「お前に会いに来たに決まっているだろう。見つけるのには随分と苦労したよ。まさか、ウルスラさんの興したフェンサリルに逃げ込んでいたとはね。まったく、あの人のお人好しにも飽きれたものだ」
声色こそ好青年のように爽やかだが、その表情はまったく笑っていない。
氷結戦争終戦からもう5年も経つというのに、外見以外はあの頃と一切変わっていない。残念ながら、穏便に事が済む雰囲気では無さそうだ。
「ノルン殿、アラングレンと言ったがまさかあの男?」
「……先程のお話しに登場したアラングレンです。アルミュール砦での一件以来、一度も会ったことはありませんでしたが」
風の噂では、アラングレンは氷結戦争終結後、その戦闘能力を見込まれて多くの地域や組織から勧誘を受けたそうだが、全ての誘いを蹴って失踪。その後の動向は一切不明であった。そんな男が終戦から5年もの月日が経った今、どうして再びノルンの前に姿を現したのか。最悪な想像が頭を過る。
「ご用件はなんでしょうか? まさか、昔懐かしい顔にふらっと会いにきた、というわけではないでしょう」
「決まっているだろう。氷魔軍関係者は一人残らず皆殺しだ。もちろん君もね」
「アラングレン殿と言ったか。大戦の勇者と承知の上で物申させて頂く!」
正義感の強いクリムヒルデが横から話に割って入った。
いかに相手が大戦で活躍した勇者級であろうとも、その行いに正義が無いのなら、臆さず毅然とした態度で臨んでいく。
「ノルン殿は大戦時に亡命し、ミルドアース側に協力してくれたお方だ。現在は正式に市民権を有するフェンサリル領の領民でもあらせられる。彼女を敵視する理由がどこにある? 正当性無く彼女を断罪しようとする貴殿の行いこそ罪ではないのか?」
「外野は黙っていろ! そいつは敵だ! ミルドアース全体の敵だ! 悲劇を繰り返さないために、氷魔軍の関係者を生かしておくわけにはいかない」
「……何を言っているのだ?」
問いかけに対する答えにまったくなっていない。ノルンのスパイ容疑など氷結戦争時点ですでに解けている。亡命に関しても、公的機関による正式な手続きに則って行われたものだ。なお、戦中にはミルドアース全域で、ノルン以外にも百数名の氷魔軍関係者が、厳正な審査を受けた上でミルドアースへの亡命を果たしている。
ノルンには一切非はなく、対するアラングレンの主張には一切の正当性が存在しない。アラングレンは氷魔軍は全て殺さねばならないという、己の正義を妄信しているに過ぎないのだ。それが歪んだ正義であることに、彼自身が気付いていない。
「……各地で元氷魔軍所属の亡命者が殺害される事件が発生していますね。あなたの仕業ですか?」
ここ数年大陸全土で、亡命した元氷魔軍所属関係者達が不審死を遂げる事件が数件発生している。
単なる偶然という可能性も考えられるが経歴上、念のためノルンも注意しておくようにと、友人であり領主でもあるウルスラから数カ月前に注意喚起を受けていた。
その情報を初めて聞いた際、アラングレンの関与が頭を過ったことは事実だが、各個たる証拠はなく、いくら彼でも、氷魔軍の脅威が去った戦後になってまで、そのような暴挙に及ぶことはないだろうと楽観視していた。しかし、実際にアラングレンが目の前へと現れ、氷魔軍関係者は一人残らず皆殺しなどと発言した以上話は別だ。元氷魔軍関係者達の死に、アラングレンが関わっているのはほぼ確定的だろう。
「そうだよ。ミルドアースを氷魔軍の脅威から救うために、僕がスパイ共を殺して回った。亡命者の情報は厳重に管理されているからね。捜し出すのが大変で大変で。5年もかけてまだたったの7人しか殺せていない。いや、今日殺すお前で8人目か」
衝撃的な告白を受けノルンは目を細め、クリムヒルデは不快感に顔を歪めている。シグリとレンカは恐ろしいものでも見るように体を震わせ、怯えるシグリはレンカの後ろへと隠れた。
