が側にいるとローレルは勘違いするだろう。
「お姿が見えないようですけれど」
 不思議そうにきょろきょろと辺りを見回すシスターを見て、エヴァは己の使命を悟った。
 さしずめ師匠の不在を隠し通せということか。司教は教会を訪ねてくる信徒を教え導く者。聖女の指導係も兼任している。単身で外出する理由がない。間違っても特別な許可なく宮殿の外には出られないのだ。師匠の性格からして、律儀に外出の許可を出す枢機卿のもとへ向かったとは思えない。いや、正当な理由ですらないような気がする。実際、西の魔女に会いに行くと主張している。これは騒動の予感がした。
 直感で大騒ぎになるようなことは防がねばならないと思った。エヴァは必死に頭を巡らせ言い訳を考える。ろくに思考がまとまらないまま思いついたように呟く。
「先生は図書館にいるみたい。せっかくだからわたしも調べものをしようと思うの」
 宮殿にある図書館は人を探すのは至難の業だ。
 ローレルも眉根を寄せた。エヴァの言葉に半信半疑といった様子に見える。
「調べもの、ですか?」
「そうね。ステラ物語の成立についてとか?」
「…………はぁ」
 まずい。ローレルの反応は薄い。戸惑っているような顔つきだった。
 それもそのはず。ステラ物語とは、日本でいうところの竹取物語みたいなポジションである。成立年代、作者不詳。内容も星の神で唯一の女性であるヴァルゴが他の星座神から求婚を受けまくるという内容。ヴァルゴも結婚したくないのか、あの手この手で求婚者を蹴散らす。
 古い記述が歴史の中で子供に読み聞かせる昔話に変化した。つまり誰もが知っている。昔話の成立について何を調べるのだろう、という率直な疑問だ。当然である。
 知っていてエヴァは努めて明るく振る舞った。自分にとっては関心のあることには間違いない。その魅力をアピールしたいと思ったからだった。
「確かにステラ物語はありふれた作品のひとつかもしれない。でも成立年も作者も不明ということはこの大陸で最古の物語って可能性もあるでしょう? それに内容も歴史学や天文学観点から考察するととても興味深いんだ」
 身振り手振りで説明をしてもローレルの表情は冴えなかった。
 すでになに言ってんだ、この子状態。人間、理解できない事柄を前にすると反応は鈍くなるものだ。
 エヴァが一瞬ひるみかけた時だった。
 不意に前世で一緒の病室だった男子を思い出す。入院時期がほぼ同時、近い年頃だったせいか、よく話をしていた。特に彼の語り口調は聞いていて引き込まれる魅力があった。話題のほとんどは当時流行していたライトノベルやゲームの話だったけれども。ついでに言うなら、彼こと秀明(ひであき)の関心は作品に登場するヒロインのみであったけれども。熱意は伝わってきた。彼を見習ってローレルを納得させることはできないか。
ここで心折れてはいけない。エヴァは両の拳をにぎる。
 伝われ、この気持ち。幼馴染ともいえる親友の語り口を思い出しながらエヴァはさらにまくし立てた。
「記録によると建国間もないザカライアの公文書館に写本がすでに存在していたことから成立は古代という仮説も否定できない。ということはわたしたちが信仰しているラスヴァトーレ神を最初に崇拝した流浪の民ザクツェリにも関連性があるかもしれないんだよ。そもそもこの大陸の成り立ちがいくつもの戦乱によって……」
「わ、わかりましたわ、エヴァンジェリン様。今日は図書館にいらっしゃるのですね」
 手で制して、やんわりと説明を中断してくる。
 何故だろう。ローレルは理解を示してくれたはずなのに少しだけ虚しい。
 そういえば、秀明が自分にしてくれた話を他の人にも説明する場面を見かけたことがある。誰もがローレルと似たような反応を示す。あの時の彼はこんな気持ちだったのだろうか。
(うわぁ、さすが秀明。すごいメンタルだな)
 彼はすでに達観していたようで「オレの話は、1/3だけでも魅力が伝わればいい」とか言っていた。その姿勢を本気で尊敬する。エヴァはまだ受け入れるには時間がかかるようだ。とりあえずローレルに主旨はだいたい理解してもらえたと思うのでよしとしよう。
 話を仕切り直したいのか、ローレルは小さく咳払いをした。
「では頃合いをみてお茶や差し入れの準備をいたします」
「あう」
それは困る。
 一難去ってまた一難。
 もとから図書館に師匠がいることも自習することも方便である。定期的に顔を出されるのは都合が悪い。発覚はなるべく遅らせたい。そんな思いからまたぐるぐると思考を巡らせる。しどろもどろに手を振った。
「お茶とかはいいよ。今までの遅れも取り戻したいし、休憩なしで集中したいなー、なんて」
 もはや口から出まかせ。それっぽい理由でごまかすしかない。とはいえ、あまりにもお粗末な言い訳かもしれない。ちらりと見たローレルの肩が震えている。
 あ、しまった。逆鱗に触れてしまったかもしれない。
「その心意気、素晴らしいですわ!」
「え」
 思ってもない反応にエヴァは目をまるくする。
 どこをどう接続したらそんな言葉がでるのか。茫然と侍女の様子を見つめる。しかし、彼女はうっとりとした表情を浮かべているだけだった。
「自らの行いを反省するばかりか休む時間も惜しんで学ぶ姿勢……このローレル、いたく感動いたしました。エヴァンジェリン様ならきっとご理解していただけると信じておりましたわ」
 がっしりと手を握られる。それもしっかりと両手で強く。
「ははは……」
 エヴァは乾いた笑いしか出てこない。
「他の者にも伝えておきますわね。しっかり頑張ってくださいませ」
「うん。ありがとう……」
 ローレルは上機嫌で部屋をあとにする。その後ろ姿を見てちょろいと思えるはずもなかった。途方もなく心が痛い。
「エヴァ?」
 ウィルフレッドはすでに何かを察していたらしい。
「ごめん。これを見てくれる?」
 エヴァは便箋を差し出した。
 数時間後、図書館の前で絶叫するローレルを想像しながら。
 ウィルことウィルフレッド・ルイス・ヴェクレフ・アヴァロンは、前世での親友だった。家が近所で同い年、母親同士が親友ということもあり幼馴染のようなものだ。名前は碓氷(うすい)一真(かずま)といって、入院生活ではとても助かった。放課後、毎日のようにお見舞いに来てくれて授業の内容を教えてくれた。友紀としては彼の時間を奪っているようで心苦しい一面もあったが、彼はいつも「俺が好きでやっていることだから」と優しく笑う。単純に嬉しいとは思うものの、心苦しく感じる一面もある。
 転生を繰り返しても魂は同じものだと強く感じた。一真も正直で真面目、責務には実直で控えめな性格をしている。それだけに友紀もエヴァも不安に感じた。自分と一緒にいることで彼の時間を奪っていないのか、と。

「ヴィクター司教が西の魔女に?」
 ふり向いたウィルフレッドが眉根を寄せる。
 ヴェカデーレ宮殿の外れにある森。街の中心とはいえ、人目につきにくい場所だった。
 外套を羽織ったエヴァは説明を続けた。
「先生が嘘をつくとは思えないから事情が何かおありなんでしょう」
「危険だ。司教からは何も言われていない」
 ウィルフレッドが切なげに眉根を寄せる。
 彼の指摘ももっともだ。
 何せ師匠の伝言は便箋の走り書きのみ。事情が一切不明だ。単純な探索から生命の危険までを視野に入れるべきだろう。ましてや師匠の目的は不明だ。エヴァが追いかける必要はないかもしれない。
 そこまでわかっていてもエヴァは(かぶり)を振る。
「でも放っておけないよ」
 きっぱりと告げる。
 もはや理屈の問題ではなかった。ただエヴァには選べない。このまま何もなかったふりをして師匠の帰りを待つ。それが何故か選択できない。
「ここから先はひとりでいくから」
 湖のほとり付近にレッドドラゴンがいる。ギディオンだった。しかも身の丈が大きく変化している。大のおとなが五人は乗れそうだ。元の彼はこの大きさらしい。修道会で師匠の周りにいるにはてのひらサイズだと都合がいいのだろう。そのギディオンは最初からエヴァを師匠の元へと案内するつもりだったらしい。それが師匠の希望なのか、ギディオンの希望なのかは謎ではある。しかし今のエヴァにとっては助かる話だった。
