「どうして武器だけを破壊するような真似をした? ハルペーの強度が限界を迎えていた今、破壊と同時に僕を貫くことだって出来ただろうに」
「この場には子供もいるんでね。人を殺す瞬間なんて見せるものじゃない。それに、お前の罪は俺一人の裁量で断じていいものではないだろう。お前は国際機関に出頭して罪を償え」
「……志半ばで、僕がおいそれと捕まってやると思うかい?」
「思わないな!」
「ちっ――」

 グラムは丸腰となったアラングレン目掛けて全力で両手剣を振り抜いた。殺すつもりはないといった直後にも関わらず、その一撃には明確な殺意が乗っている。目立った負傷はないとはいえ、レベル85のグラムの全力の一撃を受けたら、アラングレンといえども無事では済まない。意識を集中させ、擦れ擦れのタイミングでバックステップを踏み、グラムの斬撃を回避した。

「チェックメイトですよ、アラングレン」
「なっ!」

 回避した直後。突如としてアラングレンの四肢が、強靭な光の縄に絡めとられ転倒。光の縄はさらに数を増してアラングレンの全身に巻き付き、その動きを完全に封じ込めてしまった。先程のノルンの氷の鞭とはわけが違う。魔導耐性にステータスを振っているとはいえ、近接戦闘を得意とするアラングレンでは生粋の魔導士には劣る。レベル90を超える勇者級の魔導士が本気で拘束してきたのなら、逃れることは難しい。

「……ウルスラさん」
「久しぶりですね、アラングレン」

 転倒したアラングレンは芋虫のように身を捩りながら、苦々しい顔でウルスラを見上げた。

 ウルスラの到着をいち早く察していたグラムは、アラングレンに対して殺意の乗った強力な一撃を放った。勇者級であるグラムの全力を前にすれば、アラングレンの回避に集中するあまり、周辺警戒にまで意識が向かなくなるからだ。事はグラムの目論見通りに進み、到着したウルスラは、攻撃の回避に成功して油断していたアラングレン目掛けて「シャイニングロープ」のスキルを発動。その身柄を拘束した。

 戦友同士、グラムとウルスラの連携は氷結戦争終結後5年が経ってなお健在である。

「あなたには複数の魔導士を殺害した容疑がかかっています。フェンサリル領領主として、あなたの身柄を拘束し、国際機関へと引き渡します」
「あなたも結局、あの女スパイの味方をするというのか?」
「ノルンは我がフェンサリル領の領民です。領主としても一人の友人としても、彼女を侮辱ような発言は許しませんよ」
「……大戦の英雄が聞いて呆れる。あなたはあらゆる種族に対して開かれた土地であれという理念の下に領を興したそうだが、そんなものは綺麗ごとだ。あらゆる種族に対して開かれた土地など、スパイの温床となりかねない危険地帯じゃないか!」

「大罪を犯した分際で説教など、つけあがるな! あなた如きの言葉で揺らぐ程、私の、フェンサリル領の信念は(やわ)ではありません! 氷結戦争は終わったのです。平和な時代を維持し続けるためにも、これからはもっと先の未来まで見据えて活動していかなければいけない。過去へ囚われ、妄執へと逃げたあなたとは覚悟が違います」
「僕を侮辱するのか……」
「これ以上、あなたと問答するつもりはありません。どうせ平行線でしょうからね。私とフェンサリルの理念が本当にただの綺麗ごとだったのか否か、冷たい牢獄の中から見定めなさい。処刑台へと上がるその時までね」
「信念というのなら、僕の信念こそ決して揺るがない! 見ていろ、ミルドアースに救う氷魔軍の残党どもを今に一人残らず――」
「連れて行きなさい」

 アラングレンはウルスラによって体だけではなく、口まで光の縄で塞がれてしまう。身動きの取れないアラングレンはそのまま、ウルスラの護衛官に身柄を拘束された。

「大丈夫ですか、ノルン」

 アラングレンの身柄を移送する前に、ウルスラは友人でもあるノルンの元へと駆け寄った。

「この程度の傷、大したことはありません」
「傷のことはもちろんですが、何よりも心配しているのは心のほうです。平穏な日々を送っていた矢先に、アラングレンという名の過去が襲ってきた。さぞお辛かったでしょう」
「……大きな衝撃を受けたのは事実ですが、悪いことばかりではありませんでした。私はシグリちゃん、レンカさん、リムさんの三人に命を救われました。そのことがとても嬉しかったから」