己の正義を妄信した上に、平和の訪れた世界で、自らの裁量で罪なき者の命を奪うという一線まで超えている。これ以上の問答は不要。説得などもはや不可能だ。
声色こそ好青年のように爽やかだが、その表情はまったく笑っていない。
氷結戦争終戦からもう5年も経つというのに、外見以外はあの頃と一切変わっていない。残念ながら、穏便に事が済む雰囲気では無さそうだ。
「ノルン殿、アラングレンと言ったがまさかあの男?」
「……先程のお話しに登場したアラングレンです。アルミュール砦での一件以来、一度も会ったことはありませんでしたが」
風の噂では、アラングレンは氷結戦争終結後、その戦闘能力を見込まれて多くの地域や組織から勧誘を受けたそうだが、全ての誘いを蹴って失踪。その後の動向は一切不明であった。そんな男が終戦から5年もの月日が経った今、どうして再びノルンの前に姿を現したのか。最悪な想像が頭を過る。
「ご用件はなんでしょうか? まさか、昔懐かしい顔にふらっと会いにきた、というわけではないでしょう」
「決まっているだろう。氷魔軍関係者は一人残らず皆殺しだ。もちろん君もね」
「アラングレン殿と言ったか。大戦の勇者と承知の上で物申させて頂く!」
正義感の強いクリムヒルデが横から話に割って入った。
いかに相手が大戦で活躍した勇者級であろうとも、その行いに正義が無いのなら、臆さず毅然とした態度で臨んでいく。
「ノルン殿は大戦時に亡命し、ミルドアース側に協力してくれたお方だ。現在は正式に市民権を有するフェンサリル領の領民でもあらせられる。彼女を敵視する理由がどこにある? 正当性無く彼女を断罪しようとする貴殿の行いこそ罪ではないのか?」
「外野は黙っていろ! そいつは敵だ! ミルドアース全体の敵だ! 悲劇を繰り返さないために、氷魔軍の関係者を生かしておくわけにはいかない」
「……何を言っているのだ?」
問いかけに対する答えにまったくなっていない。ノルンのスパイ容疑など氷結戦争時点ですでに解けている。亡命に関しても、公的機関による正式な手続きに則って行われたものだ。なお、戦中にはミルドアース全域で、ノルン以外にも百数名の氷魔軍関係者が、厳正な審査を受けた上でミルドアースへの亡命を果たしている。
ノルンには一切非はなく、対するアラングレンの主張には一切の正当性が存在しない。アラングレンは氷魔軍は全て殺さねばならないという、己の正義を妄信しているに過ぎないのだ。それが歪んだ正義であることに、彼自身が気付いていない。
「……各地で元氷魔軍所属の亡命者が殺害される事件が発生していますね。あなたの仕業ですか?」
ここ数年大陸全土で、亡命した元氷魔軍所属関係者達が不審死を遂げる事件が数件発生している。
単なる偶然という可能性も考えられるが経歴上、念のためノルンも注意しておくようにと、友人であり領主でもあるウルスラから数カ月前に注意喚起を受けていた。
その情報を初めて聞いた際、アラングレンの関与が頭を過ったことは事実だが、各個たる証拠はなく、いくら彼でも、氷魔軍の脅威が去った戦後になってまで、そのような暴挙に及ぶことはないだろうと楽観視していた。しかし、実際にアラングレンが目の前へと現れ、氷魔軍関係者は一人残らず皆殺しなどと発言した以上話は別だ。元氷魔軍関係者達の死に、アラングレンが関わっているのはほぼ確定的だろう。
「そうだよ。ミルドアースを氷魔軍の脅威から救うために、僕がスパイ共を殺して回った。亡命者の情報は厳重に管理されているからね。捜し出すのが大変で大変で。5年もかけてまだたったの7人しか殺せていない。いや、今日殺すお前で8人目か」
衝撃的な告白を受けノルンは目を細め、クリムヒルデは不快感に顔を歪めている。シグリとレンカは恐ろしいものでも見るように体を震わせ、怯えるシグリはレンカの後ろへと隠れた。
己の正義を妄信した上に、平和の訪れた世界で、自らの裁量で罪なき者の命を奪うという一線まで超えている。これ以上の問答は不要。説得などもはや不可能だ。