「足元を崩してやる」

 氷塊巨人イエティが真正面から投擲してきた鋭利な氷柱を回避しつつ、足元まで迫ったグラムロックが剣術系スキル「崩足一閃(ほうそくいっせん)」でイエティの右脛付近を斬り付ける。「崩足一閃」は低い位置を強烈に薙ぎ、相手の転倒を誘うためのスキルだが、グラムロックの圧倒的なパワーと愛用の両手剣の高硬度によって破壊力は激増。転倒どころか、右脛を半分近く斬り進めた。

 グラムロックの狙い通り、右足の安定感を失ったイエティは巨体のバランスを保ち切れず、右膝を地面へと付いた。
 
 しかし、氷魔軍の中心戦力である氷塊巨人がこの程度で敗北などしない。イエティは膝をつくと同時に大きな左手を地面へとかざす。次の瞬間、左手を始点に地面が急速に凍てつき、無数の鋭利な氷柱を生み出しながらグラムロックの下まで迫った。氷結系魔導スキル「|氷槍剣山《ひょうそうけんざん」、追尾性能も高く、これまでにも多くのミルドアース軍に多くの死傷者を出した危険な技だ。

「やらせません!」

 ほぼ同時に、ノルンアークが地面へと両手を翳し、炎熱系魔導スキル「炎柱(えんちゅう)」を発動。グラムロックの目の前に、彼を守護する炎の柱が出現し、地面を走る氷の剣山を塞き止めた。
 氷と炎とがせめぎ合っていく内に限界点を超え、激しい水蒸気が噴きあがると同時に、氷の剣山と炎の柱は消滅。守られたグラムロックは無傷だ。

「流石だ、ノルンアーク」

 直接彼女の魔導を拝見するのはこれが初めてだが、実力者と確信した初見の印象に違わず、ノルンアークの戦闘能力は相当なものだ。ミルドアース軍には、氷塊巨人の「氷槍剣山」を御しきれる魔導士等数える程しか存在しない。

 強力なスキル故に「氷槍剣山」発動はイエティにとって大きな隙となる。それに対し、ノルンアークのサポートのおかげで防御行動を必要としなかったグラムロックは、即座に攻撃に転じることが出来る。

「貫いてやる!」

 グラムロックは片膝と片手を付いたイエティの下方へと即座に潜りこみ、イエティの胸部目掛けて剣術系スキル「剣星昇斬(けんせいしょうざん)」によって勢いよく突き上げる。刀身に強力な貫通力を付与して突き上げるこのスキルをグラムロックのステータスで放てば、氷塊巨人の強固な胸部とてただでは済むまい。

 種類を問わず、氷塊巨人は人型種族でいう心臓の位置に、赤い球体状のコアと呼ばれる器官が存在している。そこが氷塊巨人の唯一にして最大の弱点である。並の攻撃では体表を傷つけることさえも困難であるため、本来なら弱点であるコアへの攻撃を通すのことは容易ではない。弱点であるコアを狙えること、それ自体が強者の証明でもあるのだ。

「少し浅かったか」

 グラムロックの突き上げた刀身は強固な胸部を突き破ったが、体を貫いたことで勢いが死に、コアは剣先が僅かに突き刺さる程度に留まった。これだけでもかなりのダメージを与えたはずだが、完全撃破には至らない。
 一度剣を引き抜き再度突き上げるまでには、イエティも硬直が解けて再び暴れだすだろう。だからといって、勢いもつけずにこれ以上突き進むことは、グラムロックのパワーでも難しい。

「グラムロック様、後退してください!」

 ノルンアークを信じ、グラムロックは両手剣をイエティの胸部から引き抜き、咄嗟に後退。
 次の瞬間、それまでグラムロックがいた位置の地面から、細く鋭利な炎の槍が立ち上り、グラムロックが貫いた傷口からイエティの胸部へと侵入。弱点である赤いコアを貫き、内部で炎が延焼。コアを完全に焼き尽くしてしまった。

 コアを失ったことで氷塊巨人イエティの胸部を中心に罅割れが発生。それは一瞬にして全身へと広がっていった。グラムロックが剣先で地面を衝くと、その僅かな衝撃でイエティの氷の体は崩壊を開始。ものの数秒で完全に崩れ去ってしまった。

 「炎槍瀑昇(えんそうばくしょう)」は、貫通力を有した炎の槍を突き刺す炎熱系魔導スキルだ。本来なら胸部ごとコアを貫く威力は望めないが、グラムロックが事前に突破口を開いてくれたおかげで、見事にコアへと炎の槍を到達させることが出来た。物理攻撃のみで胸部を抜いたグラムロックのパワーと、その傷口を的確に狙ったノルンアークの技量と機転により生まれた勝利だ。

 お互いに初めて組む実戦であったが、まるで長い付き合いであったかのように、グラムロックとノルンアークの連携はピッタリであった。

「続けてもう一体行くぞ」
「望むところです」

 勝利を喜ぶのはまだ早い。脅威たるイエティはまだもう一体存在している。
 二人は即座にウルスラの加勢へと向かうが、

「丁度良かった。今し方巨人の動きを止めたところです。やはり、一人で撃破するには時間がかかりますね」

 ウルスラは光の縄で相手を捕縛する光線系魔導スキル「光々縛占(こうこうばくせん)」により、イエティの四肢を拘束。地面へと大の字で転倒させることに成功していた。

「グラムロック、いつもので行きますよ!」
「了解だ」

 最も付き合いの長い戦友同士として、対氷塊巨人の連携はある程度決まっている。
 ウルスラは光の足場を作りだす魔導スキル「ステップアップ」を連続で発動し光の階段を形成、グラムロックはそれを勢いよく駆け上がり、地上20メートルの高さまで到達。両手剣をコア目掛けて突き立てるべく逆手で持ち、階段の頂上から跳躍した。

 跳躍、重力、膂力が付与された一撃の破壊力は圧巻。胸部へ接触した瞬間、コアごと胸部を粉砕してしまった。その衝撃は一瞬でイエティの全身へも伝わり、全身も粉々に砕け散った。

「やりましたね、グラムロック」
「ああ、残るは」

 一番の脅威たる氷塊巨人イエティは粉砕した。
 平原の状況を確認すると、アラングレンはすでに魔導士の排除を終えたようで、血塗れで平原の中心部に胡坐をかいている。全身を染める血液の中に、恐らく自身の出血は皆無であろう。
 マックスらの方は順調にニブルガルムの数を減らしつつも、まだ20体程度ニブルガルムが残っている模様。数名の負傷者が出ているようだし、少しでも早く戦闘を終わらせるに越したことはないだろう。

「アラングレン、休んでないでもう一仕事するぞ」
「分かったよ」

 性格や思想に大きく難はあるものの、氷魔軍を倒すという目的に対してはアラングレンは忠実だ。グラムロックが一声かけたら、あっさりと腰を上げ、グラムロックと共に残りのニブルガルム狩りへと参加する。
 
 勇者級二人の加入により、残るニブルガルムはこれまでの数倍の速度で狩られていった。