「本当にありがとうございました」
アジト内を完全に制圧した後、グラムは女性達をアジトの外へと解放した。
グラムに助けを求めた張本人であるシグリが、心からの感謝を込めて何度も何度も頭を下げている。
幼い少女に何度も頭を下げさせるのが忍びない。目線を合わせたグラムは、気持ちは十分に伝わったとの意志表示として、シグリの頭を優しく撫でてやった。
「私達からも心からお礼を申し上げます。あなた様がいなければ、今頃どうなっていたか、想像するだけで恐ろしいです。混乱していたとはいえ、最初の不躾な態度をお許しください」
女性達を代表して、黒髪の女性が申し訳なさそうに頭を垂れる。
当初は第一印象だけで判断して、自分達を窮地から救ってくれた恩人に「変態」などとあまりに無礼な言葉を吐いてしまった。数分前の自分を引っ叩いてやりたいと猛省している。
「女性陣の中にパンツ一丁の男が現れたんだ。仕方がないさ。それと、礼ならシグリに言ってあげてくれ。助けを求めるこの子の声が無ければ、俺はきっとこの場にはいなかったはずだから」
これは謙遜ではなく本心だ。今だに「ワープスキル・救世主」なるユニークスキルの全容は掴めないが、助けを求めるシグリの願いが、グラムをこの場所へと導いたことは紛れもない事実。窮地を救う機会を与えてくれたシグリに対して、グラムはむしろ感謝をしていた。
「ところで、今更ながらここはどこなんだ?」
安全を確保するためアジトの制圧を優先していたが、そもそも自分がどこに飛ばされたのかすら把握してない。大まかな場所さえ分かれば、フェンサリル領の自宅で待つノルンにも連絡を取ることが出来る。
「ここはヒミンビョルグ領の北部、山の裾野に小さな村が点在している地域です。盗賊団のアジトも、山間部の天然の洞窟をアジトとして改修したものだと聞いています」
「ヒミンビョルグ領とは、また随分と遠くに飛んできたものだ」
黒髪の女性の説明を受け、グラムは困惑と感嘆が交じり合った溜息を漏らす。
現在グラムが暮らすフェンサリル領は、大陸南部の海洋に位置する諸島群だが、対するヒミンビョルグ領は大陸の北部に位置する山岳地域。その北部だというのだから、現在地はフェンサリル領とは正反対ということになる。まともに移動していたら、一カ月近くはかかっている距離だ。
「流石に、迎えに来てもらわないと帰りは厳しいよな」
現在地を把握したグラムはそう言って、アジトの入り口付近に設置されている井戸から水をくみ上げ周辺に撒き、水溜まりを作り出した。鏡のように自身の姿を映し出す水面に、グラムはそっと手を触れる。
『グラム様。ようやく連絡が取れましたね』
「心配かけたなノルン。少々立て込んでいてな、ようやく水面へ触れることが出来た」
水面からグラムの姿が消失し、代わりに安堵の表情を浮かべるノルンの姿が映り込んだ。背景が浴室の天井なところから察するに、風呂桶に溜めた水で中継しているのだろう。
ノルンは高レベルの魔導士でもあり、契を結んだ相手と水面を通して通信する「水鏡」と呼ばれるスキルを有している。グラム自身は魔導適性を持たぬ物理特化型だが、「水鏡」発動に必要な魔力はスキルを有するノルンに依存しているため、意識を集中させて水面に触れるだけで、契の結ばれたグラムの側からも、ノルンに対して「水鏡」の効果を発動可能だ。
『驚きましたよ。突然家の中から消えてしまうのですもの。突発的な家出かと冷や冷やしました』
「家出するならパンツ一丁じゃなく、流石にもう少し装備を固めていくさ。今は北のヒミンビョルグ領にいる。『水鏡』の発動で、居場所はだいたい分かっただろう?」
『グラム様の現在地は確認しましたが、どうしてそのような遠方に? まだ行方不明となられてから、10分程しか経過していませんのに』
「俺自身も今だに状況を把握しきれていないが、どうやら風呂上がりにユニークスキルに目覚めたようでな。その効果で長距離を一瞬でワープしてしまったらしい」
『まあ、グラム様にユニークスキルが。確かにワープ系のスキルに目覚めたのでしたら、一瞬での長距離移動も納得ではあります。しかし、よもや今になってユニークスキルに目覚めるなんて』
「皮肉な話だよな。戦渦の最中、どんなに望んでも手に入らなかった天恵が、平和な世になってから、風呂上がりなんて何気ない日常の中で現れたんだから」
遠い目をしたグラムが無感情に呟く。視線は水面やその先にいるノルンではなく、置いて来てしまった遠い過去へと向いていた。
「とにかく、ユニークスキルの詳細はフェンサリル領に戻ってから鑑定士に尋ねてみることにしよう。現状、直ぐにフェンサリル領まで戻れる手段が無いから、お前にこっちまで迎えに来てもらえると助かる。それと、領へ帰る前に一仕事手伝ってもらいたい。事情は到着後に説明するが、女手があると心強い」
捕らえられた女性達の信頼こそ勝ち得たが、それでもやはり頼れる同性がいてくれた方がより安心出来るだろう。ノルンは変り者だが、器用かつ気配り上手で、戦闘能力も高いとても優秀なメイドだ。彼女がいてくれた方が物事は円滑に進む。
『かしこまりました。直ぐにそちらへ向かいます』
水面越しのノルンが頷くと同時に「水鏡」による通信が終了。水面は元に戻り、グラムの顔だけを映し出した。