「ウィル。ここまででいいよ」
 レッドドラゴンの背に乗る前にふり向く。
 ウィルフレッドの気遣いは嬉しい。だから巻き込むつもりはなかった。元からひとりで向かうつもりだった。
 エヴァは改めてギディオンに向き直ろうとした時だ。
「わかった。俺も行こう」
 思ってもみなかった言葉に思考がとまる。思わずふり向き、ウィルフレッドを見つめる。
 漆黒の双眸には何の感情も読みとれない。それでもエヴァは素直に信じることができる。彼は自分の身を案じ、共に向かうと言ってくれた。
 いけないと思いつつも甘えてしまう。彼のまっすぐな思いが単純に嬉しいから。好ましいと思っているから結局は負けてしまう。
「ありがとう。ウィル」
 エヴァがはにかみながら感謝を伝える。
 それを了承ととったらしい。ウィルフレッドが少しだけ口元を緩ませた。
「うっ……」
 その瞬間、エヴァは一瞬だけ心臓が飛び跳ねる。呼吸も止まって咳きこみかけた。
「エヴァ?」
「大丈夫。何でもない……大丈夫」
 驚いて歩み寄ろうとしてくる彼を手で制する。今、近寄られて顔でも覗き込まれたらとても困る。
 ウィルフレッドは騎士団の中でも人目を引く存在だ。
 朝の礼拝や街への巡回などで姿を見かけると決まって修道会のシスターたちが騒ぎ出す。そういえば一真も女子に人気があったと思う。
 前世の記憶のおかげで耐性があるエヴァでさえ、女の子だったら百年の恋に落ちそうだ。いや、今は女の子だから恋に落ちるのか? え、落ちちゃうの?
 などと思考が迷走していく中、背後から声をかけられた。
「おや第二聖女さま。いかがなされました?」
 ふり向くとウィルフレッドと同じ服装をしている騎士が立っていた。
 金髪碧眼。ゆるくウェーブがかかった髪に端正な顔立ち。ただし柔和な笑顔はウィルと正反対の印象を受ける。貴公子といって差し支えない男性だったがエヴァは内心動揺する。
「クラウザーさま?」
 エヴァが名前を呼ぶと青年騎士は困ったように眉尻を下げた。
「ああ、エヴァンジェリン様。どうかそのようなよそよそしい呼び方ではなくアレクシスと」
 近寄ってきたのはアレクシス・ディーン・イライアス・クラウザー。第七小隊に所属する騎士だったと思う。
 そして前世での名前は鳴海(なるみ)彩人(さいと)。もうひとりの幼馴染だった。
 どうしよう。誰にも気づかれずに師匠を探しにいくつもりだったのに。目撃者が現れたのはとても都合が悪い。もちろんエヴァの胸中など知らずにアレクシスは近づく。息もかかるほどの距離まで。
「私と貴女の仲ではありませんか。どうしてこのような人気のない場所へいらっしゃるのですか? まさか、私を誘っていたので?」
「え、えーと……」
 怪しげな雰囲気になりかけて、そっと視界を塞がれた。
 頭上を見れば、背後からウィルフレッドが掌を眼前に差し出す格好になっている。
「エヴァに近づきすぎだ。クラウザー」
 向かい合うウィルの表情は少し固い。彼と話す時、いつも似たような雰囲気である。それは前世の頃から変わらない。このふたり以前からあまり仲がよくない気がする。
 美形騎士に挟まれた形になったエヴァは硬直するしかない。なりゆきでふたりの会話を拝聴する形となる。一方のアレクシスは優雅に笑った。
「それは失礼。聖女様があまりにも可愛らしいから」
「不適切な発言だ。撤回してもらおう」
 ウィルフレッドの言葉に棘がまじる。彼にしては珍しく不快の感情をあらわにした。エヴァは嫌な予感を覚える。
 アレクシスの方はというと長いため息をもらした。
「いつもながらつれないねぇ、アヴァロン殿は。おまけに第二聖女様のこととなるとより一層、頑なになるのがいけない。それではエヴァンジェリン様もきっと窮屈な思いをなされていることだろうよ」
「そのような意図はない。おまえの言動が問題なだけだ」
 打てば響くような物言い。きっぱりすっぱり。取りつく島もない。
 さすがのアレクシスもこれには肩をすくめる。
「これは手厳しい」
 眉根を寄せて苦笑するもアレクシスはエヴァに向き直る。さきほどと変わらぬ優雅な笑みを浮かべるも、見つめる視線はどこか冷たく感じた。
「エヴァンジェリン様。忠誠を誓った騎士ばかり重用するのは感心しませんよ。貴女に仕えたいと願う騎士は大勢います。アヴァロン殿ばかりを贔屓しては、それらの反感を買いかねません」
「え……」
 意味がわからず金髪の騎士を見つめる。
 とても重要なことを指摘された気がした。彩人もこうして意味深な発言をしていた。そしてそれらは友紀のためになることも多かった。
 今回もそう感じたものの、思い当たる節がない。思考を巡らせようとすればウィルフレッドが前へと進み出る。
「エヴァは関係ない。俺が自ら決めたことだ」
 抑揚のない声音なのによく通る。揺るがない視線に見惚れること数秒、アレクシスは目を閉じる。どうしようもないと降参するかのように。
「話にならないな。これは事実が問題ではなく周囲の心証だよ。聖女たるものそれすらも受け入れてうまく立ち回るべき存在。まあ、君が騎士としてふさわしい振る舞いをしていれば何の問題もないという話でもある」
 途端に、ウィルフレッドの瞳が鋭くなった。わずかに怒りを覚えたようだった。
「ならば試してみるか。クラウザー」
 流れるような動きで柄に手をかけた。
 エヴァはぎょっとした顔つきになる。
 まずい。あれはウィルフレッドの戦闘態勢だ。彼の剣は騎士団の中でも指折りだと聞いている。アレクシスも素人ではないのだから穏便にことがすむはずがない。
 見開かれたアレクシスの瞳はわずかに輝いた。彩人と表情が重なる。あれは好奇心が刺激された顔だ。そうエヴァは直感する。
「それも面白そうだね」
 にっこりと返答するアレクシスが怖い。
 ここはさっさと話を切り替えるべきだろう。どちらかか両方か血をみる結果になりかねない。
「あの、アレクシスはどうしてここへ?」
 慌ててエヴァに金髪の騎士に向き直った。なるべく話をそらそうと試みる。見下ろしてくる碧眼は一瞬だけまるく見開かれたものの、すぐに柔和な笑顔にかき消された。
「面白そうなお話が聞こえてきたものですから。なんでも西の魔女のところへヴィクター司教が向かわれたようですね」
「う」
 一部始終しっかり聞いてらっしゃる。あっという間に師匠の不在が露見してしまった。いや、まだ間に合うかも。
「なにかの聞き間違いではないでしょうか」
 諦めも悪くエヴァはとぼけてみる。笑顔がぎこちなくなっていないかが心配だった。
 アレクシスは再び目を閉じた。
「あぁ、なんとういうことでしょう」
 悲しげに眉をよせて胸を押さえる。舞台の俳優のようだった。美形は何でも絵になるものだなと密かに感心してしまう。ただし、その先がいただけない。
「この私に風の姫君は秘密を打ち明けてくださらない。仕えるべき主から信を得ることのできなかった騎士ほど不名誉なことはありません。悲嘆にくれるこの身、うっかり口が滑りやすくなってしまうかもしれません。誰かに詳細を問われでもしたら見聞きしたことを一切合切つつみ隠さず、つらつらと」
 はう。そうくるか。
 このまま部外者として排除するなら、他の人間に見聞きしたことをしゃべるかもしれないと暗に告げている。というか絶対しゃべるでしょ、キミ。
 柔らかな物腰のくせにわかりやすい脅しをしかけてきた。エヴァは狼狽するしかない。とっさにうまい言い訳もローレル相手で打ち止めだ。いくつも思い浮かぶほど策略を考えるのは苦手な分野だったりする。嘘なんて慣れていない。ついた途端にすぐ見破られるだろう。
 ぐるぐると思考が巡るものの、打開策は浮かばない。そこへアレクシスはさらなる追い打ちをしかけてきた。
「エヴァンジェリン様、どうか誤解なさらないでください」
 今の状況をどう好意的に解釈しろと?
