戦渦において、やはり30分という時間は絶望的な数字であった。
つい数時間前まで滞在していた、巨大な石造りのアルミュール砦は見る影もなく崩壊、周辺も凍り付いてしまっている。
瓦礫の中心に立つのは、長髪の男性の氷像を思わせる氷塊巨人ウェンディゴだ。平原で撃破したイエティよりもさらに大柄な10メートルの巨体を誇る。
周辺に他に敵影はない。ウェンディゴが唯一にして最大の脅威だ。
アルミュール砦までの道中、ウェンディゴ出現時にはたまたま砦を離れており難を逃れた一部の避難民を保護、数名の護衛をつけて退避させた。
彼らの証言によると、上空から降って来たウェンディゴはその圧倒的な質量を持って、落下時の衝撃で一瞬にして砦を破壊。内部に避難していた多くの人々は砦の崩落に巻き込まれ、瓦礫の下敷きとなってしまった。それに加え、氷塊巨人であるウェンディゴは凄まじい冷気を纏っており、一歩進むだけ周囲は途端に凍てつく。辛うじて生き残っていた人々の命をも、残酷に奪い去ってしまうのだ。すでに、ウェンディゴ出現から30分が経過しており、生存者の発見は絶望的だと思われる。
これまでに確認されている生存者の中に、カーラとマルコの姉弟の姿はない。ウェンディゴ出現時は、彼らも砦内に居たものと思われる。
「勇者級以外は下がっていろ。ウェンディゴが相手となれば、勇者級以外では太刀打ちできない」
厳しい言い方にはなるがこれが現実だ。仲間の命を無駄に散らせるわけにはいかない。戦場に立つ上で、勇者級以外の者達も己の力量は理解している。グラムロックの忠告に素直に従い、巻き込まれない位置まで後退する。
「ノルンアーク。戦えるか?」
「もちろんです。ウェンディゴをどかさねば、何も始まりませんから」
あくまでも希望は捨てない。ウェンディゴを撃破した後にカーラやマルコを瓦礫の中から救い出せると信じ、ノルンアークはグラムロックへと続いた。
「ウェンディゴの戦闘能力はイエティの比ではありません。強化魔導を付与し、万全の態勢で臨みましょう」
「相手が何であろうと、氷魔軍なら切り伏せるまでのこと」
勇者級の猛者として、強大な氷塊巨人を前にしてもウルスラとアラングレンは一切、臆することはない。ウルスラは、味方に対する強化系魔導スキル発動の準備を、アラングレンは何時でも斬りかかれるよう、二本のハルペーを抜き、姿勢を低くした。
「行くぞ!」
グラムロックの号令と共に、近接戦闘のエキスパートであるグラムロックとアラングレンが、同時にウェンディゴへと斬りかかる。その間にウルスラの強化魔導スキル「身体強化・筋力・速力」が発動、グラムロックとアラングレンの身体能力が格段に向上する。
「同時に仕掛けるぞ」
「言われなくとも!」
右側面からグラムロックが右脛を、左側面からアラングレンが左脛《を、それぞれ剣術系スキル「崩足一閃」で狙う。ウルスラのスキルによって威力も上がっている。一撃で転倒を狙う算段だったのだが、
「……そう簡単にはいかないか」
「むかつくな……」
それぞれの剣が脛を捉えるも、グラムロックの両手剣は脛を僅かに砕く程度、アラングレンに至っては表層に傷をつけるだけに留まってしまう。平原で戦ったイエティ相手ならば一撃で脚部を破壊出来ていただろうが、同じ氷塊巨人でもやはりウェンディゴは格が違う。
両脛への攻撃を受けて、ウェンディゴは初めて敵の存在を把握したらしい。足裏を始点に氷結系魔導スキル「氷槍剣山」を発動。無数の氷の剣山がグラムロックとアラングレンの足元から突き上げてくる。
「させません」
下から突き上げて来た氷の剣山をグラムロックはサイドステップで回避、その瞬間を狙ってノルンアークが「炎柱」を発動。氷の剣山を溶かし切った。
アラングレンの方はウルスラが的確にサポート。魔導スキル「ステップアップ」で空中に退避スペースとして足場を作り出し、アラングレンは高い身体能力を生かしてそれを軽やかに飛び移る。ものの数秒で「氷槍剣山」の攻撃範囲から離脱した。
「足元を崩すのは時間がかかり過ぎるな。どうせ固いなら、コア狙いで胸部を攻めた方がまだ効率的か」
「同感だね。出し惜しみはせずに、高威力の技で攻め続ける他無さそうだ」
勇者級の猛者たちだけあり、思考から行動までが驚く程に早い。
