「何だこいつ! 攻撃がまるで通じ」

 背後から両手剣で斬りつけた盗賊の攻撃は、無防備なグラムの背中に微塵もダメージを与えることは叶わず、ノールックで繰り出したひじ打ちを受け、勢いよく吹っ飛んでいった。

 アジト中心の開けた空間(本来は侵入者を迎え撃つためのスペース)には、盗賊団の全戦力に迫る30人が集結してグラムを取り囲んでいた。圧倒的戦闘能力差故に、グラムは攻撃を回避せず、ひたすら攻撃だけを繰り出していく。回避に有する時間を節約し、あえて直撃を受けることで相手の隙も生み出せる。非常に効率的に盗賊の排除が進んでいく。

「だったらこれで!」

 盗賊達は一斉に口元を布で覆い、一人が球体を地面へと投げつけ煙幕を焚いた。黄土色の煙には麻痺毒が含まれている。まともに吸い込めば、最低でも5分間は麻痺状態から回復することはないはずなのだが。

「うああああああ!」
「何でこいつ」

 煙幕を受けてもグラムの勢いは止まらず、むしろ視界を失った盗賊側の方が不利に陥っていた。あまりにも想定外の展開に、この場を仕切るスキンヘッドの盗賊は、唖然として後退ることしか出来ない。背中が石造りの壁面へと衝突し、文字通り後がなくなる。

 スキンヘッド以外の全ての盗賊を無力化。晴れつつある煙幕の切れ目から、バトルアックスを担いだグラムが、悠然とスキンヘッドの下へと歩み寄っていく。

「……何で、麻痺が効かないんだ?」
「麻痺無効スキルはA+まで習得済みだ。市場に出回っている程度の麻痺毒じゃ俺は止められないよ」
「スキルA+。何だってそんな奴がここに……」
「さてな。俺も何で今ここにいるのか、よく分かっていないんだ」

 麻痺無効A+。
 麻痺完全無効のSには劣るが、一般的な麻痺毒を無効化するならA+で十分すぎる。A+を突破出来る麻痺毒を持つモノが存在するとすればそれは、存在すらも定かではない、伝承クラスの魔物ぐらいであろう。

「俺らの仇は(かしら)が取ってくれる。お前がどんなに強かろうと、頭には及ばねえ! 頭はレベル35まで達した、元傭兵だからな」
「そいつを仕留めれば、ここは完全に制圧だな。頭とやらはどこにいる?」

 威圧的な笑みを前に、スキンヘッドの盗賊は無意識に牢屋と反対側の通路の方へと視線を向けていた。突き当りにある豪奢な扉の奥が、頭目(とうもく)の専用部屋のようだ。

「親切にどうも。寝てていいぞ」

 強烈な頭突きを喰らわせて、スキンヘッドの盗賊の意識を一瞬で刈り取る。「手加減」スキルを使用しているので、もちろん命までは奪っていない。

「邪魔するぞ」
「手下どもはどうした?」
「仲良く全員お昼寝中だ」

 扉を蹴破ったグラムを、木製の机に両足を乗せてふんぞり返った頭目が出迎えた。素肌にレザーのベストを羽織った筋肉質な男で、肌の至るところに、刃物を模した鋭利なシルエットのタトゥーが刻まれている。髪は逆立てた茶髪で、武器は壁に立てかけられた長剣と、腰にも短剣を一本装備しているようだ。

 全ての手下が敗れたことに多少は驚きながらも、頭目の表情には余裕の色の方が濃い。人型種族のレベル上限が50だと考えられていた氷結戦争以前はもちろんのこと、現代においても頭目の持つ35というレベルが、高い実力を示す数値であることは間違いない。自信の表れは、確かな実力に裏打ちされたものだ。

「大そうな自信だが、俺は手下どものようにはいかないぞ? 奴らと俺とでは圧倒的に格が違う」
「手下どもの平均レベルは20前後。対するあんたのレベルは35だと手下の一人が語っていた。その通りだとしたら、確かに格の違いは圧倒的だな」