 よほど困った顔をしていたらしい。アレクシスがふっと表情を和らげた。その仕草は魅力的だが今は頬を赤らめるどころか、血の気が引いてく心地だった。心臓の鼓動も早くなってくる。
「私はお願いしているのではありません。取引に応じていただけるかどうかです」
 さらに(タチ)が悪くなった。
 彩人も面白いことや面倒なことは大好きだった気がするけれど、こんな腹黒い取引を持ちかけられた記憶はない。いつの間にか悪だくみに拍車がかかっている。いや、彼は鳴海彩人本人ではない。混同してはいけないと思いつつも、頭の中はまともな処理をしてくれない。
 爽やかに笑っているアレクシスの背後は黒い影をまとっている気がした。
「では、聖女様。あなたのお答えは?」
 エヴァはぐっと息を飲んだ。
 選択の余地はない。ついで目を閉じて観念する。
 ギディオンがさっさとしてくれとばかりに冷たい視線を送っていた。
 そういう流れでアレクシスの同行はなかば無理やりに承諾をもぎとった。それを他人は脅迫というかもしれない。
 西の魔女ことザラ・ウォール・ガードナーは大陸中で名を轟かせる犯罪者だ。
 噂によると魔術の大国ベルストラス出身の魔術師で、世界各地を渡り歩いては魔術絡みの騒動を引き起こす。
 母国の機密扱いである高度な構築式をリーヴィレスにもらしたり、稀少な魔術アイテムを高額で売りさばいたり、発覚しにくい密輸の取引や運搬の仕方を教唆をしたりと手口は極めて悪質だ。
 他にも根の深い事件を調べてみると彼女が関わっていたというパターンは数え切れない。すでに国際問題に発展している案件も含まれるため各国共通で高額な懸賞金をかけて彼女の行方を探している。

 たどり着いた目的地に前をエヴァは見上げた。
「ギディオン、ここ?」
 レッドドラゴンの背に乗って、辿りついたのはラクソウェルの西の外れ。天候が不安定で作物も育たないため、人が住むには適さない土地だ。よって好んで訪れるものは少ない。
「いいですね。これぞまさしく魔女の住む館っぽくて」
 朗らかに告げるアレクシスを一瞥する黒騎士。
「不謹慎だぞ。クラウザー」
 やんわりとたしなめるものの、当人は気にしていない。
 エヴァの目の前には石造りの館がそびえたつ。個人的な感覚としては城といった方が適切な広さと重厚感だ。何故、通称でも館を称されるのか不可解ではある。
 ついでに霧が漂っていて視界が悪い。周囲の様子を窺うためにじっと目を凝らす。
「人の気配はしませんね。ここは正面から強硬突破でいきましょうか」
 真上から物騒な提案が聞こえる。
「待て。相手の手の内が不明である以上、無策と言わざるを得ない」
 すぐに抑揚のない声音が制止してきた。よかった。やはりウィルフレッドは冷静で慎重だ。エヴァがほっと安堵するのもつかの間、真顔で告げてくる。
「まずは手薄な場所から奇襲をしかけるべきだろう」
 そうでもなかった。
 エヴァにしてみればアレクシスとさほど変わらない乱暴な案だ。そもそも何故、最初から攻撃の一択なのだろう。エヴァとしてはもっと穏便な方法を模索したい。
「アヴァロン殿。それは臆病者のすることでは?」
「必要なのは確実に勝つための戦略だ。そこに卑怯などという言葉ない」
「おお。騎士とは思えぬ発言だね。戦いを正当化しているのかな?」
「正当化する気はさらさらない。我々も矛盾を孕んだ存在。そういうことだ」
「なるほど。一理ある」
 しばし両者間に不穏な空気が流れる。エヴァにはやりとりの意図がさっぱりわからない。
 このふたり、あまり仲がよいようにも見えないのだが何故か一緒にいることが多い。おそらくアレクシスが面白がってついて回っているだけだろうが。
 そんなとりとめのないことを考えていると違和感に気付く。
「? ふたりとも、どうかした?」
 騎士ふたりは何かに反応したかのように一点を見つめている。
〈これはこれは。ソーフェン修道会の第二聖女とお見受けする〉
 視線を追うと、黒衣をまとった美女がふわりと降り立った。喪服を思わせるシンプルなドレスが魅惑的な曲線を描いている。
〈わたくしはこの館の主人ザラ・ウォール・ガードナー〉
 整った顔立ちが妖艶に微笑む。
「お、お初にお目にかかります! わたしはエヴァンジェリン……」
 エヴァが気後れしながらも挨拶しようとするものの、途中でウィルフレッドに手で制された。
「あれは幻術だ」
 魔女は口元に扇子(ファン)を当てた。艶やかな笑声がもれる。
〈さすがは大陸に名をはせる聖騎士。普段は亀の足取りよりも重いくせに、どうでもよいことにはすこぶる目ざとい〉
 ストレートな物言いにエヴァは驚いた。ソーフェン修道会の騎士をそんな風に表現するとは。少なからず嫌な予感がした。その瞬間、館の一部が爆発する。堅牢に見えた石造りの建物が無惨に穴が開く。
〈いや、失敬。わたくしの本体は、館を彷徨っているどこぞの馬の骨を歓待しておる最中でな〉
 軽く咳ばらして彼女は説明を始めた。エヴァは何の根拠もなく思う。
 どこぞの馬の骨は師匠ではなかろうか。幻術とはいえ西の魔女と会話している現在でも館の中から轟音が響き、地面が揺れる。おそらく館内で凄まじい攻防が繰り広げられているに違いない。しかも、恐ろしいことに戦闘はしばらく継続しているようだ。ザラの勝利宣言を聞かないこと、攻撃が止まないことから、現在も両者ともに拮抗状態にあると考えられる。師匠なら長時間の戦闘でも無傷で逃げ回っていることができるだろう。そんなよくわからない実績と信頼はある。ザラと会話しているかぎり師匠は無事だろう。
〈それで、風の聖女よ。ここへは何用かな? わたくしは己の領域に入った者は最大限の歓迎を意を表すのが性分ゆえ、幻術を飛ばしている時間もなかなかに惜しい〉
 丁寧な物言いとは裏腹に、さっさと目的を明かせと言外に告げている。
 反面、エヴァは彼女に対してかすかな希望を抱いた。目の前の人物は莫大な懸賞金のかかる犯罪者だというのに、いきなり暴力行為に及ぶような粗暴さは感じない。棘を含んだ言い回しではあるが、挨拶をするくらいの礼儀は持ち合わせている。ましてや、わざわざ幻術を飛ばしてでも目的を探ろうとしてる。師匠の侵入に手を焼いているなら、なおのこと。エヴァを無視してもいい状況のはず。
 案外、話のわかる人なのかもしれない。むやみに隠し事はすべきではないとエヴァは判断した。
 顎をひいて、下っ端らに力を込める。ついでに気合も入れた。ゆっくりと大きく息を吸う。
「わたしの師匠がここへお邪魔していると聞き、迎えに参りました」
 見下ろしてくる魔女の表情は変わらない。口元を扇子で隠し、エヴァをしげしげと眺める。
〈それはご苦労なことだな。帰りの道中の無事を祈ろう〉
 大きな敵意も動揺も感じられない。発せられた言葉からも多少の期待をしてしまう。ただし、魔女の唇が怪しく歪む。