ウェンディゴが、組んだ両手をハンマーのように振り下ろして来た瞬間、グラムロックは右方、アラングレン左方に素早くに回避。両手が地面へと接触した際、凄まじい衝撃と共に四方八方へ小さく、それでいて強力な氷の礫が飛散した。多少の負傷は覚悟の上で、急所に当たりそうな礫だけを確実に回避する。
礫の飛来が止んだ瞬間、礫で掠り傷を折ったグラムロックとアラングレンは、振り上げられる前に両手に飛び乗り、そのまま一気に腕を駆け上がっていく。肩付近から胸部へと飛び込むようにして跳躍し、それぞれ自慢の剣術系スキルで胸部と、その先にあるコアを狙う。
「とっとと死ねよ!」
最初に仕掛けたのはアラングレンだ。アラングレンはクロスさせたハルペーで斬り付ける剣術系スキル「刀罰」による強烈な一撃を見舞う。アラングレン最強の攻撃であり、ウルスラによる身体強化付与も継続中。その威力は氷塊巨人ウェンディゴに対しても確かなダメージを与え、氷の胸部に大きなバツ印を刻み込んだ。
「貫け!」
アラングレンが自由落下するのと入れ替わり、今度はグラムロックが剣術系スキル「剣穿突貫」を発動し、両手剣で強烈に刺突した。
「剣穿突貫」は「剣衝突貫」に類似したスキルであるが、「剣衝突貫」は衝撃波で敵を薙ぎ払うのに対し、「剣穿突貫」は剣そのものの貫通力を格段に向上させるという違いがある。集団戦では「剣衝突貫」の方が有効だが、特定の対象の破壊を試みる場合は「剣穿突貫」の方が威力で勝る。
アラングレンが刻んだ直後の傷めがけてピンポイントで刺突。凄まじい勢いで両手剣の剣先がウェンディゴの胸部に突き刺さったが、コアまではまだ遠い。グラムロックは剣を握ったまま両足でウェンディゴの胸部を強烈に蹴り付け、その反動で両手剣を強引に引き抜く。
グラムロックが離れた瞬間、空中で無防備なタイミングを狙い、ウェンディゴの右上腕から枝のように氷の槍が伸び、グラムロック目掛けて飛来した。
「危ない、グラムロック様」
「サポートはいい。傷口に追撃しろ!」
障壁を張ろうとしたノルンアークをグラムロックが制した。少しでも胸部を削って攻撃をコアまで届ける。そのためにはサポートの時間は惜しい。
グラムロックは空中で身を捩り、両手剣の腹で氷の槍の刺突を受け止めた。空中故に、地面へ足を付いている時と異なり抵抗を得られない。体への直撃は防ぎながらも、衝撃でグラムロックの体が吹き飛ばされた。
つい数時間前まで滞在していた、巨大な石造りのアルミュール砦は見る影もなく崩壊、周辺も凍り付いてしまっている。
瓦礫の中心に立つのは、長髪の男性の氷像を思わせる氷塊巨人ウェンディゴだ。平原で撃破したイエティよりもさらに大柄な10メートルの巨体を誇る。
周辺に他に敵影はない。ウェンディゴが唯一にして最大の脅威だ。
アルミュール砦までの道中、ウェンディゴ出現時にはたまたま砦を離れており難を逃れた一部の避難民を保護、数名の護衛をつけて退避させた。
彼らの証言によると、上空から降って来たウェンディゴはその圧倒的な質量を持って、落下時の衝撃で一瞬にして砦を破壊。内部に避難していた多くの人々は砦の崩落に巻き込まれ、瓦礫の下敷きとなってしまった。それに加え、氷塊巨人であるウェンディゴは凄まじい冷気を纏っており、一歩進むだけ周囲は途端に凍てつく。辛うじて生き残っていた人々の命をも、残酷に奪い去ってしまうのだ。すでに、ウェンディゴ出現から30分が経過しており、生存者の発見は絶望的だと思われる。
これまでに確認されている生存者の中に、カーラとマルコの姉弟の姿はない。ウェンディゴ出現時は、彼らも砦内に居たものと思われる。
「勇者級以外は下がっていろ。ウェンディゴが相手となれば、勇者級以外では太刀打ちできない」
厳しい言い方にはなるがこれが現実だ。仲間の命を無駄に散らせるわけにはいかない。戦場に立つ上で、勇者級以外の者達も己の力量は理解している。グラムロックの忠告に素直に従い、巻き込まれない位置まで後退する。
「ノルンアーク。戦えるか?」
「もちろんです。ウェンディゴをどかさねば、何も始まりませんから」
あくまでも希望は捨てない。ウェンディゴを撃破した後にカーラやマルコを瓦礫の中から救い出せると信じ、ノルンアークはグラムロックへと続いた。
「ウェンディゴの戦闘能力はイエティの比ではありません。強化魔導を付与し、万全の態勢で臨みましょう」
「相手が何であろうと、氷魔軍なら切り伏せるまでのこと」
勇者級の猛者として、強大な氷塊巨人を前にしてもウルスラとアラングレンは一切、臆することはない。ウルスラは、味方に対する強化系魔導スキル発動の準備を、アラングレンは何時でも斬りかかれるよう、二本のハルペーを抜き、姿勢を低くした。
