「一体何事だ!」
「いけない。盗賊達が」

 豪快に牢屋をぶち破ったことで、異変は盗賊達の知るところとなった。様子を確認すべく、武器を持った盗賊が数名、牢屋へと駆け込んできた。

「な、何だこの変態は!」
「どこから侵入したか知らねえが、俺達の商品に手を出しやがって!」

 先着した二人の盗賊が、困惑と苛立ちに眉を顰める。誘拐してきた女を捕らえておく牢に突如として現れたパンツ一丁の男。命知らずのいかれた変態が、女性達に手を出そうとしているものだと盗賊達は認識していた。

「いくらなんでも丸腰では」

 黒髪の女性が不安気に口元を覆う。
 モスグリーンのバンダナを巻いた大柄な盗賊は片手にバトルアックスを握り、ターバンを巻いた長身の盗賊は右手にカトラス、左手に革製の丸い盾を装備している。
 牢屋を素手で破ったグラムは確かに只者ではないが、今のグラムは武器どころかパンツ以外は衣服さえ身に着けてない、まさに丸腰。荒事に慣れた武器持ちの盗賊二人の相手は、常識的に考えてあまりに無謀だ。

「とりあえず死んどけ!」

 若い女ならばともかく、男の侵入者に慈悲をかける必要などない。バンダナの盗賊は問答無用でグラム目掛けて斬りかかった。

「駄目……」

 グラムは回避する素振りをみせず、左腕を頭部へ翳して身を守る。
 斧で腕を切り落とされる。凄惨な光景を想像し、女性達は一斉に目を伏せた。ただ一人、救世主の活躍を信じるシグリだけは目を逸らさない。

「はっ? どういうことだよ?」

 盗賊の滑稽な困惑顔を前に、グラムは不敵に笑う。
 バトルアックスの刃と接触したグラムの腕は、切断どころか傷一つついていない。それどころか、金属製の刃の方が接触の衝撃で欠けてしまっている。まるで強固な金属製の鎧とでも接触したかのような有様だ。

「威勢はどこに行った?」
「がはっ!」

 グラムはそのまま豪快に左腕でバトルアックスを弾き上げると、強烈な右ストレートで盗賊の腹部を一撃した。盗賊の体は豪快に吹き飛び壁面へと衝突。戦闘不能となり地面へと伏した。

「……な、何なんだよお前は!」

 盗賊団の中でも、一際体格のいい仲間が呆気なく沈んだことで、ターバンの盗賊は半ば錯乱状態だ。恐怖で挙動が乱れ、カトラスで我武者羅にグラムへと斬りかかる。

「そんなものか?」

 カトラスの刃で何度もグラムの剥き出しの肉体を斬り付けていくが、一太刀たりとも傷を負わせることは出来ない。盗賊の体力だけが一方的に減少していく。

「どちらもレベル20前後といったところか」

 冷静な分析を口にすると同時に、グラムは素手でカトラスの刀身を受け止め、そのまま握り潰してしまった。盗賊は引きつった顔で、変わり果てた刀身とグラムの顔とを見比べる。

「……殺され――」
「安心しろ。死なない程度に手加減しておく」

 スキル「手加減」を発動。
 グラムは強烈な右ストレートでターバンの盗賊を撃破。戦闘不能となった盗賊はその場に突っ伏すように倒れ込んだ。「手加減」のスキルを使用したため、どんなに強烈な一撃でも相手は死ぬことはない。強力な一撃は強制的な気絶効果をもたらし、その場で数時間単位の行動不能状態とすることが出来る。格下を殺さずに無力化する際に、「手加減」のスキルは非常に有用だ。

 殺さなかったのは慈悲ではなく、女子供に殺人を見せることを躊躇ったところが大きい。元は新人兵士の育成用に取得したスキルだが、周りの状況に配慮し不殺を達成する際にも有用だ。

 集団誘拐など大規模な犯罪行為を行っているところを見るに、一団は悪名高い盗賊団である可能性が高い。捕縛し自治体へ引き渡すことで報奨金を得るのも悪くはないだろう。グリム自身は現在所属する領に役職を持っていることに加え、先の大戦で得た多額の報奨金によって生活には困っていない。今回得られるであろう報奨金は全額、盗賊団の被害にあった人々への補償に当てるつもりだ。

「欠けているが、まだ使えるな」

 バンダナの盗賊が使用していたバトルアックスを拾い上げ、ついでに身に着けていたローブも拝借する。パンツ一丁の変態はローブを羽織った、優雅な風呂上がりのようなスタイルへ進化した。

「シグリ達はもうしばらくそこで待機していてくれ。アジト内の安全を確保したらまた迎えに来るから」
「きゅ、救世主さん!」
「何か質問か?」
「あなたのお名前は?」
「俺の名はグラムだ」

 シグリに笑顔でそう言い残すと、グラムは牢屋を後にし、アジトの中心部へと向かった。道中、牢屋の様子を確認しに来た大勢の盗賊と鉢合わせるも、盗賊の怒声が飛んだかと思った途端、激しい戦闘音と共に場は一瞬で静まり返った。