 不意にノルンから感謝の笑顔を向けられた三人は、思わず面食らってしまう。

「シグリ、怯えていただけで何も出来ませんでした」
「私もです。震えるばかりで何も」
「……私も肝心なところで役に立てなかった。手も足も出せなかった自分が情けない」

 三者三様に感謝されるような理由は何も無いと首を横に振る。純粋な願いだからこそ、無自覚な部分もあったのだろう。

「いいえ、皆さんのおかげで私はこうして生きていられるんです。皆さんがグラム様をここへと導いてくれたから、私は命を繋ぐことが出来た。これ程嬉しいことはありません」
「みんなの声、ちゃんと聞こえたぜ。俺からも礼を言わせてくれ。あの願いが無ければ、俺は危うくまた大切な人を失うところだった。ノルンを救ってくれてありがとう」

 グラムの言葉を受けて、三人は今更ながらグラムがこの場へと現れたことの意味を理解したらしい。反応に困って照れ臭そうな顔をした後、代表してクリムヒルデがグラムとノルンに「礼などいい」と言い、目頭を押さえた。

「微笑ましいです。種族や出身の垣根を超えた絆は存在するのだと、改めて実感出来ました」
「そうだな。この絆をこれからも大切にしていきたい」

 フェンサリル領の領主として、ウルスラの感慨もまた一入であった。長い付き合いであり、共にフェンサリル領を興した関係者の一人として、グラムは労うようにしてウルスラの肩に触れた。

「アラングレンを移送しなければいけないので、私はそろそろ行きますね。もし良かったらこれをノルンとクリムヒルデさんに使ってあげてください。傷の治りが早くなりますから」
「助かるよ」

 グラムに瓶に入ったお手製の回復薬を手渡すと、ウルスラはアラングレンの移送に従事すべく、護衛官に合流した。
 英雄級の最上位の白魔導士である、ウルスラお手製の回復薬の効果は絶大だ。ノルンとクリムヒルデの傷は数日と言わず、朝目覚める頃には回復しているだろう。

「とんだピクニックになってしまったが、とりあえず俺達も一度家に帰るか」
「私、跳んでいったレジャーシートとバスケットを回収してきます。放置はよくないですから」
「シグリも一緒に行きます」

 幸いなことにピクニック道具は目につく範囲に散らばっていたので、レンカとシグリがすぐさま駆け足で回収に向かった。自分達の持ち込んだ物はしっかりと持ち帰る。良い心がけだ。

「グラム殿、ノルン殿は負傷の身だ。自宅まで背負ってあげてはどうだ?」
「私なら大丈夫です。リムさんこそお怪我をしているではありませんか」
「見た目ほど重症ではないし、レンカの治療のおかげで大分回復したから問題ない。とにかく、一番重症なのはノルン殿なのだから、グラム殿に背負って頂け。おっと、レジャーシートが木に引っ掛かっているようなので、ちょっと助けに行ってくる!」

 不器用に気を効かせると、クリムヒルデは必死にジャンプしてレジャーシートに手を伸ばそうとしているシグリに加勢し、肩車をしてやった。

「だそうだ。リムの提案に便乗して、たまには背中を貸してやるよ」

 穏やかな笑みを浮かべながら、グラムはノルンに背を向け姿勢を低くした。

「よろしいのですか?」
「遠慮するな」
「私の豊満なバストの感触を受けたグラム様が、我を忘れないかが心配です」
「俺は変態か。いつもの調子が戻って来たようで何よりだ」

 背中に体を預けてきたノルンを、グラムは傷に響かないように優しく背負いあげた。

「グラムさん、ノルンさん。シートとバスケットの回収が終わりました」

 戦闘で怪我をしたクリムヒルデを気遣っているのだろう。荷物はシグリとレンカの二人が、苦笑顔のクリムヒルデから無理やり奪い取って両手に抱えている。

「それじゃあ、帰るとするか」