「行くぞ!」
グラムロックの号令と共に、近接戦闘のエキスパートであるグラムロックとアラングレンが、同時にウェンディゴへと斬りかかる。その間にウルスラの強化魔導スキル「身体強化・筋力・速力」が発動、グラムロックとアラングレンの身体能力が格段に向上する。
「同時に仕掛けるぞ」
「言われなくとも!」
右側面からグラムロックが右脛を、左側面からアラングレンが左脛《を、それぞれ剣術系スキル「崩足一閃」で狙う。ウルスラのスキルによって威力も上がっている。一撃で転倒を狙う算段だったのだが、
「……そう簡単にはいかないか」
「むかつくな……」
それぞれの剣が脛を捉えるも、グラムロックの両手剣は脛を僅かに砕く程度、アラングレンに至っては表層に傷をつけるだけに留まってしまう。平原で戦ったイエティ相手ならば一撃で脚部を破壊出来ていただろうが、同じ氷塊巨人でもやはりウェンディゴは格が違う。
両脛への攻撃を受けて、ウェンディゴは初めて敵の存在を把握したらしい。足裏を始点に氷結系魔導スキル「氷槍剣山」を発動。無数の氷の剣山がグラムロックとアラングレンの足元から突き上げてくる。
「させません」
下から突き上げて来た氷の剣山をグラムロックはサイドステップで回避、その瞬間を狙ってノルンアークが「炎柱」を発動。氷の剣山を溶かし切った。
アラングレンの方はウルスラが的確にサポート。魔導スキル「ステップアップ」で空中に退避スペースとして足場を作り出し、アラングレンは高い身体能力を生かしてそれを軽やかに飛び移る。ものの数秒で「氷槍剣山」の攻撃範囲から離脱した。
「足元を崩すのは時間がかかり過ぎるな。どうせ固いなら、コア狙いで胸部を攻めた方がまだ効率的か」
「同感だね。出し惜しみはせずに、高威力の技で攻め続ける他無さそうだ」
勇者級の猛者たちだけあり、思考から行動までが驚く程に早い。
ウェンディゴが、組んだ両手をハンマーのように振り下ろして来た瞬間、グラムロックは右方、アラングレン左方に素早くに回避。両手が地面へと接触した際、凄まじい衝撃と共に四方八方へ小さく、それでいて強力な氷の礫が飛散した。多少の負傷は覚悟の上で、急所に当たりそうな礫だけを確実に回避する。
礫の飛来が止んだ瞬間、礫で掠り傷を折ったグラムロックとアラングレンは、振り上げられる前に両手に飛び乗り、そのまま一気に腕を駆け上がっていく。肩付近から胸部へと飛び込むようにして跳躍し、それぞれ自慢の剣術系スキルで胸部と、その先にあるコアを狙う。
「とっとと死ねよ!」
最初に仕掛けたのはアラングレンだ。アラングレンはクロスさせたハルペーで斬り付ける剣術系スキル「刀罰」による強烈な一撃を見舞う。アラングレン最強の攻撃であり、ウルスラによる身体強化付与も継続中。その威力は氷塊巨人ウェンディゴに対しても確かなダメージを与え、氷の胸部に大きなバツ印を刻み込んだ。
「貫け!」
アラングレンが自由落下するのと入れ替わり、今度はグラムロックが剣術系スキル「剣穿突貫」を発動し、両手剣で強烈に刺突した。
「剣穿突貫」は「剣衝突貫」に類似したスキルであるが、「剣衝突貫」は衝撃波で敵を薙ぎ払うのに対し、「剣穿突貫」は剣そのものの貫通力を格段に向上させるという違いがある。集団戦では「剣衝突貫」の方が有効だが、特定の対象の破壊を試みる場合は「剣穿突貫」の方が威力で勝る。
アラングレンが刻んだ直後の傷めがけてピンポイントで刺突。凄まじい勢いで両手剣の剣先がウェンディゴの胸部に突き刺さったが、コアまではまだ遠い。グラムロックは剣を握ったまま両足でウェンディゴの胸部を強烈に蹴り付け、その反動で両手剣を強引に引き抜く。
グラムロックが離れた瞬間、空中で無防備なタイミングを狙い、ウェンディゴの右上腕から枝のように氷の槍が伸び、グラムロック目掛けて飛来した。
「危ない、グラムロック様」
「サポートはいい。傷口に追撃しろ!」
障壁を張ろうとしたノルンアークをグラムロックが制した。少しでも胸部を削って攻撃をコアまで届ける。そのためにはサポートの時間は惜しい。
グラムロックは空中で身を捩り、両手剣の腹で氷の槍の刺突を受け止めた。空中故に、地面へ足を付いている時と異なり抵抗を得られない。体への直撃は防ぎながらも、衝撃でグラムロックの体が吹き飛ばされた。