「焼き貫け!」

 グラムロックの思いを無駄にしてはいけない。ノルンアークは炎熱系魔導スキル「火弓炎穿(かきゅうえんせん)」を発動。ノルンアークの両手から放たれた、貫通力を有する巨大な炎の矢がウェンディゴの胸部へと侵入、激しく延焼した。しかし、傷口を広げることには成功したものの、コアまでは未だ届かず。

「大きな一撃が来ます! 皆さん、私の後ろに!」

 ウェンディゴが大きく息を吸い込む。それは、氷塊巨人の必殺技の一つ、猛吹雪を見舞う「氷河の息吹」の発動を示していた。魔導耐性の強いウルスラやノルンアークはまだしも、他の者達がまともにくらえば致命傷となりかねない。ウルスラが最前へ飛び出し、仲間達を背後に庇う。

「盾よ!」

 ウルスラが魔導スキル「クレセントシールド」を発動。瞬時にウルスラの目の前に巨大な光の壁が発生、殺傷能力のある礫を伴う猛吹雪を完全にシャットアウトする。防御系の魔導スキルは白魔導士であるウルスラの得意分野。レベル70を数えた今、いかに氷塊巨人といえどもウルスラの守りを突破することは容易ではない。
 「氷河の息吹」の猛攻は二分近くに及んだが、ウルスラは顔色一つ変えずに「クレセントシールド」で防ぎきった。背後に庇う仲間達も無傷だ。

 大技を放ったことでウェンディゴの体が反動で硬直。攻め立てる好機が生まれた。

「ウルスラ! 階段で俺を導け!」

 どこかで猛吹雪をやり過ごしたのであろう、グラムロックの声が生還を証明する。猛吹雪の影響による雪煙でその所在は確認出来ないが、ウルスラは戦友としての直感で、ウェンディゴの左側面に、肩の高さまで駆け上がれる段数の光の階段を発生させた。
 次の瞬間、雪煙から飛び出して来たグラムロックが一気に光の階段を駆け上がり、ウェンディゴの胸部を狙える位置まで到達。跳躍し再度、剣術系スキル「剣穿突貫(けんせnとっかん)」を発動した。

「今度こそ!」

 これまでの三度の攻撃によって脆くなった胸部の傷目掛けて渾身の刺突を繰り出す。刺突は胸部を抜き内部へと侵入。剣先がコアにまで達したが。

「あれでもまだ足りないのか」

 アラングレンが憎らし気に下唇を噛みしめる。グラムロックの刺突はコアに達したもののまだ浅く、完全破壊には至っていない。ウェンディゴは自然治癒力を有する氷塊巨人でもある。確実に止めを刺さなければ、戦闘の長期化は免れない。

「グラムロック! こいつを使え」

 マックスが前線へと駆け込み、剛腕で得物であるハルバートを回転をかけて投擲した。ウェンディゴに対する攻撃ではない。グラムロックに追撃させるための布石だ。

「良い読みだ、おっさん」

 グラムロック自身、丁度大振りな武器を欲しているところだった。
 流石は経験豊富な年長者。マックスはグラムロックの考えを見事に察していた。
 グラムロックは得物である両手剣を、ウェンディゴの胸部へ突き刺さった状態で手放し、振り向きざまに、飛来したハルバートを空中で掴み取った。

「支えます!」

 二人の意図を読み取ったウルスラは「ステップアップ」スキルによって足場を形成。グラムロックが着地した。
 足場を得たことでグラムロックは全力でハルバードを振り抜く。狙いはウェンディゴの胸部へ突き刺さった両手剣の、柄だ。

「これで終わりだ!」

 杭とハンマーの要領で、ハルバートで両手剣を強引に押し込む。剣先が突き刺さっていた両手剣は圧力を受けさらに深くと侵入。ついにコアを完全に貫通することに成功した。

 グラムロックが両手剣を引っこ抜くと同時に、氷塊巨人ウェンディゴの体はコアごと粉砕。崩れ落ちた破片も、地面へ接触した瞬間消滅していった。

「……レベルアップか」

 ウェンディゴの消滅と共に、自身のレベルが向上したことをグラムロックは自覚する。氷塊巨人は強大な力を持つ危険な相手だが、それ故に撃破した際に得られる経験値は豊富だ。
 今回の戦闘を経て、グラムロックはレベルが61へと上昇。同じく今回の戦闘に参加したアラングレンはレベル59へ、ノルンアークはレベル57へと上昇した。ウルスラは経験値を入手しながらも、すでに70と高レベルなので、今回の戦闘を経てもレベルは上昇しなかった。

 レベルアップの瞬間。戦場に生きる者としてそれは本来、至福の一時であるはずだが、悲劇の中でそれを素直に喜ぶことなど出来ない。今この場でレベルアップの実感に酔いしれているのは、鼻歌交じりにハルペーを手元で回しているアラングレンだけである。

「グラムロック様……」
「今から救出活動に入る」

 このような状況下で、一般市民が生還を果たすことはまず不可能だ。そのことは、数多の戦場を駈け抜けて来たグラムロックが一番よく分かっている。それでも、自分の目で確かめるまでは希望は捨てない。戦場という死に近い場所にいるからといって、そう簡単に人の死に対してドライにはなれない。それが幼い命であるならば尚更だ。