「本当にいいんだなノルンアーク?」
「はい。私もグラムロック様と共に戦います」
「分かった。だけど、必ず俺の目の届く範囲にはいろよ」
「もちろんです」

 トリルハイム領南部、グラムロックがノルンアークと出会った村にも近い平原にて、山間部を越え本格的な侵攻を開始した氷魔軍の部隊と接触。即座に戦闘が開始された。

 やむを得ず、ノルンアークを戦場へと連れ立つことになってしまった。いかにグラムロックといえども、前線で誰かを守りながら戦うことは難しい。無理はせず、自分の身だけを守っていてくれとグラムロックは告げたのだが、強固な意志の下に氷魔軍を離反しただけあり、ノルンアークは積極的に戦うと自ら申し出てくれた。亡命者として自身を受け入れてくれたグラムロックに対する思いはもちろんのこと、この戦場で勝利することは、砦に避難しているマルコとカーラを守ることにもつながる。ノルンアークの覚悟は固い。

 ミルドアース軍の戦闘部隊はグラムロック、ウルスラ、アラングレンの勇者級3名。非公式ながら勇者級に匹敵する実力者であろうノルンアーク。マックスを筆頭とする、勇者級には及ばぬものの、それ準ずる戦闘能力を持つ実力者達の計21名。

 対する氷魔軍の戦力は、虎やライオンに匹敵する体躯を持つ、白い狼のような姿をした魔物、ニブルガルムが確認出来るだけで50体以上。氷で出来た5メートルもの巨体を持つ、氷塊巨人の一種イエティが2体。ノルンアークと同じ、漆黒のローブを纏った魔導士が10名程という布陣だ。

 ニブルガルムは数こそ多いが、個々の戦闘能力はそこまで高くはない。30~40レベル程度の戦士でも十分に対処可能な脅威だ。

 集団で魔導を放ってくる魔導士部隊は厄介ではあるが、肉体そのものは脆く、物理攻撃を弱点としている。懐に飛び込むことが出来れば自然と勝機が見えているくるだろう。

 この中で最も危険度が高いのは氷塊巨人であるイエティだ。外見を一言で形容するなら、筋骨隆々の巨大な氷像といったところか。動きこそ緩慢だが圧倒的硬度を誇る氷の体の防御力は、勇者級でなければまず突破出来まい。その質量によって放たれる、冷気を纏った一撃も凄まじい破壊力を誇り、まともにくらえば命の保証はない。
 
 敵軍の大多数を占めるニブルガルムの一団は、マックスを筆頭とする戦士達が、最大の脅威であるイエティは勇者級であるグラムロックとウルスラ、グラムロックと行動を共にするノルンアークが迎え撃つ構図が自然と出来上がった。本来なら勇者級であるアラングレンもグラムロックらと一緒にイエティを迎え撃つのが定石なのだが。

「ほらほら! さっさと死んじまえよ」
「あの馬鹿」

 独断先行で突っ走り、アラングレンが一気に魔導士部隊との間合いを詰め、魔導士の一人を一瞬で切り伏せた。氷魔軍に激しい憎悪を抱くアラングレンは、魔物ではなく、自分達とほとんど変わらぬ容姿をしている氷魔軍の兵士を好んで殺害する傾向にある。そういった嗜虐性はもちろんのこと、部隊全体の動きよりも己の思想と嗜好を何よりも優先するあたり、アラングレンという男は狂っている。

「どうだどうだ、氷魔軍の女スパイ! 仲間達がどんどん死んでいくぞ!」

 戦場であるにも関わらず、アラングレンがグラムロックの隣に控えるノルンアークに聞こえるようなわざと声を張ったが。

「あの野郎。こんな時まで」
「……流石の私も不快感を禁じ得ませんが、今はあの人に構わず、自分達の戦いに集中しましょう。氷塊巨人のイエティが相手ともなれば、余計なことに気を取られている暇などありません」

 グラムロックよりも、挑発を受けたノルンアークの方がより冷静であった。
 図らずもその対応は適切だったようで、反応が来ないことをつまらなく思ったアラングレンは閉口し、黙々と魔導士部隊を処理し始めた。

「ウルスラ、俺とノルンアークとで一体仕留める。しばらくもう一体を足止めしていてくれ」
「分かりました。足止めなんて言わずに、倒すくらいの気概で臨ませてもらいますよ」
「心強いね」

 白魔導士であるウルスラは、元々は治癒や強化系魔導スキルによる味方のサポートを中心に活動していたが、レベルが50を超え勇者級となってからは、攻撃用の魔導スキルや、相手の能力を低下させる弱化系魔導スキルも取得。個人での戦闘能力も格段に向上していた。

 流石に物理特化型であるグラムロックに比べると戦闘能力で劣るものの、ウルスラ単身で氷塊巨人イエティと渡り合うことも決して不可能ではない。

「俺は正面から渡り合うことしか能のない物理特化型だ。ノルンアークには後方からのサポートを頼みたい」
「承知しました。全力でグラムロック様をお支え致します」

 グラムロックのステータスを持ってすれば、鉄壁を誇る氷塊巨人にも有効打を与えられる。また、今回相手にするイエティは氷塊巨人の中でも魔導耐性が低いタイプ。ノルンアークの加勢により、状況をより有利に進めることが出来るだろう。

「行くぞ!」

 グラムロックは背負っていた黒い両手剣を抜剣。無銘《むめい》だが、優れた切れ味と抜群の強度を誇るこの両手剣は物理特化型のグラムロックの戦闘スタイルとよく合い、多くの戦渦を共に潜り抜けて来た頼れる相棒だ。

 両手剣を手に、グラムロックは真正面からイエティへと斬りかかっていく。