〈むろん行きの道中は知らぬがな〉
 聞き逃せないひと言が付け足され、エヴァは心臓を掴まれたように硬直する。緊張と警戒が身体を突き抜けた。
 彼女の意図は、おそらく師匠と会うまでの過程は保証しないと告げている。うまく立ち回らなければ自分はおろか騎士ふたりの生命も危ない。努めて平静を装う。些細な動揺も気付かれてはならない。一刻も早く師匠と合流し、脱出することが先決だろう。そのために何が必要なのかを模索する。
 エヴァが考えを巡らせている最中、ザラの方は今後の方針を決定したようだった。
〈では、こうしよう。そなたたちもわたくしの館に入ることを許可する〉
「え」
 予想していなかった返答に面を食らう。一番、難解だと懸念していたのは魔女の館に侵入することだ。それをあっさりと許可された。安堵するより震えあがる。これは何か策があるとみていい。
〈生憎、侵入したネズミがそなたの師匠かどうかは不明だ。随分と内気な人柄のようでな。姿を見せなんだ〉
 意外にも館への侵入者は隠密行動を好むらしい。
 はじめこそ師匠っぽくないと感じるエヴァだった。師匠ならばいきなり扉を蹴破って侵入し、派手な爆発をあちこちで起こして相手の動揺を誘いそうな気がする。その一方、姿を見せずに挑発して相手をおちょくりそうな気もした。ちょうど今みたいな。結果的には師匠であってもおかしくないという結論になる。この瞬間、考えていた時間が無駄のように感じた。虚しいというか、悲しいというか。
 そこで一切の遠慮もなく魔術をぶち当てているザラもかなり容赦がない。相当、腹に据えかねているのは間違いなさそうだ。
〈そなたたちも館内を探索し、目的の人物なら連れて帰るがよい〉
 ザラの口調はあくまで軽い。エヴァがどちらを選んでも構わないというような。
〈ただし、一歩でもわたくしの敷地内に入ったら館内を彷徨う羽虫同様に歓迎するぞ。それこそ全力、でな〉
 妖艶に笑いながら匂わせる意図。
 館に入った瞬間、生命の保証はしない。そう言いきる。
 無情の処刑宣告だが、エヴァはぼんやりと他のことを考えていた。
 師匠も馬になったりネズミになったり忙しい。例えの対象がどんどん小さくなっていくのは気のせいだろうか。
 その他に確かめたいこともある。
「あの、師匠はあなたから招待を受けたと書いてありましたが」
〈はて。そんな覚えはないな。師匠の勘違いではないのか〉
 あっさりと返ってきたのは否定の言葉。口調からして他に含みはない気がした。
 騎士のふたりが前へ進み出る。ウィルフレッドは横目で視線を送りながら口をひらく。
「エヴァ」
「さて、どうなさいますか?」
 アレクシスは柔和な笑顔を浮かべている。場違いと思えるほど。
 この先の選択を求められていると知ってエヴァは黙考する。
 師匠と魔女の主張は食い違っている、どちらかが嘘をついているとも考えられるが、何か別の情報を伏せているのかもしれない。見解の相違もありえた。いずれにせよ、慎重に行動する必要がある。
 また彼女の発言にはいくつものメッセージが隠されているとみた。
 館の侵入者は師匠ではないかもしれない。可能性としては低いが他人である場合、どんな人物でも保護が必要なはず。一緒についてきてくれるウィルフレッドとアレクシスに申し訳ない気もするが、それも考慮に入れるべきだろう。
 そして最大の難問、魔女の館に侵入すれば生命の保証もない。これは大問題だ。不確定要素の多い状況の上、誰かを守りながら脱出できる見込みは低いだろう。
 突然に押し寄せてくる恐怖。明らかに危険な場所へ赴かなくてはいけない。
 エヴァはごくりと息を飲む。
(ホラーゲームってこんな感じなのかもしれない。本当に一樹さんの言う通りだ)
 隣の病棟に入院していた男性を思い出す。
 彼は見た目が爽やかなエリートサラリーマンなのに重度のゲーマーだった。ルックス目当てに猛アピールしてくる看護師たちをぎこちなくかわし、自分のような男子高校生をゲームの話をすることを好んだ。もちろん秀明とも仲がいい。
 その彼いわく、ホラーゲームで次のエリアに入ったら怖いことが起きるとわかる時がたまにあるようだ。人間とは極度の恐怖に見舞われるとその場所から動きたくなくなる。どれだけ危険な状況であってもそこから脱出という選択肢がすっぽり抜け落ちるものらしい。ゲームの冒頭であるエントランスから動きたくないみたいな。
 しかし、虎穴に入らずんば虎子を得ず。
(回避ばかりしてたら話が進まないって一樹さんも言ってたしね)
 ピンチはチャンス。これはストーリーが進んでいる証拠。
 さすればすることは決まっている。エヴァは大きく息を吸った。
「こんにちは! お邪魔します!」
 叫びながら思いきり右足を前に踏み出した。堂々と魔女の館に侵入する。前のめりに前進したため、盾になってくれていた騎士ふたりを置き去りにした形になる。だが、それに気づく余裕が今のエヴァにはない。
「…………」
 渋面を作るウィルフレッドの隣でアレクシスは苦笑した。
「ははッ。まさかの正面突破ときましたか。そして、いかなる時も礼節も忘れない。いや、まったく本当に聖女の鑑ですね」
 もちろん、聖騎士の呟きも緊張していて聞こえていなかった。
 堅固な石造りの館だったはずだが今は見る影もない。壁や天井などが崩れて半壊どころか全壊の一歩手前という表現が適切だ。豪奢だった調度品らはすでに押しつぶされ、粉々に砕かれている。
(先生、やりすぎです)
 周囲を見回しながら進むエヴァはひとりごちた。魔女が示唆した侵入者は師匠に違いないと確信した。度重なる攻撃と振動、衝撃で館はかろうじて形を残している。 これ以上の力が加われば全壊も時間の問題だろう。
 風通しのよくなりすぎた廊下を進みながら師匠のことを考える。
 彼の目的は一体なんなのだろう。一番、妥当な見解は西の魔女ことザラの捕縛といったところか。当然のごとく妥当というからには気になる点はいくつもある。
 師匠はザラから招待を受けたという。当のザラは知らないと答えた。互いの証言は食い違っている。師匠の言葉を信じるならば、ザラが師匠を招き入れたことになる。そのメリットが思い浮かばない。五大司教のひとりであるヴィクターは並の騎士ではかなわないほどの実力者だ。その証拠に今もザラ必殺の猛攻を避け続けている。痛む腹がある身としては招きたくないはずの人種である。もれなくエヴァたちもついてきた。客観的にみて厄介以外のなにものでもない。
 反対にザラの言葉を信じるならば、師匠の行動が謎めいてくる。神出鬼没の西の魔女がこの館にいることをどうやって知ったのだろう。会話したかぎりの西の魔女は狡猾だ。己の居場所を悟らせるような真似はしないと思われる。百歩譲って、この館を特定したとしても単身で乗り込んだ理由が不明だ。相手は国際指名手配中の犯罪者だ。捕縛には慎重な準備と調査、人手を集めてもおかしくない。師匠が類まれにみる無鉄砲であるなら話は別だが。もしくは重度のせっかちである可能性もある。