アジト内を完全に制圧した後、グラムは女性達をアジトの外へと解放した。
グラムに助けを求めた張本人であるシグリが、心からの感謝を込めて何度も何度も頭を下げている。
幼い少女に何度も頭を下げさせるのが忍びない。目線を合わせたグラムは、気持ちは十分に伝わったとの意志表示として、シグリの頭を優しく撫でてやった。
「私達からも心からお礼を申し上げます。あなた様がいなければ、今頃どうなっていたか、想像するだけで恐ろしいです。混乱していたとはいえ、最初の不躾な態度をお許しください」
女性達を代表して、黒髪の女性が申し訳なさそうに頭を垂れる。
当初は第一印象だけで判断して、自分達を窮地から救ってくれた恩人に「変態」などとあまりに無礼な言葉を吐いてしまった。数分前の自分を引っ叩いてやりたいと猛省している。
「女性陣の中にパンツ一丁の男が現れたんだ。仕方がないさ。それと、礼ならシグリに言ってあげてくれ。助けを求めるこの子の声が無ければ、俺はきっとこの場にはいなかったはずだから」
これは謙遜ではなく本心だ。今だに「ワープスキル・救世主」なるユニークスキルの全容は掴めないが、助けを求めるシグリの願いが、グラムをこの場所へと導いたことは紛れもない事実。窮地を救う機会を与えてくれたシグリに対して、グラムはむしろ感謝をしていた。
「ところで、今更ながらここはどこなんだ?」
安全を確保するためアジトの制圧を優先していたが、そもそも自分がどこに飛ばされたのかすら把握してない。大まかな場所さえ分かれば、フェンサリル領の自宅で待つノルンにも連絡を取ることが出来る。
「ここはヒミンビョルグ領の北部、山の裾野に小さな村が点在している地域です。盗賊団のアジトも、山間部の天然の洞窟をアジトとして改修したものだと聞いています」
「ヒミンビョルグ領とは、また随分と遠くに飛んできたものだ」
黒髪の女性の説明を受け、グラムは困惑と感嘆が交じり合った溜息を漏らす。
現在グラムが暮らすフェンサリル領は、大陸南部の海洋に位置する諸島群だが、対するヒミンビョルグ領は大陸の北部に位置する山岳地域。その北部だというのだから、現在地はフェンサリル領とは正反対ということになる。まともに移動していたら、一カ月近くはかかっている距離だ。
「流石に、迎えに来てもらわないと帰りは厳しいよな」
現在地を把握したグラムはそう言って、アジトの入り口付近に設置されている井戸から水をくみ上げ周辺に撒き、水溜まりを作り出した。鏡のように自身の姿を映し出す水面に、グラムはそっと手を触れる。
『グラム様。ようやく連絡が取れましたね』
「心配かけたなノルン。少々立て込んでいてな、ようやく水面へ触れることが出来た」
水面からグラムの姿が消失し、代わりに安堵の表情を浮かべるノルンの姿が映り込んだ。背景が浴室の天井なところから察するに、風呂桶に溜めた水で中継しているのだろう。
ノルンは高レベルの魔導士でもあり、契を結んだ相手と水面を通して通信する「水鏡」と呼ばれるスキルを有している。グラム自身は魔導適性を持たぬ物理特化型だが、「水鏡」発動に必要な魔力はスキルを有するノルンに依存しているため、意識を集中させて水面に触れるだけで、契の結ばれたグラムの側からも、ノルンに対して「水鏡」の効果を発動可能だ。
『驚きましたよ。突然家の中から消えてしまうのですもの。突発的な家出かと冷や冷やしました』
「家出するならパンツ一丁じゃなく、流石にもう少し装備を固めていくさ。今は北のヒミンビョルグ領にいる。『水鏡』の発動で、居場所はだいたい分かっただろう?」
『グラム様の現在地は確認しましたが、どうしてそのような遠方に? まだ行方不明となられてから、10分程しか経過していませんのに』
「俺自身も今だに状況を把握しきれていないが、どうやら風呂上がりにユニークスキルに目覚めたようでな。その効果で長距離を一瞬でワープしてしまったらしい」
『まあ、グラム様にユニークスキルが。確かにワープ系のスキルに目覚めたのでしたら、一瞬での長距離移動も納得ではあります。しかし、よもや今になってユニークスキルに目覚めるなんて』
「皮肉な話だよな。戦渦の最中、どんなに望んでも手に入らなかった天恵が、平和な世になってから、風呂上がりなんて何気ない日常の中で現れたんだから」
遠い目をしたグラムが無感情に呟く。視線は水面やその先にいるノルンではなく、置いて来てしまった遠い過去へと向いていた。
「とにかく、ユニークスキルの詳細はフェンサリル領に戻ってから鑑定士に尋ねてみることにしよう。現状、直ぐにフェンサリル領まで戻れる手段が無いから、お前にこっちまで迎えに来てもらえると助かる。それと、領へ帰る前に一仕事手伝ってもらいたい。事情は到着後に説明するが、女手があると心強い」
捕らえられた女性達の信頼こそ勝ち得たが、それでもやはり頼れる同性がいてくれた方がより安心出来るだろう。ノルンは変り者だが、器用かつ気配り上手で、戦闘能力も高いとても優秀なメイドだ。彼女がいてくれた方が物事は円滑に進む。
『かしこまりました。直ぐにそちらへ向かいます』
水面越しのノルンが頷くと同時に「水鏡」による通信が終了。水面は元に戻り、グラムの顔だけを映し出した。