「おぼぼおおおおおお」

 グラムがワープした先はどことも分からぬ水面であった。そのまま顔面から水中へと突っ込み、一瞬だけパニック状態となる。水中では衣服や革製の防具があまりにも煩わしい。何とも皮肉な話だが、もしかしたら今回に限っては、パンツ一丁でワープしてきた方がマシな状況だったのかもしれない。

 しかし、突然のことに慌てたとはいえそこはレベル85の勇者級。冷静さを取り戻してからの対処は早い。船上や河川での戦闘を想定したスキルである「水中戦」を過去に取得済みだ。持ち前の高ステータスも相まって、最初の動揺が嘘のように、水中で体を一回転させて水面を見上げ、危なげなく体を上昇させていく。「水中戦」は武器や防具を装備している状態が前提のスキルなので、革製防具も廃棄することなく上昇出来た。

「ああ、びっくりした……」

 勢いよく水飛沫を上げながら水面へと浮上した。
 新鮮な空気をその身に感じ、一先ず安堵するが。

「誰だ?」

 この場に自分以外の何物かの気配を感じ、グラムは後方へゆっくりと振り返っていく。レベル85の勇者級として、野生の魔物との遭遇を含めたあらゆる事態へ対処出来る自信がある。その表情は余裕に満ちていた。

「……えっと、この状況は?」

 グラムは途端に頓狂な声を上げ、想定外の状況に目を丸くする。
 視界に映り込んだのは、一糸纏わぬ姿で沐浴をしていた黒髪ロングの女性の柔肌だ。
 赤面し、薄い白布一枚で前を隠し、恥じらいと怒りとか混在した様子で体を震わせている。どうやらこの水場は森の中の泉で、女性は夕暮れ時の沐浴中だったようだ。岸辺には巫女服らしき装束が丁寧に折り畳まれている。

「へ、変質者!」
「待て、俺は――おぶあっ――」

 釈明の機会を得られぬまま、グラムの顔面に球体状の水の塊が飛来。上半身は水面から出ているというのに再び溺れかける。

「問答無用です! 覗き魔!」
「だから話を聞――あがっ」

 水の塊の正体は魔導系スキル「水弾(すいだん)」による攻撃だ。女性にはどうやら魔導士の適性があるらしい。等と冷静に分析している間に二発目が顔面へと直撃し、グラムから間抜けな悲鳴が上がる。高ステータス故にダメージらしいダメージは無いが、顔面に大量の水が直撃して怯んでしまうのは、本能的に仕方のないことだ。

 沐浴中に突然得体の知れない男が現れ裸体を見られる。狼狽するのは当然だし、戦闘能力を有しているなら武力行使で身を守ろうとするのも自然な流れだ。一時は水気を含む衣服を煩わしく思ったものの、やはり前回のようにパンツ一丁でワープせずに幸運だったとグラムは改めて思う。こちらにその気は無くとも、今回パンツ一丁だったら絵面的には完全にアウトだったことだろう。

 とはいえ、何時までもこのままというわけにもいかない。動揺する少女の気持ちを思うと申し訳ないが、誤解を解くためにも、一度この不毛な争いを止める必要がある。
 
「溺れて一度記憶をリセットなさい!」

 三度、水の塊が接近するも、今回はグラムは無防備な顔面ではなく、広げた左手を盾として水の塊を受け止めた。

「こ、この!」

 その後も数発、黒髪少女が泉から生み出した水の銃弾がグラム目掛けて飛来するも、グラムはその全てを左手一本でさばききった。左手だけを使ったのは、想定外の攻撃を受けた際に利き腕だけは守り切れるようにと、かつての氷結戦争時に身に付いた癖だったのだが、見ようによっては強者の、ある意味で悪趣味な余裕に見えなくもない。少なくとも黒髪の女性は状況をそのように捉えているようだ。
 
「この程度の攻撃、俺には効かない」

 御しがたい恐怖心に見舞われ、女性は跳ねた水滴とは異なる雫を瞳に浮かべる。

 その姿を見てグラムはようやく気付く。絵面だけ見たら完全に悪漢じゃないかと。

「だー! もう! まどろっこしい!」

 猥談にも躊躇のない、何を考えているか分からない、それでいて容姿はとびきり美人な変り者のメイドの悪影響か、女性を前に即座に気の利いた言葉なんて出てこない。これ以上うだうだ考えても時間の無駄だと考えて、グラムは濡れた頭髪を振り乱しながら、感情的に言葉を捲し立てていく。

「とにかく! 俺は君に危害を加える気なんてないからその点は安心してくれ!」
「は、はい」

 突然声を張り上げいよいよご乱心かと思いきや、圧とは対照的に口先では無害であると主張する。黒髪の女性は、やや呆気に取られながらも頷く。不器用ながらも真っ直ぐなグラムの姿勢に、少しは警戒心を解きつつあった。

「……事情はちゃんと説明するから、とりあえず一度服を着てくれないか? こののままじゃ目のやり場に困る」
「きゃっ!」

 感情的に魔導攻撃を繰り返していた衝撃で、何時の間にやら前を隠していた白布もどこかへ吹き飛んでしまっていた。今更ながらにそのことに気付き、女性は顔を真っ赤にして、慌てて水中へと引っ込んでしまった。

「……後ろ向いているから」

 グラムが背を向けながら泉から上がると、黒髪の女性は顎まで泉につかったままコクコクと頷き、立ち泳ぎで岸へと向かった。