(ひ、否定できない……)
 エヴァの口許が自然とひきつる。
 今にも乾いた笑いが出てきそうだ。エヴァの知るかぎり、師匠のヴィクターは相手が三十人の盗賊だろうがガーゴイルの巣窟だろうがドラゴンのねぐらだろうが聞きつけたからには単身で向かう無謀……もとい勇敢さがある。それも応援の騎士たちが駆けつけるころには全てを鎮圧する結果まで含まれているからすこぶる厄介だ。被害に悩まされている信徒にとってはまさに救世主に違いないだろうが組織で動く教会としてはいろいろ不都合なところもあるだろう。被害を食い止めたあとで報告という名の査問会では非難の嵐が定番となりつつある。しかし当の本人はどこ吹く風。「ちんたらしてたら間に合わねー」と一蹴する豪胆さも持ち合わせてるのでもう手に負えない。
 事態は深刻化してしまうばかり。今回も査問会レベルの騒動に発展するかもしれない。エヴァがそう腹をくくった時だった。視界が真っ暗になり、鼻先をぶつける。
「わっと」
「エヴァ」
 よろけたところをウィルフレッドに支えられた。考え事に集中しすぎて前を進むアレクシスが立ち止まったことに気付かなかった。
「これはまたわかりやすい……」
 彼の笑声で我に返る。アレクシスの視線の先、暗闇の中で浮かび上がる人影。身の丈はゆうに成人男性の三倍はあろうか。肩幅も広く両腕は太く長い。普通に立っていても床に届きそうなほど。わずかな明かりから見える肌は岩のようだった。石の眷属(サーヴァント)ゴーレムだ。
 エヴァが息を飲むと騎士ふたりは前に進み出る。すでに鞘から剣を抜いて構えていた。ひたひたとゆっくりとした足音は複数。前方の闇夜に潜むゴーレムは一体や 二体だけではなさそうだ。
 それでもアレクシスは優雅な笑みを崩さない。
「西の魔女は、私たちを見くびっておられる。ドラゴンとも戦う騎士団がゴーレムの弱点を知らないとでも?」
 確かにそうだ。彼の言葉で気付く。
 ゴーレムは身体のどこかに『emeth(真理)』という文字が刻まれている。破壊するには最初の『e』の文字を消して『meth()』にすればいい。
 エヴァも耳にしたことがあるくらいだ。さまざまな幻獣や悪魔と戦う騎士なら知らないはずがない。
 突然ゴーレムが腕を振りあげた。同時に身体がぐいと引っ張られる。視界を横切るゴーレムの腕。そこでウィルフレッドに抱かれていることを知る。一瞬前までエヴァが立っていた場所に拳が直撃する。巨体とは裏腹の素早い動きに目を疑う。
「アレクシス!」
 エヴァは叫ぶ。自分とウィルフレッドは無事だ。もうひとりの騎士が心配になった。
 頭上をみればアレクシスが空中で身を翻していた。ふわりと地面に降り立つ。ちょうどウィルフレッドとゴーレムを挟む位置だった。両者すぐに剣を構え直す。アレクシスは余裕の表情をわずかに歪めた。
「失敬。見くびっていたのは私の方のようだ」
 さらりと前言撤回したことに不安を覚える。アレクシスといい彩人といい一度口にしたことを翻すことはあまりない。嫌な予感がしてウィルフレッドを見る。
「どういうこと?」
「……文字がどこにもない」
 ウィルフレッドは視線を寄越さずに告げる。意識がゴーレムに向いていた。それだけ油断のならない相手ということだろう。そして彼の発言は厄介な事態を示唆している。
「ないって……『emeth(真理)』のこと?」
 さきほどの攻防でゴーレムの全身に文字が刻まれていないのか確かめたのだろう。エヴァは青ざめた。
 唯一の弱点。それが巧妙に隠されたのなれば途端に長所に変わる。造られたゴーレムは術者の魔力で動く。魔力が尽きたら活動は停止するだろうが、西の魔女の異名を持つ彼女が雀の涙程度の魔力とは考えにくい。
 かたやウィルフレッドたちは生身の人間だ。体力にかぎりがある分、明らかに分が悪い。
「問題ない」
 エヴァの考えを打ち消すように告げたのはウィルフレッドだった。彼女前へ進み出て剣を抜く。よどみも隙もない動きでゴーレムを見据える。
「全てを凍てつくせ。【氷彗(ひすい)】」
 ウィルフレッドが呟いた瞬間、剣から花びらのような水滴がまとわりつく。彼が姿勢を屈め、剣を振りかぶった瞬間に水飛沫がゴーレムに降りかかった。
 大量の水を浴びたゴーレムは最初こそ俊敏な動きでウィルフレッドに襲いかかろうとする。エヴァが息を飲む。彼は微動だにしなかったからだ。ゴーレムの拳が彼の眼前に迫った瞬間、動きが止まる。硬直したゴーレムの全身が凍りついていた。
 ウィルフレッドの瞳が強烈な光を宿す。
「文字があろうがなかろうが全ての動きを止めればいい」
 氷の粒子が輝く。
 彼の水氷系の魔術。何度見ても幻想的な光景だった。
「さすが」
 アレクシスが笑う。彼も流れるような動きで剣を構える。
「私も負けていられないな。ねぇ、【雷帝(らいてい)】殿?」
 告げた瞬間、閃光がいくつも弾け飛ぶ。雷のような音と共に拳を突き出したままのゴーレムが砕け散った。アレクシスは雷斬系の魔術を得意とする。ウィルフレッドが凍らせたゴーレムに衝撃を与えて砕いたのだ。
 口では反目していても騎士団。息のあった連携で次々とゴーレムを撃破していく。すでに残りは数え切れるほど。
 何度目の当たりにしても魔法のようだとエヴァは思う。科学技術に特化した地球にはない感覚だ。神秘的な奇跡と錯覚していしまう。むろん、そんな使い勝手にいいものではなく、ちゃんとした理屈や手順に則った法則があると聞いている。彼らが言うには魔法と魔術には厳密な違いがあるらしい。それはともかく、エヴァの思考は別の方向へ逸れていく。
(でも、何か引っかかる)
 エヴァが思考を巡らせようとした時だった。
「た、助けてくれ!」
 耳慣れない男の声が聞こえた。エヴァが振り向くと複数の男たちがなだれ込んでくる。勢いで突進され、抱きつかれるような格好になった。
「あなたたちは……?」
 問われて我に返ったらしい。エヴァを見つめる表情は恐怖に引きつっている。そしてウィルフレッドたちの姿を見た瞬間だった。
「ソ、ソーフェン修道会……!」
 おそらく騎士ふたりの紋章を見たのだろう。男たちの表情がさらに青ざめていく。ゴーレムたちに怯えているとしても尋常ではない気がした。すでにゴーレムはウィルフレッドたちの手で倒されているのだから。
「私たちを見てビクつくってことは君たちはここで何か後ろめたいことをしてたってことでいいのかな?」
 さらりと単刀直入に訊ねるのはアレクシスだった。質問の内容に遠慮も配慮もない。確かに彼らの服装はお世辞にも上質なものではない。短剣などを手にしている点からも迷い込んだ旅人としか思えなかった。あるいは別の目的があったとも考えらる。