 一般的にレベルが5違えば、戦闘能力は大人と子供程の差が生じるとされている。手下達の平均値よりも15レベル上回る頭目の戦闘能力は間違いなく別次元。数十の雑兵よりも一人の圧倒的な強者の方が恐ろしい。レベル差とはそれだけの意味を持つ。

「安い正義感で女どもを救おうとしたようだが、運が悪かったな。俺の商品に手を出した代償は高くつくぞ」

 頭目はゆっくりと椅子から立ち上がり、壁に掛けていた長剣を両肩で担ぎ上げた。

「心配するな。運が悪いのは間違いなくお前の方だよ」
「その減らず口、利けなくしてやるよ!」

 机を足場に頭目は勢いよく跳躍、グラムの脳天目掛けて長剣を振り下ろした。

「遅いし軽い」
「なっ……はっ?」

 あまりにも現実離れした状況に、頭目の思考が一瞬停止する。
 レベル35の強者が全力で振り下ろした刀身は、あろうことが右手の人差し指と中指に挟まれ、完全に勢いを殺されてしまっていた。

「戦闘中に呆けた時点で底が知れる」

 指で固定した刀身目掛けて、グラムは容赦なくバトルアックスを叩きつけて長剣をへし折ってやった。これまで数多の敵を屠ってきた得物が呆気なく破壊された様を、頭目は大口開けたあほ面で見つめていた。

「……てめえ、一体何をした?」
「見たまんまだ。指先で受け止めて、斧でへし折った」
「ふざけるな! 俺の剣速を捉え、指だけで止められるわけがねえ! 武器だってそうだ。俺の業物はそんな安物で折れる程軟じゃ!」
「圧倒的なレベル差の前では全てが無意味だ。素のステータス値に大きな開きがあれば、武器の性能差だって簡単に覆る。俺からしたら、レベル20前後の手下どもも35のあんたも大差ない」
「……圧倒的レベル差って。お前いったい」
「俺のレベルは85だ。一線は退いたが、レベルは基本的に減少しないからな」
「85……勇者級?」

 頭目の顔から血の気が失せ、尻餅をついてその場から後退る。安っぽいプライドなど、圧倒的強者の前では呆気なく自壊していく。
 レベル50以上の者を指す勇者級の称号。ましてや80台など、レベル90以上を指す英雄級も目前の超高レベル。存命している勇者級262名の中でもトップクラスの実力を誇るということになる。頭目とグラムのレベル差は実に50。最早単純な数値化など不可能だが、例えるなれそれは、凡人が一人で大国の軍へと挑むかのような、あまりにも圧倒的な戦力差であるといっても過言ではない。

「……何だってそんな奴が、俺らみたいな小物にちょっかいを」
「自分で自分を小物と評するとは、少しだけ見直したよ。何もお前らにちょっかいを出しに来たつもりはないが、助けを求められた以上、やれるだけのことはやってあげないとな。というわけで、ちょっと眠ってろ」

 手加減スキルを発動すると、グラムはバトルアックスの柄で頭目の腹部を一撃して意識を奪った。手加減しているとはいえ、背面の壁が罅割れる程の衝撃であった。

 牢屋を離れてから僅か4分32秒。
 勇者グラムの手によって、盗賊団のアジト内は完全に制圧された。
 
 そして、アジト内の状況など知る由もなく、何とも間の悪いタイミングで来訪した上客が一人。

「な、何事ですか?」

 唖然とした様子で広間に佇むのは、カイザル髭が印象的な小太りの商人風の男。盗賊団と提携して人身売買を行っている人買いだ。さらなる悲劇を生まぬためには、盗賊団を壊滅させるだけでは足りない。共犯者であるこの男の身柄も抑え、自治体へと引き渡すべきだろう。

「いらっしゃい。歓迎するよ人買いさん」

 頭目の部屋から顔を出したグラムが威圧的に笑う。たったそれだけのことだが、戦闘能力皆無の人買いの感じた恐怖は計り知れない。

「だ、誰だ貴様は! 頭目はどうした!」
「惰眠を貪ってるよ。こんな辺境までお疲れだろう。あんたも一緒にどうだい」

 これは提案ではなく命令だ。
 グラムは瞬時に人買いの背後を取り、手加減スキルで放った手刀で後頭部を一撃した。