 アレクシスの言葉も一理あった。このラスウェルの地で悪事に手を染める者ならば騎士団を警戒するのは当然の心理だ。彼らの反応はそれに近い。
 いかなる組織、国家でも修道会に反することは許されない。ラスウェルはそれらによって信徒の権利を侵害されることを何よりも重要視している。信徒たちに危害がおよぶことがあれば相応の報復を要求する。犯罪などもっての外だ。実行する力もある。それがソーフェン修道会騎士団の存在理由だ。
 過去にいくつもの実績がある。特に有名な話は巡礼の帰途で盗賊団に襲われた信徒がケースだった。受けた被害の補償はもちろん騎士団が調査をして関係者全てを捕縛。当然のことながら盗賊団は壊滅し、今も犯した罪の償いをしているという。
 今をよりよく生きる信徒たちへの権利侵害はいかなる理由があろうとも許されない。それがソーフェン修道会が掲げる理念のひとつである。痛む腹がある身としては、遭遇したくない人種だろう。
 そこでウィルフレッドが腕を振る。
「ひっ!」
「知っていることを話せ」
 エヴァにしがみつく男に剣を突きつけてきた。いつの間に?
 その姿を見てアレクシスが感心するように呟く。
「アヴァロン殿は意外に短気なんだねぇ」
「……」
 朗らかに告げられる毒を否定する材料がなかった。
 ウィルフレッドび揺るがない剣尖に一筋の汗が滴り落ちる。観念したように男が口を開いた。
「あ、あの女……取引をご破算にしやがった」
「取引?」
「女?」
 思っても見ない単語にエヴァは目を見開く。ウィルフレッドもアレクシスも眉根を寄せる。
「ブツを高く買い取ってやるといったからベルストラスからわざわざ運んできてやったのに、ゴーレムを山ほど呼び出して……最初から俺たちを殺す気だったんだ!」
「殺す気……?」
 物騒な言葉にエヴァは心底驚く。この館の侵入者は師匠だけではないらしい。しかも犯罪のにおいが濃厚になってきた。思ったより事情は複雑なのかもしれない。
「とういうことは、君たちは最近ラクソウェルで悪さしてた盗賊だね」
 アレクシスの言葉に男たちは沈黙する。肯定のように思われた。
 街で友達になった少年のことを思い出す。エヴァが見つけた母親の形見。それを盗んだ犯人たちが目の前にいるということだ。ヒューゴの形見は彼らにとって大した価値はなかったのだろう。道端に捨てたため、エヴァたちが探索に出て発見できたともいう。
(でも一体なんの取引を……?)
 首を傾げて気付く。元・館だった残骸、部屋の隅に楔のような石が浮かんでいたのだ。近寄って見上げる。
「これは【元素(げんそ)(せき)】?」
 エヴァの身長ほどもある。
 彼らが口にした取引がわかった気がする。元素石は元素を溜め込むエネルギー結晶体といったところか。
 この世界はあらゆる元素が存在する。最も基礎となる五元素である炎、水、風、光、闇で魔術を発動する時はいずれかの元素もしくは複数の元素が組み合わさったエネルギーが必要になる。元素は空気中にも存在しているが、元素石を身につけていれば魔力の消費を抑えられる反面魔術の効力は倍増する。つまりは魔術の質や威力を高めるアイテムだ。本来なら宝石ほどの大きさでも高値で取引されると聞く。目の前にある元素石は破格といった話ではない。ファディランの海運業権やダートダルクの鉱山よりも遥かに価値がある。国際条約の案件だ。発見された時点で取引することは許されない。厳重に保護されるべきもの。国同士の貿易バランスを崩しかねないからだ。
 すると彼らの目的は、この元素石を闇で売りさばくつもりだったのだろう。そうなれば細かく砕かれ各地の市場に流れていたはず。そこまで考えてエヴァはゾッとする。想像以上に根の深い事件と遭遇してしまった。これは師匠にも自分にも手に負える件ではない。速やかに修道会に報告して指示を仰ぐべきだと理性が注げている。
 だが、エヴァは別のことが気になっていた。見上げて意識を集中させる。
「何かの構築式が組み込まれているみたい」
 かすかに力の流れを感じた。すでに何かの術式が発動している状態だと思われる。アレクシスが隣に並び、訊ねてくる。
「エヴァ様でも解析は難しそうですか?」
 ちなみにウィルフレッドは盗賊たちに剣を突きつけたまま、身動きを封じている。横目に入ったもののどうすることもできない。
「うーん……」
 どうしよう。彼は何か勘違いしている。
 アレクシスのいう解析とは術の構成を理解するといった作業に近い。
 それもそのはず。この世界の魔術と呼ばれるものは地球で考えらるようなかぼちゃが馬車になるといった万能な魔法の類ではない。かぼちゃを馬車に変えたければ、変化させるだけのエネルギーと構築式、それらを発動させるスイッチが必要になる。エネルギーは大気中から取り出せるし、スイッチは術者本人であるから特別な準備が必要ない。ただし構築式だけは一朝一夕に用意できる代物ではないし解析には時間がかかる。どんな術でも例外なく構築式が必要になる。構築式とは地球で言えばプログラミングのようなものかもしれない。術のプロセス、あるいは設計図といったイメージがしっくりくる。全ての術は構築式があって初めて成立する。式のパターンは数学と似ていて構築する人の数だけ存在していて無限にある。構築式を作ることと解析ができれば術が使用できる。むろん、他の術者が使った構築式を読み込んで模倣することも可能だ。
 エヴァも習ってはいるものの、師匠の講義がいい加減で独学で覚えはじめたようなものだ。ようやくExcelの関数をいくつか覚えた程度。使いこなすにはいたらない。 ましてやプログラミングなんて理解の範疇を超えている。そんなレベルだ。構築式の種類がわかればいい方。複雑な式を複数も使われていたら手も足もでない。
想像以上に厄介な事件に遭遇したものだ。エヴァには手に余る。
 そこで穏やかな声音が降りてきた。
(一見すると強力そうな術でも案外致命的な制限を抱えてるものなんだよ。発動までに時間がかかったり、場所を動かせなかったり、効果範囲や使用条件が狭かったり、いろいろね)
 外来の受付で淡々と話す男性。小説家の彼は普段の生活とは違った視点をいくつも教えてくれた。
(使い手はそんなこと百も承知だから巧妙に隠そうとする。でもね、大がかりな術であればあるほどその制限は隠し通せるもんじゃない。どんなに狡猾でも弱点は必ずある。それさえわかれば反撃だっていくらでも考え出せる)
 エヴァは周囲を探る。
(そうだ。川島さんの言う通りだ。これがすでに何かの術を発動しているなら何かを隠そうとしているのかもしれない。あるいはこの仕掛けを止める方法とか……)
 嫌な予感がした。元素石は魔力の結晶ともいえる。エネルギーが尽きないかぎり術を使用できるということだ。
「ひっ!」
 背後で男性の悲鳴が聞こえた。振り向けばおびただしい数のゴーレムに囲まれていた。
「なるほど。さすがは魔女の館」
「きりがないな……」
 騎士ふたりもわずかに焦りの表情が浮かんでいる。ゴーレム一体一体の動きは単純だし、力も強くはない。しかし元素石のおかげでこの館の中だけでは無数に召喚できるとしたら、ウィルフレッドたちには甚だ不利だ。
 脱出するか、術を止める。その選択しかないが後者は厳しい。
 エヴァは横目で見る。ザラと取引としていたという男性たち。彼らが本当にアレクシスのいうように盗賊団だとしたら。調査のためにもここには置いていけない。人数的に即座の離脱は早計。失敗する可能性の方が高い。
 ならば元素石の方で対処するしかない。手段も思い当たっている。エヴァは唇を引き結び、呼吸を整えた。
「ウィル、アレクシス! 元素石を狙って!」
 騎士の名前を呼んで指をさす。
「な、に言ってるんだ!」
「あんな大きさは滅多にないお宝なんだぞ!」
 血相を変えた男たちが叫ぶものの、ウィルフレッドたちは意に介さない。即座にエヴァの言葉だけに反応する。剣を振るえば氷水と雷が元素石へ収束していく。石に直撃する瞬間に光の粒子が弾ける。
 その瞬間、ゴーレムたちは崩れ落ちた。
「やっぱり……」
「エヴァ?」
 剣を収めたウィルフレッドが近寄ってくる。その表情はどこか釈然としない面持ちだ。
「怪我は?」
「ないよ。ありがとう」
 推測が当たったことに安堵する。
 ザラが優れた魔術師であろうとも無数のゴーレムを召喚し、操ることは難しいと考えた。ならば元素石を使って術の効力を底上げしているという流れが妥当になる。 しかも元素石には何らかの術が編みこまれている。となれば構築式を傷つければ術は発動できない。そういう結論に落ち着く。
 彼女ほどの術者なら、ウィルフレッドたちの魔術でも構築式を傷つけることが精いっぱい。元素石には傷はつかないだろうという目算があったけれど危ない橋には違いない。すでに師匠への報告が億劫になったエヴァだった。
 そこで何かが膨れ上がるような気配がする。
 ハッと我に返る。嫌な予感がした。
 元素石に大量の元素が封じられていたとしたら。何らかの術で流れている力をせき止めていた、もしくはその力を利用していたら。
 頭の中で穏やかな声音が再生される。
(力が凝縮されてるってことは、それを解放したら逆流する可能性もある。どう力を分散させるかも考えておいた方がいい)
 すっかり忘れていた。
 元素石はすでに存在しているだけで何らかのエネルギーを発している。それらを利用、消費するということは流れを一時的にでもせき止めた形になる。構築式が作動しなくなった今、溜め込まれたエネルギーは拡散するしかない。
 背筋に冷たいものが走る。エヴァは大声で叫んだ。
「みんな集まってー!」
 急速に神経が研ぎ澄まされる。肌がピリピリとした空気を感じる。濃密な魔力が近くにある証拠だ。それが間もなく弾けることも本能で悟る。
 男たちは目を瞬かさせた。エヴァの反応が理解できない。一方の騎士ふたりの行動は素早い。ぽかんとしている盗賊たちを捕まえてエヴァの側へ避難させてくれた。
 ぞわりとする気配が膨張し、限界まで達した瞬間だった。
「風よ!」
 エヴァは思いきり叫ぶ。
 ドンッという衝撃と共に強風が周辺に流れ込む。目を開けていることもできず息もできない。吹き飛ばされないようにその場で身を屈める。エヴァの魔力が尽きるまで。
 ようやく風が収まって目を開ける。
「間に合った……」
 力を使い果たしたエヴァは座り込む。側で支えようとウィルフレッドが腕をのばしてくれた。のろのろとお礼を告げるも全身が重い。
 視界に入った光景は無惨だった。館の原型をとどめていない。夕闇の中、瓦礫の山であちこちから煙やらが立ち上っている。
 そこへ、ひらりと紙切れが舞い落ちた。裏表を確認すれば見慣れた筆跡を発見する。
『思ったよりつまらなかったから先に戻る』
 そっけない走り書き。終わりには『寄り道するなよ』との注意書がある。
 予想をはるかに超える師匠の言動にエヴァは轟沈した。
「実に嘆かわしい!」
 大聖堂中に響いていそうな怒声にエヴァはびくりと肩を震わせた。
 ヴェカデーレ宮殿にあるラスウェル大聖堂。神々しい祭壇の目の前に男性が立っている。真紅の司祭服に身を包み、厳格な雰囲気を醸し出している。エヴァは身を縮めるしかない。
「ヴィクター司教の不在、聖女の無断外出、あまつさえザラ・ウォール・ガードナーの潜伏拠点と思しき館に師弟揃って侵入、奇襲をかけるとは! それがソーフェン修道会に所属する者のすることか!」
「も、申し訳ございません。猊下(げいか)……」
 眉間に深い皺が刻まれていることを確認してからエヴァはおずおずと頭を下げる。
 宮殿の外はすでに暗くなっている。時間の経過を自覚すれば空腹が身に染みる。戻ってきた時点で全ては露見していた。謝る以外にエヴァができることは何もない。
「そなたたちがついていながら」
 司祭はちらりとエヴァの背後を見る。ウィルフレッドとアレクシスが控えている。
「聖騎士ウィルフレッドならびに聖騎士アレクシスよ。確かに、そなたたちは聖女の助けになるよう手を差し伸べるべき存在だ。だが、時にはエヴァンジェリンを諫める勇気を持たねば。此度の一件、その責任は重いぞ」
 申し訳ない気持ちで視線を伏せた。結局、ふたりには迷惑をかけただけだった。居たたまれない気持ちでスカートの裾を握る。しかし、そこでウィルフレッドが口を開いた。
「ルクレール枢機卿。恐れながら申し上げます。ザラ・ウォール・ガードナーは手配中の身。いずれは捕縛しなければならない対象です」
「そうですよ。ケネス様。そんなに興奮してはまた血圧があがりますって。もうお年なんですし」
 騎士ふたりが仲裁に入ってくれた。ありがたいが相手がまずい。目の前におわす人物は教皇の次位にもあたる枢機卿ケネス・ヘイデン・ネイト・ルクレールだ。修道会でも三本の指にはいる実力者に反論など言い訳でしかない。事実、枢機卿の表情が険しくなる。
「聖騎士ウィルフレッドよ、その言葉はザラを捕縛してから言ってもらおうか。肝心な彼女の行方はわからずじまいなのだろう?」
 怒気が膨れあがるのを感じる。噴火間近の火山のようだ。一瞥されたウィルフレッドは口を噤む。主張があっさりと翻されたからだ。特にアレクシスの発言はいただけない。明らかに火に油を注いている。案の定、枢機卿の顔が真っ赤になった。
「それに私はまだ五十八だ、ばかもの! 年寄り扱いするでないわ……いや、違う。聖騎士アレクシスよ。言葉を慎みなさい」
 そこは敬虔な聖職者。すぐに冷静さを取り戻した。一方のアレクシスは「はい」と返事して笑うだけ。ちっとも堪えていない。というか懲りていない。
「西の魔女のこととは別に、そなたたちの行動自体が問題なのだ。大陸が懸賞金をかける犯罪者とはいえ調査も確証も手続きもなしに最初から武力による侵入と鎮圧。それがソーフェン修道会ひいてはラスウェルのあるべき姿なのか? それを問うているのだ」
 それはごもっとも。
 調査も証拠もなしに唐突にザラの館へ殴り込みに行ったようなものだ。疑わしきは罰せずどころか、武力で鎮圧したといっても過言ではない。現代日本人の意識からしても横暴極まりない話だ。枢機卿が激怒するのも無理のない話だ。
「ましてや偶然元素石の取引現場に居合わせるとは。全員無傷で捕縛できたからよかったものの。慎重さ、確実性には欠ける行いばかりだぞ」
 もうひと欠片の反論すらできない。
 判断は行き当たりばったり。師匠の行方を追って魔女の館へ潜入してみれば、取引現場に居合わせたという結果にすぎない。盗賊たちの人数や腕によってはウィルフレッドたちの手に余ったかもしれない。結果的には最悪のケースは免れた。それは単に運がよかったに過ぎない。
 確かに軽率な行動ばかりだ。ぐっと奥歯を噛みしめる。
 神の教えを説くといっても人間のが集まりだ。人間の集団といえば組織。組織ともなれば意見の対立は避けられない。エヴァたちの行動は確実で慎重さを重んじる人種には信じがたい所業であろう。この騒ぎがこの程度ですむわけがない。まさに後悔さきに立たず。身から出た錆。
「第二聖女エヴァンジェリン・コールウェル・ロゼ・ソディフィールドよ」
「は、はい」
 名を呼ばれて返事をする。枢機卿の厳しい顔つきは変わらない。
「そなたは幼いものの在任期間は他の聖女の誰よりも長い。聖女とはいついかなる時も博愛と慈愛の精神を忘れず、庇護を求める者には救いと安らぎを与え、常に他の信徒たちの模範とならねばならぬ存在。その責務についた以上、幼さや年齢は理由にはならぬぞ」
「も、もちろんです……」
 いかなる言い訳も許さないという枢機卿の言葉に同意する。というかNOと言えない雰囲気。もとが空気を読む日本人の気質だからなのか。前世の記憶をもつ以上、この体質は抜けない気がする。
「このことはおそらく審問会に発展するだろう。三人ともそのつもりでいなさい」
 最後の駄目押しとばかりに無情の宣告が言い渡される。
 審問会とは修道会で起きた問題を審議し、解決する場だ。早い話が審問という名のお説教部屋である。ついでにエヴァはすでに数度は受けている身だ。修道会の上層部も顔と名前を知られている。そんな不名誉な自覚だけはある。
 仕方ないとエヴァが腹をくくった時だった。
 開け放たれた窓の外から一羽の鷹が飛来する。ぐるりと大聖堂の天井を一周して、枢機卿の腕に降り立つ。彼も不審に思った様子はなく、鷹の足に結ばれている文をほどいて背を向ける。おそらく内容を確認しているのだろう。
 沈黙が痛い。すでに決定事項の査問会に気が滅入る。師匠はどこで何をしているのやら。
 そんなとりとめのないことを考えていると枢機卿がくるりと振り返ったその表情はさらに険しくなっている。何かまた嫌なことが追加されるのかもしれない。エヴァが身構えてた時だった。
「……すまない。エヴァンジェリン。今までの発言を撤回しよう」
「猊下?」
 思わず目を見開いた。枢機卿の謝罪は予想していなかっただけに頭が真っ白になる。
「此度の件、グラディウス様より賛辞のお言葉を賜った。極秘捜査だったらしいな」
「えッ……」
 さらに耳を疑う。何を言われているのか意味すら理解できない。
 グラディウスとはソーフェン修道会の教皇そのひとだ。最高地位の人物が自分とどう関わっているのか、話の文脈が見えてこなかった。
「ヴィクター司教からも調査報告書が提出されている」
 なんと。師匠も絡んでいるらしい。極秘調査に報告書。一体、なんのこっちゃ。
「取引の中止を避けるために秘密裏に動いていた、とある。早合点をしたのは私の方だった。本当にすまない」
「い、いえ、わたしは何も……」
 頭をさげる枢機卿に対して本当のことを説明したいエヴァだった。
 自分は何もしていない。本当に彼の指摘するように行き当たりばったりに動いていただけだ。謝罪されるべきことなどあるはずがない。そう告げようとするものの枢機卿は有無を言わせなかった。
「疲れたであろう。今日はもう休みなさい」
 すっぱりとした言葉にエヴァは押し切られてしまう。おずおずとその場をあとにするより他ない。

 解放された三人は風見の塔へ向かう。
 きっと今頃ローレルはおかんむりだ。また一時間くらい説教されるかもしれない。そう思うと気が重くなった。足取りも重くなる。というか全身が重い。疲労だらけの身体を叱咤していると前方から明るい声がする。
「いやぁ、いつもながらケネス様のお説教は楽しいですね」
「……クラウザー」
 楽しげなアレクシスにウィルフレッドがやんわりとたしなめる。やっぱりちっとも懲りていない。そういえば彩人も成績がいいわりには、校内でマウンテンバイクを乗り回したり、屋上で花火をしたりして先生にしょっちゅう怒られていた。本人いわく、職員室でお説教を受けるのが楽しいのだそうだ。今になってはどうでもいいことだが。
 エヴァは落ち込む。結局、迷惑をかけてしまっただけだ。
「ふたりとも」
 あらためて騎士ふたりの向き直った。
「今日はありがとう。ふたりがいなかったらどうなってたか。本当に助かりました」
 口にして頭を下げる。
 付き合わせて騒動に巻き込んでしまった。そのことが申し訳なく居たたまれない。自分の軽率さを恥じるしかない。
 騎士ふたりは顔を見合わせてからエヴァへと視線を戻す。
「問題ない」
「なかなか興味深い体験でしたよ。エヴァ様」
 そっけないウィルフレッドの言葉とアレクシスの笑顔。たったそれだけのことが照れくさくて笑ってしまった。

 前世は過去とは呼べないかもしれない。
 生きる世界も生き方も変わってしまったのだから。きっと風谷(かぜたに)友紀(ともき)の人生は終わってしまったのだろう。確かめる術も、やり直す術もない。
 それでも何を憂う必要があるのだろう。
 立って歩ける。見て話せる。未来を選べる。できることもしたいこともたくさんある。足りないものなどない。恵まれすぎていると思うほど。
 そして、わずかに前世からの縁が残っている。
 もう戻れないからこそ、前へ進みたい。今あるものを大事にしたい。
 決して器用とは呼べない道かもしれない。それでも自分らしく、よりよい選択ができるように。今を精いっぱい生きていく。

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